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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
54/140

Ep02-05-04


   4


 びくびくと顔を俯けて迂闊に上げられなくなった兄妹も、執り成しに入ったクロムエルに、二言三言声をかけられ、過度の緊張状態からは脱せたようだ。

「では、わたしとピクスア殿は、互いに対戦忌避を願うということで、この場での同席に異議を唱えないでいただく。それでよろしいか?」

 ピクスアが頷いた。クロムエルの言う対戦忌避というのはなんでも、戦績が一敗で止まっている生徒が、勝数と同数だけ対戦したくない相手を指名しておける、というものらしい。

 これは、十二戦全勝に次ぐ成績となる、十一勝一敗を修める生徒が十二人で、十二徒と呼ばれる立場を得ることから派生したルールなのだそうだ。要は、その指名をしておけば、相性の悪そうな相手や、一緒に十二徒を目指している友人との対戦を避けられるのだという。もっとも、両者が相互に指名していなければあまり叶わないものらしい。考えてみれば、一方にとって相性が悪いということは、もう一方にしてみれば相性が良いことになる。たとえば、一敗の生徒全員がクロムエルを指名したとして、学校側がそれを叶えようとしたら、クロムエルの対戦カードが組めなくなってしまう。そういう場合、クロムエルが指名した生徒だけが対戦カードから除外され、他のクロムエルを指名した生徒たちの要望は無視したかたちで、組み合わせが順当に決められてゆく。

 だからこのルールは、互いに強さを認め合っているか、心情的に戦いづらい同士で対戦カードを組ませないためにあるのだろう。

 クロムエルも、先日条件を満たした一勝一敗になったあとに説明されたと言っていた。ピクスアだと、このあとにでも説明があるようだ。どのみち、無敗の景虎には無縁の話だった。

「ではピクスア殿、検証の続きをするのであれば、まずは貴方から話されるといいでしょう」

 クロムエルが促すが、ピクスアが話しはじめる前に景虎が割って入った。

「いや、先にこれをそなたに訊ねておこう。この確認にさえ是非を言わぬのであれば、前提も何もない。話すだけ無駄と思うしかなくなる、というものだ。それを心してただ一度きりの確認に返答をされよ」

「承知した」とピクスアが頷く。

「仮にクロムエルがそなたの妹の未来視を使える状態だったとする。クロムエルは通路で挨拶を怠り、わたしに『挨拶』と吐き捨てられる未来を視た。そこでクロムエルはそもそもわたしと顔を合わせぬよう、どこかに留まりやり過ごすことにした。その場合でも、わたしはクロムエルを見かけもせぬのに『挨拶』と吐き捨てるわけか?」

 ピクスアは首を振った。

「そんなことにはならない。未来を視た人間は、その知識を前提に未来を変えられる」

「であろうな。もっとも、そうでなければ負ける未来を勝ちにしようと思うはずもない。少し疑っていたのは、未来視を使ったそなたらも限定した状況でなければ違った行動を取れない、ゆえに他者の行動が変わらない場合もあり得る、というものだ」

「……と言うと?」

「そなたの月一戦初戦。相手の攻撃が外れるのは、相手にはそなたが先んじて視ていた未来視の中のそなたが見えていた、などの影響下にあった可能性を否定しきれなかった」

「…………なるほど」

 相槌が遅れたのは、ピクスアの念頭になかった状況設定だったからに違いない。景虎は未来視で視る側だけでなく、視られた側に及ぼす影響まで考慮に入れていた。一方、そうでないと知っているピクスアは、そんなことを考えもしてなかった、ということだ。未来視の上限やら下限やらのベールを剥いたことにもなる、極めて重要な質問だったはずだ。

「違うようだな。しかしそれでは、なおのことそなたが驚く理由がわたしにはわからぬ。自分の行動により相手の行動も変わるのが知れておるのであれば、未来視と違った現在になったとしても、なんの不思議もあるまい」

「確かにそういう意味で驚いてはいない。ただ、前の相手の時とあまりにも勝手が違うのが、腑に落ちなかったのだと思う。その、対戦相手がどう戦おうとしているかの意識の差、みたいなものを知っておかなくてはならないと考えている」

「わたしが何を考え、どう出ようとしたのかを逐一知っておきたいのだな?」

「ああ。手の内をすべて明かしてくれと言っているようで済まないが……」 

「その程度であれば話してやってもよい。ただし、そちらが申告する未来視の中の出来事や、それを前提としたそなたの意図に偽りがあった場合、わたしとしてはかまわぬが、偽の申し出を手がかりとしたわたしの見解は当然間違ったものとなろう。あとになって謀られたなどとは思うまいな?」

「もちろんそんな文句は言わない。それに機密保持の約束をもらえたんだ。クロムエル君とも戦わずに済ませられそうだし、こちらにはもう未来視のことも隠すつもりはない」

「そうか。なればはじめるとしよう」

「じゃあ本当に最初から。試合がはじまると君は僕に向かって直進し、その、短いほうの刀を投げつけてくる、はずだった」

「……ほう」

「マスター。合っているのですか?」

「いや、それがな、そんなことは一切考えてはおらぬはずなのだ」

「「「「は?」」」」

 四人が驚きの声を上げた。驚かせた張本人の景虎以外だと、ルシエラだけが無反応だった。おそらく、未来視というものについて、ほとんど関心がないのだろう。景虎の発言が、未来視そのものの確実性を揺るがすものだとかは考えてないのだ。

 そんなルシエラをよそに、特に狼狽したシュノアが反論を試みる。

「嘘。嘘よ。だって貴方、そんな、未来視と違う行動をするだけならともかく、未来視で視た行動を、そもそもしようと思ってないなんてこと、あるはずないわ」

「そう言われてもな。実際にそなたの兄に斬りつけたのは刀で、それは近づきながら手に掛けていてそうなった、というだけの話だ」

 平行線になりかけた話を適切に動かそうと、クロムエルが提案した。

「あの、とりあえずピクスア殿が視たという脇差の投擲は、あり得たものとしましょう。それで、それを視たピクスア殿は進行方向を左へ向けたのだと記憶してますが、それはどんな意図でされたのですか?」

「ああ、うん。視た。都合四度だったか。直進しているあいだは避けよう、剣で払おう、身体を揺らして狙いを逸らそう、などと考えながら未来視を試したが、彼はそう、絶対に当たるというタイミングで投げていてね、結果はどれも芳しくなかった。視た全部で致命傷を負うはずだった。四度目の未来視が終わった時、もうすでに距離の猶予も少なくなってたし、仮につぎで避けられる未来を視れたとしても、それを視た自分が、視たタイミングどおりに避けられるかといえば、そんな確信は持てなかった。だから僕は右側へ。彼の脇差が僕から見て右に帯剣されているのなら、真正面からやや左までが投擲圏内になると思い、そこを避けて進行方向を変えたんだ」

「わたしから見て左に逸れて行ったということだな。その時点でわたしは刀を抜いたはずだ。正面衝突と違って出方が限定されぬゆえ、抜き打ちだけでは取り回しが悪くなる」

 クロムエル戦での景虎はその時点でも抜いてなかったが、クロムエルの場合はジグザグには動いていても、正面から対峙する意志があった。ピクスアの場合はひょっとしたらだが、逸れてゆく姿が、景虎には逃げ出そうとする敵に見えてしまったのかもしれない。追い討ちをかける気分にさせてしまったのだ。クロムエルの予測は、攻撃面だけで言えば当たり。だが景虎はそれだけではなく、後手に回っても対処できるよう、防御面も考慮に入れていたわけだ。

「僕はそれを見て足を止めた。そのほうが未来視の確実性が上がるからだ」

「確実性? 止まって視ないとぼやけてしまうのか?」

「いや、僕が動いたままだと、僕の動く速さや足を止めるタイミングを未来視どおりにしなければならなくなるんだ。そうしないと、視た未来を自分から変えたのと一緒になる。どこかに出かけようとしてるとかの強めの意志だと、よくよく説得しないと中々変わらないんだけど、戦闘ともなると微妙な違いで変わってもおかしくない」

「ということはつまり、互いに直進した場合だとマスターに投擲する意志を持たせてしまう。だからどんな意識で未来視を繰り返しても、脇差が飛んで来る未来が視えたのでは?」

「それは、うん、そういうことで間違いないだろうね」

「わたしとしては、考えてもなかったことを自分の意志と言われても、頷く気にはなれぬな。ただそう、投げれば当たると思わば、失くす不便さと秤にかけるくらいの気にはなるのやもしれぬ。それで少なくとも打ち払われないと判断できればそうする、か」

「実際にはマスターが考える前に投擲が察知され、ピクスア殿はそうされまいと投擲されにくい位置取りを行った。結果、マスターは投擲そのものをしようと考えず、目の前にある現実として、位置取りを変えた相手への対処に至った、という推移を辿ったわけですね」

「僕はそこから、先に足を止めることで未来視を使う時間を確保してたんだ」

「未来視を使うのに、どのくらいの時がかかる」

「おおよそ十分の一くらいだね。つまり十六秒後までの展開を一・六秒で体験する」

「見えるだけではないと?」

「音に味、それから痛み、死ぬ感覚さえもね。五感すべてで先に体験してるのと同じだ。もっとも、感じている時間は十分の一で、未来視から戻れば傷を負う前なんだ。どうということはない。それに僕は妹と違って、強い刺激に耐えて未来視を続行することができないしね」

「お兄様。わたしはお兄様に守られるようになってからというもの、怪我をする未来など視ることはなくなりました。それをお忘れにならないでください」

「でも僕は結局、こうして二人死ぬ未来にシュノア、おまえを連れて来てしまった」

「お兄様それはあの国、いえ、あの世界から解放されたと思えば、むしろ良かったのだと言ったではありませんか。この世界でならわたしたちは普通に生きられるはずです」

「うん。そうだ。そのためにも、柿崎景虎、僕は成績下位に列せられるわけにはいかない。総代はもう無理だが、せめて十二徒には残っていなければ、妹のそばにいてやれなくなるかもしれないからね。だから、未来視をもっと有効に使える方法を君が思いついたなら、お願いだ、それを僕に教授してほしい」

 ピクスアは頭を下げた。シュノアもそれに倣った。

「話してるあいだくらいは考えてもやろう。だが、先も言ったように、そちらが出す情報に偽りがあれば、自ずと答えは間違っているのだ。それはわかっておろうな」

「わかってるわ。未来視のことも全部わたしが詳しく話すから、お願い、お兄様を見捨てないであげて」

「心配せずとも約したことは違えぬ。しかし、そうまで不安に思うとは、そなたらは卒業の先まで視てしまったのか?」

「そんな先までは行けないわ。未来を視るのにも時間がかかるのよ。この世界に来て試した最長期間でも、貴方たちとの対戦を事前に知っておいた時の三、四週先まで。それでも丸二日はかかったんだから。そのあいだは寝れないし、食べれないし、その……」

 シュノアはごにょごにょと口ごもった。景虎もシュノアの態度をスルーしていた。丸二日で視れる期間に兄の発言との矛盾がなかったからだろう。すぐに別の質問に移っていた。

「中断して続きを視るとか、一年先から視はじめようとかは?」

「現在から視るのではないという意味では、その両方は同質なの。できなくはないけど、絶対にやりたくないわ。感覚を説明するのならそうね、現在からの未来視の場合、時間という川に浮かぶ世界というボールから、わたしは泳いでボールから離れられる。未来視を続ければ続けた分、先へ進めるの。ただ未来視には命綱みたいなものがあって、未来を視る意識を切ればいつでも瞬時に川の中からボールの中に戻れる。だけど視る時点を現在からでなくすると、これは命綱の張り方が違ってくるとでも言えばいいのかしら。もしかしたら力加減みたいなことなのかもしれないのだけれど、未来視を視はじめる未来に見当をつけて跳んで行こうとすると、現在と離れた分の高さがある崖から海に飛び込んだようになって、こう、抗えずに沈むような時間内は絶対に、未来視を切ることができなくなるの。この長さはたぶん跳んだ時間を普通の未来視で視る時間の半分くらいで済む。つまり三日かけて三十日分視るところを、現在からの二十日分を飛ばして、二十日後から視はじめると、そこからの十日分を一日かけて視ることになるわけ。そういう意味では効率が良くなると言えなくもないんだけど、でもこの一日は強制で、未来視の中でどんな重傷に見舞われていたとしても視るのをやめられない。またそれだけじゃなく、一年先を視ようとなんてしたら、一月以上も実時間に意識を戻せなくなって、未来視から戻れないあいだに身体が衰弱して死んでしまいかねない。この強制的な時間が結局のところ、命綱のたわみとか、伸びの限界点なのだと思う」

 身体の衰弱、からの連想が人よりも多くある芙実乃は、ふと思ったことを口にした。

「この世界の医療体制でケアしててなら、一年二年くらい身体はなんともなさそうですけど」

「ふむ。それなら十年二十年と先を視られるし、四十年後からの二十年間を二年がかりで視ておくこともできるわけだ」

「ちょっと、ちょっと、何言ってるわけ! そんなことしたら、いくら身体が保ってたって、気が狂っちゃうじゃない。実際の身体が二年ものあいだ寝たきりになっちゃうのよ。正気の沙汰じゃないわ。わたしにそんなことをさせる気?」

 シュノアの剣幕に、芙実乃は苦笑するしかなかった。

「わたしは死ぬ前、元の世界ではそんな感じだったんですけどね」

「……どういうこと?」

「自分で身体を動かせない病気だったんですよ。瞼の上げ下ろしも人任せ。呼吸さえ機械を喉に繋いでなんとかって感じですね。それを二年続けてました」

 シュノアはなんだか追い詰められた表情で芙実乃を見てくる。

「あ、いや、でも、その、ね。ほ、ほら、本当に寝てる自分を五感で感じてるって辛いのよ。十倍速で過ぎるとは言っても、夜眠るのって結構まとまった時間でしょう。それを知覚しながら視続けるのって暇で暇で暇で。あと長期間の未来視をすれば、未来視をしてる自分を最初、比例して視てることになる。それを越えられるようになるまでにどれだけかかったことか」

「まあ、暇なのはわかりますよ。わたしはそれを通しで二年してたみたいなものですから。五感を残したまま身体をぴくりとも動かせないことにかけてなら、わたしにも右に出る人はいないって自負があります。暇を潰すコツでもいくつか教えましょうか?」

「いえいえいえいえ結構、結構よ」

 首を振って遠慮するシュノアに、景虎が再び声がける。

「それに四十年後から視ればどのみち、二十年は強制されるのであろう? 暇など潰す必要もなく、戻れずに視続けられるし、未来視をしている時間の分ははなから飛ばせているからな」

「え……本気で? 本気で四十年後からの二十年が知りたいの? それをわたしにさせようと思ってたりするわけ? 二年も十倍で流れる時間の中で過ごすなんていやよ」

「勘弁してやってくれないだろうか」

 狼狽しかけるシュノアの腕を掴み、ピクスアが頭を下げる。

「よい。元よりどういうことができるかの洗い出しに過ぎぬ。しかしいまのそなたの妹の発言は、未来視で過ごす時間を速いと感じてると取れてしまうが、どういうことだ?」

「速いと言っても、二年は長過ぎるわ!」

 シュノアはヒステリックに叫んだ。速いなら問題ない、とでも言われたように感じたのだろう。景虎はそばにいた芙実乃やルシエラだけが微かに気づけるくらい、ふっと息を零した。呆れたため息だったのかもしれない。

「そういう意味ではない。未来視の中で十日を過ごしても、戻れば一日しか経っておらぬ、というのではなく、未来視の中で十倍速い十日を一日過ごして戻るのかと訊いておる」

 芙実乃には質問を咀嚼する時間が必要だったが、実感を伴っているシュノアは即答した。

「ああ、そういうこと。ええ、そう。だからとても目まぐるしいの。特に音を聞き取るのは、ほとんど勘になってしまう。だけどそれだって、子供のころから四ヶ国語で訓練したりして、たいへんだったんだから」

「確実性に乏しいと?」

「そうね。推奨された方法としては、先に知っておきたかったっていう情報は、知るたびに自分でゆっくりつぶやいておくの。そういう癖というか、生活習慣にしておいて、流れや意味合いを解釈しやすくしてるのよ」

 思考が会話に追いついた芙実乃は、食堂での一件のことを訊ねてみる。

「じゃあ、ルシエラを転ばせたあと、なかよくなるための会話があんなふうになったのは、そこの把握がぜんぜんだったからですか?」

「ええ。本当なら転ばさないようにぶつかっていて、柿崎景虎も終始にこやかに接していてくれたはずだった。未来視の中のわたしは彼だけを注視してたから、そのあとでしていたはずの注意喚起まで視ずに、うまくいくと思い込んでしまったのよ。接触場所の調整にも時間を使っていたし、確認に使う猶予がなくなってたのもあるけど」

「ということは、その時に自身が何を考えていたかも分からぬわけか」

「そうよ。未来視は五感情報の先取りはしてくれても、感情や思考をトレースしない。だってその時、実時間のわたしの脳は、未来視で視てる十倍量の情報の処理に当たってるんだもの。五感じゃなくて、脳の状態が十倍速で先取りできたならどれほど楽だろう、って考えなくもないけど、感情まで未来に引き摺られると、きっと、現在がもっと生きづらくなるわ」

 景虎の予測、好きに見られる早送り動画、ほどにはマルチタスクなものでなかったが、未来の出来事を現在で認識している、との読みなら、空恐ろしいくらいぴたり当てている。

「そうか。では、観戦時のような脳加速の状態で未来視を使うとどうなる?」

「貴方は何を考えていればそんな。わたしたちでもそれに気づくまでには結構な時間がかかったのに。でもそれも試したことは試したのよ。ただ機会が少なくて、いつでもそうなるかはわからないのだけど、十倍の脳処理補助を受けると未来視の時間を通常の時間のように感じるようになる。十倍量の情報を処理する負荷が軽減するのだと思う」

「脳処理補助二十倍や、最高速やらになった想定をすると?」

「……たぶんだけど、倍率分だけ遅く聞こえるんじゃないかしら。それに、最高速ってとんでもない倍率みたいだから、補助を受けない時の十倍速より聞き取れなくなると思うわ」

「なれば、十倍の脳処理補助を受け、未来視の速度を十倍から百倍にすることは可能か?」

「百倍――なんて、見当もつかない速さの未来視はたぶん一生かけても無理。それどころか、倍率を徐々に上げたりもしたことがない。できる自信もないわ。そもそも十倍というのが、わたしにとって限界且つ唯一の速度なんだと思うし、そこの感覚を掴んだからこそ、視る時点を飛ばした場合でも十倍の速さに固定できているのだと思う。でも、確かに貴方の言うとおりのことができるようになれば、いまより短い時間でもっと先まで視ておけるわけだから、訓練する気にならなくもないわね」

 シュノアがそこはかとなくやる気を見せ、ピクスアも見守ろうとしていた。芙実乃は景虎の知性が証明されたようで誇らしくはあったものの、兄妹に対してこんなにも助力してしまっていいものか、一抹の不安を抱く。

 しかし、景虎は兄妹に対し、信じられないとでも言いたげに、首を傾げて確認を取る。

「いや、わたしはそれが容易か訊ねただけのこと。自らの感覚を狂わす訓練などして、脳処理補助のない未来視に影響しない確信でもあるのか? 兄の使い勝手はどうなる?」

 ピクスアがあっと、声を上げた。

「そうか。微妙な速度の変化で、未来の自分の声を聞き取れなくなる可能性もあるね。僕も視る未来の速さがまちまちだと、タイミングを計るのにも修正の手間が必要になる。未来視が百倍速に固定されても困る。脳補助なしで未来視が使えなくなってしまうからね。取り返しがつかなくなる前に気づかせてくれて助かった。感謝するよ」

 ピクスアが頭を下げた。それにしても、想像するしかない未来視の感覚が狂うことにまで気がつく景虎の頭の中は、いったいどんな速さで思考が駆け巡っているのだろうか。もっとも、指輪をしていると刀から伝わる振動が変わる、と忌避する景虎らしい気づきではあった。

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