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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
87/140

Ep03-05-05


   5


「マスター! 何を! いったい――?」

 クロムエルの狼狽する声に、芙実乃は何を驚くことがあるのかわからなかった。

 景虎が敵を斬った。

 そんなものは芙実乃からすれば自明の結果でしかない。それはクロムエルにしたって、誰にしたって同じことのはずだ。しかしやはり、当たり前の中に含まれていた不思議に、じわじわと理解が及んでくる。

 そう。

 景虎は簡単に斬ってしまったが、あの銀色の敵は斬れないものだという大前提の元、芙実乃たちは逃がされ、駆けずり回っていたはずだ。

 現に、ここでも散々クロムエルが斬れないところを見せていたし、その前だってクロムエルとアーズの斬れていないところを何度か目撃した。それで景虎の刀が折れていないか心配したくらいなのだから、確かにずっと早い段階から、あの敵は斬れないものという認識だった。

 だからついさっきまではあの敵を、そのメタリックなシルバーボディからの連想もあって、経験値もさぞかし多いのだろうな、なんて密かに思ってたくらいなのだ。斬っても斬っても、当たっても当たっても、一ダメージすら与えられてないように見えていた。

 そんな敵をどうやって……。

 芙実乃はようやく、不可解さに首を傾げるが、まだ何も思い浮かばないうちに、景虎の向こうにいるクロムエルが予想を口にした。

「もしかすると……纏魔法……なのでしょうか?」

 それがあったか、と得心はいくものの、魔法関連の話で先を越された、景虎に話しかける機会を奪われた、という悔しさが芙実乃によぎる。

 せめて魔法を使われる感覚なんてものがあれば、台詞を奪われたりするはずもなかったのだろうが、いかんせん、それはそう顕著なものではないのだそうだ。学校を卒業した魔法少女たちが普段知らずに使われているくらいなのだから、推して知るべしというやつだ。

 芙実乃は、バーナディルにその感覚を説明した時の会話を思い出してみた。


 それは、見えない場所にいるパートナーに魔法を使われながら、魔法少女の脳エミュレータから魔法関連処理のリアルタイムログを同意の上でモニター出力し、それを眺めつつ質疑応答するという、実習と実験と個別面談を兼ねたような授業中のことだった。

「菊井さんは、わかる時もあるんでしたっけ?」

「そうなんですけど、それは景虎くんがわたしの魔法を使ってるのを実際に目の当たりにしてて、じゃあこれなのかも、くらいの曖昧なやつでしかなくて」

「自分が使っている時と、類似の感覚が弱まって残る感じですか?」

「弱まっていると言うか、自分で魔法を使ってる時は、魔法を使う意識のほうに集中してて、魔力が目減りしてるみたいなのは特に意識してないんですよ。強いて言いますと、この魔法ならあとどのくらい使えそう、っていうのは気にしなくても承知してる感覚はあるんですけど」

「それはいまもわかっています?」

「いえ。いま何か魔法を使おうとすればわかるのかもしれません」

「では土弾を浮で手のひらの上に約一・六秒発現し、約一・六秒の間隔を開けてから、また土弾を発現、というのを十回繰り返してみてください」

 芙実乃は言われたとおりにして言った。

「えっと、これで十回終わりました……か?」

「まだ九回なんですが、データは取れてますし、もういいですよ。ちなみに、菊井さんが土弾を発現中、訓練場の柿崎さんはずっと、いまも、雷属性の操魔法を使用してたのですが、何か違う感覚があったりはしました?」

「言われてみれば途中から……、なんか効率悪いのかなって思ってたような」

「途中から。つまり、魔力が減った感覚ではなく、繰り返しているうちに、直前の土弾の時より続けられる時間が少なくなっていると感じだしたわけですね?」

「はい。それより、わたしは土と雷の魔法を同時に使ってたことになるんでしょうか?」

「それは珍しいことではないですよ。七割少々の魔法少女はマルチプルな魔法使用が可能だったと思います。できない人はパートナー適性が低い傾向にありますから、菊井さんがそうだった場合は、むしろどうしてだろうと思ってたでしょうね」

「とりあえず、いいことなんですよね?」

「そうですね、パートナーの立場がいやで、自分主導の魔法行使で活躍したい人でも、これといったデメリットはないでしょう。逆ならなおさらです。菊井さんが魔法使用中だったという理由で、緊急時の柿崎さんが魔法を使えなくなる事態を避けられるわけですから」

「だったらがんばり……方があるものなんでしょうか。気をつければいいこととかって……」

「さあ。でも発現してた時間が総じて短いですね。なのに開ける間隔は三・二秒以上……」

「一・六秒ってロムのことですよね。わたしは一秒、二秒って時間感覚なので、ロムには合わせられないんです。あいだが開いちゃうのは、魔法を集中し直すのにかかる時間が、そもそも三秒以上かかっちゃって、それでも最短にはしたつもりですよ」

「秒……はそうでしたね。ちなみに、柿崎さんはこのモニター中、ロムに適応しているふしが見られるのですが、逆に秒の感覚がない、なんてことになっていますか?」

「いえ、それが、わたしがついつい秒や分で言っちゃうせいか、そっちのほうもわかっちゃうみたいです。頭の中ではロムなんでしょうが、五秒とか十秒とか、きりのいい数字で声にしてくれてたりもしますから。あれって、ロムのほうを計算して口にするんじゃ、小数点以下をすごくいっぱい言わなくちゃ、きりよくなんて翻訳されませんよね?」

「こればかりは、計算自体がきりよくならなければ無理ですね。翻訳のデフォルトでは、小数点以下二桁の四捨五入結果を入れた小数点以下一桁に、話し手の正確に伝えたい比重によっては、その都度、約とか以下以上、強弱が入ったり消えたりします」


 と、最後は話が逸れてしまったが、要はそれくらい、魔力が減る感覚はわからない。

 だから、景虎が断りなく芙実乃の纏魔法を使っても、もちろん文句など何もないが、魔力の変動を感じて芙実乃が気づくことなど何もないのだった。例えて言うなら、頭髪全体を梳いた指に抜けた髪が絡んでいれば、髪が抜けたという事実だけは認識できるものの、どの位置の髪がどの瞬間に抜けたのかはわからない、というのに近い。クロムエルが指摘するまで、魔法を使用されていたと考えられてなくても、致し方ないことなのだ。

 が。

 景虎はその、クロムエルの予想そのものをばっさり否定した。

「この状況で魔法など使うはずあるまい」

「で……すよね。攻撃対象がころころ変わっていたら事ですから」

「ああ。芙実乃、ルシエラ、先の説明でわかっておると思うが、身の危険を感じた時以外魔法は控えよ。また、使った時の報告は必ず周知させるのだ」

 わかっていなかった芙実乃とルシエラが、わかっていたかのように頷く首を揃えた。

 しかしそうなると、景虎が敵の指を切ったことが、いよいよおかしなことになってはいまいか。芙実乃は何気なく地面を見回していたが、切り離された指がどこにも見当たらない。

「はわっ! ゆゆゆ指、指がなくなってます! 足下! 足下に来たりはしてませんか!」

 女子四人が一斉に動揺し、足下を見ながら脚をぱたぱたと交互に跳ねさせだす。

 それを、景虎が落ち着いた声で諫めた。

「慌てずともよい。指は切り離された直後、抜け殻のごとく萎れ、勢いを失うのを見ておる」

 途端に、四人は跳ねるのをやめる。同時に、クロムエルが芙実乃とは違う証言をした。

「マスター。わたしはそのあと、地面に落ちるまでもなく消失する様を見届けておりました」

「消失か。そうであったな。敵性体が切断されれば必ず、体積の多いほうに思考が残り、少ないほうは消失する。欠損させた部位とともに、そこに充填されたエネルギーも消える、と」

「マスターがお斬りになられた指の、体積はいかがなものでしたか?」

「抜け殻ほどであったからな、皆無と言っていいくらいであろう」

「しかし、マスター。わたしもあれに散々斬りつけ、アーズもまたそんなものでしかない指を挟み切ろうとして、切れ込みすら入れられなかったのですが……」

「……そなたらに謀られた、とは思わぬが、わたしからすれば、どうして斬れておらなかったかのほうが、疑問に思えてならぬ」

 景虎の声にも戸惑いの色が滲む。だが確かに、二人が斬れない様子を見て、それに合わせた差配を強いられてきた景虎からすれば、状況は化かされたに等しくもなる。

「それは…………マスターが特別だからではとしか、わたしからはなんとも――っとっ!」

 釈明しながら、再開された指攻撃を捌くクロムエル。

 実は、この一、二分立ち止まれていたのは、敵もまた茫然自失の中にいたとかではなく、敵本体付近に現れた、軍人らしき青年とアーズの奮闘のおかげだった。

 敵が萎れた指を戻すのに手間取っていたのも大きいのだとは思うが、軍人はその間本体のお腹を攻撃して、トンネルの奥に追いやってくれていたのだ。トンネルの地面はすべすべしていて、靴や裸足でなら滑らずにいられても、金属っぽい敵との相性はすこぶる悪いに違いない。重そうに見えてそう重くもないなら、その場に踏み止まれないのも道理だった。

 ただ、アーズと連携を取ってそれを続けるのにも限界がある。力尽くの一撃を連発し続けなければならないのだから、負荷に耐えられなくなった筋肉を休めたり、息を整えなくてはならなくなったりで、その間隙をついた敵に跳躍されてしまうのだ。それでも、そうした彼らの奮闘が、芙実乃たちに束の間足を止めさせる、一、二分という時間になった。そしてまた、クロムエルが指を払うのを見計らい敵に追い縋った二人が、お腹への攻撃を再開させる。

 クロムエルも、敵の指が戻るあいだに、切断以前と同じペースでじりじり後退する。

 そのクロムエルとの距離を一定に保つ景虎に合わせ、芙実乃も前後の二人を動かす。なぜそんな真似ができたのかと言うと、芙実乃には、飛び道具の射線に出ないよう人の背中を遮蔽物にした経験があったからだ。その時はパティという少女に手を引かれるがままだったのだが、景虎に同じことを求められているのだと思うと、自然とその時のパティのように動けた。

 さらに、敵付近に二人加勢が入ったことで、一行の撤退は盤石の布陣となる。

 そういう気配を肌で感じたのか、クロムエルが前を見たまま、景虎にお伺いを立てた。

「マスター。このままの撤退で宜しいのでしょうか?」

「わたしに前へ出よと? 偶然継ぎ目に当たっていたわけでなく、つぎもまた斬れるか……。試したいのはやまやまだが、これ以上あれの指を短くするのも得策ではなかろう?」

「確かに、先ほどまでよりも敵は近づいて指を伸ばしています。指が短くなった分、攻撃範囲も短くなった、ということなのでしょうね。半分までならなんとか逸らせておけそうですが、戻す時間も半分となると倍の連射が可能になるわけで、そうなると厳しいかもしれません」

「とはいえ、この坑から出てしまうのも考えものだな。ここに至る道の様子によっては、奧の二人がしているあれはできなくなってしまう」

「足場がせめて最初の川原のようであってくれたならいいのですが、望み薄でしょうね」

「補給路であると同時に、敵から民を隠す場所へ至る道、と考えれば、その偽装もありえないわけでもない。いずれにせよ、坑の出口までは退く。見てからでなければ何も決められぬ」

「マスターとわたしで足止めが可能ならば、女性陣はまた先に逃がしますか?」

「ああ。その時はまたアーズに付いて行かせる」

「手順は、敵の指が戻る時にマスターがお出になられて、アーズがここまで後退、撤退の殿に付けたあと、わたしもマスターを追いかける、で間違いありませんか?」

「……そのつもりであったが、結局わたしが敵を斬れずに刀を折られてしまえば、途端に苦しくなるな。そなたはこのまま殿の役割を変えずに戦況を見極め、アーズを入れた六名で防戦。わたしから声がかかった場合のみ、殿をアーズに任せ前に出るがよい」

「留まる場合、現状のマスターとアーズの役割が、そっくり入れ替わると考えても?」

「そういうことだ」

 某かの推測を共有し合っている二人の会話に、芙実乃が割って入る余地などなく、気づけば目の前から景虎が離れることが決定してしまっていたのだった。

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