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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
73/143

Ep03-03-03


   3


 ルシエラに肩を貸してもらった芙実乃だったが、それだけではバランスを崩す芙実乃の身体を支えきることはできず、もう片側をマチュピッチュに支えられての出立となった。

「いつもすまないねえ」

「まったくよ」

「そこは、それは言わない約束でしょ、と言うところでしょうが!」

「そんな約束なんてしてないじゃない!」

「マチューー!」

「「ぎゃあ!」」

 バランスを崩した芙実乃と一緒にルシエラも倒れ込む。マチュピッチュが芙実乃を支えるのを早速放り出して、だっと走って行ってしまったのだ。

 マチュピッチュが向かった先は川。

 足場にできそうな岩が一、二メートルおきに川面から頭を覗かせていて、ぴょんぴょんと向こう側に渡りたい衝動に駆られたらしい。すかさず追っていたアーズにしっぽを捕まえられ、マチュピッチュが連れ戻されていた。そのあいだ、並行して歩いていたラミューンが手を差し伸べながら、起き上がろうとする二人に話しかけてくる。

「芙実乃ちゃんに肩を貸すの、わたしがマチュピッチュちゃんと代わろうか?」

「えっと……そうしてもらえると助かります」

 マチュピッチュは、話は通じるが言うことを聞いてくれるかと言えば微妙だ。頼みごとなど理解すると喜んでやってくれるが、それが持続するかという点ではすでに身に染みている。

 マチュピッチュが行ってしまうたびにルシエラともども転ぶのでは、いつまで経っても頂上になんて辿り着けやしない。芙実乃は、もう片方の肩をラミューンに預けることにした。ただそれで、芙実乃の両手が塞がってしまったため、マチュピッチュのしっぽはそのままアーズが受け持つこととなった。

 芙実乃たちの隊列にほぼ変更はないが、女性陣の列から離れてしまったマチュピッチュは、前列のアーズよりも必然的に前を歩くかたちとなっていた。それでも先行するクワットルトが進むルートを先導してくれてもいて、マチュピッチュに気ままに歩き回られずに済んだ。

 二人に肩を借りながらだが、幸い芙実乃も普段とそう変わらないペースで歩けている。順調と言っていい。ラミューンの背の高さがルシエラとほぼ一緒くらいなのも、楽に歩ける要因だろう。元々一番遅いであろう芙実乃の歩くペースを考えれば、計画以上に早く山を歩けていると言えるのかもしれなかった。

 また、明るくて優しくて元気、言うなれば天真爛漫なラミューン相手だと、芙実乃に対するようにはルシエラも姉ぶらない。本来の妹気質を覗かせているくらいだった。

 芙実乃が望んだとおりに、ラミューンが中心になって会話を回してくれているからだろう。単なる位置関係でしかないが、集団の中心に据えられている芙実乃と密着することでまずルシエラと打ち解け、次第に男性陣も会話の輪に引き込んでくれている。

 その甲斐あって、男子は男子で放っておいても会話らしきものをするようになっていた。

 ただ、そこと離れている景虎だけ話し相手がいない。と言うのも、物怖じしないラミューンでさえ景虎の相手は緊張するらしく、話を振ろうとするたびに身体から強張りが伝わるのだ。

 芙実乃はこそっと、ラミューンに話しかける。

「ラミューンさん。景虎くんは、ラミューンさんのように人当たりがいい人が相手なら、仮に失敗して迷惑をかけちゃっても、心の中で腹を立てたりもないはずですよ」

「うひゃー、人格まで完璧なんだね。でもでも、素敵すぎてどうしても緊張はしちゃいそう」

「男の人が苦手、とかはないんですよね?」

「どうだろ。ちょっとはあるのかもしんない。初対面の異世界人ってことで、直前までは芙実乃ちゃんとかの女の子にもドキドキしてたんだけど、景虎くんを見た瞬間から他の人への緊張はどっかなくなっちゃった感じ」

 その気持ちはよくわかる。景虎といると景虎にばかり集中してしまい、他の人への関心が薄れてしまうのだ。ルシエラやマチュピッチュが何かしでかさないか、みたいな意識しておける注意力が損なわれるわけではないが、クロムエルやアーズが結構関係の薄い男の人だという、普通なら前面に押し出されるはずの隔意が、心の奥底に沈んでいってしまう。景虎の配下だからそこにいる、との認識が苦手意識を浮上させてこないのだろう。

 景虎に話しかけられないまま一行が進むと、芙実乃は奇妙な違和感を覚えた。川遊びや渓流釣りに適してそうな川べりなのに、自分たち以外に誰もいない。

「ラミューンさん、もしかして、この山一帯がわたしたちの貸し切りですか?」

「人がいないから? たぶんそれは平日だからじゃないかな。親が働いてないって人のほうが多いけど、平日は子供がみんな学校なんだよ。わたしもここへは何度か連れて来てもらったこともあるけど、やっぱり休日だったし、親子連ればっかりそこそこいた気がする」

「いかにもレジャースポットって感じですもんね。下のほうで一人、泳いでる人を見かけたくらいだったから、一瞬貸し切りなのかと思っちゃいました」

「暇な大人だと釣り道具とかにも中々手が出ないだろうし、そんな人もいるよ。このへんならまだ泳げる深さもあるけど、斜面だから流れは急だし、泳ぐならまあ平地のほうでだね」

 などと、ルシエラも交えたとりとめのない会話を一時間くらい続けていると、先行の四人が足を止めていたらしく、八人はひとところに固まることとなった。

「どうしたのー?」

 ラミューンの問いにクワットルトが返事する。

「うん。あの岩なんだけど、登れない子がいるなら、向こう側に渡るほうがいいかなって」

 確かに、前方に川にはみ出すほどの大岩があって、道を塞ぐ格好となっていた。反対側を行くにはいかにもな森を十メートルはかき分けなければならなそうだし、迂回するとしたら、向こう岸に渡るほうが簡単そうに見える。

 が、芙実乃は岩を跳んで川を渡るほうにより恐怖心を抱いた。

 川は急だし、足場は狭い。あんなところに跳んで着地しようものなら、バランスを崩して川へと真っ逆さまとなるに違いない。

 どうする、という視線が集まる中、芙実乃は控え目に手を挙げて発言する。

「わたしは岩から落ちないで川を渡りきるほうが無理です。逆にあの岩くらいなら、一人でも時間をかければ登れるんじゃないかって感じはしてます」

 大岩には、登る人に指を掛けさせるためらしき等間隔の穿ちが刻んであるし、それに、登る角度も直角ではなく六十度くらいのものだった。おそらく見えている以上の大岩が山の中腹に埋まっていて、一部だけが顔を覗かせているという地形なのだろう。

 芙実乃の意見を聞いて、景虎が指示を出した。

「アーズは先に上で警戒しておけ、クロムエルは岩下で落ちる者に備えよ」

「オーケー」

「かしこまりました」

 アーズがフランクに、クロムエルがうやうやしく応じ、おのおのの行動に移る。三メートル程度の高さがあったが、助走をつけたアーズは途中に一歩足を掛けただけで、一気に上まで跳んでってしまう。続くマチュピッチュも、さすがに一歩でとはいかなかったが、難なく岩を登りきると、無事アーズにしっぽを掴まえられ逃亡を阻止された。

 クワットルト、ラミューン、と、滞りなく岩を越えてゆく。

「わたしが少し下から登るから、芙実乃は安心して登っていいわよ」

 そう言ったルシエラにお尻を支えられながら、芙実乃も岩をよじ登った。ショートパンツを余計に穿いてきているとはいえ、ルシエラにスカートの中をまさぐられているところを景虎に見せつけていると思うと、芙実乃は叫びだしたい気分だった。が、さすがに自重しておく。

 ルシエラは若干デリカシーが足りないだけで、別に芙実乃の羞恥心を煽っているわけではない。姉ぶろうとする動機の大半は芙実乃に言うことを聞かせたいからかもしれないが、面倒見の良さや優しさだって根底にはあるはずなのだ。

 ひいこら言いながらどうにか岩を登りきって振り向くと、下に景虎とクロムエルが見える。そのおかげで、岩の高さが目算できた。やはり景虎の身長の倍で、三メートル強といった高さなのだろう。高さに目が眩む。だが、お尻を押されないルシエラが登りきるのに苦労しているのを見て、今度は自分がとルシエラに手を伸ばしたら、逆に怒鳴られた。

「芙実乃なんかに掴まったら、一緒になって落ちるでしょうが!」

 さらには進路の邪魔だからそこをどいていろと言うルシエラにぐうの音も返せず、芙実乃は四つん這いのまま先へ進んだ。登り道を遮っていた岩だから、反対側は飛び下りなければならない落差にもなってなく、なだらかな下りでしかないのだが、三メートル強の高さが目に焼きついていて、そこそこ平らで安定しているのに立っていられそうにない。

 ただ、その瞬間誰も芙実乃に注意を払っておらず、岩すら登ってない景虎にも見られないとあって、芙実乃はとことん無様に安全に四つん這いマチュピッチュに合流した。みっともなさに対しての心理的なハードルが低い時間帯だった。

 と言うのも、マチュピッチュも同じ格好をして、川側の下方を覗き込んでいたからだ。その隣に行って一緒に覗き込めば、誰かがこっちを見ても醜態とは見られまい。

 よちよちと隣りに並ぶと、真横に芙実乃の気配を感じたらしきマチュピッチュが、見ろ見ろとばかりに嬉しそうに喋りだした。

「マチュー、マチュー」

 促された芙実乃も、やや身を乗り出して指し示された岩の側面に目を向けてみる。

 と、そこには、異様な光景が繰り広げられていた。

 貝。アサリを一枚一枚に引きちぎったような形状と大きさの貝が、川の淵から岩の上まで、びっしりとひっついて、岩の側面をぷちぷちのように満たしていたのだった。

「ひっ!」

 生理的に怖気奔り、芙実乃は思わず声を上げた。

 その声に、マチュピッチュがどういう触発をされたのかはわからない。

 それでも、手近な一つに手を伸ばそうとしたのに、間違いはなかった。

「マチュピッチュちゃん、やめよう、ばっちいから、触んないで――」

 芙実乃はマチュピッチュの手を阻止しようと腕を浮かしかけるが、もちろん間に合わない。

 しかし。

 ぴとっ。

 持ちづらいせいもあるだろうが、貝は持ち上がらない。ただ、この貝なりの群体としての習性がそうさせたらしく、這った跡に残る粘液伝いか何かで危機の信号が発せられ共有された、としか思えない反応を示した。

 うにょ、うぞっと、アサリよりも色味の濃い、おどろおどろしい色の貝の中身が、かたつむりよろしく、一斉に四方に這い散ろうとしたのだ。

 反射的に、芙実乃は身を遠ざけようと上体を起こしかける。が。

 下の側面を覗き込んでいた態勢。四つん這いの流れで腰が上がったままの下半身。貝を触らせまいと浮かしかけていた片腕。支え手として残しておいたのが利き腕でない左手。岩の側面にまばらに苔のような植生。

 そういう要素が重なった結果、芙実乃は支え手を滑らせて、真っ逆さまに川へと落下した。

 まるで指名されようと元気よく手を挙げて起立した左利きの小学生を逆さにした格好で、突き刺さるように落水した芙実乃は、川底に突き当たってから急流に身体を絡め取られた。

 いきさつは頭から吹っ飛んでしまったが、直前の感触を頼りに、底に手を着いて顔を上げるのだ、と、そう身体を踠かせる。だが身体には浮力があり、伸ばしただけの芙実乃の手が着くほど川底は浅くなかった。

 その結果、芙実乃は水面付近で水車のごとく回りながら川を流れだした。

 そのころ、ちょうど岩を登りきっていたルシエラがそれを目撃し、声を張り上げる。

「景虎! 芙実乃が面白いことに!」

 芙実乃がまともに思考できる状況であったなら、わりとシャレにならない事態なのだがなと思ったところだが、もちろん芙実乃にルシエラの声は聞こえてさえいない。

 ともかく顔を上げて息を吸わねば、と手を伸ばすことにしか頭も身体も働かない。

 しかし、手を伸ばして川面をぐるぐる回っていたことが功を奏し、一周ごとに水面から脱せていた腕を掴み上げられる。

 それをしてくれたのはもちろん景虎だ。

 向こう岸に渡る経路の岩の一つに飛び移って、芙実乃を掬い上げてくれたのだった。

 後方の上のほうから、ルシエラが叱るように言った。

「芙実乃はまったく、世話ばかりかけるんだから」

 無視しようかとも思ったが、景虎に腕を掴まれている僥倖を引き延ばせることに気づき、芙実乃は振り向いた。のだが、最初から視線を上方に向けるなんてできようはずもなく、真っ先に真っ直ぐに目に入ったのは、わりと間近でうぞうぞと動く貝の群れなのだった。

「あわわはわわわっ、貝! 貝に襲われる!」

「しっかりしなさい。どうやったら貝になんて襲われるのよ」

「ぎゃあ! 貝が水に! 水の中に入って来た!」

「貝は普段水の中にいるんだから当たり前でしょ」

 したり顔のルシエラに、芙実乃は現実を突きつけてやる。

「ルシエラはまったくルシエラは。貝は貝でも異世界の貝でしょうが。異世界の寄生虫や、異世界の病原菌で、食中毒まっしぐらだよ。あわわわわ、異世界の未知の貝と同じ水に浸ってしまう。未知の貝のお出汁に浸されて、身体が魚介の香りの食中毒持ちになる。かかか、景虎くん、たたた、助けて」

 芙実乃は景虎の腕にひしっとしがみつきつつ、同じ岩の上に上がろうとするが、水中の岩の表面はことさらにすべすべしていて、まるでスケートリンクのようだった。

「芙実乃。足をゆるりと動かすようにすれば、滑りにくくなろう」

 しかし、気の急いている芙実乃は、言われたとおりにしているつもりでも、白鳥さながらの必死さで足を動かし続けていた。それを見て景虎が再び口を開く。

「芙実乃、足が川底に着いておるのだ。登らず向こう岸にゆくほうが早かろう」

「ででで、でも貝が! このままでは貝に追いつかれてしまいます!」

「貝か……。すまぬが、わたしは貝から人を守る術を知らぬ」

 確かに、芙実乃が知ってる方法だって酒蒸しくらいのものだった。

「ともあれ、貝は水に入れば流れてしまうであろうし、遠ざかるのが何よりではないか?」

 そのとおりだ、と思った芙実乃は、水に浸ったまま景虎に川を渡らせてもらうのだった。

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