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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
91/141

Ep03-06-02


   2


 纏魔法なるものの概要は、ラミューンも逃避行の道すがら耳にしていた。

 どういった現象が起きるかと言えば、言わずもがな、武器の威力が上がるのだ。語感からも容易に推察できるように、武器に魔法を纏わせることで、武器の攻撃に魔法の攻撃を上乗せしてしまう、というようなことになるのかもしれない。

 確か、その魔法は芙実乃が得意で、ルシエラとマチュピッチュには使えなかったはずだ。

 だとすると、この景虎という美々しき人がいま語りかけているのは、名を呼びかけた芙実乃だけになのだろう。余人が口を挟むことは憚られ、ラミューンは傍観者に徹することにした。ラミューンの想像が正しければ、この会話は芙実乃の意志を問うものになる。

 その芙実乃が訊ねた。

「纏魔法。わたしのですよね」

「そうだ。わたしの魔導送装から魔法の要請が届くのは二名だが、ルシエラはあくまでも特例に過ぎず、できるできないにかかわらず、本来のパートナーである芙実乃にこそまず問うべき筋のことであるというのがわたしの考えだ。が、それは芙実乃に今後の決断を迫るものではない。並び立たぬ希望をわたしが選び叶えぬだけのこと。芙実乃が相反する希望を抱かば、叶えぬほうをわたしが決めるとする。だから芙実乃。そなたは望みだけ余さず述べてみるがよい」

 芙実乃が熟考しながら、ぽつり、ぽつりと、言葉を紡いでゆく。

「わたしは…………マチュピッチュちゃんを、ひとりぼっちにはしたくありません」

「その一事のみが譲れぬのであれば、そうしてやることは容易い」

 確かに、芙実乃がそれだけしか望みを口にしなければ、話はそこで終わってしまう。しかしそれは、無関係な人間にだけ許される、リスクを負わずに済む優しさでしかない。薄々は感づいているはずだが、おそらく、芙実乃はまだ当事者の意識を持ちきれていない。

 芙実乃が纏魔法を使うということは、マチュピッチュの代わりに、自分が敵に狙われる対象になるということなのだ。その覚悟のほどを問われていると気づかなければ、芙実乃は取り返しのつかない返事をしてしまいかねない。

「……わたしも、マチュピッチュちゃんと一緒にいたいです。……ルシエラとも」

 ルシエラの名を付け足そうとするのは、狙われる対象をルシエラにする方法には思い至れたからだろう。逃げてゆく敵にルシエラの魔法を一当てすれば、狙われる対象をマチュピッチュからルシエラに変更しておくことができる。

 途中から同道している軍人はなぜ、この三人以外の魔法を使ってやらないのか、と、もどかしく思うが、軍人に対してだって、何も言う資格はないとラミューンは口ごもる。彼は彼で、離れがたい人をパートナーにしているかもしれないのだ。が、一般人として暮らしてる魔法少女の魔法しか使えない地方軍人だと、現在魔法を誰にも要請できる立場にない、なんてことまでは、同じく一般人のラミューンには知る由もないことだった。

 だからここでリスクを負えるのは芙実乃一人だけ。いや。同世界人のパートナーが特異な立場に置かれることになる、景虎を含めた二人だけとなるのだ。

 そして、そうせねば口にした望みは叶わないのだと、ルシエラの名を出したことで芙実乃も感づきはじめたようだ。マチュピッチュの身代わりになれるのは、芙実乃かルシエラ。だが、ルシエラでは、ただただ身代わりになるしかない。魔法少女三人が今後も一緒に過ごすための希望を繋げるのは、纏魔法というリスクを負える、芙実乃しかいないのだ。

 だからこそ景虎は、まず自分に何ができて何ができないかを整理して、芙実乃に聞かせていたのだろう。芙実乃もいまになってそれらを呑み込めたのか、正しい認識に行き着いた。

「だけどそれは、わたしが纏魔法を使って、それで景虎くんに敵を倒してもらわないと叶わない、ということなんですね」

「そうだ。だが、それで敵を倒しきれるかは、先も申したとおりまったくの未知数だ。芙実乃を危うくしておいて、倒しきれずに逃がしてしまうこともありうる、謂わば賭けと言えよう」

「…………」

 ようやく現実を直視したかのように、芙実乃が沈黙する。じきに敵が一行の列の前を横切ってしまう。芙実乃が悩める時間はもう幾分もない。黙っていれば、現状維持を選ぶのと一緒になるのだ。もちろん、そうしたところで誰に咎められるものでもない。マチュピッチュが狙われる原因の一端を、芙実乃が担っていたわけでもないのだから尚更と言えよう。

 ただそれでも、そうなってしまった時に自責の念に苛まれるであろう芙実乃を思うと、いまから痛ましく思えてしまう。背中を押してやるべきなのだろうか。そんな資格はない。資格はないが、そんなふうに自分を苛むとわかりきっている人間に対し、何も言わないでいるのは果たして、優しさや気遣いと言えるのだろうか。

 否だ。

 それは避けているだけ。決断の一端すら担いたくないという自己保身に等しい。

 そのことに気づいた時、ラミューンは自分の出る幕ではないことも同時に悟った。

 なぜなら、厳しい選択を迫る言葉も、責任を引き受ける言葉も、とっくに景虎がかけていた言葉だったからだ。思い返せば、景虎の言葉は最初から、ラミューンが葛藤してきたことを乗り越えてなければ、口にすらできないことばかりだった。

 整理した状況だけを唐突に並べられてしまったから、理解したような気になってしまっていたが、それは内容を理解しただけで、それを発言するにはどんな覚悟が必要なのかには理解が及んでなかった。それは、一つ一つ状況を呑み込んでいった様子の芙実乃もきっと同じ。

 ラミューンは、芙実乃の背中を押す覚悟を決めたから、謂わば景虎と同じ立場に立ったからこそ気づくこともできたが、こういうことの当事者は、当事者でない人間の心境がとかく見えにくくなってしまうもの。

 芙実乃が決断を下すには、それを理解するか、足りないピースを埋めてもらうしかない。そしてそれを埋められるのは、ラミューンなどではなく、この世に景虎唯一人なのだ。

 返答できない芙実乃に、前を見つめる景虎から再び声がかかり、

「されど――」

 続く言葉は、振り向いて顔を見せながら紡がれた。

「――その時はパートナーの同行くらい認めよと、誰あろうとも掛け合うと誓おう。芙実乃を一人にはさせぬ。せめてわたし一人くらい、どこへなりともついて行く所存だ」

 たぶんその言葉で、芙実乃に欠けていたピースがかちりと嵌まり、止まった時を動かした。

「ふ、景虎くん――」

 芙実乃は妙に気障な雰囲気で前置くと、勢い込んで言い放った。

「――それはむしろ、ご褒美ですから!」

 ……まあ、振りきらした恋心ゆえの、度を越した受け取り方がそれなのだろう。

 景虎はまた前を向いてしまったが、途中、首が傾げられたように見えたのは、ラミューンのほうの首が傾いていたことによる見間違えに違いない。

 景虎は、戸惑いなどは一切含まれない美声で、芙実乃の妄言に答えを返す。

「なれば、心置きなく、との申し出と受け取り、そのように応えるとしよう」

 そしてするり、と脇差と呼称されていた短いほうの武器が抜かれた。

 敵を真っ二つにもした長いほうの刀と較べれば、攻撃の威力は弱まるのかもしれない。が、そちらのほうでも景虎は、誰も傷一つつけられなかった敵の指を切り飛ばしているのだ。

 その脇差に仄かな雷光が纏わりだす。

 湿度に反応した放電現象が、小さな稲光となって絶え間なく刃を飾り立てた。数々の奇跡を成し遂げてきた景虎に握られたこの脇差は美しく、それと応分の威力をも期待させてくれる。

 これが纏魔法。

「――参る」

 短く断りを入れ、景虎は、クロムエルに打ち飛ばされている敵のもとへ走りだした。

 敵をトンネルの奥に押しやる攻撃は、跳躍した敵の落下点で待ち受けたクロムエルが剣で、飛ばされた敵が体勢を整える前にアーズが蹴りで行っていた。が、アーズの蹴りからクロムエルが再攻撃に入るには、敵の立て直しが早くて駆けつけが間に合わない。というのが、トータルで敵を奧に押し込めていない原因だ。

 しかし、クロムエルはおそらく、敵の跳躍角度を少しでも直上に近づけるならば、と、遮るための駆けつけを疎かにはしてなかった。当然、今回も彼はそのように動いていた。

 ただし、クロムエルは、その行程に加わろうとした景虎の姿にも気づいている様子だ。景虎は、アーズの蹴りのあと敵が跳躍体勢に入るであろう背後の位置に、雷光を纏わせた脇差を手にして、駆け込んでいた。つまり、クロムエルと二人で敵を挟むかたちだ。

 後ろから、敵の跳躍に合わされ、振り下ろされる脇差。

 雷魔法の攻撃力をも乗算させられた脇差が、その威力を如何なく発揮した。

 刃の残光に自ら飛び込むがごとく敵は右腕、ラミューンから見て奧側を失くす。言うまでもなく、切断され消失してしまったからだ。そのため、跳躍途中で右腕の体積を失くした敵は、バランスを崩し、残った左腕に振り回されるように、くるくると舞い上がった。

 見上げながら、景虎が指示を出す。

「二人、あれを地面に落とさぬよう心しておけ」

 頷いたクロムエルが落下点手前で準備に入る。

 と、景虎がその眼前で脇差を一閃。

 回りながら落下してきた敵の左腕と頭部がいっぺんに消失する。芙実乃の纏魔法がかかった脇差からすれば、もはや敵の堅さはあってないに等しい。脆く儚くさえ映る。

「せ――やあぁぁぁっ!」

 クロムエルが四角く残った胴体部分を蹴り上げ、全力の証とばかりに雄叫びを上げる。

 真っすぐに打ち上がってゆく敵の胴体を、縦に振り下ろされた脇差が通過すると、体積も重量も半減させられ長細くなった胴体は、心なしか加速して、軽くなった分だけ高く上がった。

 景虎はその打ち上がった四角柱を、落下時に横薙ぎにする。

 体積をさらに三分の一減らされた四角柱が、すかさずアーズに蹴り上げられ、景虎がそれをまた脇差にて両断する。

 敵はこれで、胴体の六分の一程度の大きさの立方体にまで減らされてしまっていた。

 落ちて来るそれに景虎が、今度は刃を斜めに斬り上げる。抵抗など何も起こらずに刃を通り抜けてしまった敵の欠片を、斬撃の下へと伸ばされていたクロムエルの足が掬い上げる。

 その上昇時と下降時に一回ずつ、さらに計二回の景虎の斬撃を受けた敵の欠片。続けてアーズに蹴り上げられたそれは、どこから見ても三角の四面体だと、回る様から確認できた。

 景虎はそれ以上攻撃を加えず、落ちて来る三角錐を、横にした脇差の切っ先に乗せる。

 その三角錐こそが現在の敵のすべてなのだろう。分割されたそばから小さいほうの欠片が片端から消失する様を目撃していてなお、まやかしを見せられていたような気分にさせられた。

 ただ、せいぜい両手で包み込める程度の大きさになったそれを見て、ラミューンは一連の騒動が無事解決に導かれた安堵に包まれる。脇差の刃にはもう魔法の光も宿ってないし、典雅な舞のようだった分割作業を見るのもこれで終わりかと思うと、不謹慎にも寂寥すら覚えてしまう。それほど、魅了されずにはいられない光景を目の当たりにした心地だ。

 おそらく、ラミューンの人生において、二度とは訪れないであろう甘美なひとときだった。

 しかし、その余韻を蹴散らすがごとく、トンネルの奥から駆け足の音が近づいていた。

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