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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
69/140

Ep03-02-04


   4


「ではクシニダさん、学校側の教育方針もご理解いただけたところで、菊井芙実乃さんの成長段階と、今後の指導方針についての擦り合わせに入りましょう」

「と言ってもね、最初に言ったとおり、順調としか思えないんだけど」

 クシニダは知識や経験を軽んじているというほどではないが、勘で済ませたり思いつきを優先させたりもする人なのだろう。話していてそんなふうに感じる。

「クシニダさん、曖昧にはできないところですから、せめてわたしが指摘する部分に関しての貴女の見解を聞かせてください」

「ん、りょーかい」

「まず、初期の科学文化圏出身者の定番どおり、初魔法発現と得意属性は雷でしたが、本来の四属性の傾向と、どの要素による雷魔法なのか、そこの予測をお願いします」

「風、土、火、水、あたりかな。雷の四属性内訳はさっぱりわからないね。と言うのも、この子は全属性が均等に伸びていくタイプっぽいから、四つ一応並べてみたけど、それも魔力傾向じゃなくて、現段階での使いこなし度みたいなことかもしれないよ」

「そう仮定されるのなら、水属性を四番目に置かれる理由は? 現状、一番発現結果が整っていると言うか、一番使い物になっているような数値を残しています。前任者ともその部分だけが評価の変わるところなのですが」

「まあそれしか判断材料がない、ってのもあるけど、今日の伸び具合で見るしか並べようがないからね。しかもこれも、現段階での伸びやすさでしかない可能性も高いかな」

「と言いますと?」

「属性が多岐に渡ってる子はね、得意属性で培ったコツを他の属性に応用して成長する場合が多いの。だから今日の芙実乃さんだと、まず雷属性放形態での雷魔法に集束の兆しがあって、以後他属性の威力が上がったんだけど、それが風弾、土弾、火弾、水弾の順番になる感じ。あと、水弾は魔法を覚えたてのころは、突出して使えるようになる傾向があるんじゃないかな。たぶん強度の感覚を掴むのに適してるんだと思うんだけど」

 クシニダの推測をAIの算出にかけると、確かにそれらしいデータが示された。しかし、魔法のデータなどと言っても所詮、発現時の周囲の事象を観測したものでしかなく、魔力うんぬんは、当人の自己申告や魔法担当官の私見を集めただけのものに過ぎない。

 科学的には、魔力はその実在を確認できていないからだ。

 だから、強度のための固める意識だとか、継続時間のために魔力の注入量を増やすだとか、速度を増すために魔力に勢いをつけるだとか言われても、バーナディルら現地人の担任からしてみれば、そうですか、と答えているしかない。

 せいぜい、魔法担当官の指導法が前例やデータに基づいているか、方針の論理的根拠に大きな見落としがないかくらいしか、承認するための判断基準がないのだった。

「菊井さんの全属性均等という評価は、良いほうへ転べば万能タイプ、悪いほうへ転ぶと器用貧乏タイプ、とされていますが、彼女の心証はいかがでしょう?」

「そもそもの全属性均等の子が器用貧乏ってのは違うと思うな。このタイプはもうすべからく魔法に向いてると思う。でもどうしても全部をこつこつとしかできるようにならなくて、そのどれかを突出させるのにも不向きだから、意欲と根気と要領の良さの兼ね合いが、結果を出す出さないになってくるんじゃないの。結局は訓練期間が取れるか取れないかだよ」

 再度AIの算出にかけると、これもまた根拠となりそうな裏づけのデータがずらっと並ぶ。卒業後に紫雲への入学を打診される魔法少女に、かなりの割合でこのタイプの、意欲と根気があり要領の悪い生徒が選ばれているが、その条件の緩和を具申するのもいいかもしれない。

 クシニダは、思いつきや勘で物を言ったり行動しているきらいがあるが、高い確率で正解を引き当て、人生を上手く乗りきってきたのだろう。彼女の意見を鵜呑みにするのは危険だが、いつでも無視して良くないものが理屈を超えて、そこに潜んでいる可能性がある。

 それを踏まえておくべき相手、と念頭に置くよう心がける。

「雷魔法の四属性内訳がわからないと言うのは?」

「他の人がどう感じてるかはわかんないけど、わたしはそういうのを感じたこともないんだ。てっきり、雷魔法を訓練したあとに、他属性の伸びがどうなるかで判断するんだと思ってた」

 すべてではないが確かに、データからもそういう傾向が読み取れてしまう。

「魔力の多寡みたいなものはどうです?」

「それもさっぱり。昨日なんか女子生徒の集団の中に、すごいオーラを感じる子を見つけた、なんて思ったら現地人みたいだった。私服だったし」

 学内にいる生徒以外の魔法少女は魔法担当官のみで、白と黒の配色が生徒とは逆の同じ制服の着用が義務づけられている。また、公用で外へ出向く際にこの学校勤務とわかるよう、魔法担当官の差し色アイテムは出身校の色ではなく、学校色の赤で統一されてもいる。

 一方、生徒たちは私服の購入もできるが、意味もなく学区に私服で立ち入ると、翌月のポイント支給に響くこともあるため、そういう姿を見かけることは滅多にない。

 私服でいるのは現地人、というクシニダの前提は概ね正しかった。

「たぶんクシニダさんが見かけたのは、タフィール・ポーラ・マルミニークというここの担任でしょう。肩くらいまでの純色の銀髪でした?」

「うん、そう」

「でしたら間違いなさそうですね。それにしても、魔力を持ってる生徒に囲まれてたはずの、魔力を持つことのない現地人の彼女に特別を感じたのだとすると、クシニダさんは魔力の有無さえ見てわからないわけですか……」

「あれ、馬鹿にされてる? でも、そんなことできる人なんて、逆にほんとにいるの?」

「いますよ。そうでなければ異世界人少女だけにとはいえ、魔法が普及してないでしょう?」

「ああ、はじまりの魔女とかいう。まあ、前世からの生粋の魔法少女ならでは、ってことならそんなんもできるかなって思うけど、案外、自分と同じ境遇だったからって、まわりの子たちに試しに教えてみた、なんてことだったんじゃないの? 特に雷魔法の四属性内訳がわかるなんて、眉唾としか思えないよ」

「そこはほら、固有魔法の再現レシピの作り手だって国内に数人はいるんですから、そういう機微に鋭い人も中にはいるのでは?」

「再現レシピもねえ……、その子の成績と実際の固有魔法を見較べれば、万能な使い手なら、魔力の感知なんてしなくてもできちゃわない。それこそ雷魔法の四属性内訳と同じ要領でさ。だから、再現難度の欄に再現不能が四割とかになるんじゃないの」

 再現難度の記述例を挙げると、火系レベル五十、土系レベル三十、等、その魔法使用に耐えうるとされる習熟レベルが記されてある。

 ただ、固有魔法には既存の四属性や雷属性に属さない、概念異能に類する要素が混じることも多々あるため、クシニダの言うとおり、四割が再現不能のままで登録されている。

「わたしも科学畑の人間ですからね。そう言われてしまうと、クシニダさんの意見のほうに理があるように思えてきます。そう言えば確か、新入生の第一号で確認されている固有魔法も、すべてを再現しきることができないまま、空中に絵を描く魔法としてだけ登録されてました」

「そりゃまた、のんきな魔法を生み出したもんだね。そんなのに再現不能の要素があるの?」

「ええ。科学的に現象の解明をするよう要請され出向いたのですが、まともな観測ができないで終わりました。湿度か光の屈折と思われる現象なのですが、外部からの光等の干渉をすべて受けてないかのようにただそこに存在する。かと言って物理的に触れると、触れた部分の魔法がどいてしまい、その現象の只中に機器を差し込んだことにすらならない。けれど絵から遮る物質を離せば、再び絵は最初の状態へと戻ってしまう。しかもこの絵は、本人なら持って動かすのもすり抜けるのも自由自在です。クシニダさんは、何か思い当たる点はありますか?」

「当人だけが動かせるのは、たぶん魔力絡みでしょ。操魔法だと考えれば、当人の魔力でしか魔法が操作できないのはむしろ当たり前。そもそも持つ、というのが見かけだけだって可能性のが高いんじゃない。当人もすり抜けちゃうってのは、当人に動かす意識がないなら魔力も注がれないわけで、その他の人が単に物理的に触れようとした時と同じになる、で、どう?」

「操魔法……なるほど。だとすると、専門外ですので的外れな指摘になるかもしれませんが、あの固有魔法は、当人が関心を失くしてもしばらく絵が残っていたりしました。これは、継続時間等の操魔法の定義からは外れてしまいませんか?」

「それは外れてるね。でもちょっと、なんか、不得意分野なんだけど雰囲気に覚えがある感じのやつで言うと、纏魔法、それも人に委ねさせられてる纏魔法で説明できそうだよ。あのね、纏は自分でする分には魔力を流してるだけの魔法だけど、魔導門装を通じて他者に纏を委ねさせられる場合だと継続時間、つまり魔力を込める魔法でしか発現できない子も多いし、そうでない子も少なからず矯正されるの」

「矯正の根拠を伺っても?」

「戦闘上の都合だと思う。流し続ける方式だと、肝心な時に魔力切れの可能性があるし、途中で投を使いたくなるたび、やめて纏ってを繰り返さなきゃならなくなるだろうし」

「纏を込めて使えば、別の魔法との併用が可能になるわけですね。では、あの絵魔法が纏魔法の性質を反映しているものだとすると、剣に雷を纏わせるように絵を、空気――では漂うし、空間――にしては慣性も示している。通常の纏のように手で動かすことはできなくても、ベクトルを魔法で加えられるということは、魔法を出した時点での宇宙の慣性力は引き継がれているはず。相対位置の固定など意識する子のしわざではないのだから、単純に透明なキャンバスに色を配置したなら、崩さずに絵を持ち運べる。レシピ担当に操魔法で動かせる纏魔法の要素を加えてはどうかと連絡しておきますが、クシニダさんの名前も添えていいでしょうか?」

「添えられるとどうなるの?」

「固有魔法解析関連の適性を見るため、呼び出しが増えるでしょうね。さっきのケースでわたしが科学的見地を求められたように、オブザーバー参加するかたちになると思います」

「そこで評価されれば、国内で数人とかいう再現レシピの作り手に?」

「そちらになりますと、実戦レベルには届かなくても、再現そのものはできる魔法の使い手であることも求められると思いますが」

「それだと厳しいだろうなあ。じゃあ、オブザーバーはやるだけ損?」

「どうでしょうかね。某かでも成果があれば能力的に有為とされるのは間違いありませんが、成果なく立ち消えてしまっても、無能であるとか、それまでの貢献が何も鑑みられないということはないと思いますよ」

「だったらまあ、やってもいいかな」

「わかりました。では本題へと戻り、菊井さんの指導方針を済ませてしまいましょう」

「えっとね、四属性内訳はわからなくても、雷属性でコツを掴んでもらって、他に応用してく感じかな。動態区分のほうはまだまだ初心者なんだから、万遍なくにしようと思ってる」

「せっかく特別な操魔法を発現できたのに、そこに重点を置かないので? 実は、この魔法の威力だけが落ち続けているのが気にかかっているのですが……」

 バーナディルはそう言って、今日の分を含めたデータをクシニダに示す。

「そんな印象はなかったけどほんとだね。だけどこれ、景虎くんに使わせた場合だけなんじゃない? 本人使用なら威力も動作速度もアップしてたと思うけど」

「そうですね。本人使用ならまず、並の威力向上が見られます。ただ、こちらは平均すると、十七回に一回記録更新する、普通の反復成果といった感じなのですが、一方の、特別とされた他者によるタイムラグなしの操魔法だと、初使用時からずっと下落が続いてるんですよ」

「そう……これは、もしかすると、景虎くん側の影響が色濃いのかもしれない」

「柿崎さん側ですか?」

「うん。景虎くんの魔法を使う意識が自然と、基本動作のようになっていってる、と考えれば下落続きもわからなくないよ。コンビネーション要素だと、発現のスムーズさに反映されて、タイムラグが少なくなるって成果が見えてくるのが普通だと思うんだ。けど、元からタイムラグなしで操魔法を委ねられる芙実乃さんだと、負荷の少なさ、使用魔力の節制に振れてきた。科学的なデータにしようもないことを言わせてもらえるなら、魔力変換効率としての威力は上がってるんだけど、それ以上に消費魔力が減ってっちゃう。つまり景虎くんと芙実乃さんの、反復練習における慣熟の効率化能力に開きがあるから、威力が落ちる一方になるの。下手をすれば、絶好調の芙実乃さんと絶不調の景虎くんでさえ、景虎くんのほうが優るくらいに」

「あの、説得力があることは認めますが、ご自身の立場をお忘れなく。クシニダさんは魔法担当官になられたのですから、当人たちの前で素質うんぬんの差だとかは厳禁ですからね」

「魔法少女同士ならわかるけど、同世界人パートナーの戦士と魔法少女でもだめだった? 同世界人なんて言ってしまえば、史上最強と普通少女になるわけでしょ。そんなのと自分を較べて落ち込む子なんていたりするの? まあ、身分なんかで偉ぶってる女の子もいるだろうけどさ、芙実乃さんなら、ただ納得するだけなんじゃないかなぁ」

「あのペアはまあ。でも、魔法を使えるようになった自分のほうが特別、なんて気分になってる魔法少女からすると、同世界人パートナーだって競争相手になり得ませんか?」

「いや、わたし、パートナーと過ごした時期の記憶飛んでるし。追体験で見たせいかな、人への感情までトレースできてないや。居心地とかさ、自分なのに想像もつかない感じだよ」

「確かに追体験では、パートナー間の機微に無頓着になってしまうものかもしれませんね」

「無頓着はひどいな! 無頓着だけどもさ」

 クシニダは激高した、わけでもなさそうだが、けほけほと噎せだした。長く喋っていたところの大声で、喉の乾きが限界に達したのだろう。この部屋でも飲食物が出せるからと飲み物を勧めたら、初耳の名前の飲み物を注文された。

「けほ……、じゃあ、生サバビショジュース・ホイップフローズンで」

 ……出せるけれども、字面からして、アイスクリームが乗っている感じのやつに違いない。生徒の今後を話し合いながら飲むものとは到底思えなかったが、バーナディルはいっそ面白くなってきて、二人分の生サバビショジュース・ホイップフローズンなるものを指定すると、出てきた片方をクシニダに渡し、自らも一口飲んでみる。

「ジュースと言うわりに、嗜好品のお茶に近い苦みがありますね。焙煎の雰囲気はないのに、絶妙な加減の苦味です。生、というくらいですから、このサバビショというのは、クシニダさんの世界の高級フルーツとか希少な木の実とかでした?」

「ううん。私の世界じゃなく、どっかの見知らぬ異世界の果物だね。メニューでサバビショを見れば果物ってわかるけど、わたしが話すと音の響きが似てるせいか、宝石がよぎっちゃうんだよ。ナディ担任が高級な感じに聞こえるのはそのせいでしょ」

「サバビショは、わたしの感覚に近いのですと、よその国の名前なのですが、クシニダさんのイメージである果物と宝石が混じって伝わったんですね。また別の異世界出身者から聞くと、辛そうとか魚っぽく聞こえたりするのでしょうか」

「あはは、魚っぽく聞こえるんなら、生魚のジュースって勘違いしちゃうところだね」

 別々の言語でやり取りしているからこそ、共通の固有名詞使用において、言葉の綴りからの連想に違いが出てしまう。例えば、概念に属する単語だけで構成された文で韻を踏んだようなことをされていると、相手が面白いと思っている度合いに応じて、こちらもつい笑っていたりする。それをあとで思い返すと、あれは何が面白かったのかとふと思うことになるのだ。

 これが原因でトラブルになることもある。誰かの名前の音の並びが、聞いた人のおよそ名前に用いないであろう概念と結びついてしまったケース、などがそれに当たる。

 自分の名前に嘲笑の意味合いを込められて言われれば不快にもなろう。

 バーナディルはだから、そういった場合注意するよう心掛けてはいたが、クシニダのように生徒よりもこちらの生活が長い異世界人は、それだけこちらで覚えた固有名詞も蓄積し、気をつけてなければ予期せぬ失言もしかねなくなる。こちらに来たばかりでない異世界人と話し込む機会がこれまでなかったバーナディルは、いまさらそんなことに気づいたのだった。

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