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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
9/133

Ep01-02-02


   2


 景虎の剣が控え室に置かれていた。景虎の部屋を訪れたバーナディルが、オブジェクトに梱包して先に送り、ここに届くよう手配しておいたのだ。

 自室外への武器の持ち出しは、その武器を登録しておく必要がある。景虎はそれがまだ済んでないのだ。登録に手間はいらないが資格審査に通っていない。持ち主が無闇に振りかざさないと判断されれば、認可が下りる運びとなる。が、こちらに迎えて数日の景虎にそれをするのは、いくらなんでも時期尚早だと言われかねない。

 景虎は、入室早々それを見つけると、やはり真っ直ぐにその前に立った。

 他人が送ったオブジェクトの所持者変更申請を覚えてもらい、自分でさせる。ついでにバーナディルに来た申請画面を見せて、許可の与え方も教えておく。

 手に取るなり、景虎は前に腕を伸ばし、胸の高さでそれを抜いた。抜ききった時に、刃先がちょうど目の前に来る。切っ先から根元、根元から切っ先。頭は動かさない。刃の両面を手早く集中した様子で眺めてから鞘に収める。

 手際もだが、惚れ惚れするような形式美が感じられた。

「芙実乃。紐を袴に通す。手を貸してくれぬか」

 景虎の上着を握って、ずっと後ろにいる芙実乃。重力に委ね、だらんとぶら下がる鞘の紐と、鞘を掴む景虎の左手。そのどれもが、リアクションを起こさないまま秒を重ねてゆく。

「芙実乃?」

 景虎が心もち振り返る。目を向けてはいないが、意識を向けているという意思表示だろう。芙実乃はやっとのように口を開くが、途切れ途切れのつぶやきで、なかなか言葉が伝わって来ない。景虎は目を閉じ、じっと待つ。ようやく芙実乃の声が意味を成した。

「これで……この刀で、殺し合いをするんですか?」

「そのように聞いていたな」

 平然と答える景虎に、芙実乃が絶句した。

 そう仕向けた自覚が、バーナディルにはある。セレモニーの打診をする時、耳障りのいい言葉を使った。戦いの意味を景虎はきちんと理解して、芙実乃ははきちがえた。そういうことだ。成長した環境が違う。

 控え室に立ち合わせるべきではなかった、とは思わない。

 観客席に残し、見知らぬ生徒たちの中で本番を見せるほうがまずい。下手をすれば景虎よりも壊れる。ここでならまだ支えてやれる。いま景虎の前で言うわけにはいかないが、観戦中に景虎が死ぬことはないと教えることだってできる。

 しかしバーナディルは、芙実乃の不信を招いたことを、悟っていた。

 芙実乃がバーナディルを見据える。正しい怒りの矛先だ。

「あんな怪物みたいな人と戦わせるために、わたしに景虎くんを呼ばせたんですか?」

「…………はい。ここは強い者を迎え、競わせ育てる場所です」

 バーナディルは殊更に硬い口調で言った。弁解の余地がない以上、原理原則を唱えるしかない。芙実乃はバーナディルをじっと見上げていたが、やがてはらはらと涙を落とした。景虎を呼び込んだ責任を感じているのだろう。胸が痛む。バーナディルは、許される範囲内でどこまで喋れるかを考えた。

「蘇生はします。必ず。あらゆるダメージを抜いて。ここではそれがどれほど容易いか、ご承知いただけているはずです」

 実を言うと、これは二重の意味で嘘だった。

 蘇生は必要にならないのだし、異世界人の魂から抽出した遺伝情報を、現地人の遺伝フォーマットに合わせて書き直し、プリントする技術は、蘇生とは違う、復体というその呼び名さえも秘匿された技術だ。これを知る異世界人はほぼ皆無、現地人でもかなり限られていて、それの問題点を知り得ているとなると、もう推して知るべしだろう。

 知らされているのに、クローンの類型だと理解してしまう輩もいるくらいだ。バーナディルは科学的な見地から復体を知悉していたが、問題点に自力で到達するには至らなかった。何が起きたのかを聞かされただけで、それを立証する見当すらつけられないのが現状だ。

 考察に没頭しそうになったバーナディルを、芙実乃の追及が、我に返す。

「ここでは死ぬことさえ酷い怪我と一緒で、すぐに……必ず治るから、怪我をさせても死なせても、そういうのをおおごととは考えないってことですか」

 核心を突いた指摘だと思った。ここの遺伝子調整に端を発する医療は、確かに人の死生観に影響を与えているのだろう。理解してしまえば、むしろ異世界人の彼らのほうにより恩恵があると実感が湧くはずだが、死者の復活などの秘術に馴染みがあるような場合でなければ、すぐというわけにはいかない。ただでさえ、病気で重篤な症状だったという芙実乃だ。バーナディルとて、怪我や死亡は一大事、という意識はあれど、芙実乃に刷り込まれたそれとは天と地ほども差があるに違いない。バーナディルは頷いた。

「そういう傾向は確かにあるのでしょう。蘇生が医療の一環として受け入れられていますから。逆にそうでない死生観を、わたしは真に理解できているかどうかの自信がありません」

 バーナディルは、芙実乃の心情をなかばくらい察せているのに、無理解を装った。

 ただし、可能な範囲で情報を開示し、安心材料を提供しておくことにする。

 遺伝子調整における、芙実乃の懸念に関連する事項についてだ。怪我の程度に応じた自然回復時間、死滅した細胞を再活性化する手順、それが可能な経過時間、それを逸してしまった場合の部位クローン移植処置などに言及しておく。

 それらを聞くと、芙実乃は無駄を悟ったかのように、肩を落としてうなだれた。

 景虎が前を向いたまま確認する。

「戦に、見知る者を送り出すのが怖いのだな、芙実乃」

「……はい」

「しかしそれこそが待つ者の務めとも言えよう。呑み込むしかないものだ。戦へ赴く者に言っても致し方なきことと、各々が胸の内に秘めるが定め。芙実乃も諦めるがよい」

 幼子を諭すような響きではあったが、景虎はすげないとしか言いようのない態度だった。おそらく、生への執着より、心を乱さないことに重きを置いた価値観が、彼に根差しているのだろう。戦に赴く自分だけでなく、待つ者にも平静でいることを課している。

「うううう……」

 芙実乃は床に涙を落としながら呻った。全身が噴火前のように震えているが、それは言いつけを守ろうと、むずがりそうになるのを懸命に抑えているからかもしれない。

 景虎がさすがに見かねたか、振り向いて芙実乃の頭に手を触れる。芙実乃は堰を切ったように泣いて、景虎にしがみついた。ひとしきり泣くと、景虎にうながされ、しゃくりあげながら身支度を手伝いだした。

 景虎は剣を腰に落ち着けると、バーナディルに目を向けた。

「ナディ担任。脇差を用意してはくれまいか」

 どうやら副装武器のことらしい。バーナディルは慌てた。データを取るだけならここでもできるが、精製の優先順位は取れない。それの割り込みができる部屋も、新年度に必要となる物造りで、どれも塞がっているはずだ。

「少し掛け合ってみます」

 しかし、結果は無理だった。負けるほうの武器などどうでもよい、とまでは言われなかったものの、余分な指示など出す気がないのは明らかだった。バーナディルは景虎に謝罪する。

「申し訳ありません。二本抜いて戦うのですよね?」

「いや、本来は自刃のためのものだが、此度は折れた時の予備のつもりでしかない」

 景虎は軽いことのように答えた。そんな自刃用とか予備を欲しがるくらいなら、折れない加工を受け入れてくれてもよかったのに、と思わないでもない。

 敵に囲まれれば二本抜く場合もあると補足されたが、口ぶりからして人づての話だ。それとなく話を向けて聞き出すと、景虎に戦の経験がないことが判明した。

 おそらく、だからこそ景虎はこうまで戦いを観念的に捉えてしまっているのだ。

 戦いの凄惨さを知らず、斯くあれという教えに忠実だから、その乖離への実感と葛藤がない。悪く言えば、綺麗事だけで片づいてしまっている。現実の残酷さを知っているのは、むしろ芙実乃のほうだったのかもしれない。

 バーナディルの不安が否が応にも増してくる。

「あの、間違いなく蘇生はするのですが、殺し合いを強要していることに変わりはありません。もう少しその、現実に起きることとして、試合の想定をしてはいただけませんか?」

「ここの者の真剣が、戯れに感じられる。それを戒めよ、ということであろうか?」

 ぎくりとした。それはしかし、そう思われても仕方ないことだ。

 景虎が過ごした場所や時代と較べれば、ここの世界に真剣味が足りなく思えるのも当然だろう。小さな怪我が命取りとなる死生観の人間に、バーナディルごときの言葉が響くはずもない。ただそれでも、景虎が知らぬであろう苦難や屈辱を、少しでも回避させてやれるのなら、可能な限り言葉を尽くしたい。

「柿崎さんが、これを遊びだと感じられるのは、無理もありません。ですがそこを曲げて、これをお国許での出来事のように考えてみてはいただけませんか」

「元よりそのつもりではいたぞ。殺すことをためらわずに戦ってほしいと、どちらにも望んでおるのであろう?」

 バーナディルは頷いた。

「ですので、剣が折れぬ精製をご再考してみませんか。いま腰に下げている剣と同型であれば、セレモニーに間に合わせることができるかもしれませんが」

「くどい」

「――でも、その、折れた時の武器を用意できないのですし、対戦相手は剣を最大硬度にしていますから、柿崎さんの剣が折れる確率はさらに高くなります。軽量化もしてはいますが、それでも四倍は重さに差がありますから、尚更ですよ」

 これを承諾してくれるのなら、セレモニーの時間を遅らせてでも、精製を捩じ込んでやろうと決意したのだが、結局断られた。戦場で武器が折れないメリットを、実感することができないのだろう。副装武器のデータ取りだけをする。馬鹿げた再現率は顕在。慣れたせいか一本目よりも高いくらいだ。加工の許可は、デザインに統一感を持たせることだけ。

「本日中には部屋の前に届くと思いますが、開封や移動はわたしか柿崎さんしかできませんから、朝まで放っておいてもかまいませんよ。……疲れて眠っていると申し訳ないので、届いても通知しない設定で送ります」

 実際には屈辱で憔悴しているであろう景虎への配慮なのだが、バーナディルは表現をやわらげた。そんなところに自刃用の武器を送るなど、本心では避けたいくらいなのだ。

 入学式の中継はもう半分を過ぎている。

 景虎を送り出さなくてはならない。

 惨劇の舞台、セレモニーへ。

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