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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep03-07-エピローグ

 エピローグ


 たらい回しじみた承認の手続きを一つ一つ済ませ、アラルは特別に設えられたキューブの保管庫へと足を踏み入れていた。

 ここにあるのは、柿崎景虎の活躍により確保された、強化体のままの魔女喰らいのキューブである、敵性体の成れの果て一つきりだ。魔女喰らいのものというだけでもやや希少ではあるが、特に個別とされているのは、ここまで強度がありながらキューブ化できている敵性体が、おそらく世界でもこれ一つだけだからだろう。さらに言えば、強度――即ち、蓄積エネルギーがここまで残っているキューブの危険性を危惧してのこと。

 何しろ、これほどまでの強化体を捕獲できたケース自体初なのだから、危険度も未知数と判断された。

 唐突に体積を元の人型に戻してくるかもしれない、なんて可能性を考えるのはもっともなことだが、逆に危険など何もないのに過剰な警戒態勢を敷いているだけ、と見る向きもあるにはある。

 が――。

 敵性体相手に迂闊な対処をしたばかりに、国民の大部分にまともな生活を送らせられなくなる国だってままあるのだ。そうした国と同じ轍を踏まぬよう、この世界の人々、特にまともに運営できている国家では、敵性体関連では神経質になろうとさえしているのだった。

 ただ、アラルを件のキューブの標的にするための魔法行使という、この国の防衛計画の実行にまでこうも手間取らせられるのは、後ろめたいことが不得手なこの国らしい迂遠さだ。

 魔女喰らいに最後に魔法を当てる役、標的役を担わせるのをアラルにする。

 その行いは、世界的に見ればどの国もやっていることではあるが、あまり褒められることではないのも確かだ。国際条約を順守しようとする傾向の強いこの国では、危急ではなくなってしまった事後処理の中で、この件が今日にまで延び延びになってしまったのだろう。

 しかし、万が一のことを考えれば、標的をアラルにというのは適役としか言いようがない。

 なぜなら、今回の事の始まりにおいて、アラルを囮とした作戦計画がスムーズに立てられたのも、標的がアラルだという高い確度あってこそだった。今回の魔女喰らいはよその国の魔法少女が魔女喰らい化した個体で、衛星からの映像だけでは作戦終了までわからずじまいだったが、事後軍人から供出された記憶映像で見て、その正体に思い当たった。

 アラルのかつての教え子だ。

 どこの国も国家の態をほとんど成してなかったころ、アラルはこの国で言う担任と魔法実習担当官を兼ねたような真似をして、戦場へと送り出す魔法少女を育成していた。まだ魔女喰らいなんて存在の可能性すら検討されず、逃げる個体を放置していた時代のことだ。おそらく、そのころに逃がしてしまった個体、ということになる。

 多少なりとも、仕留め損なっていて良かった、と思ってしまう。

 その数十年後に、魔女喰らいや元となる魔法少女の残滓について考えられるようになったからだ。もし仕留めてしまっていたら、教え子の魂を自ら消していたことになっていた。

 いや、仕留めてしまった子もいるに違いない。

 そのくらい、魔法少女が消耗されていた時代だった。

 ただ、掌中に収めた三角錐状のキューブを見ると、こんな姿にまでなって魂が残っているくらいなら、いっそ消滅させてくれと願う子たちのほうが多いのでは、なんて気がしないでもない。苦痛を感じていないとも限らないのだ。しかし。

 世界中でそれを止めさせてしまったのは、アラルの仕業だった。

 魔女喰らいに魔法少女たちの魂が残っている。そういう可能性を耳にした時、アラルは自らの世界への貢献を盾に、魔女喰らいの消滅処理をやめるよう訴えた。それが、人権意識を高く見せようと振る舞いがちになる各国の代表たちの賛意を得、今日に至った。

 魔女喰らいの標的をアラルに、というのも、そのころからの慣習になっている。

 と言うのも、本来対処すべきは魔女喰らい化した敵性体を仕留め損なった国であるべきところ、魔女喰らいが魔女喰らいとして初出現するのは大半が別国となってしまう。そして、魔女喰らいとは弱体化すれば逃走する性質上、その個体に対処した国が標的として延々と備えておかなくてはならなくなる。そうした発生国と出現国との悶着を避けるため、暗黙のうちにアラルの協力を仰ぐというやり方が世界中で横行しているのだ。

 アラルは一国だけに常駐しているわけではないから、標的をアラルにしておけば、出現する国だけは替えられる目が出てくる。ある意味運次第にできてしまうのだ。逃げる魔女喰らいを魔法で探知してほしい、なんて要請は、包囲殲滅戦を仕掛けられない国からすれば、やっておくのが当たり前の事後処理にまでなってしまっている。

 だが、魔女喰らいを消滅させないよう要請したアラルには、これらに目を瞑り、加担するしかやりようがないのだった。いまとなっては正直、アラルにもこれが彼女たちの救いになるかさえわからないと言うのに……。

 それでも、楽にしてやる、とばかりにキューブに魔力を注ぎ続けるまでの心境には、二百年経ったいまでもまだ至れていない。それに今回は強化体のままのキューブでもあるのだから、アラルが魔力を込めるくらいでは、十年かけても消滅はさせられないかもしれない。

 そんな言い訳を用意しながら、標的を替えさせる程度に、三角錐キューブに魔力を込める。

 この国ではもちろんのこと、他国でもキューブ化された魔女喰らいが逃走に至ったケースは聞かない。が、おそらくすべての魔女喰らいキューブは、標的をアラルに変更済みだ。

「これでおまえも、真っ先にわたしを目指して来れるだろ」

 感傷めいた言葉を囁き、教え子の成れの果てを保管ケースの中に戻すと、アラルはその場をあとにするのだった。

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