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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
71/143

Ep03-03-01

 第三章 交流遠足


   1


 現地の学生と合流するまでの移動は、これぞ学校行事の定番である観光バス、なんてはずがあるわけもなく、任意の大きさで出せる移動式の箱型オブジェクトだった。上半分が見渡せるガラス張り風で、内部スペースに思い思いの座席を設置して乗り込む仕様となっている。芙実乃の経験に照らし合わせれば、幼稚園バスの長さを縮めたくらいの乗り物だ。

 アーズとクロムエルが前列の両端、中列にルシエラ、芙実乃、マチュピッチュ、女性陣三人がぴったりと座席をくっつけ、後列の中央に景虎、という並びで座る。

 これは安全なオブジェクト内にいてなお警戒を解いてないのではなく、不測の事態に備える時の隊列を芙実乃たちに刷り込ますためでもあるらしい。いざという時は、マチュピッチュへの説明にまごつかないようにしなくては。と、芙実乃は心構えをしておく。

 右利きのクロムエルが右前方、双剣使いのアーズが左前方の対処に当たり、非戦闘員の女性陣を中列に配置。気配の察知に長ける景虎が殿となる。芙実乃としては景虎の後ろにいるのが一番安心するのだが、学内でのあれは基本的に、前後左右からの襲撃を想定してなどいない。気体を押しのけて唐突に現れるという敵性体のリスクは、広いスペースのある地上では、地下と較べものにならないくらいにある。外での掴まり歩きは本来控えたほうがいいのだ。

 ただ、敵性体との遭遇確率は、日本での犯罪遭遇率よりはあるが、犯罪が頻発している国での犯罪遭遇率ほどでもないらしい。しかも、敵性体による対処要員外の犠牲者は、この国では数年来ゼロに抑えられているとも教わっていた。

 それでも、敵性体の出現リスクも高くなる人口密度の高い地域より、今回赴くような定住者も対処要員もいない山間のほうが、不意の遭遇は逆にありうるのだ。もっとも、現地人たちはそんな場所で趣味の登山などをしているとの事前説明もあったし、その程度なら、現代日本で言うところのイノシシや熊くらいの遭遇頻度と危険度、と認知されているのかもしれない。

 でなければ、そんな場所に行ってハイキングやらの学校行事もないだろう。

 だからそんなことよりも芙実乃は、景虎に真後ろにいられるとじっと見られている気になってしまい、そわそわしっぱなしでいた。こっそり振り返って見れば景虎は読み物をしているだけで、芙実乃になど一瞥もくれてないのがわかるが、そうして芙実乃がずっと見ていれば何事かと顔を上げてしまうくらい景虎は視線に敏感だ。だから、芙実乃も一、二分おきに振り返るのがせいぜいなのだった。もしかすると、それも単に黙認されているだけかもしれないが。

「マチュピピッ」

 マチュピッチュが、見て見て、とばかりに外を指差した。川が見えてきた、ということを、訴えかけたいらしい。

 学校の所在地が海岸から五キロ程度の海沿いにあるのだから、内陸へと向かえば川を遡る道行きになるのに驚きはしない。今回は渓流に添ってそう高くない山を登る予定となっている。大方、右に見えだした大きな川にその渓流の水も流れ込んでいるのだろう。案の定というか、三十分ほど川沿いを走っていたオブジェクトが、山側へと逸れてゆく。

 すると、憤慨したマチュピッチュが腰を浮かせ、わりと容赦なく斜め前のアーズを殴った。

 ポカッ。

「痛てっ」

「マチュー、マチュー」

 マチュピッチュが指を折り返した手のひらを見せてくる。丸めたこぶしの指側でアーズを叩いてたから、指先が痛いらしい。関節に少し赤みが差していた。

「ああ、堅かったね。痛いの痛いの飛んでけー」

 芙実乃はマチュピッチュの指先を擦って、痛みを外へ放るジェスチャーをしてやる。

「チュピィ……」

 先日同じことをした時には大喜びしていたマチュピッチュだが、今回は沈んだ返事を返してくるだけだった。それでもアーズに向けた怒りを収めたのか、おとなしく着座はしてくれた。

 おそらくマチュピッチュは、最前列にいる二人をこの乗り物のなんらかの御者と考え、大きな川から離れてしまったことに対し、抗議の意を示したのだろう。きっとそのまま上流へ辿り着けば、家族が待っているものと期待していたのだ。が、こんな調子でもマチュピッチュは幼児ではないため、駄々を捏ねたり、大泣きするだとかはしない。目的地が違うことを悟ると、しゅんとはしたものの、それ以上騒ぎも暴れもしなかった。

 芙実乃がマチュピッチュ越しに景色を眺めていると、下方に底の深そうな川がまた見えてきて、川底を泳ぐ人影らしきものも視界に紛れる。ただ、自身が流された川がもっと幅のある川だからなのか、マチュピッチュはこの支流が流れ込む先の後方を、ずっと名残惜しげに見送っていた。しかしそれも、緩やかな渓谷をくねくねと上るような道行きと茂る木々に遮られ、川そのものが見えなくなっていってしまう。

 芙実乃たちがこの移動式オブジェクトを降りるのは、もう少し先のはずだ。大して急峻でもない山の中腹あたりで、現地人学生と顔合わせをすると聞いていた。

 同年代の現地人、というのと会うのは初めてだが、現地人の大人と子供とは直接会って話してもいるし、どんなのが現れるのかなんて心配の仕方はしていない。芙実乃の場合、この国の現地人はアジアンなテイストで日本人にも寄っている、というイメージで固まってきている。ただ、それに反しているような特徴もあって、それが、白、黒、銀、赤、青の中の何色かが混じっている髪色だ。日本人の感覚では突飛な色に見えることも多く、油断していると不意にコスプレイヤーと遭遇した気分になってしまう。肌色は日本全国津々浦々の人々を集めた程度には濃淡のバリエーションがあるものの、結局のところ黄色人種の範囲内としか思えないため、銀、赤、青が純色に近い要素で出ている髪の人だと、コスプレイヤー感もひとしおなのだ。

 もっとも、髪色にさえ目を瞑れば、現地人は日本人と人種的に近い雰囲気がある。

 芙実乃からすれば、景虎以外はルシエラでさえ異世界人になるわけだが、ルシエラやクロムエルは芙実乃の認識する白色人種よりもさらに純度の高い白色人種そのものといった趣で、金系の髪色にも違和感がない。芙実乃の感覚としては、二人は異世界人というよりも外国人の括りになっている。特にルシエラは、彫りの深さがまだ浮き彫りになっていない幼さを顔立ちに残していて、実際の親しさとも関係なく親しみやすい顔に見えた。

 そのルシエラが、移動式オブジェクトが止まった途端、外へと飛び出して行ってしまう。

 移動オブジェクトの外側が、峠中腹にあった車数十台分のスペースに到着するなり、椅子を残して消えてしまったのだ。突如外気に晒されたルシエラは、遠足時に幼稚園バスから降りたばかりの園児のごとく、テンションを振り切らして全力疾走に及んだ。

「外だーーー!」

「ちょ、ば……、ルシエラっ!」

 芙実乃の静止にも耳を貸さない。

 油断した。言動が片言未満で行動原理も幼いマチュピッチュに気を取られるあまり、ルシエラへの注意が疎かになっていた。部屋や学校にいる時ならともかく、こんなシチュエーションで一番に見ていなくてはならなかったのはルシエラだったのだ。芙実乃に大人ぶる普段の姿はもう、見る影もない。

 脱兎のごとく逃走を図る、家から脱出したペットのようだった。

 慌てながらも、芙実乃はマチュピッチュに首輪代わりのしっぽオブジェクトを出して握っておく。どのみち芙実乃の足ではルシエラに追いつけない。それなら逃走を真似られぬように、せめてマチュピッチュだけでも確保しておかねばややこしいことになる。

 幸いというか、この世界での移動手段は、芙実乃たちがここに来るまでに使用した移動式のオブジェクトが主流で、交通事故などは起こりようがない。ただ、一般道での走行が禁止されているという、動力を積んでいるいわゆる自動車を持つ好事家も稀にはいるらしい。

 だとしたら、違反者もそれなりにいるのかもしれないし、やはり道路には飛び出さないほうが望ましい。そう思った芙実乃は、振り返り切羽詰まった声を景虎に投げかける。

「景虎くんっ!」

「ルシエラ、戻れ」

 景虎が荒げるでもなく静かにそう言うと、ルシエラは走るのをやめて、ぴたっと止まった。

 景虎の声は美しい。発声も、発音も。それは、オーケストラの中で完璧に調和されていたとしても、ひときわ美しく響いてしまうストラディバリウスの音色も斯くや、というくらいに聞き分けられるほどだ。

 ルシエラもそれで、呼ぶと寄って来る猫のように素直に引き返して来る。

 と、その途中、嬌声というほどでもないが、高揚した声が投げかけられた。

「わぁ、凄い。女神様みたいな金髪でとっても綺麗な子がいるよ、クワットルト君」

「ラミューンさん。いきなり容姿に触れるのはまずいんじゃないかな」

「そうだった?」

 ラミューンとの名らしき女の子が、注意した横の男の子を見上げながら問い、再びルシエラに向き直った。

「ごめんね。ただ綺麗だって思っただけだったんだけど、いやな気持ちにさせちゃった?」

 その声は、脳エミュレータとのリンクが途切れ途切れになる翻訳でしか通じてなかったが、口調にも表情にも衒いのようなものは感じられない。明るく素直な質の女の子に思えた。

「気にしてないわ。褒められたようにしか聞こえなかったし」

 ルシエラも第一印象チェックを合格させたようで、ラミューンに対して普通に応じる。もっとも、ルシエラは善悪の基準が美醜になっているから、初対面の女の子を怒鳴りつけるところなど見たこともない。ラミューンは笑顔が自然な可愛い高校生という感じだし、ルシエラの基準でも悪い子と定義されなかったのだろう。

 ラミューンが、改めて自己紹介してきた。

「わたしは、ラミューン・オラールト。五巡目学校の二年生で、飛び級もしてないから十六歳だよ。今日はよろしくお願いします。みんなと仲良くなれたら嬉しいなっ」

「ぼ、僕もラミューンさんと同じ五巡目学校で違うクラスの、クワットルト・ハラ・スログです。同じく飛び級はしてないけど、誕生日が過ぎてるのでもう十七になってます」

 弾むように言ったラミューンと較べると、クワットルトという名の男子は、尻込みを悟られないよう虚勢を張ってなお控え目、くらいの態度だ。まあ丸腰のまま、帯剣している景虎たち三人と対峙しているのだから、それでも立派なほうなのかもしれない。

 ちなみに、現地学生は三歳で一巡目学校、以降、六歳、九歳、十二歳、十五歳、十八歳、を節目に巡目の数を増やした学校へと進学しているのだそうだ。各巡目のカリキュラムも三年間という話だし、一巡目学校を幼稚園、二巡目学校を小学校前半、三巡目学校を小学校後半、四巡目学校を中学、五巡目学校を高校、と各々を考えれば、親近感も湧くというもの。

 それに――。

「わわっ。一番ちみっこい子、わたしと髪色すごく近い。お名前聞かせてもらっていーい?」

 そうなのだ。彼女は黒、赤、白の要素で構成される茶系の髪色をしていた。芙実乃はどちらかと言うと栗色の髪質で、構成色素はおそらく黒と、こちらの人種には表れないという黄色だと思うが、色の濃さはほぼ一緒だ。ラミューンはカラフルな目の色でもなく、本当に日本の女子高生と見紛う、懐かしくも慕わしい容姿をしていた。日本人に似た現地人教職員たちもしばしば見かけてはいたが、彼女は群を抜いている。ただ、男子のほうはほぼほぼ純色の青い髪をしているため、バンド始めたので染めてみました、風の学生みたいだった。

 それでも、こんな時一番状況に戸惑わないでいられるのは芙実乃に違いない。自己紹介を返す流れを頑張って引き継ぎにいく。何事も率先するのは苦手だが、芙実乃から始めるのが最も角が立たないに違いない。

「菊井芙実乃です。えーっと、こちらの基準だとそろそろ十六になるくらいでしょうか」

 地球時間でなら、こちらで過ごした二月ちょっとを足して、芙実乃は十六歳と三月ほどにはなる。だが、一年で八日分長いこちらの一年で換算すると、百二十八日分多く過ごさなければこちらの十六にはならない。現地人たちには十五歳と扱われる年齢なのだ。

「芙実乃ちゃん、か。そろそろ十六、なら、ちょうど五高生の一年と同い年になるんだね」

 ラミューンの言うちょうどの意味は、芙実乃たちの通う異世界人学校を五高、五巡目学校と同等と位置づけてだろう。彼女は芙実乃を高校の一年後輩と認識したのかもしれない。

 芙実乃は頷いてから、自分以外への自己紹介を促すことにした。

「同い年で言うと、女の子三人は全員、五校の一年って歳になるんですよ。ね」

 と、隣りまで戻っていたルシエラに肘を当てる。

「ルシエラよ。わたしが一番年上だけどね」

「ル・シエラちゃん?」

「?」

 ルシエラがきょとんとしていた。変な話になるが、ルシエラはルシエラと発音するのが下手で、芙実乃が聞いても、ラミューンが聞き返したル・シエラ寄りに聞こえてしまう。芙実乃はルシエラの本来らしき名前を、本人が発音してるのを耳にしたことが実はあった。しかし、それを無理矢理日本語表記にすると、リシェイファになるのではという複雑な発声と発音が必要になり、確認することができないでいた。聞いたのだから今度からそう呼べ、と言われてもすんなり言える自信がなかったからだ。ルシエラ自身、景虎や芙実乃が言うルシエラを受け入れているようだし、その件には触れずにそっとしておくことにしていた。

 ただそのせいで、今度は逆にルシエラ自身が芙実乃たちのようにはルシエラと言えない、ややこしい状況が生まれてもいるわけだが、一音一音をよりはっきりさせてしまう現地人がその言い方を真似ようとすると、ル・シエラにまで変化してしまい、ついにはルシエラが自分の名前だと認識できなくなってしまう。相互リンクしている翻訳が効いていたなら、ル・シエラでも、ルシエラは自分の名前と認識できたはずだが、脳エミュレータのない現地人の特に固有名詞ともなると、それは単に音として聞こえるだけになるのだ。

 芙実乃が発音の指導に入り、ラミューンの発音を自分の発音に近づける。

「ルシエラちゃん。これで通じるかな?」

 ルシエラがラミューンの問いに頷いた。拙い喋りの現地人の子供と長く話した経験があるからか、ルシエラにしては柔和に接している。ただしそれは女の子のラミューンにだけで、男子現地人のほうには、早くも睨みを利かせるようなそぶりを見せてしまっているが。

 というのも、彼がマチュピッチュを意識している雰囲気を、ルシエラが感じ取ったからに違いなかった。妹分に妙なちょっかいを出すなという牽制なのだろう。

 もっとも、ルシエラに睨まれた彼は、マチュピッチュにばかり目を奪われていて、ルシエラの剣呑な眼差しに気づいてはなさそうだ。人の顔色を窺う、ということにかけての視野が広い芙実乃からすれば、ルシエラも彼も迂闊で、どちらからも純朴を感じる。

 ただ、マチュピッチュは国民のすべからくがトップアイドルと認めそうな可愛さと綺麗さを兼ね備えた、しかも年相応の容姿をした女の子なのだから、平凡な男子学生が目を釘づけにするのも無理からぬことかもしれない。それに。

 その最たる要因は、マチュピッチュのほうが彼を凝視していることにこそありそうだった。

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