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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
77/140

Ep03-04-01

 第四章 魔女喰らい


   1


 女性型との交戦開始から、およそ一ロムグリ後。

 クロムエルは幾度となく渾身の一振りを食らわせ、こちら側に渡る足場のあったあたりより下流まで、女性型を後退させていた。芙実乃たちが濡れた服を乾かすあいだ、クワットルトが登頂するのにあと三ロムグリと見積もりを立てていたから、これをもう一ロムグリも続けていれば、上に行かせた五人がシェルターに逃げ込むだけの充分な距離を稼げるはずだ。

 その時。

「おい、交戦してるぞ」

「君たち、無事か」

 足払い直後の景虎が振り向き、クロムエルが二百度目の一振りで女性型を裏返す。女性型に注目しながら、ちらりと彼らの姿を確認する。どうやら近隣に駐在する対敵性体要員の軍人らしかった。上空の、乗って来たエレベータらしき板から飛び降りて着地する。

「本当に人型みたいだな」

「あれが……」

 消えてしまった上空の板や近づく彼らを視界に収めながら、女性型に二百一振り目を放つクロムエル。当然、視線を戻した景虎から、崩しのサポートを受けてのローテーションだ。

「君たちは何をしようとしてる?」

 軍人たちから質問を受け、顔を向け合っているかたちのクロムエルが応対に当たる。

「連れを五人、頂上のシェルターへ行かせてます。足の遅さを考慮に入れた時間稼ぎですね」

「そうか、単なる交戦でなく……。五人の内訳は?」

「魔法少女三、戦士一、現地人少女一です」

「なんだその組み合わせは?」

「交流遠足だろうよ。いや、それならもう一人現地学生がいるはずだがどうした?」

「彼なら少し先のシェルターに入りました。その直後にこの一帯の通信、インフラが制限されるとナビが。以来誰からの連絡も途絶えてます」

「そのシェルターに全員で避難しなかった理由は?」

「これが指を伸ばす攻撃をしてくるので、位置関係の危うさから四人を上に遠ざけ、護衛にと一人を行かせました」

「状況了解した。この敵は我々が引き継ごう。君たちはそこのシェルターに退避しててくれ」

 景虎の判断を仰ごうと、二百五を数える振りのさなかにクロムエルが目を合わすと、景虎は後方の彼らにはもう顔を向けず、口だけを開いた。

「この敵をこの場にて仕留める。その確約をすると?」

「いや、それは……」

「であれば、我らは連れが避難を終えるまで、せめてもう一ロムグリ、この敵の足止めを果たす所存だ」

「そんなことを勝手に決められてもな」

 一人が渋い顔をして、景虎の横に出ようとする。それを止めるように、もう一人が言った。

「いや、わかった。だったらその足止めを我々が努めよう」

「おい、いいのか、そんな命令は受けてないだろう?」

「そもそもが連絡待ちなんだ。それまでの遅滞は本部も望むところのはずだし、準備が整ってしまえば敵の誘引が可能になる。逆に、だからこそその囮を動かす準備のあいだ、俺たちがこいつを目視してる必要があったわけだが」

「確かに、そうなるな」

「というわけで、君たちの目的達成と、我々の任務達成は相反さない」

 同僚の説得に成功した軍人が、後ろから景虎に声をかけた。ちなみに、彼らが打ち合わせをしていたあいだにも、クロムエルは三度女性型に剣を叩きつけている。

「なれば我らは頂上へと向かい、途中の連れと合流、あるいは、頂上のシェルター内にて合流としよう」

「そこのシェルターに入ってはくれないかい?」

「聞くが、シェルターというのは、そこのものと頂上のものは中で繋がっておらぬのか?」

「……知らないな。ああ、君はもしかして、学校の寮のようなものが地下に広がってると思っているのかい。シェルターというのは、あくまでも一時退避場所でしかないんだ。ポイントで緊急避難がタッチされると、普段は格子で埋められている、寝そべられる程度の高さしかない空間に、言い方は悪いが棺のような隙間を作って、避難者を収納するだけの施設だね。寝て遊んで栄養補給はできても、中で運動ができたりはしないよ」

「それでも、中で繋がっておるだけでも、そこから入って頂上まで自分をエレベータで運ばせる、などの行為はできるのではないか?」

「便利な使い方を思いつくね。ただ、いま保持してる命令系統では何も問い合わせてやることもできないし、仮に君の言うようなことができるとしても、インフラ系への特殊権限によるアクセスが必要になるはずだ。それにおそらく、そもそも中が繋がってるとも思えないかな」

「なれば、そなたらは道路移動の時に使うエレベータを上空で飛ばし乗っていたが、同じ方法で我らが連れのところにまで駆けつけることは可能か?」

「あれは地方軍管轄のインフラで、小官たちにも使用認可が必要だし、街から乗り続けていたから、敵性体強化回避措置の制限エリア内に入っても、使用権が保持されて飛べてただけだ。ここで使うには、また別種の認可と処置が必要となってくる」

「致し方ないな。では、我らは走るとするが、この状況、どう引き継いでくれる?」

 彼らが景虎の問いに答える前に、クロムエルが口を挟んで確認する。

「よく見ていてもらえましたか? 特にマスターのなされようが簡単に真似できると思っておられるなら、とてもではないがお任せしかねるのですが」

 気色ばみそうになる片方を止めながら、片方の軍人が頷いた。

「いいだろう。そこまで言うなら、もう少し見物させてくれ」

 クロムエルと景虎の一連の戦闘行動が繰り返されるのを、特に景虎の足捌きに注目していた軍人二人は、次第に息を詰めだした。景虎がいかに精緻な戦闘行動をしているのか、理解できないほど間抜けではなかったようだ。もっとも、月一戦で二桁勝利を上げるくらいでないと、地方配備の軍人にもなかなかなれないという話だから、景虎を見くびっている学生と一緒くたにはできないが。

 敵性体より景虎に注目しながら前に進んだ軍人二人が、景虎の顔を見てぎょっとした。

「あの――柿崎景虎……か?」

「規格外人を相手に、セレモニー初の勝者となった……。神業、さすが、といったところか。確かに、小官では足を使い潰すくらい力を込めなければ、同じ真似は続けられまい」

 その呻るようなつぶやきに、景虎は女性型から目を離さずに応じた。

「であれば、脚の払いは真後ろからでなく、真横よりやや後ろに位置し、膝の裏に鞘に入れたままの剣で振り抜くようにせよ」

 膝裏は、足払いで払われた先の足元の石が偶然噛み合ってしまった時、景虎が間髪入れず靴裏を突き刺していた箇所だ。多少前寄りにつんのめらせてしまうことになるが、転ばせるだけなら簡単になる。景虎が難易度の高い真似をしていたのは、体力温存を考えてのことだろう。

「なるほど。それなら、もう片方の足が上がった直後、くらいの大雑把なタイミングで当てるだけでもいけそうだ」

「そなたらが配置に就き次第、最後に一当てして、我らは行くとしよう」

「わかった。っと、待ってくれ。念のために確認するが、君たちは魔法を使ってないね?」

「ああ……。使うとどうなっていた?」

「詳細は話せないが、上で動いている計画が台無しになるところだった。魔法使用自体は咎められないと思うが、それとは別に、君たち自身の状況も悪くなったはずだ」

「一応、忠告として受け取っておこう。伸ばしてくる指を忘れぬよう心がけよ」

 忠告をし返し、最後の足払いと一撃を女性型に見舞うと、景虎とクロムエルは離脱した。

 クロムエルはしばしば振り返りつつ様子を窺っていたが、残された軍人たちは景虎の教えを上手くこなせているようだ。もっとも、景虎のようにその場で崩すことも、クロムエルほど強い打撃を与えることもできないからか、微妙に進まれてしまってはいるが。

 それでも、そのペースなら頂上まで何日がかりになるか、程度には抑え込めるだろう。

 景虎に追いついて、クロムエルは報告する。

「何事もなければ、我らが皆と合流するくらいの時は、充分稼いでいてくれそうです」

「それでも急ぐに越したことはないであろうな」

「わたしだけでも全力で先行しておきましょうか? もっとも、登りでこの足場ともなると、大したペースアップもできず、皆と合流できてもしばらくは疲れで使い物にならず、仮に危急だったとしても、身を呈するくらいしかできなくなるでしょうが」

 できもしない大言壮語を吐くわけにもいかず、クロムエルは自己の限界を正直に申告する。短距離であれば、悪い足場であっても景虎を引き離せもしようが、長距離となると話は別だ。こうして並んで走っているとわかるが、悪い足場にあっても軽い身体を無理なく運ぶ景虎に較べ、大きくて重い身体を力尽くで進めるクロムエルは、走り方がまるで洗練されていない。

 平地であればおそらく、そんな走り方でも景虎より速く長く走ることも可能となっていたはずだが、この条件下だと景虎と同じペースを保つだけで、体力をより消耗しているのはクロムエルのほうに違いなかった。

「この時点でそなたを使い潰すよりは、アーズの手並みに託すとしようか」

 景虎のその言葉を、クロムエルは、先行しなくていいという意味に受け取る。

 ここにいるのがアーズであれば、いまクロムエルがしたかったことも悠々とこなすのだろうが、アーズでは女性型をぶっ飛ばす役割は果たせなかったろう。また、アーズが景虎の代わりの牽制役だったとしたら、こうも易々と女性型を下流に退けられてもいなかった。

 そう考えると、この足場をものともしないアーズは、単独の護衛に適任だったと言えた。

 そのまま一ロムグリほど走り続けると、若干乱れた息づかいを押し殺し、景虎が話しかけてくる。

「いまの風、何か、おかしな感じを受けなかったか?」

 正直なところ、景虎の質問こそ意味不明にしか感じられなかったのだが、クロムエルは無理矢理記憶を掘り起こしてみる。が――。

「すみません。感じたことと言えば、期待したより生温かったな、とか、もう少し吹いたままいてくれれば、くらいしかわたしは」

「走りどおしだからな。わたしもいま少し涼ませてくれぬものか、というのでほとんどであった。そうか。いや、そもそも感覚がどうのと言えぬほど、身体が火照っているのやもしれぬ」

 それ以後二人は黙々と頂上を目指した。半ロムグリも過ぎたころ頂上に辿り着き、休憩ポイントの上に立つ。勝手に避難させられたりしないよう、クロムエルだけ半身を入れて、景虎が境界ぎりぎりから音声操作モードでアクセスした。

「中にいる人数を確認したい」

「一名となっております」

 機械からの返答。これが間違いでなければ、目的の五人は中にいないことになる。

「その一名というのと話せるか」

「お問い合わせします。受諾されました」

「あの、どちら様でしょうか?」

 聞き覚えのある声に、クロムエルは景虎と顔を見合わせる。景虎の考え事に没入したい様子を察し、この通話はクロムエルが担うことにする。

「その声、クワットルトさんですよね。こちらはクロムエルで、いま山頂にいます。貴方が出られたということは、シェルターはやはり中で繋がっているということでしょうか?」

「クロムエルさん。山頂とここが中で……。そこまで大規模な収容施設を、山の中腹から作るはずはないと思いますが、調べてみましょうか?」

「あの……、調べるというのは、通信が、情報インフラが生きているということですか?」

「ああ、外は敵性体対応で通信不能になってるんですね。でも、普通の住居やシェルターのような地下だと、情報系インフラは壁素材伝いに行き交ってるんです。たぶんここも、紐くらいの壁素材が都市部まで繋がっていて、敵性体強化の心配は、――あ、出ました。連山全体で百七ヶ所、各五十名が定員とありますから、やはりここは個別のシェルターですよ」

「だとすると、山頂のポイントであるここから、中にいる避難者一名と通話を繋げると貴方が出られた、というのはどういうことになるのでしょう?」

「たぶんそれは、連山全体か、あるいはこの山、同敵性体警戒エリアのどれかの括りでシェルター内の人数を、一括表示してるからだと思いますよ。だけど、その避難者が僕一人ですか。えっと、じゃあ、ラミューンさんたちがまだ入ってなくて、――見つかってもいない?」

「そうです。考えにくいのですが、途中脇道が一本見えてましたから、いなくなるとしたらそこか、あるいは山頂を越えて山を下りたとしか」

「じゃあ、何か情報がないかざっと調べますから、ちょっとだけ待っててもらえますか?」

 景虎の頷きを見て、クロムエルは返事する。

「わかりました」

「――クロムエルさん。山頂から直だと尾根に向かうルートと、僕たちの予定コースを含めた登山道が三本、そこからの枝分かれも無数にありますが、僕のいるシェルターから山頂までだと、別の登山道から合流してくる脇道が、左右に一本ずつあったはずなんですが……」

 それを聞いた景虎が短く言う。

「戻るぞ」

「わかりました。クワットルトさん、情報感謝します」

 走りだしていた景虎にすぐに追いつき、クロムエルは問いかける。

「見逃した脇道に行った、可能性が高いということですよね?」

 クロムエルらが見かけていた脇道は、川の向こう側だった。二人ですら一歩で越えられない川幅がまだあったのに、芙実乃連れの一行が、そうまでして脇道を選ぶ理由が思いつかない。

 つまり、行き先を替えたとしたら、二人が走っていた側にあったはずの脇道となるのだ。

 二人は、よりにもよってその道を見落としていた。

 景虎が頷き、推論を口にする。

「道中少し話した、あのあたりに脇道があるのやもしれぬ」

「マスターが違和感を感じられていたあたり。特に見回し直したはずなのですが」

「わたしもだ。そして、どういう違和感だったかももう定かではないが、推論を絡めればこういうことになる。あの時おそらく、風景と風の音との辻褄が合ってなかったのだと思う」

「風景と風の音との辻褄……。異音か、あるいはするべき音の喪失、でしょうか?」

「後者だ。あの場に絵魔法による木々が描かれていたのであれば、部分的に風景が動かず、葉を撫ぜる風の音が、その脇道の部分だけただ吹き抜けていった、となりはすまいか」

「マチュピッチュ殿の。精巧な絵も出せたということですね。脇道を埋める絵の部分だけ微動もせずにいたと。しかし、どうしてまたアーズは我らを撒くようなことをやらせておくか」

「アーズの仕業と決まったわけでもなし、致し方なきところもあろう。先行した五人からすれば、我らが足止めを放棄し、敵性体を生かしたまま先に追って来る、その動機づけに考えを巡らすより、我らが敵性体に跳び越されてしまった場合を考えるほうが先決となる」

「確かに、あれが川を遡上していたのを確認しているのですから、頂上から逸れようというのは、危険回避という意味では無難な選択とも言えたのでしょうね」

 ただ――。クロムエルは気懸かりを零してしまう。

「あの軍人連中、囮やら、誘引やらと言ってましたが……」

 その言葉が表しているのは、あの時点で山頂を目指していた女性型を、別の方角に向かわせる計画があるということだ。しかし、現状のクロムエルにできることがあるとすれば、その向かう先が、五人が足を踏み入れたであろう脇道でないことを祈るだけなのだった。

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