グラッドさんの新しい侍従
「止まったこの城の時間もこれで動き出しますよ」
カイナツさんの言葉に私達は頷いた。
トロンさんのやったことは私達を魔力のエネルギーとしようとしたり、グラッドさんを拘束したりと最悪だった。
でも、それがクーリエ様の為だと思っていたようで、理由を聞くとなんだか悲しかった。
侍従と主人は恋ができないのに、それをクーリエさんは求めてしまった。
どこまでもクーリエさんに忠実だっから起きてしまったこと。
なんだか複雑な気持ちだけど、これでよかったのよ。
「それよりも気になる物が。トロンの立っていた場所をご覧ください」
カイナツさんの視線を追うと、そこには黒くドロドロとした物が残っていた。
「これは?なんだか気持ち悪い」
私はその物体に恐怖を感じた。グラッドさんも同じように感じたようだ。
「なんらかの形でトロンには『悪魔信仰の何か』が埋め込まれていた。これがそうです。いつ埋め込まれたのか、クーリエ様の時代なのか、この時代なのかわかりません」
そう言いながらカイナツさんは、この物体に魔法をかけた。
すると、金色の光の粒へと変化していき、キラキラと城の外に飛んでいった。
「グラッド様、1時間以内に貴方様の侍従が新しく目覚めます」
その言葉にグラッドさんが慌てた。
「それって、クーリエの部下だった物がまた蘇るのか?この黒い悪魔信仰の何かが埋め込まれていたら……」
その言葉にハッとする。
それは思いつかなかった。
「すぐに儀式を行いたい」
「では、先程、カイナツが乗っ取った儀式を見ていましたね?それを行ってきてください」
グラッドさんは強く頷くと、もう一度城の奥へと消えて行った。
「カローリヌ様、私達はその間に、クーリエ様の手先となっていた残りの4人の石を探しましょう。カイナツの話から考察するにきっとクーリエ様のお墓のそばにありますよ」
「ええ、それがよさそうね」
カイナツさんと共にお城の外へと向かい、クーリエさんのお墓を探そうとしたが、目立つ位置に大きな石碑が見えた。
「あれだわ!」
石碑を囲むように石も配置されている。
トロンさんの石があった場所だけ抜けているが、残りは5個あった。
グラッドさんの伝承によると5人衆という事だが、残りの石が5個という事は6人衆だったのかもしれないわね。
カイナツさんと近づこうとしたが私達は足を止めた。
「トロンさんのいなくなった後に残った黒い物の気配がするわ。これって、あの石から?」
「多分そうでしょう。という事は、クーリエ様の時代に既にあの黒い物が埋め込まれていたのだと思いますよ。カローリヌ様、ここの石たちから黒い物体を除去していただけますか?」
「やり方がわからないわ」
「カロリーヌ様のお考えの方法でいいのです。正解なんてありませんよ。呪文を覚えるという方法もありますが、それに頼ってしまうと、いざという時に呪文が出てこなくて困ってしまいます。ですから、貴方様の思う方法で行ってください」
私はカイナツさんを見て頷くと目を閉じた。
そして、ここにある石に埋め込まれている黒い物を除去するために、頭の中に色々と思い浮かべてみた。
紅茶にミルクを混ぜるのは簡単だけど除去はできない。
手についた汚れを洗い流すイメージならどうかしら?
すると、体の奥からまたあたたかい物が溢れ出していく。
目を開けると、自分から出た光がお墓全体を包んでいた。
石からは黒い物体が1箇所に集められてどんどん大きくなっていく。
そしてその分、石は小さくなっていきとうとう半分の大きさになった。
しかし、石が小さくなった代わりにキラキラと光るようになった。
輝く石に守られているなんてクーリエ様は幸せだわ。
しかし、お墓の後ろの石は変化が見られなかった。
光らない代わりに、大きさも変わっていない。
もしかしたら同じサイズの石を埋めただけだったのかもしれないわね。
次に、集まった物体を見た。
黒いタール状で、高さは私と同じ高さまである。
不気味にドロドロと垂れて形を崩しく。
「これをなんとかするわ」
そうカイナツさんに話しかけた時だった。
『私達はこの者たちの中で育つはずだったのに』
叫び声のような言葉が聞こえた。
「これは、『悪の芽』ですね。悪魔信仰の者たちが使う方法の一つです。これは元々小さなカケラなんですが、植え付けられると、その者の悪の行いや心を吸ってどんどん大きくなり、やがては宿主を乗っ取ります」
私はまた目を閉じて、悪の芽が干からびて、小さくなりやがて消えてしまう想像で魔法をかけた。
すると、悪の芽が小さくなりオレンジくらいの大きさになると、叫び声を上げながら煙になって無くなってしまった。
「こんなの誰にだって植え付けられるじゃない?みんな後ろめたい気持ちや、少し罪悪感のある事をしたことがあるわ」
なんとかやり遂げたのち、カイナツさんに文句をいう。
「誰にでも植え付けられるわけではありません。心に大きな綻びのある人。例えば、今石になっている侍従達のように主人に代わり、戦争に参加したとか。後は、憎しみで心が一杯になったり、復讐心に燃えていたり」
「ちょっとやそっとじゃ大丈夫ということなの?」
「そうです。ですから心配しないでください」
その時、またお墓全体が光に包まれた。
「カイナツさん、何かしたの?」
「いえ、私は何も」
光は段々と小さくなり、そこには細身の男性とツインテールの10代前半くらいの女の子が立っていた。
二人とも絹のような真っ白な髪に、淡いブルーに少しだけ赤を混ぜたような、透き通るワイン色の瞳をしている。
そして、黒を基調とした執事服を着ている。
女の子は、その男性に、
「お兄ちゃん!また一緒に居られるのね」
と言って抱きついた。
その様子を私とカイナツさんは何も言わずに見ていたが、男性がこちらを向いて礼をしてくれた。
「はじめまして。新しくゴート様の末裔の侍従となるマーカスと申します。こっちはリリ」
男性は自己紹介と共に礼をすると、リリと紹介された女の子もちょっと面倒臭そうに一歩前に出て礼をした。
「私はカローリヌよ。コニーと呼んでちょうだい。そしてこちらは私の侍従、カイナツさんです」
そう言って、貴族の礼をする。
「カロリーヌ様、侍従を呼ぶときは『さん』は不要です」
そう言いながら、カイナツさんも礼をした。
「お兄ちゃん。こんな人たちどうでもいいよ。早く主様のところに行こうよ」
リリちゃんはマーカスさんの袖を引っ張る。
「リリ。こちらの方は『トマ様の末裔』です。だからそんな態度はやめなさい」
「でも、私達の主様じゃないもの。関係ないわ」
まるで私達などいないように振る舞ってマーカスさんの腕を引っ張った。
「申し訳ございません。私達は失礼いたします」
マーカスさんがそう言った直後、二人は消えた。
「なんだったんでしょうか?」
呆然と二人が立っていた場所を見ていたが、カイナツさんは、困った顔でニコニコと笑うだけだった。
しばらくすると、水晶の城から二人を連れたグラッドさんが出てきた。
どう見ても困っている様子だ。
「お帰りなさい。グラッドさん。今度はどうでした?」
「多分うまく行ったよ。代々に引き継がれている魔法の書も受け取ったしね。でも…次の侍従は二人いるんだよね」
その声からは困惑が感じられた。
「なんでこの人達と既に知り合いなわけ?」
リリちゃんは悪態をついた。そしてため息を吐く。
「ねえ、グラッド様、あの人達とは別行動をしましょうよ」
そうやって甘えてグラッドさんの袖を引っ張る。
グラッドさんは困った顔を見せた。
「それはできない。もしも別行動を希望するなら、君達はここに残っていればいいよ。お城を守っておいてくれればいいよ」
優しくというより、子供をあやすようにそう言うと、リリちゃんはびっくりしてグラッドさんの袖を離した。
その隙にグラッドさんはこちらに走ってきて私の手を取る。
「そういうわけだから、私達は行くよ。留守番お願いね」
私の背中を押して歩くように促してくる。
私は小声をだす。
「いいの?」
侍従を置いて行こうとするグラッドさんに対して驚いたからだ。
「いいんだよ。なんか、あの女の子は侍従というより単なるワガママな子供で、どうしたらいいかわからない」
小声でそう話しながら歩き出した私達の後を、カイナツさんは無言でついてきている。
なんともシュールな光景で、ちょっと笑いそうになるけれど、グラッドさんが置いて行こうとする二人を刺激しないようにしないと。