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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
6/133

Ep01-01-05


   5


 美しい光景だった、と改めてバーナディルは思う。

 来年度最後の生徒を迎えた日から、早三日。

 この教育機関に参加する唯一の科学者として、バーナディルは忙殺されていた。

 もうすでに、この時期には再来年度の異世界人召喚八一九二名分の段取りをしておく必要がある。入力作業だけでなく、全担任と個別に会話しなければ進まない案件も、何件だったか。入学式を控える担当生徒六十四名の担任としてだけ、動いていられなかった。

 それなのに、それだけをしている来年度最終学年担任――再来年度新入生の担任たちからは、忙しい時に一年後の話などするな、なんて煙たがられる。

「はぁ……」

 椅子に背もたれを追加し、束の間、身体を沈める。

 やることはまだまだ山積していて、担任だというのに、迎えたばかりの二人の様子も見に行けてない。今期は召喚に中断期間を設けなくてはならないアクシデントが起こり、来年度の八一九二名を揃えるのが大幅にずれ込んでいた。同伴もせずに二人を自室に向かわせてから不眠不休で働き、ほんの少しだけあの二人のために使ってやれる時間を確保したところだった。

 死者の魂をこの世界で蘇えらせる。

 それは罪過なのだとまざまざと見せつけられたあの日の二人を思い出す。

 これを善行だなんて言ってはばからない連中に、あの少女の慟哭を聞かせてやりたい。

 あんな苦しみは、生を受けて死ぬまで存在し得ないものだ。人が知っていい痛みではなかったろうに。それを自分たちの都合で味わわせておいて何が善行か。

 有為な人材に育成するためのデータ集めなんて名目で、死に至る経緯まで、早期推奨の聴取必須項目に指定する気が知れない。

 デリカシーに欠けた異世界人育成プランに修正は不可欠と考えていながら、漫然と従っていた自分も自分だったが、目を覚まさせられた。

 少女が呼び出したのが、ああいう少年でなかったら、彼女は生きる気力を失って最悪の道を辿っていたのかもしれない。

 少女を救ったのは少年だ。

 絶世を集めたこの世界でまで、絶世と称したくなるほどの美しき少年。敬虔な信仰観を持ち、高い教養も窺える。

 それを戦いなどで磨り潰そうだなんて。いや、純粋に戦いで活かそうとしているのならまだましだ。その前の学校生活で、袋叩きにしてしまいかねない状況をこそ問題視すべきだろう。

 少年の肉体がプリントされた直後の、学長との会話を思い返す。

「来年度最終ペアの戦士が来たな。入学の説明はまだか?」

「そうです。これから二人同時に」

「ちょうど良かった。セレモニーの最下位のほう、いま来たそいつに決まったから、そのつもりで準備させておくように」

「は? 最後の一人ですよ。準備期間がほとんどないんです。順位を繰り上げればいいじゃないですか」

「来年度の主席と下から二、三、四位まで同じタフィ担任のクラスだと知らないのか? 戦わせる二人が同じクラスだと、同時にセコンドできないんだよ」

「セコンドと言っても、直接見える場所に立っているわけではなく、控え室で中継でも見てるしかないでしょうに。事前説明さえすれば済むように思われますが」

「科学者のくせに考えが足らんな。やることを話してしまえばそれで仕事は終わりか?」

「そうか事後が……けれど魔法なしで怪我とかありえないわけですし、負けるほうの控え室でセコンドして、勝ったほうには連絡だけにしてもいいわけでしょう?」

「もはや検討に入る時間も取れなくてね」

「そもそも最後に迎える生徒が最下位になるなんて確率は四〇九六分の一ですよね。用意していた代案はいま挙げたようなもので固まっていたと思われますが?」

「下から五位の担任はわたしの息子だ。内々に打診していたところでは、特例は好ましくないが、そういう事情ならその子の説得を試みると頼もしい返事をくれた。しかし息子の言う事情とは、タフィ担任のような事情だろう。現段階でセレモニーに特例を持ち込もうとしているのは――誰だ?」

「特例を申請しているのは――わたしのほうになりますね」

「困ったね。取り下げてくれないかね。君が慣例を破ろうとしたこのことはなんの記録にも残さないでおいてあげるから」

「しかし何も考慮しないわけにも……」

「どうせ能力最低の屑だよ。ここで保護したって初年度だって持ちやしない。そんな飼育小屋送り決定の役立たずを、人間より長い寿命を終えるまでずっと世話してやろうと言うのだ。せめて下位二位以上がそうなる機会を減らすために使うのが得策だろう。長い餌代の前払いと考えてやれば、最下位の屑が役に立てるのはセレモニーしかないのだからな」

 バーナディルは歯をぐっと噛み締めた。

 絶句したまま打ち切られてしまった会話が悔やまれる。あの時はまだ、少年と一言も言葉を交わしてなかった。自分が、顔も知らぬ相手のことをもっと思い巡らすことのできる人間だったなら、食い下がれていたのではないのだろうか。

 いや、いまさら後悔していてもなんにもならない。

 バーナディルは端末の前に移動して、せめて彼らに有益な情報を集めはじめる。

「こいつか」

 浮かび上がったのは対戦相手の公開データだ。もっとも、誰にでも閲覧できるという意味での公開ではない。アクセスできるのは、異世界軍学校などと時に揶揄されることもあるここの教育部門関係者と、特別許可をもらっている上学年成績上位者の一部だけ。通常は無理を通さなければ、上位軍人にさえ数値項目は隠されている。

「高い」

 意味がないから比較したりしないが、国内外を含め過去最高の記録なのかもしれない。

 筋力、敏捷、持久、肺活量、などに関連する項目でトップをマークしているのが八割。それ以外に該当する有用無用の項目もおしなべて三位以内で、最低の十一位は聴力。それだって対戦相手の少年とつけた差は、四千位を超える。

 そもそも、少年のほうが、トップの彼を反転させたような順位ばかりなのだ。

 四〇九六人中最下位が九割。動体視力だけが六位上げた四○九〇位で最高という有様だった。特定人物の召喚に成功したのが今期二名らしく、少年を除いた実に四○九三名がそれぞれの世界を代表する猛者なのだから、身体能力に劣る人種だとこうなってしまうのだろう。筋力が失われてゆく病気という話だったが、理想値で補正されてなお、少女のほうは魔力保持者の中でも、圧倒的に酷い差での身体能力史上最低辺だ。

 バーナディルは暗澹たる思いに駆られる。

 番狂わせ、という戦いに前例がないわけではない。

 しかしそれは、年間カリキュラムの中盤を過ぎた、序盤のような極端な実力差で戦う場合が少なくなってから見かけられるようになる出来事だ。探す範囲を国内の別校、国外の類似機関まで広げても、トップと最下位が戦うケースで、番狂わせなど起きていない。

 それでもバーナディルは、少しでもましな結果にならないかと、対戦相手のデータに目を凝らし続ける。

「ふざけるな。なんだこの評価は」

 思わず歯噛みした。

 暴力性という項目を目にした時だ。五○パーセントジャストという真剣味のない数字。召喚されてから半年足らずの準備期間に、十一件もの問題行動が見られるというのに、我慢できることもある、とでも主張するつもりか。

 これを入力した担任のタフィールという女性は、実際に異世界人生徒たちに教鞭を取ることもある教師だ。博士とか軍人とか医師などが後ろにつかず、担任教師とも呼ばれない。

 生徒たちに博士などを呼称しないよう促すのは、彼女たちのような専任教師たちに配慮された慣習のようなものだ。バーナディルも気にしておらす、隔意も互いにないと思っているが、今回ばかりは少し苛立った。

 彼女は異世界人生徒に過保護な性質で、とかく担当の生徒を可愛がる。

 とはいえそれ以外に不利益をもたらすとかの悪人というのでもない。自クラス六十四名で手いっぱい。他クラスまで目が届かないからそうしているだけなのだ。しかし、こんな情状酌量まがいの採点までしてるとは。

「降ろしなさいよ、こんなやつ。セレモニーから」

 つぶやくが、これはただの愚痴だ。セレモニーの出場資格に、凶暴性の高低が気にされるわけではない。むしろトップの生徒のほうには、凶暴性が高い者が望まれているくらいだ。

 ただ、見せしめというほど最下位の生徒を排除したいわけではなかった。

 ただただ安全性を見せつけるためのインパクトをこそ求めているのだ。

 トップと最下位が選ばれる理由がそこにあった。

 一方的な蹂躙を受け、無傷で引きあげてゆく様をアピールし、生徒に安心感を与えるための儀式。それこそがセレモニーこと入学歓迎模範試合だ。

 少年は無傷で帰って来るだろう。

 だが、心が無事でいられるかどうか。

 お互い武器で傷つかないことを知らされずに戦わされて、身体能力の差を埋められるはずがない。トップの生徒はむきになって少年を打ちすえるだろう。叩き伏せられ、吹き飛ばされ、肉体がありえないくらい拉げる。

 八千人を超える男女の学年全員が衆目する中、そんな時間が延々と続くのだ。

 制限時間は月一戦の三分の一だが、基本互いのパートナーのみが観戦しているそれとは、意味合いも体感時間も違う。

 死にたくなるだろう。

 だが、首を絞められても、気道が塞ぎきるように肉体はできていない。終わらない。時間たっぷり嬲られるしかない。

 武器の質量も問題だ。

 少しでも重くして、力で勝るであろう相手の猛攻に耐えられるようにしてやりたかったのだが、少年は異様なほど武器にこだわっていて、機能面を一つも触らせてもらえなかった。硬度を上げるのすら却下された。折れることがなくなるのだと少し食い下がってみたが、しつこさに辟易した様子が見られた。少女が壊れない物は美しくないから、のようなことをつぶやいていたから、美意識がそういう人種なのだ。考え方としてはなくもないと思う。

 しかし、だとすると、そもそもあれは武器として事足りているのだろうか。

 美術品、と考えたほうがしっくりくる。

 再現率のことも、日がな一日眺めていたというのなら納得できる。再現率は、戦士として呼ばれた者たち全員の平均で三〇パーセント程度。過去をすべて遡っても七四・一パーセントが最高記録だ。なんらかの糸口になるかと思い調べると、その記録を出した者は鍛冶職とやらで、戦闘では特筆する活躍がない。

 九九・九とさらに五つ九を並べなければならない少年だが、やはりこの数値は戦闘とは直結しないのだろう。味をはじめとして、見たことのない項目が初出しているのも、文化的な側面からそうなっている、と。偏見は持つまい。仮に食器のように使用していたのだとしても、あの少年の精神に異常があるわけではないのだ。

 むしろ精神力という、数値が態度や言動から推測するしかない項目は、頭抜けているように思う。異世界転生のデータガイダンスを取り乱すことなく最後まで受け取り、死亡の現実を悠然と受け入れ、文化的な地雷を踏んだかもしれなかった場面で無闇に攻撃性を出さない在り方。

 精神修養、というものを重んじて生を全うした少年なのだ。

 だとしたら、敗北も受け入れられるのではないか。

 残念ながら、セレモニーは回避できないし、敗北も免れないだろう。

 だが、戦う機会は何も今回だけではない。

 月一戦、パートナー争奪戦、プラントダンジョン敵性体駆除。

 学年ごとのカリキュラムを心折れることなく消化してゆけば、好きな夢に浸りながら錠剤で栄養を補給するだけの生活は避けられる。

 少女にも負担はのしかかるだろう。

 もはや少年を精神的支柱にしている様子の少女だが、彼女の魔法能力が開花しなければ少年の未来はない。彼女が支える立場にならなければならない。

 幸いと言ってしまうと悪辣極まりないが、身内に殺害されたという彼女のプロフィールは、生贄の巫女などに次ぐポテンシャルを持っていると予測される。異能持ちは別枠として、魔法能力ではバーナディル担当三十二少女一の期待株だ。早い段階で固有魔法を発現させてやりたい。窒息死なら空気関連に特化してゆくのが常道だが、予断は禁物だ。生前の希求がどう絡むかわからない。知識の譲渡には細心の注意を払う必要がある。

 ただ、あまりに有用な固有魔法を発現するのも考えものだ。

 来年度のパートナー争奪戦で、対戦依頼が殺到することになる。試合間隔の制限事項を上手く活用しても、月一戦どころではない数の戦いを全勝しなければ、パートナーを奪われる。そうなると最悪パートナーと魔法の力がないまま、複数のパートナーの魔法を駆使する相手を倒さなければ、パートナーを奪い返せない。また、再戦ができない試合可能最終週で奪われれば、少年と少女は別々にダンジョンへ向かうことが決定してしまう。

 ダンジョンでは、未帰還という事態も、ある。原因は敵性体である場合も、定かではないが異世界人という場合も。それを利用して、少女を奪った男を亡き者にするという手段もあるが、清廉そうなあの少年はどう思うか。

 清廉と言えば。

「いざ尋常に勝負、だったか」

 正直、秀逸だと思った。推奨される言い回しとして報告に上げたいくらいだ。あんな血腥さと無縁の少女の発想ではない。定型句だという話だが、そういう言葉を伝え残しておく文化には敬意を払って然るべきとの思いになる。

 ただ、結果はどうだったのだろう。

 あの少女にとって成功なのは間違いないが、あれほどの言葉で、まさか強さで選別されなかったのだろうか。

 魂の世界の事象だから想像でしかないが、順を追って現実と置き換えてみる。

 一人一人が勝負を挑まれ、全員でトーナメント戦、もしくは総当り戦を行う。だとしたら、あの少年が弱いのは純粋に人種として弱いだけで、言葉そのものは、少女や自分が想定した結果が得られたことになる。

 しかし、汚くない方法のみで、という部分が競われてしまったとするとどうか。どんな状況でも、卑怯な真似や恥じる行いをしないことにかけて一番の人間が現れるのではなかろうか。

 それならば納得だ。少年は、少年の世界において最強ではなかったが、誰よりも正しく自分を律し、鍛錬も怠らなかったに違いない。弱いのは残念ながら資質の問題だった、となる。

「こちらでしょうね。残念ながら」

 バーナディルはため息をつきかけて、いや、と思い直す。

 残念ではなかった。結果あの少女を救えたのは、少年の存在なくしてはありえなかったのだ。セレモニーの惨状を忌避するあまり、肝心なそちらのほうを失念していた。

 自分たちは、強さよりも価値のある品性を迎え入れることができた。

 バーナディルは、ようやく心の安寧を得られたのだった。

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