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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
94/140

Ep03-06-05


   5


「誤解があるようなので、まずはそこを解いておきますが、確かに五億倍は攻撃の威力ではなく、ロスの比較として挙げた数値となります。ただし、ロスが攻撃の威力と無関係でないことを、きちんと感覚で理解していただけなければ、話が入っていかないかもしれませんから、少しだけ反動の話をさせてください」

 全員が居住まいを正して、バーナディルの話に耳を傾ける。

「反動は当たる物同士の性質により結果に差異がある、というのは例えば、剣で斬る時に対象の硬軟により斬れたり弾かれる、というのが直近に見た光景でもありますし、イメージもしやすいでしょうか。ではその記憶再現において、強化体が斬れたケースと斬れてないケースを思い浮かべてください。ここで難しいのは、敵性体が物質かどうかもわからないこと。つまり、反動の計算に使える係数を割り出せないことにあります。が、物質でないとも言い切れるわけではないし、斬れなくても身体ごと吹っ飛ばせたり、反動を殺した斬撃が通ったところをわたしたちは見ています。なので、性質を調べる方法はありませんが、敵性体の身体でも反動は起こる、と仮定します。そうすると、斬り方によって結果が違ってくることに、なんの不思議もない、むしろ当たり前だということになる」

 クシニダからすると、逆に不思議なことを言われているように感じるのだが、バーナディルはそもそも斬れる斬れないを物理現象だと言っていたし、不思議ではないのだろう。

 それでも、異世界人三人は、どうしてもぽかんとしてしまうため、その理解を助けようと、ルーアリィプが要点を言い直してくれる。

「反動が起こる物質だから、反動を殺せれば結果に差がついて当然、というわけね。それほど反動というのは、シチュエーションによって別の顔を見せる、と」

「はい。例えば剣に進む力と等しい力が逆向きに加われば、剣はもう進みません。空気だって斬れないことになります。ただし、これは反動の向きがこう、と決めつけているからイメージもできるだけで、普通に物を見ても反動の力の向きなんて見えません。ですが、反動の量なら比較的可視化することができるので、その例を挙げることにします。水に対して浮力を持つもの、ということで氷を題材にしようと思うのですが、よろしいですか?」

 全員が静かに頷く。

「では、標準的な剣と同程度の重さの氷を正立方体状にして、上空から水に落とします。高さも高さなので、完全に沈み込みましたし、水しぶきも相当飛び散りました。氷の体積以上に。水しぶきは、体積によって押しのけられるのではなく、氷の質量と落下速度による運動エネルギーを受けた水の反動で飛び散るのです。その分だけを概念的にイメージをしてもらいたいので、高さによっては氷が欠けるとか、水温によっては溶けるとかは考えないでください。空気抵抗もなしで。いいですか。そうしたら、浮上してきた氷を、もう一度上空に戻します。溶けてませんから質量はまったく一緒ですが、今度は形状を変えてみることにしましょう」

 バーナディルの言うがまま、皆がイメージを思い浮かべているようだ。

「概念的でいいわけですから、形状は極限まで細い針状にでもしましょうか。真っ直ぐ立てて落としても、空気抵抗で逸れたり、重力加速で圧壊してしまう心配もいりません。こんなに形状が違うのに、まったく同じ高さから落としたことになっていますから、着水時の落下速度も同じで、質量に変化のない氷の運動エネルギーは、正立方体の時と同じ値を示しています。それなのに――、針状で落下した氷の潜行深度は? 撥ねた水しぶきの量は? 結果はずいぶんと違うものになりましたよね。この時の、運動エネルギーを攻撃力、水しぶきの量をロスの少なさ、潜行深度を斬撃力に置き換えてみれば、柿崎さんが強化体を斬れているのも、ただの技術の研鑽だったということで、物理的な現象としてご理解いだだけるかと」

 皆、唖然としていた。クシニダと一緒で、理解しつつあることに唖然としているのだ。

 脳内では、あれだけ不可思議だった景虎の斬撃が、納得できるイメージとして描き直されてゆく、理解不能だったバーナディルの言動が、正論の枠に置き換えられてゆく。

 ルーアリィプがここでもまた、理解の助けとなるような確認をしてくれる。

「同じ運動エネルギーでも、立方体の面積でぶつけるか、針の先の一点に集約するかで、貫通力――切断力は桁違いになる、という計算が成り立つのね」

 ギリークが呻った。

「確かにそれなら、針の氷は三、四倍どころではなく深く沈む。運動エネルギー――攻撃力が同じなのに、ロスが無いだけでそこまでの切断力に昇華するものなのか……」

「ギリーク大将が舞踊で喩えられていた指先の扱い、その極致のような神経の払い方を、おそらく柿崎さんは幼少のみぎりよりしてきたのだと思われます。少し説明したと思いますが、柿崎さんの刀には金属の層があり、中に埋まっている薄くて堅い層へと真っ直ぐに反動を逃がさなければ、容易く折れ曲がってしまう。彼はそれで、魔導門装を揃いの指輪にしたがっていたパートナーの希望を聞かなかった。刀からの微細な振動を感知するのには、指輪すら邪魔になると、真っ先に危惧されたのでしょうね」

「それもまた、いついかなる時でも柔な刀を歪めない、反動を極力起こさない刀の振り方が心がけられる一因というわけか」

「はい。葉っぱでさえ、人の肌を切ることがある。それと較べれば、いくら柔とは言え、柿崎さんの持つ刀は、曲がりなりにも金属製ですからね。余人には感じられないであろう反動の兆しを繊細な指先の神経で察知する、そのほんの刹那くらいなら歪ませずに凌げるのでしょう。柿崎さんはそれであのような刀をだめにもせず、使い続けていられた」

「そうか。ではやはり、ここの世界の子供をそう仕込んで育てられても、柿崎景虎と同じ資質がなければ無為に終わってしまうのだろうな」

 ギリークの感想に、ルーアリィプが諦め顔で頷いた。

 バーナディルは皆が納得したと見たのか、話をつぎの段階へと進めだす。

「ではこれからは、柿崎さんの斬撃の蓋然性が他者の蓄積させてきた戦闘データを否定するものではない、という前提で話します。ただし、あそこまで強化が進んだ敵性体を切れたケースが確認できたことで、あやふやな推論でしかなかったもののいくつかが否定され、いくつかに現実味を帯びさせたことにもなりました」

 皆、真剣な表情でバーナディルを見つめている。

「斬撃の話のイメージが薄れないうちにまずはこれから、敵性体の身体的な性質、及び、それが強化体になるというのがどういうことなのかの推論からいきますね。今回の戦闘風景に過去の証言諸々を併せると、敵の身体はやはり液体に類す性質を有すると考えるべきでしょう。ギリーク大将は直の戦闘経験をお持ちですから、是非ともこれの吟味をお願いしたいのですが」

「うん……。そう感じることは多々あった。だがそれは斬れている時にしばしば、というものであって、斬れない状態――強化体のうちは、それこそ金属のようにしか思っていなかった、というのが正直なところだ」

「だいじょうぶです。推論はその感想に沿ったものになりますから。敵性体の身体が液体だとしても、あれらはただそこにある液体、というわけではありません。どんな塊――個体も生物を襲撃してくるわけですし、水たまりとしてそこにあるわけではない。あれらに剣で攻撃しても斬れない場合、あれらの身体の中でなんらかの防御反応が起きているからでしょう。単純な話、攻撃と同じ力を表面に逆向き持って来られれば、何にも傷つかない身体を作れます」

 心当たりを思い浮かべながら、というしぐさをしつつ、アラルが訊いていた。

「水の上に落下した時、高ければ高いほど水面が固くなるっていう、あれ?」

「そうですね。それを運動エネルギーに対する水の性質とすれば、その性質をきっかけにした反応が敵の防御方法であり、液体を補強、増強したような防御力や堅さに説明がつくのかもしれません。高ければ高いほどというのは、重力加速によりそれだけ運動エネルギーが増大してしまい、反動もまた大きくなるわけですから、敵性体の反応もさらに比例してしまうのでしょう。だから反動を起こさせない攻撃に対しては、反応も淡白になってしまうのかと」

「なるほど。ってことはさ、ゆっくり押し込めるような攻撃が有効だったりするん? 例えば板かってくらいの幅広の剣とかで敵の身体を仕切るようにして、分断しちゃうとかは?」

「それは、現実的な攻撃の手立てとするには難しいでしょうね。まず、敵を分断しきる前に、ゆっくりの加減を一瞬でも間違えば、その反動で切り進められるのはそこまでです。また、運動エネルギーそのものが少ないところが、攻撃としての要件を満たしてないと思われますし、敵の修復なりが攻撃を浮力として押し返してしまうのかもしれません。ただ、アラルの発言が示唆していることは、わたしが言いたかったことを別の言い方にしてくれたもので、それは、運動エネルギーに比例して敵が防御にエネルギーを割くのなら、攻撃の威力、即ち、運動エネルギーそのものが少ない柿崎さんの攻撃は、平均的な異世界人戦士たちよりも、敵性体の防御力そのものを抑制させている公算が高い、というものでした」

「あの子の攻撃の威力が低い?」

「明白に。持っている武器の重さも、振っている刀の速さも、他の異世界人戦士と較べると、合わせて半分といったところでしょうか、運動エネルギーを攻撃力とすればの話ですが」

「反動を起こさせない攻撃を行う限りにおいてなら、攻撃力――運動エネルギーは大きければ大きいほど斬撃力だって上がる、ということかしら」

「レプリカで試験させた者の感想も、あの刀は軽くて振りにくい、だった。だが、その攻撃力の低さが、斬撃力を否定するものではないことも、攻撃力が上がれば斬撃力も上がるというのも、同時に成立しているのだともう、感覚でも理解している」

「それを言葉としてもご納得いただくなら、同質の攻撃であれば、攻撃力は高ければ高いほどいい、でしょうかね。ですがおそらく、この質的要因により、柿崎さんは敵性体にダメージを与えておらず、そのほとんどを斬撃力に昇華させてしまっていると思われます」

「ダメージを、与えて、ない?」

 アラルの口から、驚きが零れ出た。

 それはあまりにも、クシニダの認識とも乖離している。景虎だけが敵にまともなダメージを与えられる、としか思えない記憶再現映像だって目に焼きついているのだ。

「ええ。先程までは散々ロスという表現を使いましたが、氷が落水した時に上がる水しぶきこそが、敵性体に対してのダメージと呼称するのにふさわしいのだと思われます」

 全員が言葉に詰まり、バーナディルを眺めやる。

「敵が液体という仮定まで話を戻しますと、敵にとって一番厄介なのは、衝撃により身体を弾かれ、体積を減らされることに他なりません。ですから、敵の防御の主目的は、この弾けようとする身体に対し、逆ベクトルをかけて留め置くことにあるのではないでしょうか。そして、その逆ベクトルを生成するためエネルギーを消費する。結果、敵はエネルギー総量を減らし、目に見えるかたちとしては弱体化してゆく、というのが、敵にとっての本来のダメージになるのだと思われます。その証拠と言えるほどのデータではありませんが、柿崎さんが敵を縦に両断しかけた以前と以降で、各人の斬撃の深度は、誤差ほどにしか変わってないとAIは画像をそう解析してました。斬撃の深度がダメージに比例するなら、あれほどの切れ方をした敵が、なんら変わりない防御力を発揮しているのはおかしな話ですから、サンプルは少なくても、それなりの信憑性は見込めるかもしれません」

「つまり……、敵に反動を起こさせない切り方だと、エネルギーの消費も起こさせられない、その結果の弱体化も見込めない?」

「はい」とルーアリィプに対して頷く、バーナディル。

 記憶再現映像を見た直後、脳加速も止まっていた時に、バーナディルが束の間目を閉じていたのは、そんな解析をAIに指示していたからだったのだろう。景虎の戦闘を目の当たりにしたクシニダは、ただただ度肝を抜かれただけだったのに、人間とは、知性に差があるだけで、これほどまでに見え方に差がつくものなのか。

 ギリークがいちいち思い至ったかのようにつぶやきだした。

「液体に……水しぶきに……ダメージか……」

「でもさ、わたしの魔法なんかいまでも戦士たちの武器攻撃とかよか、大量に水しぶきを上げられるわけなのに、敵には無ダメージで弾け飛ばせたりもしないのはなんなん?」

 首を傾げるアラルに、バーナディルもまた首を傾げ返す。

「そこが魂うんぬんを排除できない要因なんですよね。魂が弱ったという推論は確かに否定材料が少ないわけですが、ただ、今回アップデートされた敵の性質を絡めれば、アラルの魂は必ずしも弱ったわけではないという推論も成り立ちます。つまり、アラルの魔法に対して、敵はエネルギー消費をしないわけではないが、吸収も相当量行えるようになってしまった。あるいは、魔法にも強度やらベクトルやらが魔力として働いているようですけど、そこを物理現象としての運動エネルギーと一緒くたにはできないとか、敵は魔力の性質ごとに実は別の反応を返しているのだとかならどうでしょう。わたしはそもそも、物理攻撃と魔法攻撃は分けて考える必要があるとも思っていましたが」

 ルーアリィプが相槌を打つ。

「まあ、純粋な物理現象だって、人力と兵器、反動有りと無しで、これほどまで違ってしまうのですものね」

「それなんですが、魔法と物理ではまだ分けて考える必要がありますが、人力と兵器に関してなら、敵性体の情報収集と防御配分調整との兼ね合いというのでも、一緒くたにした数式化が可能となるのではないでしょうか」

「――聞かせてちょうだい」

「では。これまで単に強化されてしまう、としていた兵器での攻撃ですが、実はちゃんと、今回の件を予期していたと見做すことのできる考察が、前々から残されていました。要点だけで言うと、強化――吸収はロス無く起こるものではない、という説ですね。吸収が何割でロスが何割などの観測や実験の方法がないため、保留にせざるを得なかった説ですが、今回の件で敵の性質の一端が垣間見えたので、これはほぼ確定と言っていいでしょう」

「ロスが極力無くされている斬撃一つで、もう検証が済んじゃうん?」

 性急さをからかうような口調で、アラルが口を挟む。

「ええと、ロスのある斬撃と兵器等での検証結果も散々あるので。兵器攻撃でのロスで言いますと、飛距離がそれに当たりますね」

「飛距離?」

「兵器の推進力や爆発による破壊力は完全に吸収されてしまう、なんて学校では教わりますから、敵性体が多少吹っ飛ぶのは、爆風に微生物が混じるからだなんて一般には思われているようですが、吹っ飛ばされているならそれはどう見ても、吸収されない力の作用によるものになるでしょう。それも吸収や相殺ができるのなら、敵は微動たりともしなくなるはずです」

「確かにそうなんね」

 アラルは感心したように零した。

 と、その直後、ルーアリィプが悩ましそうに口を開く。

「いまの、兵器に対しての考察は情報漏洩禁止の措置にさせてちょうだい。わたしが懸念するまでもなく、広く世間一般には流布できなくなっているでしょうが、直接の会話までは統制のされようがありませんから」

「何か問題がありましたか?」

「問題……ね。ふふっ、いえ。貴女のような頭脳が無邪気で善良でいてくれることは、残念でもありますが、安心もしていられますから、良いことですよ」

 ルーアリィプは本心からのように言った。

 いや。嘘偽りなく本心からなのだろう。

 軍が大っぴらにしたくないことなのだと考えれば、クシニダにだってわかることが、バーナディルには思いつけないでいる。おそらく、バーナディル以外の四人が、さして苦もなくその最悪のシナリオに辿り着けているというのに。

 バーナディル・クル・マニキナは、ルーアリィプが言うように至極真っ当で、善良な人間なのだ。人間の悪辣さや愚かさに対し、その想像の翼を広げることをせずに、最良や最善の方向にばかり視野を固定させてしまっている、建設的な理想の追求者に違いなかった。

 そう考えると、この大層な知性の持ち主と謂えども、可愛らしくすら思えてきてしまう。

 クシニダは、そんな雰囲気を醸しだしてきた大人三人をよそ目に、顔にはバーナディルに近しい、人の世の悪意に無理解という表情を浮かべておくのだった。

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