表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
70/140

Ep03-02-05


   5


「菊井さんの操魔法のことは気懸かりではありますが、クシニダさんの仰るとおりなら、まだ手を打つ段階ではないかもしれませんね。もうしばらく様子見を続けてもいいと思いますが、クシニダさんの感触ではどうでしょうか? 課題設定のプランはお持ちですか?」

 バーナディルはこの質問で共通認識を一致させ、打ち合わせを締めくくるつもりだったのだが、クシニダが不意に深刻な表情を見せて、気になるようなことを言ってくる。

「あるにはあった、けど、あの魔法、ちょっと成長の雲行きが怪しいかもしれないよ」

「……どういうことでしょう。魔法の稀有な特色は、伸びしろの兆候と伺ってましたが」

「うん。だけど、芙実乃さんの操魔法は、魔法の資質の発露ではなくて、自分の力を使われることに対しての抵抗のなさ、みたいな精神性に因ってるって評価でしょ。わたしはこれが全然だったから、下手したらお情けで魔力提供者にしてもらってたかもってくらい、パートナーの適性がなかったんだけどね。魔導受装を着けてれば寝てても魔法を使えるのが普通で、手近な何かを取るくらい無意識ででもできる。けど、その何かが絶対に触りたくないものだったとしたら、無意識でもハードルがかかる、みたいな。あるいは、手取り足取りされたりなんかすると、気をつけてないとつい、そうはさせないよって感じに抵抗しちゃう質なの」

「魔導受装から伝わるパルスは、ご自身の脳エミュレータがご自身で使う魔法として想起した意識となりますが、心の準備をせずに、ずっと何かを考えているような方ですと、その瞬間に二重の行動を処理しようとしてしまうのでしょうね。つまり本人以外が使う操魔法は、魔法少女の相手に合わせられる共感力や、引っ張られたりした時でも相手の動きを阻害しない従順性の顕れ。菊井さんの操魔法の由来はこれで、魔法的な資質ではない、と?」

「魔法的な兆候としてはね、彼女は物を動かす魔法が苦手。それに反して操魔法の資質があるとするなら、今度は全属性を発現できているのに雷属性でしか操を発現できないのはおかしいと思う。得意属性の雷だからこそ適性のない操まで発現できている、と考えるべきかな」

「仰ることは重々わかりましたが、現段階でも総代クラスの戦闘で有用とされる魔法です。たとえこれ以上の伸びしろがないにしても、維持するだけでもその意義は計り知れません」

「維持できればね。だけどこれからも、景虎くんの魔法を使う意識も、芙実乃さんの魔力を繊細に出力する技術も洗練され続けるんだから、威力は下がる一方になるのかも」

「担任として魔法担当官に望むのは、それに歯止めをかけることなのですが」

「そりゃそうなるだろうね。でもそれじゃあ、魔法にかかわりたての二人の、伸びる特質を殺すことにもなりかねないよ。それ自体が悪いくせになりそうな兆候だったら、修正をかけるべきところだけど、戦士が魔法を攻撃手段の一つとしてこなれることも、魔法少女が魔法から無駄な要素を削ぎ落として洗練させてくのも、高度な戦闘には欠かせない能力でしょ。他のパートナーの魔法も使うことになる景虎くんはもちろんだけど、芙実乃さんにとっても、こっちのほうが大事な要素になってくると思うし」

「魔法から余分な要素を削ぎ落として消費魔力を抑えることのほうが、ほぼ類例のない操魔法よりも大事なのですか?」

「この操魔法の威力向上が見込めている場合なら悩むところだけど、威力の維持に労力を割くくらいなら、資質どおりに伸びてってもらったほうがいい。対人で有用なのは重々わかるけどさ、この威力のままじゃ、肝心の敵性体には虫級の駆除くらいにしか使えないしね。精鋭部隊確実って景虎くんに対してそれはないでしょ。超大型とか強化体対応で考えなきゃ」

 バーナディルは、芙実乃を景虎の役に立つようにしてやりたくて、月一戦やパートナー争奪戦で比類なき脅威となるであろう操魔法にこだわりがあったが、長い目で見れば敵性体対応で地力を伸ばすつもりでいるクシニダのほうが真っ当だ。

 芙実乃の成長に恣意的だったのはむしろバーナディルで、同じ魔法少女として学校や社会を見てきているクシニダが芙実乃をフラットに見てるなら、任せるのが正解なのかもしれない。

「わかりました。菊井さんの操魔法については、いずれ役に立たなくなることも視野に入れた上で様子見を了承します。ただ、この魔法が威力減続きと知ったのはつい今し方でしたから、クシニダさん自身、元々の指導プランとは変更を余儀なくされておられるのでは?」

「そう……かな。まあ、それなりには成長が見込めると思ってはいたし、完全になくなるのは痛いかもね。でも、景虎くんがこれをノーモーションで使えるようになるなら、激痛ではなくなるけども、チクチクさせて気を散らさせるくらいの役には立てられそうじゃない?」

「確かに柿崎さんであれば、それだけでも充分に活用してくれそうですね」

「うん。だから伸びそうなところから伸ばしていく最初からの方針に変わりはないよ」

「特別なことをしないで成長が見込めるなら、それに越したことはありませんが」

「それこそ最初から言ってるでしょ、エリートコースでもやれそうだって」

「でしたら……、そもそもが操魔法に期待していないでそうお思いに?」

「考えてみればそうだね」

「菊井さんのどこを、エリートコースに耐えうる資質だと目をつけられたので?」

 芙実乃は、現時点ではトップクラスの魔法習得が認められているものの、翌月には誰もがそのレベルを超えてくると予想される程度にしか先んじていない。全属性習得者の中級以後の成長がもたつくことを差し引けば、中位で卒業できれば上々という生徒なのだ。

 バーナディルもだから、簡単に言ってくれるなと最初から反論していた。

 しかし、クシニダは、いつもそれなりの根拠に基づいて、ものを言っているのだろうから、彼女が言うからには、芙実乃を有望視する何かがあるはずなのだ。

 クシニダが、バーナディルのその疑問に答えを寄越す。

「それは単純に、芙実乃さんの本当に得意な動態区分が、操魔法ではなく纏魔法だからだよ。彼女は今日、一応は雷属性以外でも放で発現できるようになったから、操以外の動態区分は、全属性で使えるようにはなったのね。だけど、彼女が物を動かす魔法が苦手なのは言ったとおりだから、その要素が最も薄い纏魔法が得意な動態区分と考えられるわけ。まあ、わたしの感覚だったら、魔法でベクトルを込めないんだから、纏を動態とは思ってないんだけど」

「動態で得意なのが纏魔法ですか。確かに戦士からすると、纏魔法の確保は急務と言えます。それが一挙に全属性プラス雷属性まで揃うなら、得難いパートナーかもしれませんね」

「別に纏で属性を揃える必要はないと思うけど、習得してく上でいろんなコツを掴みやすくはなるんじゃない。その兆候はほら、消費魔力の抑制というかたちでもう顕れてるし。継戦能力に直結する纏をメインのパートナーで賄えるなら、景虎くんが他の欲しい魔法を好みで選べる余地にもなるでしょ。芙実乃さんの独り立ちを視野に入れなくていいなら、完全にパートナー特化の指導方針にしたいところだね。あの子なら、込める必要のない纏でもパートナーに使わせられる目があるよ。それができたら、もしかして史上初とかになる?」

 問われて検索するが、幾人かはそれらしい先人がいるようだ。ただ、纏魔法が込める運用を推奨される理由は、こまめなオンオフで消費魔力の節約ができても、肝心な時にタイミングが合わないリスクを負うのでは、リターンが見合わないとされているからだ。

 クシニダが興味本位に逸らないよう、ここは釘を刺しておく。

「纏はやはり込める方向で。邪魔にならないようなら、指導するなとまでは申しませんが」

「そっか。まあ、芙実乃さんはもしかすると、無属性の纏を発現するかもしれないから、いまから消費魔力の抑制だけを突き詰めなくてもいっか」

「無属性の纏? 少しだけ耳にしたことが……ああ、これですか」

 タイムラグなしの操魔法ほどではないが、各校で毎年二、三名の習得者が出ている魔法だ。

 しかし、これまで魔法の指導に絡むことがなかったバーナディルだと、その使い道がピンと来ない。クシニダがその魔法の何を有用視するのか、率直に訊ねてみることにした。

「纏を無属性で使えるようになることに、どういった意味が?」

「逆に、纏に属性を付与する意味が、本来はない、と言ったほうがいいね。敵性体が火や雷でタメージを負うわけじゃないんだから。でも、魔力を魔力のまま使うコツは難しくて、わたしも想像でしか言えないな。それでも例えて言うなら、右手を動かすことはできても、右手を動かす脳波を考えては出せない感じ。紫雲にはちょいちょい使える子が出たからコツを訊いたんだけど、右手を動かそうとすればいいんだよ、的な答えしか返って来なかったよ」

「わたしがクシニダさんに、魔法を水や土に変換する感覚を聞いたようなものですかね」

「たぶんそう。結局、自分ができないことの感覚を聞いてもね」

「よくわかりますとも。でも、任官直後にもかかわらず、クシニダさんが指導方針にノウハウをお持ちなのは、菊井さんが紫雲で延長訓練をしている子たちとタイプの似た魔法少女だからなのでしょうかね」

「言われてみれば、彼女たちと重ねてたのかも。だとしたら先入観は捨てなきゃだね。操魔法とか、見慣れないことも多いんだし、もっとのびのびやらせたほうがいいのかな?」

「魔法知識がまだまだのわたしが聞いても、先ほどからクシニダさんは、間違ったことを何も仰られていなかったように聞こえてましたから、細かな修正ならお任せしたいと思います」

 それでも気懸かりがあるとすれば、有用且つ稀有な操魔法を発現できて以来、芙実乃に自信の萌しのような積極性が見られるようになっていたこと。それなのに、この魔法が徐々に役に立たなくなってゆくなどと知れば、以前よりもさらに自信を喪失してしまいかねない。

「クシニダさん、くれぐれも、菊井さんの操魔法が無用の長物になるだなんてことは、本人にも柿崎さんにも知らせない、いえ、気取られもしないよう細心のご注意を」

「了解。でもわたしはそもそも、あの魔法が無用になるとも思ってないよ。戦闘で使えないにしろ、他に活用方法があるかもしれないし、本人及び使用者の魔法慣熟に最適な魔法な気もするし。むしろもう、威力が落ちるのは成果の顕れだって思いはじめてるくらいだからね」

「指導者がネガティブに捉えていないのは素晴らしいです。わたしはどうも、そういう前向きさに欠けていて、先にどう慰めればとかを考えてしまいがちで……」

「まあ、紫雲は特に、目立った長所よりも短所みたいな資質から、固有魔法を発現した子とかけっこういたからね。魔法に関してなら、短所に逆張りしちゃう傾向があるのかもしれない」

「固有魔法ですか……」

 固有魔法は、魔力の質そのものなどと言われており、高レベルの再現難度を誇る魔法でも、低レベルのうちから扱えたりもする。生前の希求や死因などが反映されることが多いが、稀にコンプレックスを肥大させたり反転させたような魔法になることもある。

「だとすると、菊井さんの操魔法は、固有魔法の方向性を示唆している可能性が?」

「それはどうだろうね。ただ、タイムラグなしで操魔法を委ねられるのは、魔法的な資質ではない、とさっきは言ったけど、精神的な資質であることは疑いようもないんだし、固有魔法にならそれが色濃く反映されていてもおかしくはないんじゃない」

「ネガティブな要素なら他にも、物を動かすのが苦手というのが魔法的な資質なのでしたね」

「うん。そこが芙実乃さんの奇妙なところ。魔法的な資質って、本来なら精神的な資質と同じ文脈で使われる言葉だからね。短所の逆張りって、裏返しの爆発力のある魔法になるはずなんだけど、威力が減って精緻なベクトルコントロールができるようになるって何って感じ」

「威力が減るのは、何事も力まずにこなそうとする、柿崎さんの資質なのでは?」

「ああ、そっか。うん。でも、あれを固有魔法の雛型とするのは無理があるかな。それだと、いかに景虎くんの慣熟が優ってるんだとしても、威力減が続くのは変だもん」

「では……、威力も魔力効率もはじめから固有魔法として変動がなく、柿崎さんの慣熟だけが進んでゆくから、威力減が続くというのならどうでしょう。ありえるでしょうか?」

「なくはないけど、固有魔法とするには、当初からの威力が低過ぎるんじゃない」

 クシニダはそう言うが、芙実乃の操魔法は、バーナディルの指にでも直撃すれば、のたうち回るくらい痛いであろうという数値を示している。ゆえに、並みいる史上最強の戦士たちに対しても、瞬間動きを鈍化させるくらいならまず堅いと、その有用性を認められてもいた。

 が、確かに腕ごと炭化させるくらいでないと、固有魔法らしいとは言いがたいのだ。

 虫サイズの駆除にしか使えないと、クシニダがしたのにも頷ける。低レベルの操魔法として見られていたからこそ、初期発現時の威力の低さも妥当とされていたに過ぎない。

 威力向上が見込めないなら、と、バーナディルは内心でこの魔法を諦めだした。

「得意な魔法に目を向けるなら纏になるのですよね。確かにこちらですと、相乗の威力測定で一位、使用者の剣速等の威力を算出した値で割りますと、二位との差は百倍を超えてます」

「異常な値だね」

「ええ。丸二月の訓練ですでにオーバーキル値を示しています」

「オーバーキルって、等倍級か何かに対した時の数値だった?」

「そうですね。ただの物理衝撃力とキューブ測定の比較比率ですが、強化体になっていない敵性体に対し、防御力を無視して切り進めるであろう基準として設定された計測値です」

「オーバーキル値だからって、これ以上鍛えても無駄にはならないよね?」

「はい。強化体には防御力無視といきませんから、余剰分は切断力とダメージの増大に繋がるとされています。計測方法がキューブ頼りなので、確たることとしては言えませんが」

「それは、無属性纏の場合の威力はどうなるの? 節約とかは聞いた気がするんだけど」

 操魔法で小型敵性体の駆除に当たっていたクシニダが、纏魔法を使って殴り掛かったりしてるはずもない。それに、パートナー適性も低いという話だったから、纏魔法に関する知見が、実のところふわっとしているらしい。

 バーナディルは纏魔法の運用についての概要ページを表示しながら説明する。

「無属性魔法は、対敵性体攻撃力と、対魔法防御力において、極大とされていますね。あとは確かに、継戦能力の高さから、魔力消費を最低限に抑えているだろうと推定されています。ただそのせいなのか、通常の纏魔法よりも与ダメージでは劣っているらしいですよ」

「与ダメージに劣ってるのに、攻撃力極大なの?」

「切断力があるんですよ。けれど切断しきれないで長引いた戦闘データの統計だと、ダメージが累積しづらいのだとされていますね。そういった場合の決定力は、オーバーキル値を増大させた属性のある纏のほうに分があります。継戦能力は犠牲にしますが」

「相手にぶつけている魔力の量、かける変換効率ってとこかな?」

「そうですね。無属性魔法の変換効率を変換しないということで一とするなら、小数点以下の値となる属性魔法でも、魔力を注ぎ込むほど威力で上回る計算が成り立ちます」

「無属性だと注ぎ込めるのは難しい、ってくらいなら想像できるかな。自分で使えないのに言うのもなんだけど、無属性だと魔力を注ぎ込むんじゃなく濃くする感じになると思うんだ」

「まあ、それができるのならアラルからの助言があって然るべきですから、ないのでしょう」

「一長一短だね。でも、芙実乃さんが無属性を発現できれば、属性のほうの威力向上との併用が期待できるかもよ。たぶんあの子は、変換効率のかたちで伸びてく子なんだろうし」

「担任としてはパートナー向きで結構、というところなのですが、精神的に日陰者でいい、みたいな気持ちにさせたくない子なんですよ。そのあたり、くれぐれも気をつけてくださいね」

「ん、了解」

 クシニダの軽く承るその様子に、一抹の不安を覚えるバーナディルだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ