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突然の婚約破棄

修道女の朝は早い。


夜明け前に起きて、お清めをして身支度を整える。

どんなに寒くとも凍える季節でも、火を焚く事も、湯を使うことも許されない。


それから礼拝を行う。


そこまで声を出さずに黙々と。

私達は神に祈りを捧げる。


それが終わると、小さなパンと野菜屑のスープを頂く。



私の名前はコニー。

年は17歳。

コニーという名前は修道院に入る時、司祭様から頂いた名前だ。


修道院に入る時は、俗世間と訣別するために名前を捨て、身分を捨て、そして髪を切る。

長かった胸まである髪を、肩までに切るのだ。

これが、修道女としての人生の始まり。


そう。

私は俗世間と決別した。



私にそう決断させたのは、人生を一変させるような出来事があったからだ。


もしも、あんな事が無ければ、私は今頃、いつものように迎賓館のパーティーに出席してダンスを踊っていただろう。



私がコニーと名乗る以前の名前は、メイスン侯爵家のカロリーヌ。

バーリエル国メイスン侯爵家の長女だった。

高位貴族である私には婚約者もいた。

それは、バーリエル国の第二王子であるエドモンド王子。

婚約したのは5歳の頃だった。


その頃の事はうっすらとしか覚えていないが、あまりに早い婚約だったので、恋愛感情などは芽生えなかった。


両親やエドモンド王子の母である側室妃にとって大事なのはエドモンド王子が皇太子の座につき、ゆくゆくは国王となる手助けをする事。

この国には第六王子までいるので、両親から課せられた使命は、なんとしてもエドモンド第二王子を皇太子にするために完璧な王妃候補となる事。


そのために座学やマナーなどありとあらゆる事を学んだ。


そして、気がつくと、私は『バーリエル国の薄紅(うくすれない)の薔薇』と呼ばれ一目置かれるようになった。


侍女からは、私のストロベリーブロンドの髪から、そういう愛称がついたらしいと後で聞いた。


時が経つにつれて、他の王子の妃候補より、私が抜きん出ていると言われ、エドモンド王子が皇太子になるのも時間の問題ではないかと言われるようになった。 




でも、それが大きく揺らぐ出来事が起きた。


それは、バーリエル国の貴族にとって大切な国陛下主催のパーティーの日だった。


エドモンド王子は、クラリッサ・ギスボン子爵令嬢をエスコートしてパーティーにやってきた。


エドモンド王子はシルバー夜会服、そしてギズボン子爵令嬢は同じ生地を使ったシルバーの胸元が大きく開いたドレスを纏っていた。

しかも、彼女のハチミツ色の髪はダイヤモンドの髪飾りが輝いており、それがエドモンド王子のピンブローチと同じデザインだった。


二人が揃いの装いなのは誰の目にも明らかだ。


それに対して私は、ブルーのドレス。


エドモンド王子は婚約者の私を無視して、子爵令嬢の手を取り、会場入りをした。

そして、あろうことかクラリッサ嬢を連れて国王陛下に謁見をした。


「父上、私は本日をもちましてカロリーヌ・メイスン侯爵令嬢との婚約を破棄いたします。そして、新たにクラリッサ・ギズボン子爵令嬢との婚約を結びたく思います」


エドモンド第二王子は公衆の面前でそう宣言をした。


私はびっくりして声が出ない。

建国以来の由緒あるメイスン侯爵家だ。

そんな侮辱、許されない!

私は、自分の存在価値を否定されているようでワナワナと震えた。

ここで大声を出したい気持ちを我慢して、唇を強く噛んだ。


「それは、何故だ。理由を申せ」

国王陛下は眉一つ動かさずにエドモンド第二王子に聞いた。


「はい。メイスン侯爵令嬢は、侯爵家からほとんど外出する事なく、出かけるといったら、私と公式行事に参加する時のみ。義務で私との行事に出席します」

第二王子は私の日常について説明を始めた。


「それのどこか問題なのだ」

国王陛下は抑揚のない声で質問をした。


「義務がない限り、私とは顔を合わせませんし、連絡もありません。しかし、クラリッサ・ギスボン子爵令嬢はいつも私を気遣う連絡をくれるのです」

そう言って第二王子はクラリッサ嬢の髪を撫でた。


「私が落ち込むと、気晴らしに外出に誘ってくれたりします。私は妻にするなら、そういった癒しをくれる相手がいいのです。間違っても、メイスン侯爵令嬢のように常に同じ表情の女性ではない」


私はびっくりして第二王子を見た。

妃教育のために、外出せずに数ヶ国語や地政学、政治的な問題など、学ぶ事は多岐にわたる。

たから、外出などする暇はない。


それに、相手に付け入る隙を与えないために感情は面に出さない教育を受けて来た。


それのどこがいけないのか。


ああ。

普段からの手紙を送らなかった……それが私の落ち度なのね……。


我慢をして唇を強く噛みすぎているのか、血の味がしてきた。

両親を見ると、私を睨んでいる。

私が力不足だと言いたいのだろう。


「エドモンドよ。婚約破棄をしたら、もう元には戻せない。それでも良いのか?」


「はい。わかっております。私が妻にと望むのはクラリッサだけです」

胸を張って答えるエドモンド王子の声は自信に満ちていた。


「わかっているならよい。では、エドモンドと、カロリーヌ・メイスン侯爵令嬢との婚約破棄。そして新たにクラリッサ・ギズボン子爵令嬢との婚約を認める」


国王陛下のその声を聞いて私は涙が溜まってきた。

泣いてはいけない。

ここで泣いたら周りで見ている人に噂話を提供するだけだわ。


「まさかこんな事になるとは。カロリーヌ、貴方は権力争いに負けたのよ。もう貴方にまともな道は残されていないわ。まだ17歳なのに……」


お母様はそう呟いて国王陛下を見た。

両親も放心状態のようだ。



私が努力してきた事はなんだったのだろうか。

今まで行って来た事を全部否定されたのだ。

それを嘲笑う貴族達。

きっと今から私の婚約破棄の話をしながらワインを飲むのでしょう。

人の不幸は蜜の味だもの。



私はそっとパーティー会場を後にした。


お母様がさっき呟いていた通り、私は権力争いに負けた。

とはいえ、他にも兄妹がいるので、影響を最小限にしなければ。

幸いにも、兄は第一王子付きの騎士になっているのでそちらに期待をかけるのであろう。

お荷物にしかならない私がいては迷惑だ。



……修道院に行くしかない。

私にまともな道は残されていないとお母様も言っていた。

こんなに頑張った挙句、若い娘の好きな高齢の貴族に嫁ぐしか道がないのは嫌だ。


今なら皆パーティーで不在で、他の貴族に見られる事なく教会に向かえる。


自分の身の振り方が決まったので、身の回りの物を鞄に詰め込んだ。

今の惨めな私を侍女にすら知られたく無かった。


消えてなくなりたいなら、いっそ無くなってしまうわ。

まさにそんな気持ちだった。



私は置き手紙を置くと、馬車に乗った。


王都には沢山の教会がある。その中で、トウニー教会は修道女になりたい人の施設だと聞いているので、馬車でそちらに向かった。

この教会にたまにボランティアに来ているから知っていたのだ。


御者には馬車の停車場で下ろしてもらった。

私は、今から自分がどこに行くか誰にも知られたくなかった。



私を追いかけてくる人などいないが、もう消えて無くなりたい気持ちだったからだ。


私は歩いてトワニー教会に向かった。


教会についてドアを開けると、修道女が出てきた。

「神にお使えしたく参りました」


そう言うと司祭様の元に案内してくれた。


こちらの司祭様は30代前半くらいの、赤毛の混ざったブラウンの髪の、髭を蓄えた男性だ。

『きっと髭を剃ったらステキな顔だわ』と奉仕活動の時、どこかのご令嬢が言っていた。


「こんばんは。司祭様」

「こんな時間にどうしたのですか?」


私は司祭様の顔を見たら耐えられなくなって泣き出した。

何も喋る事ができないくらい大泣きをして、落ち着いてから、婚約破棄の件を話した。


「第二王子に婚約破棄された私に残された道は、高齢の貴族で若い娘を嫁にほしい人の所に嫁ぐが、修道女になるしか選択肢はありません。自分で選ぶなら修道女になります」


私の話を聞いて司祭様はじっと私の顔を見た。


「本当によいのですか?全てを捨てるのですよ?」

「はい。わかっております」

「貴族の女性には耐えられない世界ですよ?」

「覚悟はできております」


私はもう、後戻りできないのだ。


「わかりました。では、まず、お清めをしないといけません。10月ですが井戸水は冷たい。外の井戸から水を汲んできて、奥の清め室に行きます。まずそのお化粧を落とし、顔を洗った後、手と足を洗い、汲んできた水に浸した布で全身を清めます」

「わかりました」

「清めは、タラマに手伝ってもらいましょう」


そう言って司祭様はテーブルの上の大きなベルを鳴らした。

すると、タラマと呼ばれた修道女がやってきた。

そして私達に黙礼をする。


「タラマ。ここにいるのは貴方と同じ、俗世間で17歳の女性です。これから私達の仲間になるためにお清めを手伝ってあげてください」


そう言って、司祭様はどこかに行ってしまった。


「はじめまして。タマラです。まず、その素敵な服を脱いでください。そしてこちらの服に着替えて、井戸まで水を汲みに行きます」


渡された服は、綿でできた薄い服だった。

私はそれに着替えて、タマラに言われた順番でお清めをした。

この寒さで手足は震え、薄い布のため、体も震えるけれど、これから毎日行う事だ。


ここまですると、タマラは明るいグレーの修道女の服をくれた。

暖かくはないが、まだマシだ。


それから清め室でを出ると、ベルを鳴らした。


司祭様が戻ってきて私を見た。


私はもうメイクもしていない素顔の状態で、修道女の服を着て決められた場所に立っていた。


「はじめの段階で根をあげると思いましたが……やり遂げたのですね」


「はい。決意は変わりません」


司祭様は私の目をじっと見た。

私の顔色や表情を見ているのであろう。


「では、髪を切ります」

そう言われて、胸まである手入れを欠かさなかった豊かなストロベリーブロンドを肩の長さに切っていく。


もちろん、ここは床屋でもなんでもないので、ただ切るだけだ。

裁ちバサミで切られていく髪を見た。


ハサミの音だけが、夜の帷が降りはじめた静寂な教会の中に響く。


艶のあるストロベリー色の髪の束が一房落ちるたびに、何故か気持ちが軽くなっていく気がした。


もう出世のために誰かを蹴落としたり、真偽のわからない噂話をしたり、腹の探り合いのためのお茶会を開いたりしなくてもいい。


また一房、肩から髪が滑り落ちる。


もう何年も続けている、泥沼の中でもがくような生活をしなくてもいいのね。


髪が肩の長さに不揃いに揃えられた頃、私の気持ちは軽くなった。

私はにっこり笑って司祭様を見た。


「では、修道服の頭巾を被り、顔を隠すベールをかけてください。神の前では年齢など関係なく平等であるためです」


私は手に持っていた修道着と同じ明るいグレーの頭巾とベールを被った。


「これで貴方は修道女となりました。では俗世間の名前を捨てて、神に仕えるための名前を決めましょう」


司祭様はそう言うとにっこり笑った。


「貴方の名前はコニー。去年ここから布教のために移動した「コニール」から名前をもらいました。もう俗世間には戻れませんよ?」


「新しいお名前をありがとうございます。私も戻るつもりはありません。あっ、寄付を忘れるところでした」


そう言って私は宝石の入った鞄を渡した。

宝石類の中でも、お気に入りだった物。

と言っても、ネックレスとイヤリングのセットが3ケース。

これは両親に買ってもらった物で、ずっと大切にしてきた。


司祭様は鞄を開け、宝石類を見て、顔色ひとつ変えずに鞄を閉じてしまった。


「わかりました。これは頂かせてもらいます。これからの日々を祈りのために捧げましょう」

司祭様にそう言われて晴れ晴れとした気持ちで頷いた。



私はまだ下っ端なので、朝の祈りを捧げる前に誰よりも早く起きて朝ごはんの支度をしないといけない。


1ヶ月も経つと、芋の皮剥きや、野菜を刻むのにも慣れてきた。


王都はこの国ではわりかし南に位置するので雪は降らない。

霜焼けができるほどではないが、寒さは厳しい。


そんなある日、司祭様が全員を集めた。

「この教会のあるトウニー地区だが、再開発のため立ち退きが決まった。司教様からの指示で、私はプラウドフット辺境伯領に司教として行く事が決まった。君達はどうしたい?希望の地区、教会があるならそこに行けるように働きかけよう」


皆ザワザワしている。

ここが無くなることに不安を感じているのだ。


「夕方までに、名前と希望を書いてこの箱に入れてくれ。私は今から会合に行く」

そう言うと司祭様は私達の前に小さな木箱を置いた。


この教会にいる修道女は、私のように貴族だった者もいれば、商家の生まれだった者もいるし、生まれはさまざまだが王都に愛着がある人も多いようだ。


皆、どこの教会がいいとか、噂話をして行き先を考えている。


私は行き先の希望を紙に書くと、すぐに祈りの部屋に戻った。


夜、司祭様に呼ばれた。

「コニー。君は私と共に辺境伯領に行くと書いてあったが本気か?」


「はい。私は貴族の令嬢として王都の沢山の教会を寄付のために訪問しました。ここほどの平等を重んじた教会はありませんでした」


「それは…どういうことだ?」


「下の者を虐めたり、神に仕える前の出自で物事を決めたり。それを見てきたのです。もしも、辺境伯領がそうだとしても、司祭様は平等を重んじる方だと存じております。ですから私もお供いたします」


「雪の降る寒い地域だぞ?それに人手はない。本当に大丈夫か?」


「はい。地図は全て頭の中にありますから存じております」



それから一週間後、私と司祭様は馬車に乗り辺境伯領へと向かった。

私以外の人は皆、王都に残る事を選んだ。


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