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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
83/140

Ep03-05-01

 第五章 曲がる刀



   1


 上方から滑落音が聞こえ、落石を警戒したクロムエルが足を止めたところ、落ちて来たのは石ではなく、彼が誇らしく主と戴く、柿崎景虎その人だった。

「マスター!」

 どうやら、先行したクロムエルが道なりに走ったつづら折の斜面を、景虎はショートカットして滑り降りて来たらしい。景虎は滑落の余勢でさらに落ちることのないよう、小道の直前で跳び上がり、木の幹に手を触れて減速すると、つま先からふわりと小道の中央に着地した。

 と同時に踵を返し、走りだしてもいた。

 クロムエルも慌てて追い、少し後ろから付き従う。

「一人のところを見ると、道中誰とも会わなかったのだな?」

 一瞥もくれないが、大方、着地前に周囲を見回して、クロムエルが一人と気づいていたのだろう。先行していた分を呆気なく取り返されてしまったが、景虎とてクロムエルが道なりを確認していると信じたればこそ、ショートカットの選択ができた。そう考えればひた走ってきたことも無駄ではない。クロムエルは景虎の移動距離を短くする手伝いができたことになる。

 内心でそれに満足しつつ、クロムエルは景虎の問いに答えた。

「はい。連れは誰も見つけられませんでした。ただ、死体、と言うか、おそらく虫の息の男が転がっていました。川辺で話した軍人だったと思います」

「二人揃いでか?」

「いえ、一人です。明らかに非常時なので、芙実乃殿たちの発見が最優先と思い、足を止めることもしませんでしたが」

「それで死体とも虫の息とも区別がつかなかった、いや、それなのに一目で死体か虫の息に見えたということでもあるのか。どういう状況だ?」

 瞼に焼きついた光景を、クロムエルは念入りに思い浮かべる。

「胴から真っ二つで。切断面が見えたのは足側だけ……。上半身側はおそらく、上着の裾で隠れていたような……」

「すると、斬らずとも人を胴から真っ二つにできる相手にやられた、となるな」

「そ……うですね。わたしたちが足止めしていたあの銀色が相手だったのなら、あの指を巻き付けて、締め……千切る? そういう感じだったのかもしれません」

「なれば、わたしは鞘のおかげで刀を折られずに済んでいたのやもな」

「鞘――ですか?」

「刀も脇差も鞘とは別で精製したらしくな、そちらのほうは折れず曲がらずになっておるようなのだ。まあ、そうでなくばあのように鞘を使おうとも思わぬが」

「確かにマスターは鞘に、あの銀色の指を巻き付けて足止めをしていましたね。けれどそれなら、鞘であれば攻撃を凌ぐくらいには使えることにはなりませんか?」

「言われてみればそうだ。……が、何か想定にないことが起きる気がするな。ああ。それだと刀を捨てて行かねばならぬからか」

「えっ! 刀を捨てる……ですか?」

「そうもなろう。刀を納めたまま振り回せば、鞘は飛んでしまう。だが、抜き身の刀は腰に下げておけぬのだから、鞘で戦うのであれば捨ててゆかねばならぬ」

「……申し訳ありませんでした。迂闊な差し出口を叩きました」

「よい。いざという時に、鞘で戦う手もあるにはあると知っておけた」

 景虎の刀も脇差も、鞘は元々は木製。大きな円の一部を切り取ったかのような形状の刃を納める鞘の構造は、実物に合わせた絶妙な隙間が彫られているはずで、鞘自体そう替えのきく代物でないに違いない。直剣を金属製の鞘に納めているクロムエルと違って、鞘をぞんざいに扱うような気質的な風土が景虎にはないのだろう。

 もっとも、咄嗟の場面ともなれば、鞘が強化されていることもちゃんと思い出して、自ら敵の指を巻き付ける発想に至れるのが、クロムエルのマスターたる景虎なのだ。

 左右の木々で見通しの悪い、山の形に反った一本道の先からは、規則正しく打ち鳴らされる衝撃音が徐々に近くなりだしている。人を殴る音には聞こえないが、人以上の力で人が殴られる音をクロムエルは知らないし、想像もつかない。ただ、危険に近づいているという説明しがたいこの感覚はもう、確信と言っていいくらいだった。

 視界が開ける。

 どうやら道が、勾配の強い角度に曲がって、ある程度麓付近まで直行する坂に繋がったようだ。まだ遠いが中間地点に、銀色とその間近で様子を窺っている軍服姿の男も見えた。少なくとも、芙実乃たちと銀色が接敵しているのではない。

 それでなのか、景虎も一旦、足を止める。

「何に見える?」

「山に殴り掛かっているようにしか。何かの入り口でもあるのでしょうか?」

 戦闘中に広範囲を認識し記憶することにかけて景虎に比する者はないと思うが、純粋に視力そのものならクロムエルのほうが遠く細かく見えている。が、神業の弓勝負をするのでもなければ、大して意味のない差だ。とても期待には添えない答えだったろう。

「どのみち、駆け下りて一撃を見舞うのであれば、そなたが先に行くしかあるまい。道に妙な掻き傷らしき窪みが続いておるから、足下も疎かにするな。銀色が腕をこちらに向けだしたかどうかはわたしが知らせよう」

 確かに、坂道には真新しく削ったような溝が出来ていた。そうでなくても、粘土質の地面が直近に表面を擦られた形跡まである。風化が足りず滑りも良くなっていそうだし、全力で駆け下りる最中にそこに足を置いてしまうと転倒は必至。

 クロムエルはそこそこ敵から目を離して駆け寄ることになるが、それでも、景虎の目を借りられるのなら不安はない。

「かしこまりました」

 クロムエルは剣を抜いて、坂道を駆け下りる。

 順調に、あと少しで接敵というところまで来て、邪魔な軍人の脇をすり抜ける足の運びを算段していると、後ろの景虎から声が飛んだ。

「軍人、端に寄れ!」

 声が近く、あまり引き離せていないのは、景虎が刀を抜かずに走っているからだろう。声をかけられたほうの軍人も、こちらの接近にその時初めて気づいたわけではなく、ちらちらと振り返ってもいたから、クロムエルが剣を下げてないほうの左に適切に身体をどけてくれた。

 クロムエルは直進の勢いを殺さずに、剣を肩に背負うよう振り上げると、気持ち下方に叩きつける角度の横の斬撃を、銀色の肩口に叩きつける。

 回る剣の軌道で吹っ飛ばされた銀色は彼女の後方、林立する傾斜の木々の中に落ちてゆく。

 するとすかさず、意外なことにクロムエルと景虎のあいだを軍人が、横切るように扉に飛びついた。先を越された景虎は、クロムエルが大振りの態勢に入った時に、剣が当たらない距離で足を止めていたのだろう。それに対し、軍人のほうはクロムエルの攻撃に息を合わせるように、振っている最中から背後を横切ろうとしていた。

 行動の意味がいまいち理解できないものの、彼がすぐさま叫んだ言葉は明解だった。

「君らの連れは中だ! 入って追ってくれ!」

 彼の言葉を頭から信じるのは難しかったが、銀色の移動経路や扉を叩く様子を見てもいるから、少なくとも、先に逃がした芙実乃たちがこの中にいるというのは事実に思える。

 景虎の推測も同じなのだろう。とにかく芙実乃たちに追いつくことが先決、とばかりに、軍人には目もくれず彼が開け放つ扉を潜った。

「君も早く!」

 促されるが、背後からの気配を目で追うと、銀色の指が登り傾斜のほうの木に巻き付いていた。軍人が狼狽した声を上げる。

「げえっ!」

 まあ、あの指でお仲間の胴が千切れるところを目撃したなら、無理もあるまい。クロムエルは急かされてやるつもりで扉を潜るが、押すように続いて来ると思った軍人は、入り口前で立ち塞がっていて、入って来る様子はない。忌避したい気持ちを声にもらしてたというのに。

「一緒に来ないので?」

「ここでの遅滞がわたしの任務となっていてね」

「扉を閉めればいいのでは?」

 音が聴こえた回数なら、銀色は百回以上扉を叩いたはずだが、まだわずかにしかへこませられていない。開閉が困難になるほどではなかったから、軍人もすんなり開けられて、景虎を招き入れることができたのだ。銀色に扉の開閉を学習されでもしなければ、ここでもう一度閉じて放置しても、一両日中くらい持ちこたえられて然るべきはずだった。

 それなのに。

「…………」

 黙る軍人を訝しく思いかけるも、彼がそうしなければならない理由に思いを馳せると、答えは簡単にわかった。

「ああ。あれを中に招き入れた上で、どうにかしたいわけですね」

 彼らは川辺で会った時から誘引と言っていたし、こんなトンネルならそれはいかにもおあつらえ向きだ。問題なのは、そんな中に学生たちがうろうろしていることなのだろう。それで先行する五人を景虎とクロムエルの二人に追わせ、全員でさっさと出て行かせてしまおう、という腹づもりなわけだ。二人とここで押し問答をしたくないというのもあったのかもしれない。ただし、学生たちに被害が出るのも避けたいとも思っていて、足止めと誘引の時期を慎重に見定めなくてはならない。トンネルには入れたいが、学生がいるうちは進ませられない、といったところか。

 上には従わなければならない、宮仕えという立場の人間が腐心する様を、クロムエルは父の姿を見て知っている。彼は川で会った時から、その上でこちらに都合をつけてくれようとしていたふしがあるし、多少なりとも彼の任務の障害にならずに動けぬものか、と訊ねてみた。

「わたしどもが心がけておくようなことはありますか?」

 軍人はわずかな逡巡ののち、助言をくれた。

「とにかくあいつから離れてくれることだ。だがもし、わたしが抜かれるようなら、身を呈してでも魔法少女を庇ってやったほうがいい」

 やはり、こちらにとって良かれというつもりで言ってくれているようだ。

「現地人少女もいますが、それも彼女たちと同様に、でしょうか?」

「……気の毒だが……いや、彼女はそもそも狙われない。それでも、巻き込まれての死亡リスクだけで言えば誰も彼も一緒とも言えるのだから、とにかく離れることを優先したほうがいいだろう。ただ、君らの手際を知っている身としては、あいつをトンネル内に止めておいてくれたら、と思ってしまいたくもなるよ」

 それもまた、広義では世の中のためということなのだろう。疑問点は多々あるが、守秘義務や行動規範をわずかにでも踏み越えてくれた警告だと思うと、取るに足らぬ、と安易に切り捨てていいことではあるまい。景虎にも知っておいてもらうべき情報とクロムエルは判断した。

 おそらく、死亡リスク以上のものを魔法少女だけが抱えているのだ。

「マスターの胸一つですが、期待に添うご検討をしてくださるよう、頼んではみましょう」

「それで充分だ。――っ! じきに木から指が外れる。もう行ってくれ」

「わかりました。幸運を」

 クロムエルは軍人の背中から目線を外し、暗い階段を駆け下りた。

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