Ep03-04-03
3
「魔女喰らいが……ん? 真ん中に戻って、今度は逆の端に寄りだした?」
「衛星からの映像ではわかりませんが、その場にいれば跳んで見えてるのでしょうね」
アラルと本部指令は通話を続けていた。もっとも、アラルは等速でいるのに対し、本部指令は十倍程度の緩い脳加速処理を受けているはずだ。こちらだけが実声で喋っていることになるが、どのみち脳エミュレータを介した会話なのだから不便も不都合もない。喋っている最中のことを、向こうは調べながら返してくれたりもするし、むしろ楽なのだった。
「これはさすがに、左右行ったり来たりで動いてるやつなんていないよね?」
「そうですね。こちらでは上に行こうとしているという予測に振れてきました」
「上に? 飛びたがってるん?」
「実は、魔女喰らいからアラルへの直進経路を調べると、現在、魔女喰らいのいる地点は、そこに至るまでの最高高度に位置してるのです。そして、アラルの現在位置は島近海の上空。実際はその途中で撃滅する予定で、そこに行かせるつもりがなかったわけですが、仮にアラルをその上空に数十日待たせて魔女喰らいの到着を待った場合、最終的に魔女喰らいは海の底から跳び上がらなければ、アラルに攻撃が届かないわけです」
「まあ、そうなんね。魔法少女の味を覚えちゃったからこその魔女喰らいなわけだし」
「はい。そうするとですね、あの魔女喰らいにとって一度山を下って海底を目指すという行為が、連中にとって最適な近づきにならなくなるのでは、と考えられるわけです」
「はあ、故に空路を取ろうとしてる、と。で、あれは飛べるん?」
「いえ、確証は。飛行型が魔女喰らいになった場合に、そういった行動を取ろうとする可能性をいま検討中です。ただあの魔女喰らいは他国が取り逃がした、報告にも上げられてない個体らしく、裏付けは取れないでしょう。それに、飛ぶ魔女喰らいなんて存在がありえるなら、それをアラルがご存知でないはずもありません……よね?」
「うん。聞いたことない。考えたこともない。無差別じゃなく、魔力を特定した相手の位置がわかって、それだけをつけ狙うなんてやつが飛び回るんだったら、この世界は魔法少女の地獄になってる。よその国だってそんな情報までは隠匿しないだろ」
「よしんば隠匿されていたとしても、隠しきれるような情報でもありませんしね」
「だとしたら、魔女喰らいは結局どうやっても飛べないわけで、この状況は偶然にも、敵性体の行動をバグとか無限ループとかに嵌めちゃったことになるん?」
稀に、敵性体が身動きの取れない穴に嵌まった時などに用いられる言い回しだ。
「そもそも、魔女喰らいなんて存在を出してしまうこと自体が、敵性体からするとバグなのかもしれませんけどね」
敵性体が魔女喰らいになるために必要なプロセスは、魔法少女を殺す際に生きたまま身体ごと取り込んでしまうこと。これが、魔法少女以外だと単なる死で済み、魂の位置情報がわかっている異世界人なら、再召喚というかたちで生き返ることさえできる。ただ、魔法少女だけはその限りではなく、再召喚すら不可という、魂をロストした状態にされてしまうのだ。
それは、死んだ当人だけでなく、残された者からしても、鎮魂の意味すら見いだせなくさせる、究極の死であると言えるのかもしれない。
生命を終わらせることが目的らしい敵性体からすると、この上ない目的の達成であるかのように思えてしまう。が、実はそうでもない。本部指令が魔女喰らいそのものをバグと言うのにも、それなりには頷ける理由があるのだ。それが、魔法少女を取り込んでしまった敵性体は、彼女たちの残存魔力でダメージを負って、活動限界を迎えてしまうこともある、ということ。人間を踏み潰したりするのは、通常の生物を殺す行動として散見されるものの、それが魔法少女だったりすると、計算外のダメージを負うリスクをも負っていることになるのだ。それなのに、敵性体はひとたび魔女喰らいとなろうものなら、敵性体としての行動ががらりと変容し、魔法少女をつけ狙う存在となってしまう。また、ある意味それ以上に厄介な行動変容もある。
それが、逃げる、という行動を取るようになってしまうことだ。一応、取り込んだ魔法少女の知性や性格が一部混入するからだとされているが、定かではない。
そして、逃がすのがまずい理由が、魔女喰らいがすべからく取りだす第二の行動にある。
それが、恣意的な自己強化行動に走る、という特性。
ただの敵性体なら、地下収納が間に合わなかった建物と衝突し、偶然の強化が図られることもある。が、それが即、自己強化行動をを促すことにはならない。生物を殺す以外の行動を優先させたりもしない。人間が兵器で攻撃したり、科学的な手段を用いて防御力を上げた身体で攻撃を受けたりしなければ、敵性体を強化体にすることはない。
しかし、魔女喰らいになった途端に、敵性体は逃げて自己強化を図る。
連中は数年、長ければ数百年かけて自己を強化し、その間に喰らった魔法少女の姿へと変貌する。強化に用いる手段は、違法防具を叩いたり、気長に通信波に身を晒したりと様々だ。
だからその事実に辿り着くまで、魔法少女は戦場に立たされ続けたし、魔法を他者に委ねる技術開発も着手されていなかった。当時、戦線から離れてゆく敵性体を放逐したばかりに、それこそ無数の特殊強化体――魔女喰らいを、海に野に山に潜ませてしまっていることになる。
もっとも、それゆえに行われだした戦士召喚と、戦士に魔法を委ねるというやり方が、今日の社会生活を取り戻す礎ともなっているのだから、裏を返しての幸運と言えなくもない。
ただし、そうした戦士たちをもってしても強化体の駆除は容易なことではなく、とりわけ、弱ると逃げてしまう魔女喰らいを仕留めるのは困難を極めた。現地人と魔法少女が協力していたころよりはるかに、効率よく敵性体を駆除してくれる戦士たちだが、相手が強化体ともなると、効率よくの代名詞である駆動域の切断がほぼ不可能となってくるからだ。
強化体とは、大雑把に言うと、吸収されたエネルギーにより、攻撃力、防御力、耐久力などが上がってしまった状態を指すものだ。攻撃力を筋力と見做すならば、スピードだって上がっている。つまり、兵器で攻撃してしまった敵性体は、その攻撃した兵器分のエネルギーが上乗せされているわけで、それを人力だけで削りきれというのは、さしもの史上最強たちにだって過負荷となるのは言うまでもないだろう。
人力で出せる攻撃力には限界もあるのだから、強化体を倒すには、ひたすらに叩いて耐久力を削り、駆動域の切断が可能なまで防御力が落ちた状態にするしかない。それなのに。
魔女喰らいに限っては、そうしたエネルギーの蓄積量が減ると、また逃げてしまうのだ。
そのため、ただの強化体と違って、とにかく魔法攻撃でエネルギーを削る、という戦法にも注意が必要となる。なぜなら、魔女喰らいがターゲットにする魔法少女は、最後に浴びた魔力の持ち主となるからだ。これは、発現者が遠隔から姿を見せずに、現場の使用者から放たれた魔法だったとしても、例外にはならない。だから、地域の協力者からしか魔法の提供が受けられない地方軍人だと、魔女喰らいの警戒区域では、そもそもの魔法を使いたいという意識が、魔法少女の誰にも届かないようになっている。軍に正式入隊してない魔法少女を、おいそれと魔女喰らいのターゲットにするわけにはいかない、というこの国らしい配慮だった。
当該魔女喰らいを処理するため、先行して現地に配備されたのはだから、精鋭部隊だ。
彼らは各本島の異世界人学校で総代、十二徒といった成績を修め、首都の士官学校から中央軍へと正式入隊した異世界人戦士たちで、ほとんどの者が魔法少女を五人、専属のパートナーにしてともに軍に所属している。また、誰かのパートナーでもなく軍に正式入隊した魔法少女からも、予備の魔力提供を受けられる立場でもある。
軍所属の魔法少女なら、魔女喰らいのターゲットになることにも同意して入隊するわけで、国土の中心でもある首都本島で暮らすことを受け入れてもいる。つまり、危険に見合う防衛体制も準備万端に整えているからこそ、魔力を提供させられるわけだ。
そしてもちろん、逃がした場合の準備だけでなく、そもそも逃がさないように、というのを徹底するのが軍としての大前提にもなっている。今回の作戦予定地はだから、ある程度道なりに誘導できて、逃げに走った当該魔女喰らいを見失わずに包囲していられる地形でもあり、周辺都市部からも比較的離れている、という条件で策定された連山の麓の一区画だった。
道なりにこだわるのは、ぶつかるとダメージを受けるらしい敵性体が、基本的には木を避けて動くため、ターゲットに対して一直線に進まなくなってしまうからだ。遠ざかることはないが、変にずれた位置に行かれてしまうと、囮を動かしての再誘導が困難になることもある。最悪、作戦予定地を準備し直すことにもなりかねない。
当初は尾根を進みはじめている魔女喰らいを、現在跳ねている岐路に戻すために、アラルを余分に動かす予定だった。しかし、岐路よりも下流で遅滞できたことから、タイミングを合わせて一挙に、予定地と直線上になる洋上にまで来られた。あとは、魔女喰らいが作戦予定地に来るまで、アラルはここで待っていればいいだけだったのだが。
「飛ぼうとしてバグってるんなら、わたしの高度を下げればいいんじゃない?」
「ええ。場合によっては、海底まで下げさせてもらいます。けれど、これが本当に無限ループなのか、どこまで続くのかのデータ収集の方針が示されまして」
「そうなるよね、そりゃ。うわぁ。下手したら何日がかりになるんじゃないの、これ」
「申し訳ありませんがその時は……。――現地監視要員。通信者一名待機、一名を追跡に」
点が道なりに動きだした。本部指令は待機させた現場監視要員に、引き続き命じた。
「現場周辺を詳細に記録。目視できる範囲に異常はないか」
「道幅いっぱいの足跡……に踏まれた虫数匹……と踏まれてない虫も、合わせて十匹前後」
送られてくる画像で見るに、踏まれてない虫にも撃ち落とされた痕跡があった。そもそも、踏まれている虫も、撃ち落とされてからさらに踏み潰されたものだと画像解析される。
虫も生物である以上、敵性体の攻撃対象ではある。ただし、体積が多く動く生物のほうが圧倒的に優先順位の高い攻撃対象となり、狙われることなどまずない。ついでに殺しておくくらいのケースがほとんどだ。虫の詳細が表示される。それによると、高所の枝に巣をめぐらせ、近づく者を攻撃する習性があるらしい。刺されると激痛が走り、それが遺伝調整のされてない人間の場合だと、回数によっては死に至ることも稀に起こる、とある。
「ついででなく、わざわざ跳んで殺したんだから、攻撃された反撃とかかな?」
「そうせざるを得なかった、としたら、痛覚があるか、ベクトル以外の要因のダメージがあったということでしょうか。アナフィラキシー的なショックを感じるとすると、虫でも魂は一で計上されるわけですから、無視してよいものではなくなるのかもしれません」
「あるいは魔女喰らいになる元の魔法少女の体質、はさすがにないか。異世界人は現地人より理想的な遺伝調整をされてるわけだし。でも、思考や感情の残滓、というのなら兆候と取れなくもない事例が、まだ検証中だったりもするんだっけ? なら虫嫌いとか、それこそアナフィラキシーショックで死んだトラウマ、なんて線も考えられなくはなかったりもするん?」
「どのみち、元の魔法少女のデータがないので、調べようもないのですが。まあ、魔女喰らいは通りすがりにターゲット以外も殺していきますから、特に異常でもなかったのでしょう」
魔女喰らいの特異行動については、そのどれかで説明がつく、と結論づけられた。
もっとも、それも無理からぬことで、虫の生態予測からは、飛行ルート上に突如設置されたホログラフのような魔法により帰巣に混乱をきたし、幻の巣に入ろうと周遊していた、なんて可能性は示唆もされてなかった。虫はついでに撃ち落とされただけとの可能性も作戦本部は弾き出していたが、これを虫側でなく、敵性体側の異常行動として解釈してしまったのだ。
魔女喰らいの誘引に成功した。その直後にマチュピッチュ・ピッチェの魔力が喰われ、ターゲットがすり替わってしまった、という事実に気づくことなく、作戦本部は状況が順調に推移していると、この瞬間錯誤しているのだった。
本部指令は、現地監視要員に周辺の記録をひととおりで終えるよう告げ、元の任務に戻らせる。衛星画像を追っていると、程なく現地監視要員二名は合流し、魔女喰らいから一定の距離を保ち、追跡を継続しだした。彼らが進む山道は、誘引地へ真っ直ぐに伸びているわけではなく、なだらかなカーブを描いていて、やがては誘引地から遠ざかってしまう。
そこの限界点をちょうど、五人の学生が通過した。
「やれやれ。これでひと安心だな」
「ええ……。ですが、肝心の魔女喰らいがそろそろ、道から外れて斜面に飛び込んでもいい頃合いのはずなのに、まだ道なりに進んでいて……」
「なんだろ。木の密集度が高くて、それを避ける時間要因とかか?」
周囲をどう認識しているのかは知れないが、敵性体は距離が近い相手ではなく、自身が動く時間が少なく済む相手に近づいてゆく。アラルの言う時間要因とは、当該魔女喰らいの運動能力と地形の関係で、移動ルートの算出法も変わる、ということだった。
「それも計算してのことなのですが。まあ、遅くともさっきのポイントまでは可能性があると出ていますからね。曲がってくれるはず。学生たちもそこを越えている。不都合はない」
自身に言い聞かせているのか、本部指令から伝わる意識に思考の痕跡が滲む。しかし。
半ロムグリ後に期待は裏切られ、魔女喰らいが、限界点を通過してしまう。
思考加速の賜物か、本部指令が即座に適切な命令を下す。
「現地監視要員。当該魔女喰らいのターゲットが替わっている。先行する学生の中にいる可能性が高い。当該魔女喰らいの遅滞に努めよ。ターゲットに近づけさせるな。――派遣部隊長。予定地現状放棄。配備全人員を均等に散開。作戦予定地の再指定があるまで、当該魔女喰らいとの距離、半ロムグリ圏内での包囲態勢を保て。別途追跡人員として最精鋭を選出、遅滞任務に加わり、ターゲットを首都滞留中の軍所属魔法少女に移行させるように。状況開始」




