表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
81/140

Ep03-04-05


   5


 景虎とクロムエルの二人は、見覚えのない脇道まで引き返して来た。

「本当にこんな脇道を見逃していたのですね」

「すでに跡形もなく消えているのは……そこまで短時間の仕掛けだったということか?」

「単純な絵ではなく、精細な風景だと効果時間を長くできない、とかで、いつまで貼りつけておこうとも、いつごろ消えるようにしようとも考えてなかったのでは?」

「そうだな。真新しい足跡も複数下に向かっておるし、ここはもう捨て置くとしよう」

「はい。ただ、駆け下りるとしても、そこからのさらなる隠蔽にはどう対処すれば……?」

「その場合、隠れた先にシェルターがあり、すでに逃げ込んでいることを願うしかあるまい。ここまで出遅れている我らの手が必要となる事態だけを想定し、いつでも戦える程度の最速で道なりを駆け下りることとする」

「ならばマスター。この足場であれば、わたしは無理なく多少の先行が可能になるかと」

「わかった、先に行っていろ。麓に行き着いたのであれば、休憩ポイントもあろう。それでも五人の安否が知れない場合、クワットルトと連絡を取り、できうる限りの情報を集めておけ。気懸かりがあれば、わたしを待たずに動いてよい」

「かしこまりました」

 クロムエルは一足先に下山を開始した。


 現地監視要員の二人は、魔女喰らいから次第に引き離されつつあった。

 尻もちを繰り返していた魔女喰らいだったが、奇跡的な着地に成功されると、そこからはひたすら、走力と持久力の勝負となってしまったのだ。攻撃を当てて遅滞させることも叶わず、つまるところ、単なるかけっこをしているに過ぎなくなった。

 そうなってくると、遺伝調整で疲れにくい身体になってはいても、人の身で敵性体に敵うはずもない。持久力で言えば、相手は無尽蔵だ。もう一度飛んで前に回ることも検討されたが、準備と迂回、さらには少し離れた場所にしか降りられないことになるわけで、下手をすると、追っている学生に近づけず、追い越すなんて間抜けを晒さなければならなくなる。

 時間的に見て、学生たちに追いつくのはもうすぐのはず。

 そう思ったつぎの瞬間、魔女喰らいは唐突に横の木々の中に跳躍した。魔女喰らいがいなくなった道の先は緩やかにカーブしだしている。つまりこの行動は、その先がさらに折り返しているからこそのショートカット。

 下の道を行っているであろうターゲットに、一直線で近づくための跳躍に違いなかった。


 背後に二歩という距離に落下して来た敵性体に指を伸ばされ、アーズはぎょっとする。

 自分を狙っていない。狙いは、ルシエラの背中に定められている。

 短剣で払うつもりでいたが、微妙に角度のずれた手応えに悪い予感を覚える。払ったあとでもまだ伸びるのだとしたら、多少の方向修正だけでルシエラに指を当てられてしまう。

 アーズは払っている最中の指とともに、斜面へと身体を投げ出した。

 アーズ自身は幹に手を掛けて滑落を免れるが、敵性体の指は大きく逸らされた勢いのまま、同じ幹にくるくると巻きつきだした。それも、あろうことか支えに使ったアーズの左腕をも木に括り付けて、だ。しかし、むしろそれを好機と捉えたアーズは、もう一回りしてきた指の途中を短剣で手繰り寄せ、件の左掌中に収めると、力尽くでその拘束から腕を引っこ抜いた。

 つまりはそれで、敵性体の指を木の幹に結んでしまったわけだ。

 自らの機転に気を良くしながら、アーズは幹を蹴った勢いで道へと戻る。

 素早く左右を確認すると、右に敵性体、左に足を止めた女性陣。

「止まってないで早く離れな。虎様からの言いつけだろ」

 アーズは敵性体から目を離さず言い、臨戦態勢を整えながら道の中央に立ち塞がる。

 敵性体は、一瞬だけ腕を引っ張られるようにつんのめったあとは、その場に止まることに注力するような格好で、自らの指の先を見つめている。おそらく、指の拘束を解かずに引っ張ろうとして、逆に身体が持って行かれそうになったのだろう。

 空いている左手で攻撃を仕掛けてくる気配もない。

 これならもうしばらくは時間が稼げる。

 そう判断したアーズは踵を返し、先行する女性陣にすぐに追いついた。

 残って遅滞に努めようかとも思ったが、追っつけやって来るはずの景虎たちなら、あの状況を上手く利用してくれるだろう。逆に残っていて、それを見られた場合に、持ち場を放棄していると思われるほうを避けておきたかった。

 前を小走りするラミューンが、追いついたアーズをちらりと気にした様子を見て、これからの方針をいまのうちに話しておく。

「現地の嬢ちゃん。ああいう場合な、足を止めないでとにかく離れてくれ。虎様の言ったとおりだ。それさえ守ってくれてりゃっていう、本当にいい指示で送り出されてんだわ」

 芙実乃とルシエラのペースが微妙に上がる。得意げに畳みかけてくるほどの余力はないが、景虎のことを聞いて、多少なりとも気力を持ち直したのだろう。

 その二人を引っ張るペースに上げ直してから、ラミューンが返事を寄越す。

「これからはそうする。それじゃあ、アーズ君を置き去りにした場合に、わたしが気をつけてなきゃいけないことって、他にもある?」

「ん……、まあ、なんだ、できれば、そいつらを見捨てねえでやってくれ」

 まだラミューンが敵性体に襲われない確信まではないが、おそらく、あの敵性体が優先させているのは魔法少女。攻撃方向から見ればルシエラか、その前にいたマチュピッチュ。芙実乃だって、対象外のアーズが遮っていたから後回しにされただけかもしれない。だが、少なくともその三人がやられないうちは、障害として排除されるくらいしか、ラミューンに危険はないはずだ。さっさと逃げてしまったほうが、彼女自身のためにはいいとさえ言えてしまう。

 しかし、この行軍にラミューンの尽力は欠かせない。

 戦闘能力を抜いてしまえば、アーズよりも必要なファクターだ。

 仮に、ラミューンがいなかった場合を想定すると、芙実乃の進軍ペースを支えるのはマチュピッチュとなって不安定化してしまう。また、アーズが芙実乃をおぶった場合、杖替わりの芙実乃がいなくなるルシエラが、無理なペースを続けた挙句に、消耗や転倒をする危険はかえって高まる。さらには、魔法少女の三人は、仲は良好でも、リーダーシップを取れる人間がおらず、素早く決断して一致した行動をすることに向かない。

「わかりました」

 だからラミューンのその言葉に、アーズは少なからず安堵を覚えるのだった。


 前方に、横を向いた魔女喰らいが屈みこんでいた。どうも、指が横の木に絡まっているらしい。後輩が、追いつけずに走りどおしたフラストレーションをそのままぶつけるかのように、魔女喰らいのその伸びた指に、剣を振り下ろした。

 助走もタイミングも充分、という一撃だったが、指の切断すら叶わない。

 しかし、それはある意味幸運だった。

「指を攻撃するなよ。せっかく繋がれてんのに、もし解けてたら、また追っかけっこだぞ」

「おっと。……へへ、危ないところだったな。でも、どうすりゃ正解なんだ、これ?」

「そうだな。下手にふっ飛ばそうとすると、繋がれてる指の伸縮次第で、道から落としてしまう可能性が出てくる。逃げている学生たちに対し、先回りをさせてしまう危険もあるわけだ。解ける心配もあるし、地道に頭でも叩いて、弱体化させておくしかないか」

「でもいまは、纏どころか魔法全般の通信ができなくなってるだろ。いつまでかかんだよ」

「一月がかりもあるって話だが、本部が出張って一月だと、魔法有りでも一月ってことになるから、俺たちの攻撃じゃ、一年がかりでようやく強化体カテゴリでなくせるくらいかもな」

「やる意味あんのか、それ。ほっといて学生と合流したほうがいいんじゃないの」

「だけど直の命令が遅滞だし、大した足しにはならなくても、ここで削ってるほうが無難だろうさ。削り過ぎて逃がす心配がないのが、唯一気を楽にしていいところかもな」

「じゃあまあ、せいぜい鬱憤晴らしでもさせてもらいますか」

「女の姿をしてるのがなあ……」

「そういうプレイだと思えばいいだろ。中には、本物の女でそれをやってるやつもいるって噂だぜ。防御力場内なら、それなりに合法化するって話、聞いたことないか?」

 二人はそこまで話すと、横並びに道を塞いで、交互に攻撃を加えだした。

 魔女喰らいの右腕側で攻撃を仕掛けていて、左手での反撃も圏外だ。それに、魔女喰らいの指はかなり軽く木に結わいつけられているだけなのに、結び目とも言えないくらいの交差部分で、それ以上縮められなくなっているようなのだ。はっきりと見えるわけではないが、交差している部分が融合してしまっているのかもしれない。

 が。

 その均衡は、あっけなく崩壊した。

 伸ばされていた魔女喰らいの右腕が、わずかに引き寄せられたつぎの瞬間、その肘が曲がって、振り払うような挙動になる。踏み出しかけていた後輩が咄嗟に攻撃を取りやめる。

 剣対腕だから、それだけで腕の届かない距離に踏み止まれる。

 ただし、その腕は指が蔓のように長く伸びているのだ。しかも、その終端には根ごと引っこ抜けた巨木が、重しのごとく括り付けられている。

 ぐいん。

 彼らの横にあった木に、伸びた指の中ほどが引っかかり、道を横断して飛んでいくはずだった巨木のベクトルが、回る動きに変わった。途轍もない重量に繋がった蔓状の指に、二人は背中側から前に押される。だが、途中、しゃがんだ魔女喰らいにその歩みを遮られると、今度は二人が新たな支点となって、そこに指が巻き付くこととなった。

 巨木の重みと、それすら振り回すベクトルを内包して、だ。

 それは、どこかしらの世界の史上最強だった者の肉体をもってしても、ひとたまりもない、という負荷を一瞬で生み出すのだった。


 アーズが殿の一行がなだらかな曲線の道を進み続けていると、長く真っ直ぐな坂道に行き着いた。真っ直ぐと言っても、左手は高い木の生い茂った下り、右手はその反対の登りという、崖は言い過ぎだがどちらもそんな斜面に挟まれていて、見通しはともかく見晴らしのいい道ではない。狭くて傾斜もきつくなっている。粘土質にもなりかけている固い足元だが、靴が優秀なおかげか、いまのところ芙実乃でも足を滑らせていない。おかげでペースは保たれている。

 しかし、この道の途中であの敵に追いかけられれば、あっという間に追いつかれることは目に見えていた。もっとも、あんな指の結わいつけくらい、とっくに解けてしまっているだろうから、おそらく景虎たちが間に合って、足止めを続けてくれているのだろうが。

 ただ、その負担の困難さもアーズは見積もれてしまうから、いつ突破されても致し方ないと覚悟もしていた。逃げながらでも、打てる手の模索は常に欠かしていない。

 それでなのか、殿にいるにもかかわらず、前方の景色が一番見えているのもアーズだった。

「先のほうの右に入り口みたいなのがある。嬢らは気にせず通り過ぎてくれていいが、開くようなら待ったをかけて、良さそうなら入ってもらう。さっきのに追いつかれんのも時間の問題だ。わりいが文句を聞いてる余裕はもうないと思ってくれよ」

 とは言ったものの、文句を言いそうな二人は、主に気力が尽きかけているらしく、頷きもしなかった。頼りきっている景虎の不在が、そろそろ限界に達したというところか。

 ラミューンだけが理解したと返事を返してくる。とりあえず、彼女が音頭を取ってくれて、芙実乃もルシエラももうしばらくは持ち堪えてくれることを祈る他ない。マチュピッチュのほうは、懐いている芙実乃たちがいるから、二人よりは危機感が少ないようだ。

 通り過ぎた女性陣を尻目に、アーズは入り口に手を掛ける。

 扉だ。外開き。アーズからすると、相当な未来を感じさせる質感だったが、最初から扉として備え付けてある、手動で開ける仕様なのだから、この世界では逆にかなりの旧式になるのかもしれない。開く。女性陣に短く待ったをかけ、素早く中に頭を入れる。

 手すり。階段。天井。下は広い。

 想像以上に広大と言っていい。

 おそらく、山を貫いているトンネルの天井付近にある通用口だろう。ならば、中のどちら側に進んでも出口に行き着くし、ここと似たような通用口もいくつかは点在しているはず。

 空気感からそう判断し、女性陣を招く。

 それと同時に。

 ドスン。という後方からの音と振動。

 そして、飛んで来た勢いのまま、坂道を滑走しだした、一本の巨木。

 幅が狭くなっている真っ直ぐな道に、避けるスペースなどありはしない。

「急いで入れ!」

 マチュピッチュに引き摺られるようにルシエラ、芙実乃、ラミューンと続くが、木の先端はもうそこまで来ていて、全員抱えてタックルをしなければ、アーズは入れそうもない。下手をすれば、タックルと扉の閉まる勢いで、何人かを階段の手すりから落としてしまう。

 やむなく、ドアノブ、扉の上と渡り歩き、木の先端をやり過ごすが、最初の枝に激突された扉が勢いよく閉まり、アーズは足場を喪失する。

 ラミューンの肩に、閉まる扉がぶつかるのが見えたが、押された時間はわずかのはずだ。

 転落してないことを祈りつつ、アーズは、滑走する巨木の幹に着地する。扉にぶつかられる前に少し跳べたから、先細った部分に足を下ろすことは避けられたが、真ん中よりは手前だ。ここからジャンプしても、地面には下りられずまた幹に着地するはめになるだろう。そもそもが、木が回るそぶりでも見せようものなら、一歩歩くことさえ命取りの状況にある。

 左右の跳んで手の届く範囲に、枝があるのを待つしかない。

 だが、乗っている巨木を含め、背の高い木々は相応に枝ぶりも高く、アーズは機会を見つけられないまま、巨木ごと滑走して行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ