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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep01-02-01

 第二章 惨劇のセレモニー



   1


 二人に先立って、バーナディルは通路を進む。

 入学式当日。その最終演目である、セレモニー出場者用の控え室へ向かい。

「あっ、ナディちゃんじゃない」

 右側の壁が途切れ、一歩進んだ途端に声がかかる。見なくてもわかる。この甘い声の主は、セレモニーのもう一方の担任。タフィールだ。こんなにフレンドリーにされるような間柄ではないが、彼女はいつもそうだ。誰に対してもそう。まともに話したのも今日が初めてくらいなのに。バーナディルにとって、異世界人より異世界人に思える女性だった。

「タフィ担任。生徒の前でちゃんはないでしょう」

「えっ、生徒? どこどこ」

 こちら側の通路に、タフィールがぴょっこり飛び込んで来た。

 銀髪橙眼。前髪は上げているが、髪質は後ろの景虎に通ずるものがある。生来のものかまで知る由もないが、腰よりも長いストレートは見事の一言に尽きる。美人だ。彼女を知る独身男性で、好意を抱かない者はいない。服装はバーナディル同様露出はないが、あちらは清楚で女性らしい見た目のものを選んでいた。一つ上の、二十四歳。

 彼女の好奇の目が、景虎や芙実乃に向けられる。

「わわっ、かっわいいー。いいなー。ナディ担任はこんな子たちの担任で」

 騒がしく彼女は羨ましがった。いまからずたぼろにする相手を前に、はしゃぐように。いや、きっとそんな意識はない。本当にバーナディルが羨ましいのだろう。景虎の敗北、込みで。憔悴する生徒を抱擁してやりたかったのに、なんて考えていそうだ。

「女の子ちっちゃいねー。でも、いいの? せっかくの入学式なのに、裏で待機させちゃって。一度っきりの想い出だよ」

 控え室にパートナーを同伴しても問題ない。芙実乃に限らず、入学前に魔法を覚えさせることはないし、魔導門装の配布も入学式後のことだ。武器のみで戦う、セレモニーに支障は起こらないとされている。

「この子はまだ迎えたばかりで、クラスの少女たちとも面識を持たせてやれてませんので」

 バーナディルはちらり芙実乃を窺う。景虎の脇で彼の服を抓んでいる。タフィールに驚いてそうしたのだろう。景虎に対しても最初は怯えた様子だったし、内向的な性質が憂慮される。これから起こることに、果たして耐えられるのか。

「うわわわ! わ! う……ぐ」

 その芙実乃の悲鳴だ。バーナディルが逸らしていた視線をはっと戻すと、大男がタフィールの後ろに立っていた。

 顔面にまで筋肉が盛った、醜怪な土気色の超大型異世界人、バダバダル。身の丈は芙実乃の倍よりは低いが、遭遇したインパクトなら倍以上だろう。バーナディル以外の、ある意味本物の異世界人を見たことのない芙実乃が、そうなってしまうのは、予想するまでもなかった。

 咄嗟に景虎の背に逃げ込んだようだ。

 その行為が大男の勘気に触れ。

「ああん」

 大男は前のめりになり、タフィールに被さって見えるような格好だ。

 巨魁が動く圧迫感にバーナディルも思わず道を空けかけた。耐える。しかし誰かが後ろから肩に手を触れ、そっと避けさせてくれる。

 景虎だ。

 視界を遮る者もなく、対戦する両者が顔を向き合わせていた。

「連れの振る舞いが、そなたの世での礼を欠いたなら致し方ない。代わりに謝罪しようか?」

 落ち着いた景虎の所作の美しさに、バーナディルは不覚にも恋に落ちそうだ。自分など芙実乃のついでだろうに。顔を熱くしながら視線を大男に戻そうとすると、当然の帰結として、下のタフィールと目が合うことになった。何かを察するような顔で幅を飛んで来て、バーナディルを後退させる。

「セーーフ!」

「うぇっへっへ。こんな女が俺を楽しませてくれるってか」

 ほぼ同時に放たれた声。バーナディルにはわけがわからない。せいぜい、忙しく手を動かすタフィールに、説明を求める目を向けているしかない。

 しかし、彼女の操作の結果は、それが終わると同時に一目瞭然となった。

 タフィールの背後にオブジェクト。右に曲がる通路にオブジェクト。先へ進む通路にもオブジェクト。大男を立方の空間に閉じ込め、防火放水の機能で、乗り物でも洗うように中で水を荒れ狂わせて、遮音。

 笑顔で言った。

「ごめんね。うちの子、女の子の前でうれションしちゃう癖があるの。わたしは会う前に必ずこうしてるから嗅いだことがないんだけど、臭いって苦情が来ちゃうんだ」

「そう……ですか。でも、あの、あれはあのままでいいのですか?」

 天井と壁から親の敵のようなシャワーと、臭いの元をターゲットにした角からの激流八本。大男は死角のない激流から逃れようと、右往左往しながら踊り狂っていた。タフィールはディスプレイを出現させ、どこを見るか指差しながら言った。

「見て、これ。ここの数字は臭いね。いまは〇だけど、あれをずっとしてると、バダバダルくん、何回も臭くなるみたいなの。あんまりし過ぎると元気がなくなっちゃうんだけど、そんな時は、泣きながらごめんなさいが言えるいい子なんだぁ……。で、三回くらいがちょうどいいらしくて、そうすると、すっごいおりこうになって、調子もばっちりになっちゃうんだよ。わたしが見つけたんだ。えっへん」

 タフィールは胸を張った。

 ふるるっとなったがわざとらしくない。どうしよう。おそらく、性知識を実感できていない。断じて気の合うタイプではないが、バーナディルは彼女と友達になりたくなった。これが、異世界人に対する好悪が逆の両者ともに好かれるゆえんなのだろう。

 言動に、それを満足させる何かがある。

「あ、一回目が終わった。でも連続だと三回目くらいからはちょっとだけ長いの。ごめんね。通路塞いじゃって。お話して待ってよ」

「ファンクラブ会報には、これが書かれているのか――?」

「え、なになに?」

「ああ、いえ。その……そちらのパートナーは?」

 零した感想をうやむやにすべく質問を投げて、バーナディルはこっそり振り返る。芙実乃は景虎の背中にくっついたままだし、だいじょうぶそうだ。景虎はそれを振り払うでもなく、残りの三者の誰をも見て、誰をも凝視しない、我関せずの構え。

 品のある佇まいには、バーナディルだけでなく、タフィールも感嘆の息を重ならせた。

「いいなー。素敵な子だねー。あー、えーっと、何話してた?」

「…………ああ、そちらのパートナーのことを」

「トロロローンちゃんかー。あの子ねー。なんか、バダバダルくんと一緒にいたくないみたいなの。照れやさんなのかな。バダバダルくんには内緒だよ。前に二人トラブルになっちゃって。バダバダルくんが、隣のトロロローンちゃんの部屋に押し入っちゃってね。いまのそれと、篭城のやつをショートカットに入れてあげてたから、事なきを得たんだけど、トロロローンちゃん、排水のないところで朝までほったらかしにしちゃって、バダバダルくん、水槽の中で死んじゃったの。もちろん、わたしが見つけてすぐに蘇生してあげたけどね。えっへん」

「さすがです先輩。今度教育論でも聞かせてください。わたしは科学しか学ばなくてここに来ましたから、先輩のように生徒に寄り添えてやれているか自信がありません。今期初めてのクラス運営が不安です」

「もちろんいいよー。でもナディちゃん、先輩って、あっ、わたしもナディちゃんって言ってる。ナディ担任、タフィ担任、だもんね。でもナディ担任。自分の生徒の前でそんなこと言っちゃったら減点。不安にさせちゃうんだぞ」

 ぽかり、とタフィールにやられた。全然痛くなかった。もう先輩ったら。

「あっと、数字が跳ねた。これが三回目だから、狙うほうはもうちょっとでやめにして、臭いがなくなったら終わりだよ。あ、違う違う。乾かしてあげなくちゃ。だけど服を着たままだから、時間がかかっちゃうかも。でもでも、部屋じゃないから服を脱がすわけにもいかないし。どうしよう。やっぱり、みんなを待たせちゃうのも悪いから、ここは圧力をかけて絞るだけにして、あとは控え室でゆっくり乾かすことにする」

 どんなに喋っていても、しっかりと数値は目に入れていたタフィール。言った作業をらんらんしながら入力すると、オブジェクトが壁際の脱水口を残して収縮していく。

 大男は中でみっちりだ。バーナディルは微妙な気持ちになる。

「うふふ。だいじょうぶなんだよ。バダバダルくんは今期トップの入学生だもんね。頑丈だし、耐久力も、一番なんだから。ちょっとくらい無茶したって、元気、元気。試合までには回復しちゃうぞいっ」

 タフィールが最後にぴっとやると、ディスプレイ、コンソール、オブジェクトが消失した。

 静かな怒りを湛えるような顔で、大男が動きだす。タフィールはそれをわざわざ手招きする。

「ほらほら、バダバダルくん。こっちの素敵な子が景虎くんなんだって。名前教えてあげたでしょ。今日試合する子だよー。対戦相手ー。だから男の子ねー。興奮する感じ間違ってたから、の、めっ、だったんだよ、さっきの。ああ、でも、そういう時、女の人のそばにいて怒られたことあったじゃない。だからわたしからも離れなきゃだめだぞ。どこかぶつかっただけで、泣かせちゃうんだから、タフィ担任で練習、練習ねっ。男の子から女の子に触っちゃだーめ。タフィ担任との約束だから忘れないように。それじゃあ、これから試合する景虎くんに挨拶して、あっちの部屋で服を乾かそうっ」

 タフィールは大男の肘のあたりを叩き、制服にぺしゅりという絞りたての音をさせた。大男は黙ったままだが、景虎が何かを顧みるような表情で、バーナディルに話しかけてきた。

「今し方黙りそなたの肩に触れたな。こちらの習俗で禁忌とは知らずだが、以後心するとしよう。此度は許されよ」

 バーナディルは、即座に景虎の発言を撤回させる権利を発動した。勢いよく。

「とんでもありません。わたしにとってそれはむしろ喜ばしい出来事でした。その謝罪を口に戻し、こちらからの感謝をお受け取りください」

「そうか」

 景虎は零れさせた息も聞こえないくらいの微笑をしたが、続けざまに、タフィールがとんでもない提案をしてくる。

「そうなの? じゃあナディ担任。時々バダバダルくんもそうさせに行かせてもらってもいーい? この子、最近では一回おいたすると、つぎの一回は我慢できるんだ。だから、我慢できたらナディ担任に肩を触らせてもらえば、きっと無闇やたらに苦情が来なくなるかも」

 やめてくれ。彼に肩など触られたら、これ以上嫌いになってしまう。

 これ以上なんてないのに。バーナディルは言い訳を考える。

「未熟なわたしなりの、生徒との接し方です。タフィ担任の生徒は、タフィ担任だけに指導されてこそ、育つのではないかと愚考します」

「そうかー。まあ、そうねー。わたしだって、バダバダルくんがわたしよりもナディちゃんになついちゃったら悲しいもんっ。ねー」

 タフィールは首を横にも傾けながら、大男を見上げた。恐ろしい女だ。毒され過ぎて取り返しがつかなくなる前に、やはり適切な距離の取り方があるな、とバーナディルは我に返った。

 タフィールの向こうの大男が一歩前に出る。セレモニー当事者同士の再びの対峙。

「お前を殺してやるよ」

「そうか。よろしく頼む」

 景虎はにこやかさを薄めたような微笑みで応じた。創作物なら、少年の純粋さを題材にしたスポーツものの一コマだが、繋がりがおかしい。言語の理解に致命的な齟齬でも生じたのだろうか。その場に三人を残し、タフィールたちが元の通路へと引き返してゆく。

「あの……彼はなんと?」

「ん? 挨拶であったと思うが……」

 景虎の涼しい表情は露ほども崩れない。芙実乃だけが、表情に暗い陰を落としていた。

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