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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
95/140

Ep03-06-06


   6


「兵器による敵性体への攻撃だと、エネルギーの吸収が効率良く行われる。ただそれでも余さず吸収しきってしまえてはいない。あくまでも吸収とロスの割合によって、吸収面ばかりが目についてしまうというわけね。斬撃におけるダメージか切断かのように」

 ルーアリィプが話の続きを促しにかかると、バーナディルは、大人たちの暗黙の了解が何かを探るのを諦めたのか、首を傾げ続けつつもそれに応じる。

「それについては確かなことは言えないのですが、敵性体は人からの攻撃ももしかすると吸収しようとして、失敗しているのではないかとわたしは考えています」

「失敗しているからこそ、ダメージや切断という、人類側から見ての成果になるのかしら?」

「それとおそらく、されるがままの後退や転倒なども、吸収しきれていない運動エネルギーの働きで間違いありません。敵性体が攻撃に対し逆ベクトルを生成してエネルギー消費する、というのは、吸収に失敗した時の、より深刻な防御行動に当たるのではないかと思われます」

 アラルが手を挙げた。

「じゃあさ、その失敗をするしないの境目が、魂の有無だっていう従来の認識は、やっぱり否定はできないんじゃないん?」

「それは――はい。まあ、致し方ないとも言えますが、魂の有無による結果の明暗には、正直否定する材料を見つけられないんですよねえ……」

 バーナディルは口惜しげに、歯切れの悪い余韻を残した。

「致し方ない……とは?」

 バーナディルが何に対してこだわっているのか。会議の流れを誘導する意図ではなく、純粋に興味がそそられたというように、ルーアリィプが掘り下げる。

「魂の有無が単に事実なら、別にそれはそれでかまわないのですが、科学に携わる者としてはそこで思考を停止していたくないんですよね。一足飛びに原因が突き止められないにしても、どういった要素が絡んでくるのかの追求をしない根拠に、安易に魂が持ち出されて終わりにされてしまいがちになる現状が、どうにももどかしいと言うか……」

「確かにそこはつい後回しにしてきたところね。けれど、今回の交戦データに貴女が示した解法を添えれば、今後は詳細を詰める機運も高まるかもしれない。だからまあ、この際だからと言ってはなんなのだけれど、貴女の見解も聞かせておいてもらえるとありがたいわ」

 ルーアリィプの申し出に、バーナディルはやや気後れした様子を見せた。

「わたしからすると、敵性体との交戦光景なんて見るのも今日が初めてでしたし、むしろ軍の科学的見地をご教授を願えたらな、というところなのですが……」

 軍に籍を置いてないバーナディルだと、これまで軍関連の、特に人と敵性体とが実際に交戦している場面など、今回初めて目にしたくらいでもなんの不思議もない。俗に異世界軍学校などという呼称もされるが、基本、学園の職員や生徒に軍は権限を発揮できないのだ。それは逆もまた然り、といった具合であり、互いに公開している情報以外、特にプライバシーを鑑みられるとろくに共有もできなくなっているはずだった。

 ましてや、バーナディルはほんの三月前まで、正式にはその学園の就職内定者であり、厳密には一般の学生に過ぎなかった。なのに、雇用前から召喚業務を一手に引き受けざるを得なくなるという境遇ともなれば、それ以外の情報に触れる機会もなかったに違いない。

 ルーアリィプには、バーナディルから失言を引き出して難癖をつけよう、なんて意図もまるでなさそうだし、単にバーナディルを買っている、ということなのだろうか。

 その一端を口の端から零し、ルーアリィプは再度、バーナディルを促しにかかる。

「変に固定観念を入れないままの貴女の見解が訊きたいのよ。魔法分子理論の提唱者である、バーナディル・クル・マニキナの見解が」

「提唱者と言うのなら、ザヴィヴァアノさんのほうでは?」

「紅焔校の才媛――ミヌガ嬢だったかしら。ああ、貴女もそれで、紅焔校へ招聘されていたのね。彼女とは有意義な時間が取れてますか?」

「生憎と、今年度から彼女はダンジョン実習で惑星の裏側で。結局前年度しか機会はなかったのでしょうが、思いがけず実務に専念しだしてしまい……」

「昨年の紅焔校と言えば……だものね」

 ルーアリィプが言葉を濁したのは、バーナディルの前任の担任博士が、あまり評判の宜しくない国へ亡命した件を思い出したからだろう。その件は、敵性体対応が専門の軍人でも苦々しく思うくらいには、国益を損なっているはずなのだから。

「ミヌガ嬢のことは残念だけれど、でも、彼女の言葉を金言に変えた貴女だからこそ、軍としては見解を聞かせてほしいのよ。ちょくちょくある機会でもないでしょうし」

「まあ、元々柿崎さんの斬撃を説明するのに、必要に応じて話すのだとも思ってましたから、そのように続けますね。斬る性質と敵の反応についてはもう粗方済んでいるはずですし、あと付け足すのなら、敵の堅さについてでしょうか。エネルギーの蓄積量が多い敵であればあるほど堅い、というくらいにしかわたしは教わってはいませんが」

「そうね。細々と考察はあるようだけど、兵器と人とでこれほど違う、ということから、研究そのものがずっと下火だったことは否めないわ」

「確かに、柿崎さんの映像がなければ、考えても無駄なレベルで不可解なままでしたね。もちろん、いまでも敵が物質であるのか、見た目どおりの体積であるのか、中身が三次元の空間で構成されているのかすら不確定なのですけれど。それでも、液体に類する性質が表面上に見られるということであれば、蓄積エネルギー量が堅さになるのに不思議はありません」

 クシニダは、不思議に思ってしまう自分の察しの悪さを口惜しく思いながら、耳を傾けた。

「海……に類する大量の水の中を潜って泳ぐとします。漣一つ立たない、海流も何もない凪いだ状態の水であれば、それなりには進んで行ける。けれど、進む先に渦が横並びに立ち塞がっていたとしたらどうでしょうか。そこを進むことは容易ではなくなりますよね。まるで壁にでもぶつかったかのように」

 実戦経験も豊富であろうギリークが、思い当たるふしがあるとばかりに頷いている。それを見たルーアリィプも頷き、確認する。

「要するに、吸収されたエネルギーは、敵の中でスピンする動力のような構造になる?」

「いえ、おそらく敵は吸収したエネルギーを動力にしていません。堅さや強さに表れる蓄積エネルギー量ですが、あるいはこれは、エネルギーを溜めることに附随してるだけに思えるのです。エネルギーの多寡で堅さが増すのはもちろんですが、攻撃力や跳躍力が伸びるのも、力の出力が上がるせいか、コントロールできる量の増大によるものかと。また、敵の内部でのエネルギーの扱いは、水や渦の例にしなくても、想定のしようはいかようにもできてしまう」

 クシニダと同じく、いかようにもの想定ができなかったらしきアラルが、口を開く。

「どんなのがあるのか、二、三、挙げてみてよ」

「では、敵の内部を空洞の気体、あるいは、宇宙空間のような想定にして。エネルギーは渦状ではなく、敵の外皮をひたすら周回している、とか、中心部に集まって外皮を内側から圧迫する、空気で物を膨らませるイメージにしてもらえればほら、堅くなるのがわかります?」

「内部が空洞というのは、今回の件の報告のどこかしらにあったわね……」

 ルーアリィプが手元でディスプレイを開き、資料を見ながら続けた。

「クロムエルという学生が、柿崎景虎が伸びて来た敵の指を切断した時、ちぎれた指のほうを皮だけの抜け殻になったようだった、と証言している。これを根拠にしているのかしら?」

「敵の指が伸びたことに関するクロムエルさんの考察は、かなりの核心を突いたものと言えるでしょうが、敵の堅さ、強化体の性質の件とは分けて考えるべきでしょう」

「と言うと?」と、アラル。

「クロムエルさんが目撃した空洞は、想像上ではない、実存した空洞です。この惑星上の空気と言ったほうが区別しやすいでしょうか。わたしたちはまだ、敵の内部を見たことがありません。物質や三次元の空間でないと考えられていることが、見られるような構造でない公算が高いという論拠にもなっているのですが……」

「んー、でもさ、あの子が敵の頸やら頭頂部以外を縦にぶった切った時、中見えてなかったっけ? 空洞ではなかったような気がするんだけど」

「斬れた、瞬間にその断面は、ある意味外皮となるんですよ。敵の内部と、惑星上の空間との境界となる。要は、この世界の光は少なくてもどれも敵の外側、いえ、敵性体という存在そのものに弾かれてしまう。どういう波長や色の光がどういうふうに弾かれるのか、一定の法則があるのかすらわかっていない。柿崎さんが強化体を斬って断面が見れた光景。あれが貴重な資料であることに否やはありませんが、強化体でない敵性体が斬れている光景と本質的には同じことなのだと思います」

「……敵が自ら外皮をどうこうするわけではなく、物が見える物理現象として、何をどうしようと内部など見られはしない。世界そのものがそういうふうにできてしまっている。それに、光は反射されるけれどいちいちでたらめで、それでも反射は反射だから概ねの敵は鏡に類したような色合いで認識されることが多い、くらいの感じになるのかしら?」

 ルーアリィプが頭を悩ませながら要点を纏めてくれた。

「はい。断面が外皮となる様子も今回見られました。先程の両断しかけた二つの例で、魔女喰らいは元の形に戻るために、断面のほうを新たな外皮とした変形をしましたよね。そのまま断面を繋ぎ合わせるケースもありましたから、早さか効率かやりやすさでどちらの手段も取るのでしょう。ただこの際、敵が元に戻るのに変形を用いた場合でなく、接合するのに若干手間取ることが、敵の内部に運動エネルギーが存在するせいなのかと感じています。と言うのも、断面が境界となった瞬間から、運動エネルギーはその向きを変えざるを得なくなる。大雑把なイメージにすると、下から直進していた上向きのベクトルが、突如できた切り口のせいで、右に折れて折り返したのちに上向きに戻るわけです。この切り口をなんの工夫もなく繋いでしまうと、折り返しのせいで右向きと左向きになってしまったベクトル同士の衝突が起こる。敵性体にとってはおそらくこれがかなり深刻なのかもしれません。また、敵性体が内側から外側へのベクトルで堅さを生み出している構造だったとしても、単に切り口を塞いでしまうと、上向きと下向きのベクトルで衝突が起こることになります。無数の細かな渦だった場合でも、ベクトルを衝突させずすんなりと大きな渦に収束させるのは難しいのかと」

「だから柿崎景虎が連撃を繰り出すあいだ、敵は修復しきらなかったのだな」

 ギリークが理解し納得したとばかりの呟きをもらした。

「エネルギー量で考えると、強化体のほうがわずかに修復に手間取るかもしれません」

「大きな力をロスさせないためなら頷ける。しかし、君は先程、敵がこの力をロスさせないために動力にも使っていないと言っていたな。戦っていた者としての感覚でなら賛同したいところなのだが、ならば敵はいったい、どういうふうに動いていると言うんだ?」

「ええと、調べようがないので、これは本当にただの想像だけの話になりますが」

「それでいい」

「では、些少ではありますが論拠となる現象を挙げるとすれば、敵性体は自身が動かされるベクトルについては、吸収せずに放置していることがそれに当たります。戦闘シーンで話をすれば、吸収しきれないダメージ分に対してだけエネルギーを消費して相殺。ですが、放置してもより深刻にならないような攻撃の余波は当たり前のように放置する。今回の件で言えば、クロムエルさんらの攻撃が敵を後退させたこの、自身が動かされるベクトルです」

「そうだな。敵性体はわりと吹っ飛ばせる」

 そう。先程軍は敵性体を兵器で吹っ飛ばせることを危険視したが、人の力で敵性体を吹っ飛ばせることは、いままでは当たり前のこととして見過ごされてきた。

「敵はなぜこれを放置するのだろう、と考えると、結論としては、慣性力を相殺や吸収してしまうことが非常にまずいことになると思われるからです。相殺は言わずもがな。惑星の自転や公転を相殺しようとすれば、いかな敵性体と謂えど瞬時に消滅しかねないほど、エネルギーを消費してしまうことになるでしょう。惑星の慣性力とは、それほど大きな力です。ならばいっそこれを吸収してしまえ、なんてことはできないのかもしれませんが、仮にそれをしてしまうと、その瞬間にも敵は自転と公転に取り残され、惑星外へと放り出されることとなる。銀河の動きには取り残されないのなら、一年宇宙を漂えばまたこの惑星に戻る目もありますが、慣性力が無になった状態で公転軌道上に止まっていられるかと言えば、これも難しい。公転軌道上ということは即ち、惑星に影響を及ぼすほどの恒星重力の影響下にあることになるからです。惑星上で物が下へと落ちるように、いずれ恒星に向かって落下してゆくことになる」

 そうなるのは敵性体であるはずなのに、全員、うそ寒い表情になる。そのわずかの沈黙を破り、アラルが茶化すように反問する。

「その力も吸収しちゃえば、微動だにせず待てたりはしないん?」

「そうですね。重力加速度でついた慣性力なら、吸収できる可能性はあります。けれど、重力の本質は空間を歪ませること。要は、自重により窪地を作り、範囲内の空間そのものを自身へと向かう力場にしてしまうわけですから、空間を傾け返すほどの重力、ないしはそれに類するエネルギーを放出しなければ、その場には止まれないでしょう。惑星の慣性力を一瞬吸収した程度では、一年はたぶん保ちません。重力加速こそは吸収できても、ずるずると太陽に呑まれることになるのかと。以上のことから、敵性体は慣性力を吸収できないか、しないという推論に至るわけです」

 皆が感嘆の息をついた。バーナディルが些少と前置いた論拠から導き出された推論。少なくとも、これに論理的な反問をぶつけられる人間はここにはいないのだった。

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