Ep03-02-03
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「クシニダさん、長くなりそうなので、そろそろお掛けになりませんか?」
「それがさっきからちょいちょい試してるけどこの部屋、コンソールが出せないみたいで」
バーナディルがクシニダの訪問を受けたのは、学内の異世界人召喚を統括するオペレーティングルームで、使用者権限を持たない者にリソースは割り当てられてないのだった。
「失念してました。すみません、どうぞお掛けください」
バーナディルは手元の操作で、クシニダが向かいに座れるよう、オブジェクトを用意する。
クシニダはそこに腰を下ろして、話の続きを促してきた。
「えっとじゃあ、ずっと若いままの魔法少女たちが自分たちに靡かない、以外の理由って?」
「単純に劣等感ですよ。現地人男性たちは、異世界人男性たちにどうやったって強さで及ばない。それこそ、現地での史上最強にまで登りつめない限り、本来なら競う資格が与えられることさえおこがましい、というほどに」
「競う――ってあれだ。二年生になる前にある、新総代同士の学校代表戦。そもそも紫雲には総代なんていないから、校内予選で希望者を募って代表を決めて参加してたけど、あれは……悲惨だったな。ああゆうことをするから、劣等感を抱かせちゃうんじゃないの?」
「紫雲は不参加が不文律になってるんですけどね。門戸を閉じてないのは、平等性を鑑みて、機会までは取り上げないというやつです。それに、きちんと実感を伴って現状を認識してないと、本当に迂闊な対異世界人との対立構造の気運を社会に生みかねませんから」
それはバーナディルが表情を強張らせてしまうほどに、恐ろしい事態を招きかねない。
「ならむしろ、劣等感を抱かせちゃうくらいにしてまで、異世界人を立てるようにしなさいって感じの意識を、現地人に植えつけようとしてる感じなの?」
「殊更劣等感を刺激したいわけではないのですが、現状の社会基盤がこれほど安寧としたままにするには、異世界人戦士の尽力が欠かせません。もし彼らが揃って、一月のサボタージュを決行しようものなら、死者が万にも届きかねない、くらいに。にもかかわらず、血を流す覚悟もなくその役割を代替できると思ってしまう輩が、不用意な発言でそういう事態のきっかけを作ってしまわないよう、現地人は自分たちの弱さと向き合わなければならないのです」
クシニダはそこで、こそっとというように、声を潜めて訊ねてきた。
「それって、魂の力の強弱みたいなことと関係してる?」
「いえ、まったく。確かに魂関連の話は現地人もセンシティブになっていますから、気をつけて話そうとしたクシニダさんは正しいですよ。そういう配慮もできる方ならということでここだけの話をしますが、対敵性体で重要となる魂の力と呼ばれるものに実は強弱はありません。異世界人も、現地人も、それどころか魚や虫だって、等しく定数の一と計算されます。情緒が不安定になる恐れがありますから、生徒や現地人に口を滑らせないでくださいね」
「わたしの情緒が不安定になるわっ! 引き合いに出すんなら、現地人だけでいいじゃん! 虫とか魚とか言わなくても良くなくない!」
「言ったほうがわかりやすいかと思いまして。別に魚と一緒なのは現地人のわたしだって同じなんですから、目くじらを立てることもなくありませんか?」
「あれ……ならいいのかな……。要は、ここの考えでは、魂は〇一ベースのデジタルみたいにはっきりくっきりなわけだね」
「言い得て妙ですね。あるなしで大問題なのですが、敵性体へのダメージ変動に無関係とされてからは、変数記号も、定数一の乗算として省かれてしまってます」
クシニダは頷いていたが、不意にはて、と首を傾げた。
「魂がない物がぶつかると、物理衝撃でも敵性体は強化されてしまう。だったら、ここの戦士たちが持ってる、超科学な刃毀れしない剣で攻撃して、どうして強化されないの?」
「それはベクトルを生み出す根源が魂を持った人だからです。敵性体が斬られる時、衝撃で敵性体を切断させているのではなく、衝撃に込められた魂由来のベクトルが変形をせしめ、間断なく斬り進めることにより、瞬間的な防御力及び、耐負荷量を削っている、とされてますね」
「だから最近の建物とか、拳銃で撃ち出す実弾だと、強化されてしまう?」
「はい。ちなみに人類の敵性体初撃退は投石であろうとされてます。また、弓のようにしなりで矢を飛ばすのは良し、とされているのは、弦を引く際に込められた力が魂由来のベクトルになっているから、という理解です。だから拳銃に弾を込めた力の分は魂由来のベクトルのはずだ、との説だと、そうでないベクトルのほうが圧倒的に上回り敵性体を削ることがない、として整合性を取っていますが、説としては無理筋でしょう。過去に込められたベクトルが、潜在威力として物体に蓄積しない、という確度の高い推測で大方否定できますしね」
「あー、バネのあるバリスタはダメ、みたいな話の時に聞いたかも」
「あれはホールドせずに、人の手でバネを伸ばして撃つ、だけならいいんでしょうが、命中率を鑑みると、実用性に乏しいのかもしれません。超大型が闊歩してる国のどこかでは、ホールドできない据え置き型を点在させていたりもするらしいですが」
「徹頭徹尾、魂由来の力が根源になければ、敵性体は倒せないんだね」
「魔法をお忘れなく。もっとも、魔法も人本来の強さに数えられるのでしょうが、こればかりは異世界人戦士も現地人も素質なしですからね。一昔前の、魔法だけを主戦力にして現地人と魔法少女の命をすり減らしてたころなら、魔法少女を守るために命を投げうつのは現地人として当然、なんて観念が人々に根付いていたでしょうし、数年に一組どころでなく、現地人男性と魔法少女が結ばれてもいた。社会情勢は国土全域が戦地と言って過言ではなかったでしょうが、少なくとも、現地人は魔法少女の魔法だったり、その命を優先される立場に羨望も劣等感も抱かなかったと思われます。魔法は、はじめから現地人に持ち得ない力ですから」
バーナディルはため息をついてから話を続けた。
「けれど、召喚のプロセスに魔法少女の声を組み込むことで、魔法少女以外の魂を特定できるようになると、今度は矢面に立つ役目まで担える異世界人の戦士を呼び込めるようになった。この国ほどでないにしろ、呼びかける言葉で検索じみた特定もできたこの召喚で来た戦士たちは強く、みるみるうちに社会情勢を回復させました。各国はそれで、異世界人戦士を治安維持に欠かせないものとし、それを基軸にした国家体制へと移行してゆくことになったのですが、それが十年続いたころ、敵性体と戦う現地人がほぼ皆無という情勢となります。けれど、その戦士召喚が軌道に乗る直前までに、人類は最盛期の一割にまで減らされていて、異世界人戦士に依存することをやめられなくなっていた。そこで、過酷な役目を押し付けているのだから、と、異世界人への各種優遇措置が設けられてゆき、いま約二百年を経ている、と」
「現地人たちの危機意識も薄れて、逆に自分たちが不当に不遇なって感じなんだね。それと、気になってたんだけど、この国って働いてる人が少なくない?」
「人口なら三百五十年前の七割まで戻してきましたが、彼らにさせる仕事がないんですよね。人口減で可能な無人化と効率化が図られてしまって、あとは誰かの趣味がきっかけのような商売とか企業で雇われるくらいしか……」
「それなのに人口はまだ増やしたいみたいなのはなんで? 敵性体対策からすれば、よその国より人口密度を高くしちゃうのは、デメリットしかないでしょ」
「いえ、そのくらいなら誤差の範囲ですし、本当に必要なマンパワーの質を保つためにも、人類遺伝子の多様性のためにも、母数となる総人口はやはりそれなりに確保しておかないと」
「でもそれってさ、ナディ担任みたいに実力で仕事が勝ち取れる人以外からしたら、地獄なんじゃないの。人類遺伝子の多様性だかのために、産めよ増やせよ言われた挙句、優秀からあぶれちゃうと、能力不足って、社会からはなんの役割ももらえないわけでしょ?」
「それでも、忙しく働いている身からすれば、彼らが安穏としていられるようにと務めているつもりなんですけどね。ただ、わたしのような立場も、どちらかと言うと異世界人寄りの嫉妬を受けているのだとは思いますよ。変な運動こそ起きてはいませんが」
「そりゃあねえ、優秀な人にばかり重要な役割を任せるな、なんて気運が盛り上がってたら、わけのわからない種の終末だと思うよ。いくら優秀じゃない人だってそれは言えないでしょ」
「だとすると、そういう不満も異世界人に被せてしまってるのかもしれませんね。現地人にも敵性体は倒せるけど、ここで最下位になる生徒にさえ、どれだけ頑張っても能力は及ばない。頑張れば届くはずだった社会参加もままならない。後者への文句は憚られるから、対象が異世界人だけになってしまう、と」
「差別の原因が劣等感からっていうのはでも、よっくわかったよ。わたしが見てきたのは働いてる人なんだろうし、ましな部類だったんだね。これじゃあ現地人の特に男性が異世界人男性に好意的になる時期なんて、そりゃあないだろうね」
「さすがにそこまでではないですよ。とかく若いうちは、現地人は異世界人異性が大好きなのです。女性だと自分だけが老いていることを気にして憧れに止めよう、と抑制もするでしょうが、数年に一組くらいは現地人男性と異世界人女性が結婚するので、自分もあわよくば、と、それはもう異世界人全体にいい顔をして、彼らにもっと報いるべきだ、という言論を取りがちになる時期が、現地人男性には共通してあります」
「ナディ担任、もしかして憐れませようとしてる?」
「そんな気は毛頭ありません。クシニダさんには実状を正しく理解しつつも、生徒たちには露骨に伝えることなく、それとなく立ち居振る舞いが無難になるよう導く、そんな言動を心がけてもらわなくては、と思ったまでです」
「要求高! こそっと教えちゃうとかもだめ?」
「絶対に、とまでは申しませんが、なんだかんだ生徒は十代半ばの子たちばかりですから、特別な存在なんだと殊更に知らしめるのも大概にしませんと、当人も現地人も双方ろくなことになりません。この学校がここまで実力主義に徹しいるのも、優秀な生徒を際立たせる意味ももちろんありますが、その他大勢の特別を普通にするためでもあるんです」
「そんなこと言ったら、景虎くんなんてどうしたらいいのさ?」
「柿崎さんくらい特別を突き詰めていれば、むしろその他の特別感をもっと薄れさせ、社会に馴染む一助にもしてくれそうですがねえ」
そんなことを言いつつも、肝心の景虎がこの世界やこの国やバーナディル自身を、いったいどの程度許容しているのだろうかと、バーナディルは遠い目になる。
「なんなのそれ。結局、この学校は生徒を特別か普通かどっちにしたいわけ?」
「一部の特別を特別に、残りの特別を普通に、でしょうね。最初の輩出したい人材の期待値順をきっちりさせますと、まずもって別枠なのが、生来の魔法能力保持者。魔法少女たちが魔力と口にする力でアプローチ可能な別の方法論を持っていればなお良し、とされてますね。そしてそれに続くのが、実存浸蝕型概念異能。これは要するに、世界に新たな物理法則を持ち込むがごとく行使され、その力の出どころすら余人からは定かにならない力です。もっとも、この二つの場合、当人がよほど希望しない限り、ここのような学校に通う運びとはなりませんが。ここにいる可能性があるのは、最重要確保指定とされる、現実への影響が許容範囲の異能保持者ですが、当人の教育に関与すると判断された場合のみ知らされることになるので、そういう子もいるかもしれないくらいに思って、気にしないでいてください」
「学校にも来てない種類の力のことまで、わたしに言わないでおいてよ」
「そうもいきませんよ。クシニダさんにはこういう力の存在を念頭に、生徒と接してほしいんです。だって、これらの能力の有無は、当人から申告されない限り、学校でも把握できないわけですから、教職員としては常にあるものと思いつつ、誰をも特別にしないで普通に接しなくてはならない。だから好き嫌いとか、出来不出来とかで、生徒を冷たくあしらったりしないでくださいよ。ほら、誰も疎かにできない理由として、知っておくべきでしょう?」
「…………ちゃんとそういう想定もされてたんだ」
「こんな学校でも、一応は教育機関ですからね。と言っても、社会情勢と一般教養を教える、要はこちらの世界に馴染ませる期間を過ごさせているだけなんですよね、戦士として呼ばれた子たちからしてみれば」
「月一戦やらパートナー争奪戦やらは?」
「学校側が彼らの実力を見定めるためのもので、戦士に対しての訓練などは場所の提供に止まります。そもそも、彼らを指導できる者が現地人にいないのは、魔法少女に対してと変わりないわけですし、異世界人戦士の先達を充てようにも、彼らは自らでしか師事する相手を求めないだろう、と乗り気になってもらえないそうです。剣の振り方から教える紫雲生と違って」
「もっともな話だね。でもやっぱり、月一戦が学校生活のメインになってる感はあるけど」
「否定はしません。制度が想定外に上手く回ったようで、パートナーの戦績にもかかわるせいか、魔法少女たちの魔法訓練にも真剣味が増したのだとか」
「紫雲ではなかった光景だね。あっちではパートナーとかなくて、その都度組まされたりもしてたけど、自分で使うほうをメインで訓練してた気がする」
「紫雲校は戦えない同世界人の知古を呼んだ子の受け皿でもありますが、訓練の延長を自他ともに望まれた子が行く学校ですからね。個人で軍に正式入隊するか、軍属で活躍できる人材の育成に注力していて、そういう感じになるのでしょう」
「ここでは全然違うんだよね?」
「異能保持者等の例外もいますからね。通常、と言うのも違和感しかないのですが、この学校から輩出したい人材を順に並べると、戦士の総代、戦士の十二徒、魔法少女の首席、総代及び十二徒のパートナー五枠として厳選された上限六十五名の魔法少女、魔法成績上位魔法少女、二桁勝利戦士、前述に挙がらなかった残りの全魔法少女、になります」
「魔法少女は首席でも総代どころか十二徒より劣る。けど一応は全員必要。逆に、そんなにも必要とされてるみたいなのに、二桁勝利者までしか戦士はいらないってなんなの? 足切りの九勝と合格ラインの十勝で、いるいらないになるのは極端でしょ。使える人材をむざむざ捨ててるようなものなんじゃない?」
「戦士一人に対し、魔法少女五人を専属の魔法要員として計上しようとすると、どうしても、魔法少女が足りなくなるんです。かと言って、一対一のペアとして扱うのだと、実力者の魔法継戦能力の確保が難しくなる。対敵性体に適した戦士になら、本当は十人でも魔法少女を用意したいところですが、それだと毎回魔力を残してしまう。そうやって余剰戦力にして遊ばせておくくらいなら、ということで、パートナーは五人が適当とされています」
「だから魔法少女は全員使い物にしたくて、戦士はその五分の一の上位者以外は、足切りせざるを得ないわけだ」
「もちろん最下位に至るまで、ここの戦士は優秀なんです。けれど、魔法少女のサポートは付けられませんが、敵性体と戦ってはいただけないでしょうか、とは、国としても学校としても言えないじゃないですか。だから何もしなくていいですよ、となってしまうんです」
「よその国でなら垂涎の的な人材になるんじゃないの? スカウトも来てるし」
クシニダは先日まで軍属として街を巡察していたから、そういう感想も出るのだろう。
「だからって制度化してまでよその国に都合する、なんてできませんよ。必ず魔法少女と組ませて戦わせる条件を交わして送り出したとしても、本当のところどう扱われるかなんてわかったものではありませんから。ただそれでも、という子たちがいることも承知しているので、目に余らない限りスカウトたちを黙認してるんです。当人の意思を尊重する名目で。それでも彼らを行かせるべきではないと思いますけど。少なくともこの国でなら、役割こそ与えられなくても、現地人同様、安全に趣味を楽しんで生きていられもしますし」
「じゃあもう、いっそのこと、魔法少女五人につき、戦士を一人呼ぶとかにしたら」
「自分の世界から人を呼び出せる機会を、五人中一人に勝ち取らせるわけですか?」
「おおう。それはそれで、ものすごく殺伐としそうだね」
「悲壮感しかありませんよ。今年度こそ女子は柿崎さんに夢中でいますが、それでも、同世界人のパートナーの存在がなければ、孤独感に苛まれている公算は高いように思われます」
「そうだね。紫雲でも、再入学組なんかは同世界人が学校にいないから、一人で外国の学校に来ています、なんて気負いのある子ばっかりだった」
「ああ。クシニダさんはさらに、パートナーがダンジョンで行方不明になっていて、尚更なのでしたね。無神経に申し訳ありません」
「気にしないでいいよ。わたしの場合、最初の三年の記憶がなくなってたから、そもそもいなかったみたいなもんだしね。それにいまの話を聞いて、どっかの国にスカウトされてて、活躍してくれてるかもとも思えてきたし」
「そういう方も相当数いるとは思ってますが、他国での消息は知りようがありませんからね」
教育者側として押さえておいてもらいたい情報は渡したし、際どい部分に踏み込まれる前にバーナディルは、この話題を終わらせることにした。




