Ep03-06-07
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バーナディルは、質問や確認の手が誰からも挙げられないと見切りをつけたか、一旦喉を湿らすと、再度の説明に戻った。
「敵が溜め込んだエネルギーを動力としないというのは、敵性体は駆動部分を失くすか、消滅するまで自ら有機物に衝突するのでないと半永久的に動くのをやめない、という蓄積データに基づいています。これに例外がなければ、敵性体が溜めたエネルギーは目減りしていかないことになる。即ち、動力源たりえない。ただし、この保有エネルギーの保存や運用方法次第で別の力、例えば磁力、浮力、斥力等を発生させられる可能性は排除できません。とはいえ、こうしてエネルギーを自己増殖させるような手段があるとするなら、それらを保有量の増大に回せない理由が必要であり、これもまた想像次第でいくらでも説は唱えられてしまうので、このあたりは割愛させてください。多少なりとも踏まえておく事象があるとするなら、敵性体内部では運動エネルギーに対しての抵抗要素が排除されている、と考えるべきところでしょう」
「その場合の抵抗は、防御の際にエネルギー消費される類いの抵抗とは別ね?」
「はい。この場合に扱われるのは、保有されているエネルギーに関してのみで、取り込もうとして失敗する、人からの攻撃における運動エネルギーではありません」
「強引な絵図にしてみるなら、敵の体内は宇宙空間のようなもので、取り込まれてしまった攻撃、運動エネルギーは、彗星や惑星みたいに空気抵抗などを受けず進んでいる、かしら?」
「了解の仕方としては、簡潔で申し分ないかと。実際の現象に相反すこともないですし」
「ありがとう。じゃあ、敵がどう動いているかについての話に戻ってちょうだい」
ルーアリィプの要請にバーナディルは頷いた。
「慣性力の限定使用でなければ、変形と考えるのが妥当ではないでしょうか。敵性体はその内部において、エネルギーを減らさずに動かせていられる。関節などを動かしているように見えて実は、単に形を変えているだけということです。それにより境界を地面等、惑星上の物質と衝突させることで、外部に反動力を作りだしているのではないかと」
「それだと生物が動くのとほとんど変わらない仕組みになるわよね。動くのではなく、わざわざ変形と言うのにはどんな意味があるのかしら?」
「生物の場合は、形状の変えにくい身体を関節部で動かす必要があり、これには筋力というカロリーの消費が必須となります。けれど、運動エネルギーを半永久的に減らさないでいられる敵性体の場合だと、このカロリー消費をしているふしが見当たらない。だとすると、敵性体内部において、運動エネルギーを運用する過程で消費を起こさずにできそうなことを考えなくてはならなくなる。その中では、自己の境界を定義し直す変形の蓋然性が高くなるのかと」
「変形……についてはどう? 何か思うところはある?」
「上半身だけで逃げようとしたところ、キューブにされると為す術がなくなるところから考えるに、スケールを縮めた同じ形に戻ろうとはしないみたいですね。個体により取るべき形があり、元の体積が残る限りはフレキシブルに原状復帰の変形もしますが、切断されると、喪失した形状と機能を取り戻せない、と見てもいいのかもしれません」
「駆動部分の破壊は、わたしが来る以前から言われてたかんねえ……」
アラルがしみじみ言った。三百年来の記憶に思いを馳せているのだろう。ただ、そうなるとアラルには同感や納得以外の、例外に当たる経験も呼び起こされるらしい。
「でもさ、質量とか体積とか言っていいのかわかんないけど、それすら変わってっちゃう変形は確実にあるんだよ。それこそ、魔女喰らいそのものが、そうして魔法少女の姿を奪って現れるもんなんだからさ。それについてはどう考えればいいわけ?」
「最初から人型に近しい敵性体はいても、生前の人の姿を完全に模してしまえるのは魔女喰らいだけ。魔法少女を取り込んでしまった敵性体に限りますか? 異世界人戦士や現地人を取り込んでも、それらしい姿で戻って来た、なんて報告はないのですよね?」
バーナディルの念押しに、ルーアリィプが苦笑交じりで答える。
「世界的に見ると、実はわりと魔法少女じゃない人が戻って来た、という話は多いの。でも、どれもちょっと、感傷的な思い込みとする見解が主流とされてきたわ。と言うのも、見た目だけの照合だけれども、きちんとしたデータ照合で誤差一パーセント以下で現れた例が、魔女喰らい以外では皆無なのだから、無理もないのだけれど」
「でしたら、もちろん実証実験も何もしようがないのですが、敵性体が人の姿を模すのは魔法少女だけなわけで、魔力絡みと考えるしかないのではないでしょうか」
「目新しい説ではないねえ」
ため息をつくアラルを尻目に、ルーアリィプがフォローするように言う。
「本来、敵性体も魔法も、科学では見える以外の確認すら難しいのですから。それに、彼女なら魔力がどう作用すれば、こういった現象になるかの見解だっていくつでもありますよ」
そう水を向けられたバーナディルが、仕方なさそうに喋りだす。先程も前置いたように、目撃例すらない人型への変形プロセスなど、バーナディルにとっては予想や想像ではなく、益体のない空想とでも言うべきものなのだろう。
「人間が死に際、いえ、死に抗い、もがききった末の死に際に発するであろう、身体を巡る生体パルスや脳波。おそらくこれを、魔法少女だけが敵性体内部で魔力込みで発することができる。それは敵性体からすると、のちの行動を変容させてしまうほど異質で重大なエラーを引き起こし、避けようのない内部からのダメージとなってしまう。しかも内部ですから、以後彼らが取り込んだエネルギーを扱うに当たり、そのダメージ痕を避けるか、逆にそのダメージ痕をなぞることを余儀なくされ、取り込まれた魔法少女の意識を残すか、浮かび上がらせてしまうから、行動が生存を優先するようになったり、姿を取り込んだ魔法少女にするようになるのではないでしょうか。また、体積の増減が必要な変形には、外部からのエネルギー吸収と同時に吸収に見合った分の変化しか起こせない、などの条件があると見るべきでしょうね」
「まあ、大部分で納得できなくもないけど、それだと、魔女喰らいが二人目の魔法少女を取り込んで弱体化して、強化してからまた出て来た時のことはどう考えればいいん?」
「そういった情報に触れる機会がわたしにはなかったわけですが、それでも疑問に思っていたのは、いまも大陸に居続ける超大型がなぜ魔女喰らい化してなかったか、です。あのあたりの国での、しかも二、三百年に渡る魔法少女の扱われ方を考えれば、これはもう二人、三人どころではない魔法少女が、超大型に取り込まれているはずなのに」
「そういやそうだね。魔女喰らいはてっきり、姿をくらませてから現れるもんだと思ってた」
「軍――と言うより、国際的な超大型への理解としては、魔法少女を取り込んだくらいでは、弱体化が足りてなくて逃げや自己強化に走らないということになってるわ。敵性体に生存本能のようなものが芽生えるのは魔法少女を取り込むからとされているのだけれど、超大型ともなれば、魔女喰らいらしい行動を取らなくても狩られる心配は極めて少ない。本来の目的である生物の生命活動の停止を優先させるのだろう、ってことになっていると思ってちょうだい」
「なるほど。それを否定する材料は……、今回の件でも得られてはいませんね。そこの真偽は超大型を消滅寸前まで追い詰めてみないとわからないのでしょうが、少なくてもこの段階で、大雑把に二つのケースで分類しておくのがいいと思われます。一つ目は、魔女喰らいと呼ばれる形態となる前に複数の魔法少女を取り込んだケース。二つ目は、魔女喰らいの形態を取りながら二人目を取り込んだケース」
「わたしは両方見てるっちゃ見てるんだけど、前者のケースの敵性体は、その場で倒したか現在も交戦中。つまり、魔女喰らいになるかはまだ未確認になるね。後者だと、魔法少女数人を殺した魔女喰らいと戦ったことがあるだけかな。二人目が取り込まれるってところを直には見たことがない。ってことはやっぱりこれも未確認になるのか。軍のほうのデータではどう?」
「把握できている範囲では、魔女喰らいが新たに魔法少女を取り込む――丸呑みにまでされた事例はありません。ターゲットとされた魔法少女は、直接触れるような攻撃で死に至らしめられたのち、再召喚不可の魂ロスト状態になるとされています。ちなみに、これは魔女喰らいに限らずなのだけれど、魔法少女を直接殺した敵性体には、若干の弱体化が見られるようよ」
「死に際の魔力放出か。爆弾代わりに、なんて真似は認められるものではないけど、いまだに魔法少女を前線へ立たせてる国は、そういうのを踏まえてやってるんだろうね」
「ええ。ですが、たぶんそれは超大型に対してだけですよ。そうした国の連中だって、新たな魔女喰らいを生み出す厄介さを知らないわけではありませんので。それに、国際社会への報告を回避しての召喚をしたところで、魔法少女には少なからず訓練期間を設けざるを得ない。主だった肉壁にされているのは、彼女らが召喚した同異世界人たちと聞き及んでいます」
「それだっていい気はしないねえ。女子供まで一緒くたとも聞いてるし。で、結局、彼らの扱われ方をやわらげてやれるような打開策は、今回の件から得られそうなん?」
「そこまではおそらく……。けれど、今回、魔女喰らいを強化体のまま体積を半減させても、エネルギーを半減させた元の形のままの完全な人型には戻ろうとしなかった、という目撃例を蓄積することはできたので。これは敵性体接敵以来の収穫だったと思いますが」
バーナディルが手を挙げる。
「先程も少し触れましたが、もし逃走を許していたら、エネルギー吸収とともに体積も元に戻していた公算は高いと思われます。ただ、それよりずっと気になっていたことなのですが、柿崎さんが三角の四面体にしていた、魔女喰らいのキューブは現在どうなっていますか?」
「詳しい場所を話すわけにはいかないけれど、某所の地下深くに電波等を絶縁する専用の保管庫を設えてるの。出口は縦穴一本で、土でも掘って進まれない限り、一瞬のロストもあり得なくなっているわ。監視はAIだけど、移動、変形の兆しがあれば対処チームを組んで駆けつけられるようにしてるから、あのキューブが再強化される心配はないでしょうね」
「逃亡がないのは理解しました。それでも一応確認させていただきたいのですが、かの魔女喰らいの現在の追跡対象はどうなっているのでしょう? 菊井さんのままでしたら、この場にて早めに変更していただきたい、と、担任として、学園側として強く要請しておきます」
ルーアリィプが手元にディスプレイを展開し、さっと目を走らせる。
「ごめんなさい。経緯報告では抜けてしまっていたけれど、現在のターゲットはすでにその子ではなくなっているわ。と言うのも、そもそもこれは貴女の生徒の仕業なのだけど、キューブ化の工程を遠くから見ながら駆けつけた本部の精鋭に、有無を言わさずキューブに魔法を当てろと切っ先を突きつけたらしくてね、彼は手に風魔法を纏わせながら受け取ったそうなのよ」
「――柿崎さんは、軍人を脅していたのですか?」
「多少ね。でも、そう取れなくもない、くらいだから気にしなくていいわ。切っ先を突きつけたと言うのも、切っ先に乗せたままキューブを渡しただけだし。報告にそこを省いてしまったのも、詳しく残さないほうが双方にとって得だったからよ。現場に先行させた本部部隊長が最優先で果たすべきだった任務は、魔女喰らいのターゲットを本部方向へ移すことだったから」
芙実乃の安全を図った景虎と、任務の優先順位を誤った本部部隊長とを比較すれば、軍だけが得をしたようにも思えるが、軍、ひいては国や世界に対しての不服従の徴候とこじつけられかねない行動が文書記録として残されなかったことは、景虎への配慮としては申し分ない。
バーナディルはそこへの追求を避けつつ、別のうやむやにされていた部分に切り込む。
「ところで、そもそも柿崎さんたちが交戦していた場所、トンネルの出口付近というのは、どういった経緯からなのです? もっとその、トンネルの奥で魔女喰らいの包囲態勢が整ってないのは遅過ぎやしませんか? 結果として類を見ない戦果が挙がることにはなりましたが、学校側としては、生徒に交戦させることになったこと自体を問題視しているのですが」
「それについては、わたしの目算が甘かったとしか言えないわ」
という前置きのあと、ルーアリィプは隠さず詳細を話してくれた。
それによると、魔女喰らいのトンネル侵入後に想定外が重なって、近場の出口に向かうはずの包囲要員が間に合わなくなったということらしい。魔女喰らいが衛星監視からロスト。正確な位置情報を把握できない状態になったことで、トンネル内部の周辺が拡大した重点未確認警戒区域となり、厳密な飛行制限がかかることとなった。その制限範囲は、連山すべてとまではいかなかったものの、部隊が動き回っていた山の山頂から麓に及んだ。
要は、渦中の山全体が重力調整での移動ができなくなったのだった。
これは、政府の閣議決定を経なければ干渉できない、国のインフラ制度の根幹だ。
ただ、そんな閣議決定を待つ猶予はないと即決した司令部は、先行接敵任務の最精鋭と、近場出口への包囲部隊に、対応の変更を指示。特に最精鋭のベイデルクには、移動系の固有魔法を持つ本部所属の魔法少女を優先して都合し、急行させた。が、そういった固有魔法の使い手たちは全員、別のエリート隊員のパートナー枠での軍入隊者たちであり、ベイデルクとの慣熟訓練など積んでいなかった。それでも、いち早く現場に到着できたのだから、彼はそれなりには上手くやったほうと言える。
上手くできなかったのは、包囲部隊のほうだ。
しかし、これこそが最大の計算違いだった、とルーアリィプは述懐する。
そもそも、敵性体は人の多い地域に出現するケースが大半を占め、山岳での包囲部隊展開のノウハウなど、司令部にも実務部隊にもなかった。それに加え、目的地となっていたトンネル出口というのは、獣すら滅多に足を踏み入れない地点に造成されたもの。つまり、交流遠足などで使うルートとは、古来から隔絶された面に設けられたものだった。だから当然なのだが、そこに通じる山肌からの道などはなく、一般人なら滑落は免れない斜面を突っ切るような進路を取らざるを得なくなる。さらには、地図上の直線距離がそう遠くないからと言って、地中を掘り進めるわけもなく、山肌に沿って円周状に迂回しなければならなかった。むしろ、一名の脱落者も出さずに到着できた精鋭部隊の優秀さが証明されたようなものだ。が、司令部も、そうした彼らの優秀さを盲信していたからこその陥穽に陥ったとも言えそうだった。
「被害ゼロで事態が収拾してくれたのは、紅焔の戦士生たち、とりわけ柿崎景虎に居合わせてもらえていた僥倖のおかげと言っても過言じゃないわね」
「はあ。実は学長から、成果の独り占めは許すな、と言われてもきたのですが……」
「そう言われてもね、まさか事態の公表を望まれているのかしら? 国内向けの放送や映像公開なら、そのものが国外流出することはまずあり得ないけど、情報は隠しきれるものじゃないわ。誘拐してでも柿崎景虎を手に入れたい、なんて諸外国に思われることになるのよ?」
「同感です。その点はわたしもむしろありがたく思っているのですが、学長のように学校評価としてではなく、当事者生徒たちになら何かあってもいいのではと思わなくもありません」
「何もないということでは、一応なくなってるのよ。一般人が戦果を挙げてしまったケースでの規定なのだけれど、軍入隊後に上乗せ加点して成績に反映されたり、軍に入隊しなくても、軍除隊後の慰労手当が、戦果の分だけ一生涯に渡って受け取れたりしてるはずだわ」
「でしたら、柿崎さんは軍入隊と同時に昇進、くらいには扱われるのですね?」
「ざっと見積もっても、そうね、二十六人態勢に五人ずつの魔法少女を掛けて、百五十六人が二月で三百十二月、最低五割増しの四百六十八月で考えても、三十九年分休暇なしでの完璧なキャリアを積み上げたことにしなくちゃ、前例に見合った戦果反映にならなくなる……」
ルーアリィプが悩ましげに頭を押さえた。
言うなれば、景虎は軍入隊時点で、三十九年間の完璧なキャリアを積み上げていたも同然となるわけだ。軍属だったクシニダの給料が同僚より高かったり、地区の成績優秀者として教官になる話が優先して舞い込んだりしたのも、入隊前の戦果とやらが原因だったと思われる。敵性体を倒したわけでもない、多少の遅滞に努めただけでその扱いなのだから、景虎に待ち受けるであろう厚遇がいかほどのものとなるのか、推して知るべしと言ったところだろう。
それだけのことを、景虎は実質ものの数ロムグの戦闘で、成し遂げてしまったのだ。
計り知れないほどの価値を示したと言っていい。
心なしかうきうきした様子のバーナディルが受け答える。
「ですが学長にはいい言い訳になります。学長在任中の生徒が類を見ないほどの出世をすると聞けば、充分納得されるでしょう。それどころか、柿崎さんの機嫌を損ねると匂わすだけで、彼に便宜を図ってくれるようにできるかもしれません。彼に軍入隊も士官学校進学もしないとでも言いだされたら、それこそ学長の評価にも響きかねませんから」
と、当て擦るようなことを言いだしたバーナディルに、皆、苦笑を返すしかないのだった。




