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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
51/140

Ep02-05-01

 第五章 VS未来視



   1


 普段の芙実乃なら部屋でルシエラと遊んで過ごしている時間。夕食時まであと二時間という時間帯に、芙実乃とルシエラ、それにクロムエルの三人は、早めに景虎の部屋へと集められていた。打ち合わせの場を出てすぐ、芙実乃から二人に連絡を入れていたのだ。

 打ち合わせでの出来事を芙実乃が詳細に語って聞かせると、その場にいなかった二人は、感嘆のため息をつき、期待した顔を景虎に向ける。

 芙実乃も同様だ。景虎の意図が知りたい。未来視を使わせて戦う理由も、そこに至る落としどころがどういうものであったのかも。

 芙実乃の問いに、景虎はゆっくりと話しだす。

「その二つなれば同じことだ。まず、未来視を使わせずに、兄妹に勝つ意義が乏しい。せいぜい、自身の成績を保つ程度の益があるくらいになる。あれらに遺恨でつき纏われかねぬのと切り離せぬのであれば、未来視を使われ負けるより、なお悪かろう」

「そういう心配が。でも、遺恨とかを気にしなくちゃいけないわりには、あの二人をこう、奈落へ蹴り落として、おまけに岩で潰してぺっしゃんこ、な感じだったような」

 シュノアのほうは途中、精神崩壊でもしたのかと思うくらい、泣き喚いていた。

「迂闊に手を出さばこうなる、と見せておく頃合いでもあった。本当にそれで済むのであれば楽……いや、わからぬか。何せ未来視だからな。それに、ここの常識と蘇生のこともあろう。連中の抹殺は考えるだけ無駄だ。が、気安く寄って来られぬようしておく必要はある」

 頷いて、クロムエルが質問を挟んできた。

「しかし、マスター。先程の仰りようだと、負けも致し方なし、とも聞こえたのですが、彼が試合で使う未来視を、いかほどの脅威ととらえられておられるのでしょうか?」

「いかほども何も、全容が知れぬのだ。皆で見た時のまま、変わっておらぬ」

「あれは見事、と言う他にはない試合ではありましたが、そうですか」

 クロムエルが称賛する試合とは、ピクスアの月一戦初戦のことだ。景虎がポイントを六〇支払い、その試合を一月見られる契約をして、先日の夕食後に皆で見ていたのだった。


「そなたと遜色ない使い手に見えるな」

「そう言われても悪い気はしません。隠れていたわけでもないでしょうに、いるところにはいるということでしょうか。うちのクラスにここまでの相手はいませんでしたが、クラスは全部で百二十八ありますしね。クラスでトップの生徒もまた、百二十八人いることになります」

 そのやり取りを聞いた芙実乃は、当初一方的に勝ちだしたピクスアを話題にしたもの、と、しばらく誤解をしていて、それに気づいた瞬間意外感から思わず声を上げていた。

「えっ、負けてる人のほうが強いってことなんですか?」

 そう。ややもすれば称賛とも取れる評価を受けているのは、自らの攻撃を掠らせることもできず、実戦なら致命傷を幾度も負っているであろう、ピクスアの対戦相手だったのだ。

「いえまあ、ピクスア殿もさすがと言うか、神懸った躱しと反攻のオンパレードですがね」

「未来を先に視ておるからなのか、目線は胸の下あたりに据えられ、狙いも意味不明だしな」

 定点からの映像では把握しきれない、と見切りをつけようとする二人のため、操作権限を委ねられていた芙実乃が、再生を三次元投射へと切り替える。すると原寸大の立体映像が、景虎の部屋の中央で斬り合いを演じはじめた。途端にルシエラがパニックになり悲鳴を上げる。

「ルシエラほら落ち着いて。講義の先生が時々ぴゃっと現れる感じのやつだから」

 ふー、ふー、と、威嚇する猫のような状態を経て、ルシエラも落ち着きを取り戻してゆく。二人の邪魔にならぬよう、芙実乃はルシエラともども部屋の隅まで下がった。

「お騒がせしてすみません。いま動かします。ルシエラも、もう驚かないでよ」

 芙実乃は各々に言ってから、ルシエラのためにしていた一時静止を解除する。驚かせた仕返しとばかりに、じゃれついてくるルシエラをいなしながら、二人の会話に耳を欹てる。

 クロムエルが、立体映像で戦う二人を至近から眺めつつ、横に並ぶ景虎に声がけた。

「けれどこれならなんとか、目線の意味もタイミングを見るためのものとわかりますね」

「癖の兆候が表れる箇所か、服の皺の形あたりでそれを計っておるのであろうな。しかし、クロムエル、そなた、隠すべきわたしの癖を指摘できるか?」

「マスターには癖などない、という気もしますが、未熟なわたしの所見ですからね。それ以前の話にはなりますが、マスターはそもそも、振る瞬間をあまり見せてくれません。見せかけの振りの兆候を見せておいて、懐に入り、手元を隠し、違うことをしてくる、という印象です」

「そもそも、という話であれば、未来視相手では、癖を消す意味などないのやもしれぬな」

「それは、どういうことでしょう?」

「つまりどう動いたところで、決まった動きの再現として見られるしかない以上、時機を計る材料はどこからでも見つけてこられる、と、なりはすまいか」

「――――もっともなお話です。服を一切皺立てぬよう動く、なんて可能とも思えないのに、それだけでもあからさまな癖があることにされてしまう。心技体揃った相手の攻撃がこれほどまでに躱され、逆に打ち込まれるのも至極当然と言えるのでしょうね、未来視相手では」

 たとえるなら、肩にかかってしまった数本の髪が滑り落ちる変化でさえ、相手に絶好の機会を知らせる癖と同じように作用してしまう、ということだ。これではいくら細心の注意を心がけてみたところで意味を為さない。途中経過があるというだけでもう、あらゆる挙動を知悉されていることすら超えた、事実上の再生動画と化してしまう。

 それが、未来視を相手に戦うということなのだ。

 ピクスアの初戦の立体映像を見ながら、芙実乃はそんなことを思い知らされていた。


 だが景虎は、そんな未来視を封じる手を打っておきながら、自らその盤上をひっくり返してしまった。ただ確かに、景虎の言うとおり、あの兄妹に恨まれて粘着される日々を送るのは、拗れるにつれ尋常でない被害を被るはめに陥りそう、とは芙実乃も思うのだった。

「でも、わざと負けようって思ってるわけじゃありませんよね。未来視を使わせた上でなら、勝っても粘着されるほどには恨まれない、とは、わたしもそんな気はしますし、わかる気もするんです。けと、それなら話し合いで息の根を止めるみたいに、一旦とはいえ未来視を使用不可能にしてしまったのは、余計な兄妹の恨みを買ったことにはならないでしょうか?」

「なるやもしれぬな」

「それでも、えっと、気軽に近寄られるのを避けるためにしておかなければならなかった?」

「然り。と言うのもな、芙実乃。認識できておらぬやもしれぬが、わたしは一度、あの連中の恫喝に屈した。そして、それを捨て置いた弊害はすでに出ていたように思う」

 おそらく、ルシエラの情報を得るために取り引きに応じたことを指しているのだろう。そう察しをつけた芙実乃は、そこに触れないよう会話を進めることにした。特に示し合わせていたわけではないのだが、ルシエラが責任を感じるようなことは、誰も知らせないでいる。

「恫喝というのが異能に関する一文だとしても、弊害というのは……ちょっとわかりません」

「確かに、それはわたしにもこれだ、と明言できるようなものではない。強いて言うのであれば、さらなる条件の話し合いを、向こうにしたい、と思わせたことがその兆しに当たろう」

 芙実乃は沈黙する。これを理解できるまで噛み砕くには、もう少し時間がかかりそうだ。

 しん、とした時間が生まれかけるが、クロムエルが会話を引き継いでくれていた。

「自分たちがマスターと交渉ができる立場だと、思い上がらせてしまったのですね。献上物もなしに、対等ですらあるかのように、話し合いを求めてきた。与えられた果実だけを大事に抱えているだけなら、目こぼししておいてやったものを、というところでしょうか」

「概ねは、な。これからのことを考えると、連中とは、互いに極力避けるくらいが望ましい。些細なことでも話し合える、などと、甘く見、甞められては、捨て置くこともできぬ」

 景虎は耳心地良くしか喋らないから、口調でわかるというものでもないのだが、これでも、兄妹を毛嫌いしているとかでもないようなのだ。ではなぜちょっときつめの言い回しをするのか考えると、切れた送電線には近づかないようにしましょう、的なことを芙実乃やルシエラにわからせるためのように思える。それはつまり、兄妹――未来視を警戒しなければならない、と景虎自身が考えているからではないか。

 それなのに、使用不可にできる未来視をわざわざ使わせて戦う。そうしないデメリットは教えてもらって理解できたものの、一方で未来視を警戒する姿勢を見せられ、芙実乃は頭がこんがらがりそうになる。しかし、それでもその不可解な中から一本だけ解けた糸を手繰り寄せ、ひらめくものを見つけ出した。

「もしかすると景虎くんは、妹の使う未来視と、試合で使われる未来視を分けて考えてるんでしょうか?」

「言われてみると確かにそうだ。試合での未来視は、皆で見たくらいしか知りようがない」

「では、マスターは妹のほうの、本来の未来視のほうの見当は、ある程度ついていると?」

「ある程度、がどのくらいを指すのかわからぬが、見ていてわかった中で、確信に近いものがあるとすれば、未来視の中ではおそらく、我らの言葉が通じておらぬこと、くらいか」

 初耳だし、芙実乃が想像だにしていなかった予測を、景虎は口にした。芙実乃は思考を巡らせて、急遽結論を導き出すと、はっとしてその答えが正しいか、景虎に確かめてみる。

「そうか。未来、視、だから、見えるだけで音は聞こえてないんですね?」

「いやそこまでは……間違いとも断言はできぬがな。言葉が通じぬというのはつまり、未来視の最中に、翻訳が機能するはずがないからだ」

 この見解には、さしものクロムエルも首を捻った。科学的な分野に関する理解なら、彼よりも芙実乃のほうが早い。直前の間違いにもめげず、芙実乃は答え合わせに行った。

「あっ、翻訳は双方向、話す人がそれを言語化しようとする際の脳内パルスがないと、聞き手側の脳エミュレータともすり合わせようがない」

「そうか。理解そのものを先取りしてるわけではないのですね」

 芙実乃の見解を聞いて、クロムエルも察しをつけた。だが、これはどうも、未来視における未来情報を現在でどう処理しているか、の考察にまで踏み込んでしまっている。

「おそらくな。その可能性も否定はしきれぬが、連中の手際を見る限り現状では低い」

「それは交渉で下手を打つことが多い、だけが根拠ではなく、そこに未来視の影が見え隠れしている、ということでしょうか、マスター。それはいったいどういう?」

「先に時を過ごした、とするのであれば、戻る瞬間も幾度かは見たはずだが、そういった様子は見られない。また、時間に比したところまでしか視られないとの態度に偽りがなくば、一瞬で際限なく先を視てこれる、というものでもない。そう考えると近しいのは、再生動画の早送りをいつでも見ることができる、というのが未来視だ。時を費やす。意識が飛ぶのであれば、現実の時間の経過と無縁という特性も具えてなくば、立ち合いのさなかでまで使えるとは思えぬからな。試合前の段階で、三十四分もの試合の流れを覚えてきたのであればまた別であろうが、ピクスアが相手の癖を機に動こうと計る目、あれは、何かしらの兆候が出ると当たりをつけた未来視ののち、相手の行動を踏まえた回避か反撃に出る、というものであろう」

 一つ一つの出来事を拾い上げる注意力と観点が凄まじいな、と芙実乃は思うだけで、内容の理解はと言えば、半分できていたらいいほうだろう。横でふむふむと頷いているルシエラを疑わしく思いつつも、自分だけが取り残されてやしないかと気が気ではなくなる。

 クロムエルが呻りながら、相槌を打っていた。彼なら苦もなく、景虎の戦闘談義についていけているのだろう。景虎の邪魔になってはいけない、と芙実乃はしばらく黙ることにした。

「ともすれば、妹よりも兄のほうが未来視を使いこなしている感じですね」

「使いどころを限っている分、紛れも起こりにくいのであろう」

「視ている未来の近さと長さが原因でしょうか。ひょっとすると、小さな変化が先の未来を大きく変える、ということなのかもしれません。だから、ごく近い未来だけを視てるピクスア殿は、確実に視てきた未来を対戦相手になぞらせられた」

「荷重の乗る一瞬前であったからな。あやつが避けに動きだしたのは」

「本当に微妙なところでしたが、読みでは決めきれない早さ且つ、動きだしに相手が気づいた時にはすでに荷重を乗せている、というタイミングにしてましたからね。未来視のことを知らないで見ていたら、勘で戦っているようにしか見えなかったでしょう」

「それでも、あの戦いは相性の悪さに尽きた、と言えぬこともない。相手も潔さからなのか、徹頭徹尾当てることにこだわっていたからな。力押ししておればどうとでも勝てたものを」

「第一の攻防でしてやられた時点で、負けと割り切ってしまったのでは? ポイントで逆転を狙うのではなく、ピクスア殿を相手に初見で戦う、ことを想定しての実戦――訓練に挑んでいたように見えましたから」

 芙実乃は、聞き捨てならない言葉がスルーされる気配を感じ、質問を挟み込んだ。

「あの、どうとでも勝てるって、未来視に勝つ方法があるんですか?」

「わたしにはできぬがな」

 きっぱりと言い切る景虎に、それでも名残惜しそうに芙実乃がしていたからか、景虎とクロムエルが、その方法を実践して見せてくれることになった。

 本気で力較べしたところで、二人には覆しようもないほどの筋力差がある。ということで、景虎が景虎本来の二分の力。クロムエルは、最大でも同程度の力でしか押し返さない。と取り決められた。

 景虎は開始直後からもう刀を抜き、遠目の間合いから大きく、相手が受けるしかないという攻撃を繰り出す。もちろん、クロムエルは受けるしかなく、剣と刀がぶつかる。すると、景虎はあっという間に間合いを密着させてしまい、いわゆる、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 それからは、あれよあれよといううちに、景虎がクロムエルを壁にまで押し込んでしまい、クロムエルは為す術もなく、というように刃を首筋に添えられていた。

「マスターは力押しも上手いものですね」

 クロムエルは、逆にもう呆れる、というくらいの口調だ。しかし、技術的に学ぶことがあり過ぎたかのように、景虎が見せた刀の動きを再現しようと上の空になっていた。大抵の相手なら身体能力で圧してしまえる彼が、培えずにいた技術を見せられた、というところか。

 それもそのはず。

 元々の力が少ない分、景虎の力押しは、芙実乃のような素人から見ても、合気道的とでも言いたくなるような趣があった。刀の角度を変えては右に左に、されているクロムエルからすると、もっと複雑な向きの力を込められていたのだろう。何度も膝を崩されかけていた。

 確かに、力押しなどの、タイミングどうこうでない方法なら、未来視は意味を失くす。

「それは本番では使えないんでしょうか?」

「ああ、刀がな、こうなってしまう」

 景虎はそう言いながら刀の刃をなぞり、そのなぞった指をこちらに向けた。優美な色と形に目を奪われそうになるが、無傷なのを見せる意図だったようだ。間近で見てもわからないと思うが、刀の刃が潰れたりへこんだりしている、ということを言いたかったらしい。

 景虎は、たぶん武器を持つ生徒全員がしている、得物が折れも歪みもしない加工を、ただ一人刀に施していないのだ。

 折れる刀を折らぬよう振るのが侍、ということらしく、また、そのへんの感性を鈍らせていると、戦いが知らず雑になってゆくのだと言う。

 だから芙実乃としては、次戦だけは刀を硬質化して臨めだとか、ポイント戦でないのなら、刃を潰してでも勝ってしまえばそれでいいのでは、などと言いたくなるのを我慢しなくてはならないのだった。

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