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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
92/141

Ep03-06-03


   3


 バーナディル・クル・マニキナが軍の聞き取り調査に協力することとなった。

 ということで、帯同の指名を受けたクシニダは、異世界人召喚のオペレーティングルームまで足を運んでいた。クシニダが入るのは二度目だが、本来気軽に出入りしていい部屋でもないはずだ。ただ、ここの機能にアクセスする権限がなければ、何ができるというわけでもないのだし、気にしないでいいとバーナディルには言われている。

 何せ、椅子のオブジェクトを出すリソースさえ、ビジターには与えられてないのだから、不正にアクセスして、勝手に人を召喚できたりするはずもない。バーナディルでない担任が異世界人生徒を迎える時には、それ用の別の部屋で待機するという話だ。

 バーナディルの傍らに立つと、クシニダは早速訊ねてみる。

「ここからどこかに向かうとか?」

「いえ。リモートで参加するので、ここで充分でしょう。秘匿性で言えば、職員室直結の会議室より万全でもありますしね」

「なーんだ」

 帯同と言うからには、どこかに出向くものだと思い込んでいたクシニダは、いささかの拍子抜けをしつつも、すぐに気分を切り替える。

「でも、帯同ってどうしてわたしだったの? 軍からの指名ってわけでもないんでしょ?」

「軍の指定はですね、二名までで、担任博士と柿崎景虎の担任が望ましいとのことでした」

「ナディ担任一人で済んじゃうんじゃん」

「そうなんですけど、わたし個人がどうというわけでなく、柿崎さんに言及できる人間ということなのでしょう。枠の空いたもう一人はわたしが決めていいことになりましたので、お手数でしょうがクシニダさんを指名させていただきました。候補としては、交流遠足当事者の担任のどちらかか、菊井さんかピッチェさんの魔法実習担当官とのことでしたので、まあ、一番気心が知れた相手かな、と思いまして」

「あはは。担任同士って、ギスギスしてそうだもんね」

「そんなイメージなんですか? 確かに成果を競ってる部分はあるかもしれませんが、たぶんそこまでではないですよ。それに、気心が知れたと言うなら、わたしはティウ担任とも話さない仲ではなくなってきているんですけど、あの人は気心が知れてない人にはちゃっかりできなくなるようなので、こういう場合の応援は荷が重いかな、と」

「で、わたしなんだ。それで、わたしは何を求められてるの?」

「そうですね、生徒の利になるスタンスで、たまにでも援護してくれれば充分ですよ」

「はーい」

 と、クシニダは気軽に請け負った。バーナディルが用意した椅子オブジェクトに座りつつ、リクエストした故郷の飲み物を受け取って、会議待機中の部屋で待つこと約四ロムグ。一瞬前までは元の部屋だった目の前の風景が、参加者全員が着座し、円卓を囲むようなホログラフに切り替わった。待機中を申請しておけば、全員揃った時に投影される仕様だったのだろう。

 クシニダの基準では三十代くらいに見える女性軍人から話しはじめる。

「参加は事前通知されていた五名で間違いないな。進行を自任するつもりはないが、とりあえず軍から参加する二名だけ、わたしから紹介させてもらう。今回の魔女喰らい討伐作戦の司令役に任じられていたのが、わたし、ルーアリィプ・ポーラ・スイで、左側にいるのは、戦士統括のギリーク大将。今回の作戦には関わってないが、七十年前の蒼穹校を総代で卒業されたご経験と、その後も長きに渡り一線に立ち続けた経歴もある方だ。会議の前に洗い出せるだけのことを試してもらっているから、それについて話してもらおうと思っている」

 男が静かに頷いた。七十年前の総代だから百歳手前のはずだが、見た目は二十代の青年だ。

「では、紅焔校のお二人から、お願いする」

「はい。わたしはバーナディル・クル・マニキナ。柿崎景虎の担任であり、紅焔校の担任博士でもあります」

「わたしはクシニダ・ハスターナです。バーナディルクラスの魔法担当官だから、景虎くんとも芙実乃さんとも面識がある、ってことで連れて来られました」

 言いながら、クシニダは最後の一人を横目で見ていた。何せ、いかにもというような、仮面なぞを被った、ツインテール少女だったからだ。怪しむなというほうが無理というもの。

 しかし、彼女はわりと砕けた口調で、クシニダに続いて喋りだしていた。

「ま、名乗ってないのが一人だけで、しかも異世界人なんだから、別に本名でいいか。わたしの名はアラ・ル・トルテ・ナフミリヤ。今回の作戦には最初から噛んでて、衛星画像でならリアルタイムでずっと見てたんだ。ってことでよろしくね」

 などと気安く手をひらひらさせている彼女がはじまりの魔女。姿形の知れない有名人だ。各国を歴訪しているなどと聞いていたが、タイミング良くこの件に居合わせて、どこからまではわからないが、会議にまで参加してくれるらしい。

 ルーアリィプが片手で顔を覆って、ため息をついた。

「各自、アラルがこの件に絡んでいたことはもちろん、ここで話したことも内密に」

 全員が頷くのを見て、ルーアリィプはこの場で唯一の男性、ギリークに話を振った。

「柿崎景虎の作った、トライアングルとでも言いたくなるキューブだが、これを実績も確かな者に斬らせてみたところ、瞬間の傷一つもつけられないのが確認されている。つまり、今回討伐された魔女喰らいは紛れもなく強化体であり、纏の斬撃を絶え間なく二月程度当て続けなくては、斬れる堅さにならない相手と推定せざるを得ない。ところが、だ。彼は纏すらなしで敵の胴を両断させている。まあ、それが今日の本題なわけだが、とりあえずこれを見てもらってからにしようか。軍人の記憶から供出された視覚データ、柿崎景虎の戦闘映像だ」

 軍人、軍属もだが、服務中の記憶には、供出の義務がある。ただ、プライバシーに関する発言等、本人が見聞きされたくないと思っている記憶だと、そもそも吸い出しそのものが行われず、また、吸い出されたデータは本人が閲覧し、編集してからでなければ、他者の閲覧まで可能となるデータにエンコードされない。

 要は、撮影機器などいちいち持参しなくても、任務中に見た光景は映像化が可能だし、供出することで、供出者に不利な証拠にはされなくもなっているのだ。軍属でもあるクシニダもそれに同意の署名をしているが、珍しい事態にも遭遇してこなかったため、敵性体との交戦風景の供出を実際に求められたことまではなかった。

 ギリークの補足をするように、ルーアリィプが話を引き継ぐ。

「実時間で見ると時間を取られてしまうので、見ているあいだだけ百倍程度での脳処理補助を入れようと思いますがいかがです? 苦手な人がいるなら、倍率を下げてもかまいませんが」

 誰も意義を唱えないのを見ると、同意のボタンが各位の前に現れる。全員がそれに触れた瞬間、記憶が再生され、視界がその時の記憶保持者のものに切り替わった。川原からはじまり、同僚の脱落を経て、トンネル内戦闘で終わる。景虎の戦闘だけでなく、記憶保持者らの追跡風景まで含まれていたから、脳処理補助を受けないで見たらかなりの時間を取られたはずだ。

 見終えると、実時間に戻る。ちなみに、会議そのものを脳処理補助で時短しないのは、思考と感情を並列処理され、感情的な発言が多発するのを避けるためらしい。

「いかがでしたか?」

 ルーアリィプが主に学校側の二人に対して言ってくる。たぶん、軍側の二人やアラルはすでに何度か見ているのだろう。なのに返事をしないでいるバーナディルにちらと目を走らすと、まだ目を瞑って、おそらく何事かを黙考している。担任博士などというアクセスできる情報レベルも高そうなバーナディルだが、任務中の軍人の視覚記憶などはさすがに管轄外だし、初見に違いない。興味深過ぎて、脳処理補助が解除されていることにも気づいてなさそうだった。

 場の空気をささくれさせぬよう、クシニダは道化て間を繋いでおく。

「やー、ちょーかっこよかったですねぇ。もー美しいのなんのって」

 その感想にこの場で唯一の男性、ギリークは呆れ気味のご様子だが、アラルとルーアリィプは喉の奥で笑声を留め損ねていた。特に。

「ええ。公開できないのがもったいないくらい、美しくて心奪われる映像だったわね」

 と、ルーアリィプの会議への参加態度を軟化させられたのは大きい。アラルはそもそも砕けた人のようだし、おかげで、ギスギスした雰囲気で話さなくて済みそうだ。バーナディルもいまはもう目も開けているし、心配はいらないだろう。早速質問を繰り出すつもりのようだ。

「では、柿崎さんの行動が問題視されている、というお呼び立てではなかった、ということでしょうか」

 ルーアリィプは態度を軟化させたまま頷く。

「そうね、問題視はしてるけれど、悪い意味でではないから警戒しないでちょうだい。今回の件に彼が巻き込まれてくれたことは、軍にとっては信じがたいほどの幸運だったわ。けれど、信じがたい、という部分への注目と解明はその分、最優先事項になってしまってるのよ」

「敵性体、それも強化体をいとも容易く、あんなにも切り裂いていたこと、ですね」

「ええ。軍としてその解明は急務だわ。だけど、すぐに答えが出るようなものでもないでしょうし、本人にこちらへ出向かせたりもしにくくて。ただ、それでもある程度の目途をつけなくてはならないし、担任としての貴女から聞けるだけのことは聞きたい、というわけなの」

「そうですね、柿崎さんの負担がなきよう配慮してくださるのであれば、こちらとしても協力は惜しみません。彼の何をお知りになりたいのですか?」

「特出している能力や異能、この件に係わりそうなことがあればなんでもいいわ」

「……仰りたいことはわかるつもりですが、柿崎さんたちのいた世界での異能はフィクションでしかなく、身体能力に関しても、常識的な範囲においての上の下だった、と思われます。特出しているものをあえて挙げるとしたら、武器の再現度でしょうか」

 バーナディルの言を受けたギリークが、手のひらを見せ、発言する。

「それについての報告を先にしておこう。柿崎景虎の戦闘関連事項なら、悪いが断りなく、軍の権限で見れる限りはとっくに見ている。無論、武器の再現度が唯一突出していたこともだ。そこから推察された実験映像があるから、それを見ながら聞いておいてくれ」

 ギリークが手元でコンソール操作をすると、円卓の中央にホログラフ映像が映る。

「まず、柿崎景虎が使う刀をそのまま再現したレプリカでの、キューブ斬り実験。このキューブは当たり前だが、強化体を弱体化させてからキューブ化したものでなく、強化機会が一切なかった敵性体のものを使用している。が、自分の剣でならこれを両断できる者に、この刀というのを試させた結果、このとおり、一瞬刃が埋まったところで曲がってしまった」

「柿崎さんには得物の硬質化も鋭利化もお断りされてしまいましたからねえ」

「おかげで五本も使えない武器を作ることになった」

「……直るのを待てば良かったのでは?」

「効率の問題だ。この会議が開かれる前に、洗い出せるだけのことはしておきたかった」

「それは……お買い上げありがとうございました?」

「悪いが、軍の実験用では、権料は発生しないだろう。推奨の装備品リストにも載せられないし、作った五本もすべて分子解体済みだ」

「残念です。では、えっと、実験というのはいまのがすべてで?」

「いや。柿崎景虎の刀を硬質化したもの、鋭利化したもの、両対応にしたもの、それと、試験者の剣を無加工再現したもの、硬質化のみ、鋭利化のみ、さらにそのパターンを、柿崎景虎の刀の材質でそれぞれ再現した。映像を順次流れるようにしよう」

「ギリーク大将、それはもう、纏めて先に見てしまおう。皆、脳処理補助をまた百倍で入れるから、承認してくれ」

 ルーアリィプに促され、クシニダも承認した。

 ちなみに、脳処理補助を受けて映像を見る場合、よほど特殊な再生設定にしてない限り、主観では等速で見られるよう調整されるし、倍速やスローにするのもお手のものだ。百分の一でしか動かない映像を延々と見続けるようなことにはならない。

 映像を見終えて時間が等速に戻ると、今度はアラルが喋りだした。

「あの子の刀を硬質化した二パターンでキューブが斬れてたってことは、柔らかい、あるいは無加工再現した得物が、対敵性体において有利に働くってことではないことになるん?」

 仮面で顔は隠れているが、顔の向きがバーナディルに向いている。科学者の見解を真っ先に聞きたがっているようだ。

「そうですね。あるとしても微増微減止まりなのだと思われます。試験者の剣を無加工にしたものでもすっぱり斬れてましたが、硬質化鋭利化を済ませた普段のものと較べ、使用感がどうであったか等の感想はお聞きになられてますか?」

「聞いたは聞いたが、硬質化鋭利化はもちろん、いささかの重量調整も得物に施してない者が本部にはいなくてな。試験者にはやはり、元の重さだと扱いにくいと答えられた。それ以外だと、損耗して切れ味が鈍っていくくらいとしか。それだと参考にはならんだろう?」

「確かに。けれど、いままでのやり方に問題があったわけじゃないことがわかった、とも言えますから、重要な検証結果だと思います。では、柿崎さんの刀のレプリカでキューブが斬れた時の、硬質化の二パターンの時の感想はどうでしたか?」

「切りやすい武器に感じるが、軽くて斬りにくく疲れてしまうのだそうだ」

「切りやすい……軽くて斬りにくく疲れる……、えっと、何か聞き取りを色々と取り違えていませんか?」

「日常的に武器を扱わない人間だとわかりにくいと思うが、彼の言い分には何もおかしな点はないんだ。武器は軽いと威力が落ちるという、それだけのことなんだが」

「威力。なるほど。重さ速さの図式にすれば、同じ速さで振っても、武器が軽ければその分威力が減り、インパクト後に力を付け足さなくては斬り進められない。重さは、武器を振っている最中に威力を溜めておける、謂わば貯蔵量に相当することになられるわけですね?」

「言い得て妙だな。半分の重さでも二倍速く動かせるわけではない以上、武器には最適な重さというものがあり、それは個人個人でも違ってしまう。自分の速さを殺さない、ぎりぎりの重さを見極める必要がある」

「だとしたら、柿崎さんの刀を、試験者の最適な重さにした実験映像と感想もほしかったところでしたね」

 おそらく悪気はないのだろうが、バーナディルのこの一言は、ギリークを微かにピリつかせた。クシニダからすれば、持ち上げていたのにどうした、という気分だったが、バーナディルからすれば、端から持ち上げてすらいなかったのだろう。本来興味のない戦闘技術の話を、物理的に解釈してみただけ。それで、優秀の中の優秀の中の最優秀らしく、直前まで教えていた側よりも想定の幅を広げて、結果として相手をやり込めてしまったのだ。

 だがギリークは、面子を潰されたなんておくびにも出さずに、静かに頷いて見せた。

「それは、こちらの実験パターンでは、見落としていたケースでした。ご助言、ありがたく」

「お役に立てたなら幸いでした。何事も実験は楽しくていいですよね」

 たぶん、これでもバーナディルは喧嘩を売っているわけではなく、単に羨ましいだけに違いない。バーナディルの多忙さは、彼女のような人間からすると雑用じみていて、低学年の実験みたいな仕事ができている人を微笑ましく思ってしまうのだ。

 そんなバーナディルをはらはらと横目で見守るクシニダなのだった。

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