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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
97/140

Ep03-06-08


   8


 月一戦で使われる試合場よりも手狭な正方形の訓練場にて、アーズは彼を呼び出したクロムエルと剣を交えていた。

 形式は実戦。

 生まれた世界での鍛錬と同じと言えなくもないが、ある意味、普通に殺し合いだ。

 よくよく考えれば物騒だが、事前に両者が合意した旨を申請していると、決着が死亡になっても速やかに蘇生処置をしてもらえるそうだし、問題にもされないらしい。それに、防御力場なる怪我をしない措置を講じて訓練することさえ、誰でも申請ができるそうだ。

 だからこれは合意の上での実戦なわけで、制裁やリンチには当たらない。

 はずなのだが、待ち受けているのはそんなふうに一方的にやられている未来しかない、と悟らざるを得ないほど、アーズはクロムエルに手も足も出せなくなっていた。

 二度。

 クロムエルの長い脚が届く範囲にアーズが足を踏み入れた途端、その接地した瞬間の足を払われてしまうのだ。接近を試み、同じ足払いで二度とも転ばせられただけで、アーズはクロムエルに自身の攻撃を届かせるビジョンが見えなくなっていた。

「羨ましい限りの長身と長い手足で、こんな技ありな真似まで仕掛けてくるなんてな」

「真似、は言い得て妙だよ。これは、マスターが見せてくれたものの謂わば劣化版だからね」

「劣化版?」

「ああ。マスターの場合、浮かしている瞬間の脚を押し戻して、足の接地位置自体をずらしにくる。身体を前に進めようという時にそんなことになれば、転倒から身を守ろうとする意識に囚われないように、なんてまず不可能という神業だよ」

 間を詰めようという相手の先行する脚を足で押し止める。したこともなければしようと思ったこともないそんな真似を、アーズはしなければならないものとして考えてみる。

「接地前の脚を確実に押し戻せなきゃ意味ねえだろうから、読みと判断の早さと正確さが、場所だけじゃなく、時間にまで厳密にしてなきゃだめってか?」

「そういうことだ。だから真似ようとしても、そっくりそのままなんて無理だ。だが自己流にアレンジして、位置もタイミングも読みやすい接地時そのものを狙えばいいだけにすると、当たるタイミングが多少前後しても、勢いでどうにでもできる範囲に収められる」

 そう。だからこそ、アーズは手も足も出ない。どんな態勢からでもスムーズに加速できる、という意味合いでならアーズはクロムエルより速いが、準備万端整えた上でのトップスピードだと、差と言うほどでもないが、むしろクロムエルのほうに分があるように思える。

 捨て身の賭けに出るのなら、投擲があるにはあるのだが、それも極めて成功の目は薄い。

 と言うのも、接近するに当たり、本来短剣は相手の剣を凌ぐためのもの。足払いを警戒して掛けられる前から投擲のモーションに入ってしまえば、そもそもが足払いより遠間から攻撃できる剣の餌食とされてしまう。特に、長身で手足も長く、おまけにやや長めの剣を扱うクロムエルが相手ともなれば、それ相応の安全マージンを取らなければ、相手の踏み込み圏内で投擲モーションに入ること自体危険と見るべきだ。

 かと言って、あえて足払いを受けてからの転倒中での投擲、あるいは脚への直接攻撃を仕掛けるのでは、クロムエルの以後の動きの牽制にすらなりはしない。それだと、クロムエルは負傷と引き替えに、いかようにもアーズを殺す瞬間を得ることになる。この足払いの厄介なところは、力を溜めた剣の一撃をいつでも放てるように温存されていることなのだから。

「まいったな。足払いなしとかにしてくんなきゃ、勝ち目ねえわ、これ」

「そうか。ならそれはもうしないでおくよ」

「――いやいやいや。俺から言っててなんだけどさ、カチンとくるな、それ」

「気に障ったのなら謝るが、別に馬鹿にしてでも、手加減を申し出ているわけでもないぞ。足払いはマスターとの訓練の賜物。過ごした日数に差があるのに、対等の勝負もないかと思ってだ。足払いありのわたしを負かしたいのなら、気兼ねなく使わせてもらうが」

「んー。とりあえずなしの方向で頼むわ」

「ああ」と、クロムエルは惜しげもなく頷く。この勝負にかかっているのは、負けたほうが相手に一つ従うことのみ。だが、これは実質格付けと言っていい。

 格付けに関してなら、クロムエルは事前に「それはマスターがお決めになられることだ。マスターがお前のほうを重用され、わたしに下風に立つ者らしく振る舞えと仰せになられれば、わたしは納得して従うぞ?」なんてことも言っていたが、アーズとクロムエル、個人個人の関係においては、ここで負けたほうの下位者意識は拭いようもなくなってゆくだろう。

「俺だって虎様にそう言われりゃあな、別にお前から指図されようが全然かまわないし、同じようにしようとは思うさ。でもそれとは別に、俺は自分が上でも下でも、堅苦しくに馴染めねえような雑な育ちしてんだよ。納得いかねえかもしんねえが、虎様への口の利き方だって俺、これでも心から敬ってるつもりなんだぜ?」

「それはなんとなく伝わってるから、マスターがお許しになる限りはもう、わたしからとやかく言う気はないよ。ただお前、周りの状況によっては自分の言動がマスターを軽く見せる場合もある、くらい考えるのは、人の下に就く心構えの基本だからな」

「精一杯心がけるけどよ、もしかして、お前が勝って言うつもりなのってそれだったり?」

「違う。言動や振る舞いに気を配るくらい、ここでの勝ち負けにかかわらず、お前がしなければならないことだ。わたしの要求は、たぶんもう少しだけ理不尽に思えるようなものになる」

「そんなふうに言われちまうと、俺のほうは要求もなんもまだ思いつけちゃいねえんだが」

「ここで考えなくても、そのくらいの貸しを持ってると思って、好きな時に使ってくれ」

 というやり取りがあっていまに至るわけだが、何はともあれ厄介な足払いを封じ手にできたのだ。心の中の格付けでなら、もうすでに譲ったも同然だったが、このままひやりともさせずに終わるのも癪に障る。そこまでの実力差とも思ってないし、一つとはいえ、ただただ相手の言うことを聞くのも受け入れがたい。投げ出さず、対クロムエルの攻略法を自問自答する。

 正面きって戦うしかない以上、飛び込みなどはもってのほか。剣の届く範囲で浮き上がろうものなら、その瞬間にも全身が隙と見做され、剣を振り下ろされることになる。

 接近戦でなら手数に分があるのだが、一対一での勝負となると、そこに持ち込むまでが果てしなく遠い、というのがこの相手の厄介なところだ。

 剣を持つ相手の懐に入れたなら、刃物は短いナイフなどのほうがむしろ有利に戦える。そこからは取り回しの勝負になるからだ。が、ナイフなどで剣に挑めばまず間違いなく、ナイフの有効射程に行き着く前に剣で斬り捨てられて終わる。

 短い武器の不利はまさにそこで、射程の短さよりもさらに厄介なのが、短さゆえに相手の攻撃を点で受け止めなければならなくなることだ。遠心力を存分に乗せた武器の重さと勢いを、手元の一点で受けきるなんてのは、相手の倍の筋力でもなければ厳しい。

 ただし、アーズの短剣は、そういう防御の不利を消すくらいには長さもある。充分とまでは言えないが、ぎりぎり受け流せるし、刹那を凌げるくらいには重い。折れず曲がらずと薄刃にする調整は施してもらったが、長さと重さは元のままにしてあるのだ。

 それでも、クロムエルの長剣の振り下ろしほどの威力を捌けるかと言えば、無理筋に思えるというのが嘘偽りのない感触だ。長身、長剣込みで考えられるクロムエルの射程を相手取るとなると、アーズの短剣とて、剣対ナイフとさして変わらないリーチ差となってしまう。

 景虎との月一戦内で、アーズは二度負けていると認識していたが、その一敗目の最大の要因は、そこを勝機と見て、接近を試みてしまったことだ。景虎がもし全力で一刀を繰り出してきたとしても凌げる、という判断を下してしまっていた。

 否。判断自体は別に間違ってなかったと言ってもいい。

 あそこで力負けしてしまったのは、景虎の刀の威力を見誤っていたとかでは断じてない。あれは状況判断を先んじられ、間合いと呼吸とを短縮してしまう、駆け引きによる敗北だった。

 一番の敗因がどこにあったかと言うと、飛ばされた片方の短剣をアーズが手に収め、互いに仕切り直しの息合いと思った瞬間。アーズが態勢を整えつつ、今後の組み立ての思案に入ろうとする間にも、景虎が動きだしてしまったところだ。

 その時の景虎はこちらの短剣を弾いた態勢から、オーソドックスな中段の構えに戻している最中だった。景虎は、その挙動を完成させもせず、振りかぶり直しもせずに、中段よりは半端に高い位置にあった刀をそのまま振り下ろしつつ、前に出る挙に出たのだ。

 が、景虎のほうも態勢が整わないうちのことだから、その動きはアーズにはとてもゆっくりに見えていた。だから、行動を認識した時点ですでに先の分析を済ませられてもいて、その一刀を掻い潜ろうと動きだせもしたのだ。すぐさまトップスピードに持ってゆけば、判断で遅れた分の帳尻を合わせられると思ったし、現に間に合ってもいた。

 しかし、それでは到底凌ぎきれるものではない力が、あの一刀には込められていたのだ。

 いや、力という意味でなら、そう大したものではない。問題なのは、力の種類と力が作用した位置にあった。その二点の中でもとりわけ重要だったのは、刀と短剣が交錯した位置。

 低さにこそあったのだ。

 それは、せいぜいが短剣の幅一つ分程度の位置のずれでしかなかった。だが、そこをせいぜいと見縊り、その分だけ短剣を低く傾けて振り上げようとしたところ、自身の力の半分も出力できなくされていたことに気づいた。

 中途半端な高さ。言い替えれば普通より低い位置から振り下ろしをされていたことで、景虎の刀は、スピードもないのにそんな位置まで先に到達することができていたのだ。

 それにより、力や速さそのものが底上げされていたかのような瞬間を作りだされた。

 それも、駆け引きによって、のみでだ。

 アーズが十全の態勢でさえいられたなら、景虎は言うに及ばず、アーズが凌げないほどの力を剣に込められる相手なんて、この学校にだって幾人といない。ましてや、十全な態勢を取れないほどの速さで剣を振り下ろせる相手だと、これはもう皆無と言っていいくらいだ。

 だが、このクロムエルは、要所要所での速さが同等な上に、力の圧がその幾人の中でも随一であろうという相手だった。速さの優位性が微差なのに攻撃を衝突させても、生まれる猶予はおそらく一瞬にも満たない。とてもではないが、それでは懐に入るほどの時間は稼げまい。

 駆け引きも何もなく、景虎戦をなぞるだけになる。むしろ、パワー差が対景虎とは比較にならない分、あとに続く劣勢では、足掻く時間さえほとんどなしにされてしまうだろう。

 相性が悪過ぎる。

 もちろん、駆け引きの妙であらゆる相性をひっくり返してしまう景虎のほうが圧倒的に勝算など立たない相手だが、単純に計算できる範囲で勝算の見えてこない相手という意味では、クロムエルほどアーズとの相性が悪い者はいない。いや、力も速さも巧みさも、こんなレベルで持ち合わせているクロムエルに対し、相性の良い者などは学年を跨いでさえいないのではなかろうか。だとしたら、戦う手段などいっそ開き直る以外にはない。

 アーズはクロムエルの二歩分の間合いにまで後退し、右の短剣を投げつけた。

 狙いは喉のやや下方。喉そのものを狙うと、避けで対処されやすくなるからだ。防御のために剣を振らせたかった。

 思惑どおり、クロムエルは剣で短剣を左に弾く。

 正面にスペースが空く、と見越してアーズは左の短剣を防御に回しつつ、すでに身体を飛び込ませていた。短剣を弾いた剣が、素早く切り返される。振り過ぎて戻すのにもたつくなんてこともない。ただし、構えからの振りでない分、込められる力の何割かは削げているはず。

 衝突。やはり少し弱まっている。

 このつぎの瞬間に間を詰められてさえいれば、わずかな勝機が見えてくるはずだ。

 が、クロムエルは後ろの右足に軸を残しつつ左足を後退させることで、間、そのものを拡げてしまう。しかも、その動作は軸足の回転に移行し、乗算させた威力を横薙ぎの剣に与えた。

 間を詰めるのはもはや不可能。左の短剣を凌ぎにではなく、剣の重みを受けきる守勢の角度に調整し、吹っ飛ばされることで攻撃圏内から転げて逃れる。片膝立ちまで立て直すものの、クロムエルの足捌きが追撃態勢に入るのを見て、アーズは潔く認めた。

「負けだ」

 月一戦の試合場ほど広くないこの訓練場では、どう試みようが、投げた短剣を拾いに行くまでもなくクロムエルに追い詰められてしまう。元々、それがわかっていてなお、投擲で構えを崩すくらいしか、勝負のかたちにすらできない相手だった。

 そもそもが、間を詰めることに成功していたとしても、何も持たない右手で脇腹に触れ、もう一本得物を用意してれば自分が勝っていた、とまやかしの勝利を言い張れるくらいしか見込めない、小細工くさい仕掛けだったのだ。

 それさえ通じなかったのなら、これ以上勝負を続ける理由はない。

 クロムエルが剣を下ろして確認してくる。

「訓練場が狭かった、なんてクレームがあるなら、日を改めて仕切り直してもいいが?」

「それはそれで決着がつかないだけだろうし、負けはちゃんと納得してる。喜んじゃいねえけど、言うことを一つ聞くのにも文句はつけやしねえよ。ま、内容次第っつー気はするが」

「手間取らせるようなことでもないんだが、お前にさしあたってしてもらいたいのは――」

 と、クロムエルは端的にアーズがすべきことを述べてくる。

 確かに、手間がかかるとか、そういった類いのことではなかった。

「それくらいなら別にかまわねえけどよ、なんか意味あんのか、そりゃ?」

「意味は……と言うか、計画がすべて上手くいくとだな――」

 クロムエルが事細かに説明するが、学園のシステムにあまり関心のないアーズからすると、わけのわからないトリックの片棒を担がされているような気がしてならない。

「えーっと、それが成功すれば、ほんとにお前の言ったとおりの状況にできんのか?」

「できる」

「で、それを、俺は虎様にも黙っとかなきゃなんねえわけだ?」

「お前だって片棒を担いだようになるのだから、失敗したらいたたまれなくないか?」

「そりゃあ……、そうなるかもな。んじゃあ黙っとくけどよ、結局、そんな状況にまでして、お前は虎様の驚く顔でも拝みたいわけ?」

「マスターはそれしきのことでは驚かれまいよ。ただわたしは――」

 企ての成就を想像してか、クロムエルが楽しげに笑みを零した。

「――マスターの勝利に黒い花を添えさせていただこう、と思っているまでのことだよ」

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