Ep03-01-05
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遠足の企画自体は、先月からぽつぽつと実行されてはいた。
これは、遠足先の地域で暮らしている現地人学生との交流、及び、異世界人学生に現地自然観光を体感させる通年行事らしく、景虎目当ての地元女子学生たちの執拗で狂気じみた申請攻勢に、学校側が音を上げたとかで企画されたのではないそうだ。
ただ、この行事がなぜ年間を通し小分けにして行われているのか、の理由となると、地域の問題だけに止まらず、国家規模の問題を孕むことにもなってくる。
敵性体。
その発生とも密接にかかわってくる、とされているのだ。
もちろん、敵性体発生のメカニズムは、初確認されてからこちらの単位での約三百五十年が経ったいまもって、解明しきれたとは言いがたい。それでも、これだけの年月があれば、理由はわからずとも、どう対処すれば良いかのデータなら蓄積されてくる。
その経験則から生まれた推論は、以下のとおり。
敵性体は生物の生命活動を止める行動を主目的とする。
それゆえなのか、一定範囲の構成物質に比して、有機物の存在比率が高い地域により発生しやすい。発生前に生命体と有機物を厳密に区別できているかは不明。人類は以前、虫や小動物を大量発生させたり、クローン肉を大量に用意した無人地域を、敵性体の仮初めの餌場とする計画を実行したが、期待していたほどの成果は得られなかった。
この結果と、また別種の現象から推察されたのが、無機物を含んだ周囲の構成物質にかかっている平均的なベクトルと、差異の大きなベクトルを示す、個体、群体の有機物を検知し発生する、というもの。要は、目立った動きをする有機物が多い地域が狙われるのだ。
これにより、この世界の人類は人を大量に移動させる手段を自ら抑制していくことになる。
また、惑星からの脱出計画もことごとくが失敗に終わっていた。言うまでもなく、惑星から脱出するのだから、惑星という大量の構成物質を持つ塊と、大雑把に言って真逆の動きをしていることになり、極めて優先度の高い攻撃対象とされてしまうからだ。
それに、そもそもここの人類は、まだ移住先となる惑星を発見できていないし、AIで制御できる探査艦にテラフォーミングの器機を積んで飛ばしたとしても、不毛の惑星を人の住める環境にするまでには、下手を打てば千年、万年の時を費やしかねない。AIが最適な行動を続けているかさえ検証しようのない年月だ。人類が待てる時間ではなかった。仮に数百年でテラフォーミングに成功したとしても、それまでに惑星を脱出する方法が確立される保証もないのでは、現時点で限りある資源を、無駄に惑星外へ放出するも同然だった。
それで、そうした計画のほとんどは、準備段階に移行することもなく、無期限に凍結されてしまうのが必然となった。何せ、微生物一匹でも探査艦に紛れていたら、それだけで敵性体の攻撃対象になる、なんて議論もあるくらいなのだ。
そんな議論に終止符を打つためだけに、大量の物資を投じてみる国家もありはしなかった。他の惑星から物資を調達する計画も、単なる土を持って帰るだけになる可能性が無視できないほど高く、宇宙事業はインフラに必要な人工衛星の打ち上げくらいが関の山となった。もっとも、それすらも敵性体からの攻撃リスクを鑑み、無菌状態の人工衛星を何重ものカプセルに包んでおいて、順次中身を切り離すといった念の入れようが欠かせなくなる。
人工衛星の性能だけなら段違い桁違いだが、この世界の宇宙開発は、地球よりも後退させざるを得なくなっている側面もあるのが実状だった。
だからこの惑星にいる人類は、異世界人も含め、この惑星で生きていくしかない。
そのために、大抵の国家が執っている施策が、人口密度の調整と、異世界人戦力の効率的な配置と運用、となってゆく。
学校が遠足を学年単位で一斉に行わないのも、やや遠距離への移動が必要となる行事である以上、当然の配慮なのだった。
では、どういった順で生徒が遠足に行かされるかと言うと、これは挙手制となる。希望者を募り、学校側がどの方角に向かわせるかの割り当てを行うのだ。人数は六人で、揉め事などを起こさずに帰って来れば、物の購入やサービスの提供にも使えるポイントが貰えるとあって、八割くらいの異世界人学生が初年度中にも行っている。申し込みは一名から受け付けられているが、六人グループで動かされるのは決定事項なので、希望日に六人になる組み合わせができなかった場合は、希望日の変更を余儀なくされる。最も多い組み合わせは、二名での参加希望者三組で一グループになることだが、学校側が行う組み合わせ調整だと、常識的な生徒は掣肘役として乱暴な生徒と組まされるケースが多くなるのだそうだ。
まことしやかに囁かれる噂だと、問題生徒と掣肘役生徒でバランスが取れない組み合わせしかできなかった時には、たとえ六人グループを作れたとしても、定員オーバーにされ希望日の変更が求められるのだとか。景虎も、望まれている行事だから消化する気ではいたようだが、先日までの四人組みで申請すると、学校側に問題生徒二人を押し付けられるかもしれない、との芙実乃の懸念が採択され、今日まで様子見を続けていた。
だが、担任のバーナディルから芙実乃へとつい先程打診がきて、景虎と一緒にこのイベントを早目に消化してほしいとの要請がきた。
曰く、今年の遠足参加希望者が例年と較べて少ない傾向にある。バーナディルクラスなどは一件の申請すらされていない。そこで、面談機会があった生徒たちにそれとなく話を振ると、芙実乃から景虎の希望日を聞き出せると踏んだクラスの女子たちが、機を窺っているがための申請控えだとわかった。他クラス女生徒の申請控えも、同様と結論付けられたのだそうだ。
つまり景虎が四名で申請すると踏んだ者が、一か八かのくじ引きに賭けようとしているのが行事参加希望者が少ない原因だ。
一日に行けるグループ数にも定数があるから、まず先着順の足切りがあり、景虎と別グループとなり別地域へ行くことになる者もいる。ただその先着順さえクリアできれば、景虎と同じグループになれる可能性はせいぜいが十数倍程度となり、そう割りの低い賭けではなくなる。それで景虎の動静待ちの子が、遠足参加を申請控えしてしまう。
年間を通して行事を管理しなければならない学校側としては、景虎に遠足を消化させたとしても、同日に行ける人数以上には申請を受理できない。が、景虎が遠足を消化させた事実があれば、以後の参加希望は平年並みに戻ると見越したのだろう。くじに外れた子たちにそのまま申請日の振り替えを要請すれば、難色を示さず承諾してもらえる可能性だって高い。その多数の申請をいっぺんに捌けるなら、組み合わせの自由度も増えるというもの。
バーナディルからの要請は、そうした学校側からの意向を受けたからなのかもしれない。自クラスの生徒に対して彼女は基本放任してるが、それは校内の科学技術を統括する立場による忙しさだけが理由なのではなく、強権を発動して生徒に制約をかけることに慎重な質だからでもある。参加不参加さえ自由な行事の日程など、本来なら言ってくる人ではないのだ。
もちろん、そんな要請に応える義務があるわけでもなし、バーナディルから無言の圧力をかけられたりとかもない。参加を決めているなら早目にどうですか、くらいのことに忙しい身でありながら事情まで話してくれるのは、彼女生来の丁寧さと言えよう。
通話を一度切り、要請を口実に隣の景虎の部屋に訪問すると、景虎も特に不審がることもなくすんなり了承した。バーナディルのことは、景虎とてその一切合切を警戒しているわけではない。ただ、景虎はバーナディルの公正さを尊ぶ姿勢が、必ずしも自分たちの味方として働くものではないとして、芙実乃たちが逆に、彼女に過剰な信用を置くことを戒めていた。
それは景虎がこの世界への叛逆を企てているとかではなく、芙実乃が前を向いて生きていくための希望――悲願が、この世界の人の見解でどう評価されるかわからないから、に他ならない。バーナディルが、その悲願の阻止に動く可能性を見据えてのものだった。
なので、遠足の早期参加くらいの些末な要請なら、景虎だって前向きに検討する。
「六人で申請する目途も立ったのだ。断る理由もなかろう。クロムエルの第三戦も明後日には済むし、何も起こらなければその日のうちにも最速の日程で申請する、とでも担任殿には伝えておくとよい」
「わかりました。ルシエラたち以外の二人は、マチュピッチュちゃんたちですか?」
「ああ」
当然予想はしていたが、予想以上に即答だった。もっとも、それ以外の候補となると未来視兄妹のシュノアたちか、クラスメイトの誰かくらいだ。芙実乃は、クラスの女子たちとはほぼ万遍なく話せる間柄だが、それだけに、そこから二人だけ選抜するのは気が進まない。
また、景虎とクロムエルの第三戦が月初めに終わるのに、ピクスアの第三戦が月末近くになるこのタイミングも、角を立てずに未来視兄妹を同行者候補から外すのに都合がよい。
芙実乃はもう、ルシエラや芙実乃の隔意をやわらげようとする意識が見え隠れしだしているというシュノアをもう、ほとんど疎ましくは思わなくなっている。だが、未来視の危険性や悪用のされ方を景虎から重々教えられてもいるから、顔を合わせると逆に隔意のある芝居をしなくてはならなくなってしまうのだ。
無論、その方針に不満が出てきたとかではない。
むしろ、兄妹との接触を避けられているこの口実には大助かりしている。
しかし、兄妹との接触の窓口をクロムエルのみとした、そのクロムエルから伝え聞くシュノアの様子を知るにつけ、少しばかりの罪悪感が頭を擡げてしまう。彼女に落ち度がないとまでは思わないが、友人など一人もいないのでは、などの話を聞かされるとつい、ほっておけない気分になる。
ただ、彼女のそばにはいつも、肉親である兄がいるわけで、そういった意味ではこの世界に呼ばれた魔法少女の中で一番寂しくないのもまた、シュノアに違いないのだ。芙実乃たちが放置してるからといって、彼女が孤立を深めて心を病んでしまうなんてことには、なりはしないだろう。そこは安心してていい。
芙実乃とルシエラが現状を維持したままでも、ピクスアに稽古をつけているクロムエルが、地道に信頼を得て執りなしてくれるはずだ。景虎もそれを、兄妹がこちらを完全に利益共同体と認識するようになるまで、と区切りはつけるようにしている。ならばいつか、シュノアとも普通の友人くらいにはなれる日が来るのかもしれなかった。
だから、打診すらせず、マチュピッチュらを入れた六人で遠足の申請をしても、別に兄妹をのけ者にしたとかは考えなくていいのだ。と、兄妹のことを棚に置いて整理してしまえば、六人で行動する遠足には、心躍る要素が盛りだくさんだった。
マチュピッチュのお世話にはまだちょっと何が起こるかわからない不安も覚えるが、例えて言うなら、憧れの人を含む男子の三人グループに友人と妹との女子三人グループで合流する、みたいなことではなかろうか。
「おやつはやっぱり三百円まででしょうか。それとも、ポイントを使わなくても食べ物が出せるような場所が、学校の外にも用意されてたり?」
ないのなら持って行けば、現地でポイントを消費しないで済む。ひょっとすると食材が出せたりして、簡易的なお弁当くらいなら、手作りできたりするかもしれない。
ここに来ての二月、ともすれば殺伐としがちなカリキュラムばかりこなしてきた芙実乃は、珍しくも楽しげなこの学校行事に、心躍らせるのだった。




