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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
82/143

Ep03-04-06


   6


 衝撃音と同時に閉まった扉に肩から撥ね飛ばされ、トンネル内に入ったラミューン。

 咄嗟に振り返ってみたものの、その扉を再び開けて、外の様子を確かめる勇気はなかった。

 扉はなぜ、轟音を立てるほどの勢いで閉まったのか。

 アーズが突如扉を駆け上がっていたが、その反動とも思えない。そんな重さではない。肩に扉がぶつかっていたのだ。幸い、ほんのちょっと押されただけで扉が閉じきってくれたおかげで痛みもなかったが、人が出力できるレベルのベクトルでないくらいは確信が持てた。

 もしかしたら、さっきの敵性体が外にいて、いままさに、開け方もわからずに扉を殴り続けているのかもしれない。

 もちろん、そんな音は聞こえていない。ただ、ラミューンはこんな古い扉なんてめったに見たことがなく、防音できない扉もフィクションでしか知らなかった。だからこそ未知過ぎていて、殴られている兆候を感じていなくても、外の様子の確認などできたものではない。

「と、とにかく、行こう、離れよう、景虎くんの指示どおり、だよ」

 万能の言葉としてそれを持ち出し、連なる芙実乃とルシエラを動かそうとする。

 トンネル内は暗めだったが、鏡やレンズによる自然採光の仕組みがあるのか、あるいは蓄光でもする素材の性質か何かで、薄曇りの夜程度には先が見えている。

 が、下へと降りる階段は、どう見ても一人で歩く幅しかない。マチュピッチュ、ルシエラ、芙実乃、ラミューンの順で降りることになるが、落ちれば死ぬくらいの高さがあり、この中で一番物怖じしなさそうなマチュピッチュでさえ、怯えて騒ぎだす始末だった。

「ピー! ピー!」

「みんな落ち着いて、後ろの人がどこかしらを掴んでくれて繋がってるからだいじょうぶ」

 そう励ますものの、出口の見えないトンネル内に潜って行くのは、ラミューンだって本当は怖かった。なまじうすぼんやり見えるのが、余計に恐怖をかきたてている気がする。

 がくがくと手足を震わせながら階段を下りきると、あたりを見回しているマチュピッチュにつられて、ルシエラと芙実乃も広い闇の中に足を踏み出していた。敵性体出現以前、三百五十年以上前のトンネルだとしても、さすがに、傾きなどは一切ない足場に作られているようだ。

 芙実乃も、おずおずとだが、危なげなく足を運べている。平衡が保たれていて小石だらけの川辺や下りの山道でなくなったからだろう。肩を貸し直す必要も、もうないかもしれない。

 そう思いつつも念のため、ラミューンが芙実乃に並んで歩こうとした時だ。

 くしゃ、と、足の裏で何かが踏み潰れる音とともに、その感触が伝わった。靴越しの感触に虫の死骸を連想したラミューンは、思わず悲鳴を上げてしまう。

「ひゃわあっ」

 その声に含まれた恐怖と混乱が、暗がりの中で、魔法少女たちに伝播する。

「チュー!」

「何! 何!」

「はわわわわわ」

 魔法少女たちは各々悲鳴を上げながら、だっ、と散り散りに走りだした。

「ちょちょちょ、こんなとこで、ばらばらに逃げてかないでぇぇぇ」

 ラミューンは追いかけるが、先に理性を回復させた分、暗がりを全力では走れない。一番足が遅いはずの芙実乃にまで差を開けられそうになる。

 だが、程なく芙実乃が転んで、地べたに俯せた。ラミューンが確保、とばかりに両脇に手を入れて抱き起こしてやると、芙実乃はえぐえぐと涙ぐみはじめている。それに、身体の力の入れ具合も微妙に自力が抜けかけていた。これはおそらく、精神のどこかしらが、とうとうストレスに挫けてしまったということなのだろう。小さい子の面倒を見る機会も結構あるラミューンには、馴染みのあるシチュエーションでもあるので、どうしたものかという気分になる。

 ただ、思えば芙実乃は、ずっと足手纏いだったことに耐えていたのだ。

 不甲斐なさも屈辱も黙って呑み込み続けていたはずだ。それでも芙実乃は足手纏いであることから目を逸らさず、きちんと自覚した上で前を向いていた。敵性体が出るずっと前から、できないことを誤魔化さず、強がらず、見栄を張らず、申し訳なさそうに助けを求めては、感謝を顕わし、手を貸してくれる人の負担を減らすべく、出来る範囲のことを怠らなかった。

 芙実乃さえいなかったら、なんてラミューンが考えずにいられたのはきっと、芙実乃のそうした姿勢を無自覚なりに肌で感じていられたからだ。芙実乃は常に、人が彼女にどう手を貸そうとしているかを察し、拒絶も否定も変に遠慮することもしない。受け入れ、その上で面倒を見てくれる人の負担が減るように合わせてきた。だからこそラミューンはネガティブな感情を抱えずに、悪循環の自己嫌悪にも陥ることなくここまで来られたのだ。

 本来芙実乃は、こんなふうにぐずぐずと泣くくらい、幼いメンタリティしか持ち合わせていないのだろう。それを封じ込めてまで、何一つ己を優先させず、助けてくれる人たちの気持ちや気分への配慮に終始し続けていたに違いない。

 だが、景虎という絶大に依存する同世界人の長き不在と、暗いトンネルの中という恐怖を掻き立てられる状況に、弱い部分がとうとう溢れ出てしまった。

「ルシエラの馬鹿、馬鹿、馬鹿っ」

 と、ルシエラを責める言葉をしきりに零していた。

 察するに、それが最後の一押しだったのだ。敵性体から逃げている状況や、アーズがいなくなってしまったことより、ルシエラが自分を置いて行ったことにショックを受けている。

 とはいえそのルシエラも、ラミューンの悲鳴に反射的に逃げてしまっただけのようで、芙実乃の異変を察知するとすぐに引き返して来た。壁に貼り付いていただけで、そう遠くまで走ってもいなかったし、ラミューンとともに芙実乃を起こす手助けをしてくれる。

 起き上がった芙実乃は、ルシエラに握り直された手を八つ当たりのようにぶんぶんと振っていたが、自分のほうからぎゅっと手を握り返してもいるようで、振り解けはしない。

「ルシエラはまったくルシエラは」

 涙は治まったものの、込み上げていた反動のように、やや憤慨したご様子だ。

「芙実乃が一人で勝手に転ぶからでしょう。後ろのことなんかすぐにわかるわけないじゃないの。わたし、全然置いてってなんかなくない?」

 泣かせた負い目なのか、ルシエラはやや受け身で反論している。ただ、放置すると言い合いになりそうだから、ラミューンは仲裁に入っておく。

「まあまあ、折角なんだし、ここからは手を繋いで動くことにしよう。暗くてもそれならはぐれないし、足場は悪くないから、そのほうが速く逃げられると思うんだ」

 二人を頷かせてから、とりあえずマチュピッチュとの合流を図る。

 マチュピッチュは斜めに走っていたらしく、ルシエラよりもトンネルの奥の壁際で、しゃがみ込んでいた。途中芙実乃に気を取られて振り返り、壁に激突していたようだ。両手でおでこを押さえて痛そうに声を漏らしているが、大事に至るほどではおそらくない。

「ピチュチュチュチュ……」

 痛がる隙に、とばかりに、ルシエラが空いていた左手でしっぽを確保する。

 これで左から、マチュピッチュ、ルシエラ、芙実乃、ラミューンという列になる。

 ラミューンは改めてあたりを見回しかけたが、正面、マチュピッチュが激突した壁に光がぼやけているのに気づいた。案内板だ。と言っても、そもそも点灯する仕様でもなさそうだし、質感の違いで周囲よりもやや明るく見えているらしかった。それでもマチュピッチュを、ここ目がけて走りださせるくらいには目印たりえた。

 いらぬアクシデントかと思いきや、見逃せない手がかりが見つかった。

 トンネルの左右がどちら方面に向かうかを示しただけの案内板だったが、それだけでも大助かりと言えよう。案内板によると、マチュピッチュが走った分だけ戻ることにはなるが、右に行けばこの山の麓側の出入口に行けるようだ。

 と言うより、反対側がかなり遠い街の名前になっているところを見ると、おそらく、このトンネルは連山を横方向に突っ切るものではなく、連山そのものに沿った地下の空間なのかもしれない。大昔の、大量破壊兵器等の人類同士の戦争を想定した大規模な避難収容所あたりだとすると、さらに下の空間に本命の市民の避難場所があり、ここはさながら、街からの人流や物流のため設けられた移送路として確保されていた空間なのだろう。

 案内板に気づかず、マチュピッチュが走った方向に進んでいたら、とんでもない距離を歩くはめになるところだった。そこを間違えずに進めるなら、少なくとも、今日歩いた分くらいをもう一度歩けば山の麓まで行け、移動オブジェクトで帰宅できるようにもなる。

「みんな、少し戻るけど、あっち側のほうがこのトンネルから早く出られるみたい」

 ラミューンが声をかけながら歩きだすと、ルシエラも芙実乃もなんの疑いもない様子で着いて来た。しっぽを引っ張られて歩きだしたマチュピッチュも、自然と前に出て、行かせたい方向に進んでくれる。連山の中を掘ってあるのだから、一直線のトンネルではなく、どちらの方向からも出口の光が見えているわけでもないのに、拍子抜けするほど魔法少女たちは聞き分けが良い。

 もしかしたらだが、アーズやクロムエルよりも、ラミューンのほうが信頼を勝ち得ているのかもしれない。マチュピッチュはもちろん、芙実乃は肝心な時にうずくまってしまうタイプのようだし、ルシエラも考えなしに動いてしまう気のある子だ。

 アーズもいなくなったいま、自分がしっかりしなくては。

 ラミューンは引率者の自覚を芽生えさせ、気を引き締めるのだった。


 洋上のオブジェクト部屋にて暇を持て余しているアラルは、司令部で交わされる音声を、聞くともなしに聞いていた。

「現地監視要員、無事か、応答せよ」

「現地監視要員。任務続行可能一名。要救護者一名。どうぞ」

「要救護? 飛行オブジェクトで移送させられないのか?」

「それが、胴の位置で上半身と下半身が分断、現状使用可能な軍用のシステムですと、本人に下半身を持たせるか、小官が両方を抱えて帯同するしかなく」

「前者はそもそもが不可能という話だな? であれば紅焔本部に至急通達しておく。済まないが魔法少女たちのほうが今後取り返しのつかない事態になりかねん。貴官には引き続き、魔女喰らいの遅滞に努めてもらいたい」

「了解。任務を続行します」

 わずかに一人移動するのが見えた。衛星からの映像では、残されているはずの下半身がちぎれた一人というのは、木々の葉に遮られて見られない。だが、よしんばもう一人に運ばせて戦線から離脱させたとしても、そこまでの怪我ではどのみち治療は間に合うまい。

 蘇生するしかない。

 ならばそれは、そこまで急を要することでもなくなるのだ。現地の軍に通達されれば、回収され適切に蘇生されるのは疑うべくもない。作戦本部が考えることではなくなった。

 ただ、作戦本部は先行した魔女喰らいの動向を確認し、再度、現地部隊の彼へ通信を繋げることとなった。

「現地監視要員、交戦待て。これより暫定の方針を伝える」

「現地監視要員。こちらは現状、魔女喰らいの再発見にも至ってませんが。どうぞ」

「現在、魔女喰らいは山中の輸送トンネルへの通用口を攻撃している。ターゲットと思しき四名が少し前に入ったところを確認しているから、それを追おうとしてのことだろう。だが学生たちが中で移動してしまうと、そのうちトンネルそのものの出入口に回り込もうとする公算が高い。それだと追うのも包囲も困難になる。本部としてはトンネル内に誘い込みたい」

「……放置して、中に入るのを待つのですか?」

「かなりのバリエーションが考えられ、割愛するが、通用口を破壊できるかの可否、時間、歪んだ通用口を貴官が開けられるかの可否による。要は、通用口を開けさせて、入らせないのが最善手だ。おそらく、魔法少女が開いた通用口を通ったことか、ターゲットまでを遮る薄い隔たりであることが、通用口を攻撃する理由だろう。だが、ひとたび魔女喰らいが別ルートに切り替えてしまった場合、わずかな距離でも引き返すことは期待できなくなる。それは、明確な遠ざかりになるからだ。その場合は状況失敗として、追跡任務に戻れ」

「つまり、通用口を開けさせるまでは良いが、先に入られてしまうのは状況失敗以上に悪手となるわけですね?」

「そういうことになる。だから、魔女喰らいを再発見しても即座の交戦は控えるように。理想は魔女喰らいが通用口を開けた瞬間に割って入ることだ。その際は、どんなに身を呈してでも魔女喰らいの侵入を阻止してもらいたい。本部からの部隊の最精鋭も程なく合流するはずだから、その場合……、いや、それは向こうに指示しておく。貴官は、魔女喰らいをトンネル内へ侵入させないことだけに集中していてくれ」

「了解しました」

 現地監視要員の返事を聞くと、司令官は通信を別の相手に切り替えた。

「派遣部隊長。追跡任務に当たっている者と連絡を取りたい」

「はい、わたしがそうですが、なんでしょうか?」

「……部隊長自ら……か?」

「最精鋭を当てろとのことだったので。それにわたしが普段しているのも、そうした単独行動や、援護を受けての一騎打ちですから、一番慣れているかと思い。まずかったでしょうか?」

「いや、いい。だが、包囲部隊のほうの指揮はどうしている?」

「正規の隊ごと二部隊が来れているので、余剰人員を均等に割り振り、あとの裁量は任せてあります」

「そうか。都合がいい、とも言えるか。以後、そちらの二部隊には本部から指示を出す」

 都合がいい、というのは、魔女喰らいが逃げに走った最終行程からの逆算で、外に通じているトンネルの出入口二ヶ所から包囲範囲を狭めようとしてのことだろう。二部隊をそう進めれば、標的とされている学生たちが通ったのと同種の通用口が開放されてないか確認して、標的の逃走経路とされないような応急の措置もしておける。長丁場となるのは目に見えているのだから、いまからそこまでしなくてもいいのだが、本部の腹づもりはもう完全に、魔女喰らいをトンネル内で包囲殲滅することになっているに違いない。

 まあ無理もない。最低でも二月がかりにはなる強化体との包囲殲滅戦だ。

 ぎりぎりで市街地へ制限をかけなくて済む地域での作戦と高を括っていたものの、予定外に山中斜面での包囲殲滅ということになってしまった。それが容易なことではない、ということを肌で感じだしたころ、学生たちがトンネルに逃げ込むというファインプレーをやらかしたのだ。彼女たちを追う魔女喰らいをトンネル内で包囲できるなら、市民生活に制限をかけずに済むだけでなく、人的リソースの大幅削減にもなる。

 だから、本部司令は最精鋭の追跡者にこんな念押しをしだした。

「貴官の任務は変わらない。速やかに接敵し、ターゲットを本部魔法少女に移すことだ。が、接敵のタイミングと場所によっては、魔女喰らいの直後の進行方向が把握しきれないだろう。その時至近に学生たちがいると、魔女喰らいの突如の行動変容に、より緊急度の増す死亡事案が発生する可能性も排除できない。そうしたケースも考慮に入れると、貴官には少なくとも包囲態勢が最低限とされるまで、魔法使用なしの遅滞戦闘に努めてもらうことになる」

 続けて本部指令は、現地監視要員にしたのと同じ本部方針を、次善の方針として伝える。もちろん、次善としながらもそれが本命の方針なわけだが、軍に所属してない魔法少女、しかも学生をターゲットにしたまま軍人に任務に当たらせるのは、軍の基本理念からは外れる。魔女喰らいの警戒区域でも魔法使用が許可されている本部軍人に、地域軍人にしたような細かな指図をすると、軍理念に反する行動を命じなければならなくなる。

 それで、このような持って回った言い方をしているのだ。

 アラルはこの時少し、口を出すべきかどうか迷った。

 しかし、この作戦の本部指令とて、この程度の巧言で責任を免れるとは露ほども考えてないだろう。逃げている学生の身に万一があれば、最悪収監されかねないこともわかっているはずだ。なんの得もないと言っていい。

 つまり、自身が更迭されるリスクを負ってでも、魔法少女の天敵たる魔女喰らいを一体、この世から駆除することを優先させているのだ。

 その覚悟を前に、建前論を振りかざす善人気取りが憚られたアラルは、口を噤んでいるしかないのだった。

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