Ep04-00-プロローグ
プロローグ
彼女は別に、戦いのなんたるかを学んだ人生を送っていたわけではない。
地元では名士なんて扱いを受ける代々の資産家の家に生まれ、特に働くでもない両親と祖父母の誰かしらがいつもかまってくれる環境で育った、およそ競争とも無縁の子供時代を過ごしていた。躾だけはそこそこ厳しく育てられたが、運用だけで増え続けてしまう資産のほとんどを地元へ還元するような家の子たれと、人から妬まれない振る舞いを常に忘れぬことに重きが置かれていたように思う。
が、己が身一つで、こんな環境に放り込まれてしまうと、元の人生がいかにぬるま湯に浸ったものであったか、思い知らされずにはいられない。
ただ、はじめのうちはまだ、そこまでとは思っていなかった。
たとえ別の世界であっても、飛行機事故で一緒に死んだ同学年の二百人の中で、唯一自分だけが人生をやり直せる機会を得たのだ。と、嘆かせているであろう両親や祖父母に申し訳なく思いつつも、前向きな気分も少しは持てていたように思う。
その原動力の多くを占めていたのが、大魔獣を倒した勇者として伝説の残るパートナーの存在だ。名前を特定して呼んだわけでもなく、単に自分の世界の史上最強を呼んで現れた彼は、実績もさることながら、人格まで申し分なく、容姿も長身の若手人気俳優のようだった。
それに何より、そんな彼が、彼女のことをとても大切に、愛おしげに扱ってくれるのだ。
舞い上がるような気分がなかったと言えば嘘になる。
家という生活の後ろ盾こそ失くしていたが、彼のような人をパートナーに迎えられたのだから、ここでの自分も恵まれた立場を享受できているのだ。と幸運的な何かに感謝しながら、入学までの準備期間を過ごしていた。
しかし、彼女は彼を月一戦の一回戦で棄権負けさせてしまった。相打ちでしかも相手のほうの怪我がより酷かったそうだが、自分のパートナーしか見えてない彼女は、大切な彼の怪我に慄き、咄嗟に試合を棄権させてしまったのだ。パートナーの彼はそれでも、彼女を責めずに、心配をしてもらったことを感謝してくれた。
そしてより絆を深くして挑んだ二回戦に彼は勝利した。だが、いまこの三回戦において彼女は、実力差というものを彼の対戦相手から、まざまざと見せつけられていた。
彼女は戦いのなんたるかを知らない。戦いがこれからどう推移するかの予測もつかない。
それでも、相手と彼との差は歴然だった。
一回り大きい体格が瞭然なだけではない。十倍の脳加速補助を受けていれば、振り回している剣の速さにも差があるのが比較できてしまうのだ。それを、祈るように見守る。
だけどそんな祈りも虚しく、彼が受け止めたかに見えた相手の剣が、まるで何にも遮られていないかのように彼の腕ごと防御を押し下げさせ、彼の頭に埋まってゆくのだった。




