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不思議な女性との出会い

警戒しながら部屋に戻った。


「もう、休みましょう。今日は疲れましたね」

そう言ってシャツを脱いだグラッドさんの腕を見て驚いた。


馬車の襲撃に遭った時、沢山の弓矢を刀で叩き落としていたが、一部防ぎきれなかった矢に当たり、複数の場所に矢でできた切り傷がある。

ファレル商会で、傷の手当てをしてもらったので、上半身には沢山のガーゼが貼ってあった。


傷だらけの体は、今日の襲撃を撃退する事がいかに大変だったかを物語っていて胸が苦しくなる。

訳も分からず狙われるのは、心も体も疲弊してしまうはずなのにグラッドさんは平然としている。


私もベッドに横たわると、グラッドさんの背中を見た。

そして、早く治りますようにと祈りそれから背を向けて眠った。



いつもより早くベッドに入ったせいか司教様の夢を見た。


「コニー。君の使命はなんだ。ちゃんとグラッドをオースブリング国に送り届ける事だ。それができなければ、この世界は戦乱の世に逆戻りだ。そのために君が持っている物、利用できる物は全て使え。狡くてもいい」


「全てですか?」

私は聞き返す。

「オースブリング国に送り届けるためにはなんでもしろ」

「具体的には何を?」

そう聞くが司教様は笑っているばかりで答えてはくれなかった。


目がさめて、夢で書いた言葉を反芻する。

『狡くてもいいから、使えるものは全て使え』

どんな事なんだろう。


小さな窓から外を見ると、まだ外は暗かった。

外に出るには着替えないといけないが、物音でグラッドさんを起こしてしまう。

私はもう一度ベッドに寝転んだ。


朝起きて、身支度を整えると朝食のために食堂に向かう。

そして、朝食を食べながらそっと周りを確認する。


2等客室の宿泊客は裕福な商人や下級貴族で、使用人は三等客室のようだ。

側に控えている侍従が貴族籍があるなら別だけど、そうじゃない限りは、ここでビクビクする必要はないのね。


その事に気がついて私は上機嫌で朝食を食べる。

食事が終わった後は、グラッドさんと別行動を取ることにした。


船内でレースを売ったり、刺繍したハンカチを売っている方の商品を見たりして歩いた。

そうやって食堂からカフェテリアまで歩いてきた時、品のいい高齢の女性がカフェテリアに座っているのが目に入り、その方と視線が合った。


私はにっこり笑うと、相手もにっこり笑って手招きをした。


なんとなく引き寄せられるようにその方のところに向かうと、その方は笑顔で私を見た。


「素敵なお嬢さん、私のお茶に付き合ってくださらない?」

「ええ喜んで」

その方の前の椅子に座ると、ハーブティーを頼んでくれた。

「ここは、私の奢りよ」

そう言って高齢の女性はウインクすると、簡単に自己紹介をしてくれた。

この方はバクストン国のオルトナー侯爵未亡人と名乗ってくれた。

私はコニーと名乗り自分の事は話さなかったが、素性などは聞かれなかった。

オルトナー侯爵未亡人は優雅にお茶を飲みながら、私の方を向いた。


「私は、何故か色々な事がわかるの。どうしてか得意ではない船旅をする事になったのも、下船せずに折り返しの船に乗ることになったのも、今日2等客室のカフェテリアに来たのも、来なきゃいけない気がしたからなの。でも、その理由がわかったわ。貴女に会うためだったのね」


私はわけが分からず作り笑いを浮かべた。


「年寄りの戯言じゃないの。聞いてほしいの」

そういうとオルトナー未亡人は目を閉じて、まるで別人のような声を出して話し出した。


「……カロリーヌよ」

地響きのような音に、今確かに名前を呼ばれた。

コニーとしか名乗ってないのに。

恐怖に凍りついて声が出ない。


「よいかカローリヌ。ここから先はソナタを護る『壁』の外だ。危険が迫っている。すぐに引き返さなければならない。今すぐに信用に足りる人は誰なのかを考えて行動しなければならない」


その声はしゃがれた男性のような、地獄の主のような、恐怖を感じるもので、この世の物とは思えない。

まるで地の底から這い出るような声に恐怖を感じていると、オルトナー未亡人は目を開けた。


「いつも、こうやって誰かに伝言を届けないといけないのよ。伝言を聞いたあなたを見ると、今日の伝言はあなたにとって楽しいものではないみたいね」

そう言って悪戯っぽく笑うとハーブティーを一口飲んだ。


「さっきのは伝言?」

震えながら聞く。


「そうよ。私は、自分の気持ちとは関係なく『ここに行かなければならない』って感じるの。そして、その使命感の赴くままに出かけると、そこには『伝言が必要な人』がいるのよ」

そう答えてクスッと笑った。さっきの声の主とは別人のような快活な声で、頭が混乱する。

悪戯だとしたら酷すぎる。

しかし、私の本名を知っている……。という事は悪戯ではない?

落ち着くために深く息を吸った。


「ありがとうございます……。今の言葉に混乱しています」

「私は、預かった『伝言』を聞くことはできないの。どんな内容だったの?」

「すぐに引き返しなさいと……」

「そう、なかなか難しい事を言うわね。ところで、伝言は誰からだったの?」

「相手の方は名乗りませんでした」

「あら、そうなの……。今まで伝言を伝えた相手はね、『亡くなったお婆さまからだったわ』とか、『戦死した息子からだったわ』とか、教えてくれるのよ」

オルトナー未亡人はそう言うと、頬に手を当てて首を傾げた。


「そうだわ!どんな声だったの?」

思いついたとばかりにこちらを見て質問してきたが、声の主についてなんと言っていいのやら……。

正直に答えてもいいものなのか迷ってしまった。

『地を這うような男性の声』って、オルトナー未亡人の声や話し方を侮辱しているような言葉だから、なんと答えていいかわからない。


「えっと……多分男性でした」

「そう。その男性は今すぐ引き返す方法を教えてはくれなかったのね」

「はい。皆さん伝言を聞いてからどうしたのですか?」

「そうね、伝言の内容は実に様々だから、今すぐの事を伝えてくれる方もいれば、『結婚おめでとう』のような内容もあるから、なんとも言えないわ」


「では、さっきの男性に質問できますか?」

「質問できるかなんて初めて聞かれたわ。やってみましょうか。では、私の両手を掴んで」


向かい合って座っているオルトナー未亡人はそう言って両手を出したので、私はぎゅっと握る。

「私が目を閉じて息を吐いたら質問してみて」

「わかりました」


オルトナー夫人はそういうと目を閉じてしばらくじっとしていたが、やがてゆっくりと息を吐いた。

そして驚くことに先ほどと同じ声を出したのだ。


「ソナタは我に聞きたいことがあるそうだな」

私は動揺を隠すために咳払いをした。

「ええ。質問があるわ。貴方は誰なの。私にここからすぐに引き返すように言ったけどここは海の上よ。どうしたらいいの。それに危険が迫っているってどういう事」


私の質問に対してしばしの沈黙が流れた。

その後。ゴーというような風が吹くような音を口から出した後、先ほどと同様に地を這うような声が聞こえてきた。

「わしが誰だかは重要ではない。カロリーヌよ、今すぐバーリエル国に戻るのだ。ソナタは国から離れてはならぬ。引き返す方法は簡単だ…今から『嵐』がソナタを迎えに来る、それに乗って帰るのだ」


嵐が迎えに来るってどんな意味なのかわからない。

何かの暗号かしら?

「嵐って何?その嵐にグラッドさんと乗ればいいの?」


「いいや。グラッドを乗せずに戻るのだ」

私の質問に低い声の何かは答える。

「それは無理よ。できないわ!」

その言葉が届いたかどうかはわからないが、オルトナー夫人が目を開けた。


「どうだったかしら?何かわかった?」

ニコニコ笑うオルトナー夫人になんと答えたらいいかわからずに言葉を濁して、私は立ち上がった。

「オルトナー夫人、ありがとうございます。先程の声について考えます」

そう伝えて立ち上がり、外に向かった。


全ての意味を考えたいと思った。

外のベンチに座り、先ほど聞いた忠告について思い出す。

『嵐が迎えに来るからそれに乗ってバーリエル国に一人で戻るように』

また修道女になれって事かしら?

何故戻らないといけないのかは私を護る『壁の外』に出てしまったからだと。

壁って一体なんなのだろうか。

疑問しか生まれない。


今座っているベンチから海を眺めた。

嵐が迎えに来る?

こんなに穏やかな海なのに荒れるはずないよね。

という事は名前なのかしら?


そう思いながら周りを見回すと、雰囲気がなんだか違う。

間違えて三等客室用の甲板に来てしまったようだ。

三等客室の乗客は、仕事を求めて移住を希望する人や、出稼ぎ労働者が中心だと聞いている。

そのため皆、旅行に行くための服とは言い難く、バーリエル国にいた時に私たちが領民から頂いた古着の方がはるかに上等だった。

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