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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep02-04-06


   6


「は? え? 何? 貴方、これ、これを書き換えてしまったら、わたし、わたしの未来視はどう……。お、お兄様、これは、これはいったいどういうことになるのですか?」

「……残りの条件がどうであれ、異能の使用だけは許可されない試合になるね」

 ピクスアの答えを聞くと、シュノアは立ちながら金切り声の絶叫を放ち、髪を振り乱した。

「嘘よ! 嘘! だって貴方、貴方は試合に何も制限をかけてなかった。お兄様がそれを書き換えたって、既定条件に合わせた使用可能になるわ。ならなきゃおかしい」

 ピクスアは自らも腰を浮かし、喚き散らす最中景虎を指差そうとしたシュノアの手を掴んだまま、もう片方の手で彼女の身体を肘ごと押さえるように抱くと、諭すように話した。

「落ち着くんだ、シュノア。知ってるだろう。彼はこの会談に際し、その部分だけを使用不可にしていた。もう……僕らに打てる手はない。諦めよう。約束違反にされるよりはいい」

 だが、シュノアは頷かない。暴れないようピクスアにがっちりとホールドされながら、否定の意を表すように頭を振り続けた。

「違う違う! 約束違反はあっちだわ! だって約束したもの! 試合で異能を使っていいって約束した! それなのにそれなのにそれなのに!」

 シュノアの発言は間違っている。約束は手段まで委ねられ、指定の状況にする義務を課すようなものではなかった。シュノアの言い方だと、異能を使う間も与えずに勝ったりするのもだめになる。試合内容に踏み込んだ注文になってしまうのだ。ピクスアもそれがわかっているからこそ、異能不可を課金申請しない、という約束が遵守されたかが明確になる文言を選んだのだろう。景虎はそれを違えてないし、なんなら、いまもって守り続けているとさえ言える。

 約束違反というずるを犯したのは、むしろ彼女たちのほうなのだ。

 未来視で探りを入れても他者には証明できない。

 そう高を括り、端から守るつもりもない約束を交わす、なんてことまでしていた。

 芙実乃が、基本的には誠実であろうピクスアをどこか信用しきらなかったのは、食堂でこの約束を交わすのにいち早く同意したのがピクスアだったからだ。こちらが未来視を証明できなくても、それを使い待ち伏せしたとわかりきっている兄妹に、心を許せるはずもない。

 ピクスアは咎められないと見積もれば自分たちの利益の確保に動こうとする。その一方で、ルールや体面を守ろうとする意識も高く、そちらの常識的な面しか普段は見せていない。特別とか異常などではない。外面を作るなんて誰もが苦もなくしていることだ。

 芙実乃が話したことのある、魔法少女に呼ばれたパートナーが、景虎とクロムエルだけだったから、史上最強ともなると相応の精神性も備えているもの、と思い込んでしまっていた。

 彼は、高潔ではないというだけで、言ってしまえば普通の人間なのだ。利害が絡まない立場でつき合う分には警戒の必要もない、善良と言ってもいいくらいの。

 だから妹と、利害を超えた者とのより良い生活基盤を求め、ばれるはずがないと思えば、倫理違反にも手を出してしまうのだろう。未来視という、おそらく類を見ないほどの能力に恵まれていながら、哀しいくらいに小市民的な行動に走ってしまう、兄と妹なのだ。

 そんな程度の彼らが、景虎ほどの人に約束を呑ませてしまった。

 本来彼らが取るべき責任は、景虎との約束を破った、という、その内容の大小にかかわらないくらいの重大事案に対してのはず。だが、景虎は、兄妹に突きつけるのを、自分が呑まされた約束と過不足なく同等の約束、一つだけに止めてやったのだ。

 しかし。

 景虎はその小突くような一撃を、逃げ道を塞ぎ、時と場所を選び、兄妹を坂の上から奈落へと転げ落ちさせる、最後の一押しとして放った。

 景虎との試合で未来視を使いたい。その一心で蠢動していた兄妹は、ルシエラが巻き込まれる事件につけ込むことで、一時は望みを叶えていた。景虎もそこまでなら許容していた。それなのに、月一戦の他の条件までも自分たちの都合のいいようにしようと欲をかき、景虎のこの一撃をもらう場を自ら提供してしまった。まさに、触らぬ神に祟りなし、を地で行った。

 泣き崩れるシュノアの背を撫ではじめるピクスア。

 芙実乃はちょっと、破滅した人間を目の当たりにした気分だった。ちら、と景虎を見ると、誰をも見て誰をも見ない、虚空を眺める猫のように気高く無関心でいる。が、一瞬その瞳が動く。タフィールが近寄って、ピクスアの反対側から、シュノアを抱き締めたのだ。

 まるで撫でるかのように、シュノアの頭に頬ずりし、優しく窘め慰める。

「シュノアちゃん、自分たちの能力だからって、自分たちだけが得をする使い方をしていてはだめと教えていたでしょう。それは、そのことによって受けるはずのなかった被害を受けた、得られるはずの利益を奪われた、という人から許されなくて当たり前になるからなのですよ。人助けに一役買った、と聞いた時はタフィ担任も喜んでいましたが、交渉を持ちかけたい相手を探る目的で未来視を使ったことはいただけません。事件への関与を疑われてももっとも、としかタフィ担任も言えなくなります。そういう目を向けて当然の個人が一人二人と増えてくるようになると、同時に社会の目もそうなっていってしまう、ということも覚えておきましょうね。この世界に未来視はいらない、なんて言われないように」

「ごめんなさい。ごめんなさい、先生」

 シュノアは泣きじゃくりながら謝り、ピクスアもうなだれていた。あの、獰猛で規格外の巨体を持ったバダバダルさえ手懐けていたタフィールだ。この厄介な能力保持者であるシュノアたちも、苦もなく慕わせ、それでいて委縮させている。思えば、担任案件を嫌がった時点で、この兄妹のウィークポイントが担任にあると、景虎は見抜いていたのだろう。

 また、必ずしも敵対する陣営の一人として動くばかりではない、とも読んでいたのだ。

 ただ、芙実乃はそのタフィールの慈愛に満ちた顔が、シュノアに頬ずりしながら赤く恍惚と色づいてゆく様を見るにつけ、得体の知れない悍ましさをも感じだしてしまう。どこか景虎にも通じる雰囲気を持つ人。という最大級の賛辞を心の中で送りながらも、本質的な一部が対極にでもあるかのような、空恐ろしさのシグナルまでをも明滅させる何かを感じるのだ。

 芙実乃は無意識に、景虎の服の端をつまむ。景虎はこれといった反応は何も見せなかった。意識だけをわずかに向けられた気がしたが、放置してくれる気みたいだ。芙実乃はどうにかそれで、逃げてしまいたい気持ちを抑えつける。

「シュノアちゃん。もう泣き止んでほら、タフィ担任と一緒に試合条件を見直そう。ね?」

 タフィールの優しい声色につられたのか、シュノアもぐすぐすと泣いた余韻を残したまま、喋りだしていた。

「ぐすっ……、お兄様……、力場がない試合なんてしたら、お兄様が血だらけに……」

「わかった。だったらやはり、申請はそこにポイントをつぎ込んだほうが良さそうだね」

 ちなみに、こういった申請に使用されたポイントは、対戦相手にその権利が譲渡されるそうだ。補助参戦者の魔法や異能が制限された場合は、対戦ペアで折半される、との規定もある。使用が禁じられて評価が上がらない代償、ということらしい。

 その規定により、来月分のピクスアのポイントが景虎に丸々渡るのをやめさせたい、わけではなさそうだが、タフィールがピクスアの判断に待ったをかける。

「あのね、二人とも。実戦形式の恐ろしさをわきまえてるのはいいことだけど、非実戦形式を軽く考えてなあい? 非実戦形式には実戦形式とはまた違った怖さがあるんだからね」

 兄妹がタフィールに注目する。芙実乃もひそかに耳を傾注させた。非実戦形式の怖さ、というものに、芙実乃もまた思い至ってはいなかったからだ。

「何かと言うとそれは、非実戦形式での試合は棄権ができないってとこ。ピクスアくんは前の月一戦で一度も相手の攻撃を受けなかったから実感がないんだろうけど、非実戦形式だって、攻撃を受けたらそれはもう、死ぬほど痛いらしいんだからね。致命傷レベルを何度受けても向かって行ける生徒なんて稀。一方的に百回近く打たれても向かって来れた前回の相手が凄かっただけで、二桁未満の攻撃を受け合って、試合時間の半分も経たないうちに戦意喪失しちゃって、お互いに見つめ合って終わる、なんて試合のほうが多いんだから」

 確かにそれは、簡単に蘇生ができるこの世界で行うことに、なんの意味があるのだろうと思うくらい、訳のわからない苦行と言えよう。タフィールが続けた。

「それに、バダバダルくんのセレモニーを思い出してみて。防御力場なんてもう一切印象に残らなかっただろうけど、あれ、その防御力場を見せるための試合だったんだよ。それでほら、バダバダルくんは死んじゃったんだけど肝心なのはその前、目とか頸椎とか耳の中とか思いっきり突っつかれて、気が狂ったみたいに泣いちゃってたでしょう。あれでもバダバダルくん、痛みを感じにくかったり、痛みへの耐性が召喚史上でも一番だったりするんだから」

 タフィールはそこで一拍置くと、結論、とばかりにずばり言った。

「つまりね、ピクスアくんはああされる覚悟があって、非実戦形式をするのってこと」

 どのくらいの史上最強かはさて置き、ピクスアとてひとかどの戦士だ。芙実乃がいた時代の日本人よりも、命を懸けて戦う覚悟を持って生きてきたのだろう。しかしながら、一試合中に延々と致命傷レベルの痛みを受ける、という状況を実感を伴ってまで想像してはいなかったに違いない。拷問以上の打擲を受ける試合展開を予見してか、徐々に顔色を悪くしていった。

 だって彼が臨まなければならないのは、拷問やリンチのように攻撃側が自身に跳ね返る衝撃を考慮してくれるものではなく、怪我をしなくなるだけの真剣勝負なのだから。

 タフィールはさらに、そんなピクスアに追い打ちをかけるようなことを言う。

「あと、当人を前にこんなことを言うのもなんなんだけど、景虎くん、あの試合でバダバダルくんを殺しちゃったでしょう。ああいうのね、学校側の想定を超えちゃったみたいなところがあるんだ。だから、って言うか、でも、って言うか、それって学校側は抑止する手段がないってことでもあるの。近いので言うと魔法とか異能とかの使い方を禁則事項にするとかならあるんだけど、パートナー側の能力を制限するそれとは違って、本人がいつでもできることを制限させる根拠にはできない感じかな。だから現状は景虎くんにだけ、ああいうふうには対戦相手を殺さないで、ってお願いするしかなくて。でも、それって無視されたからといって咎めるわけにもいかないじゃない。そもそもが一方にだけ手加減をするように言ってるんだもん」

 改めて聞くと、本当にとんでもない。

 芙実乃の場合、そう言われている当の景虎がパートナーだからいいものの、逆に景虎の対戦相手がそんなふうに言われる相手だったなら、気が気でなくなるに違いなかった。シュノアなどあわあわと泡を吹きそうなくらいだ。さすがに気の毒に思えてくる。もっとも、それも未来視を試合で使われなくなったからこその余裕だったのかもしれない。

「そういう諸々を含めて、ピクスアくんは対戦条件を考えるようにしようね」

 ピクスアはタフィールの言葉に頷くと、しばし黙考して答えを出した。

「だったら、柿崎景虎、君が通達してきた条件をそのまま了承する」

「そうか。だがわたしは一部書き換える部分ができた。もちろん異能不可の課金申請をしない約束には触れぬが」

「いいよ。それも受け入れよう」

 しかし間髪入れず、タフィールが割り込んでくる。

「待って待って。条件変更があるなら、そこの協議資格もまた得られるのよ。話す前から受け入れないの。景虎くん、貴方は拒否もできるけど、取り消させてもらえるかしら?」

「ああ。わたしが加えた変更についてなれば、どう答えようがかまわぬ。好きに致せ」

 タフィールは満面の笑みを見せたが、その笑顔も景虎が変更する部分を指差すまでしか続かなかった。

 景虎の指し間違いでなければ――。

 芙実乃の見間違えでなければ――。


 そこには、異能の使用を許可しない、と書かれていたのだ。


 芙実乃、タフィール、ピクスア、シュノア。四人は混迷の霧の中にいた。

 さしものタフィールと言えどそれは同様らしく、だがそれでも、問いを発せたのもまたこの場では彼女しかいないのだった。

「景虎くん。えっと、これ、景虎くん側のこれを書き換えるとどう……えっと、全能力解放、既定の条件になるのかしら。ああそういう……えっ、だけど……」

 タフィールはそれきり黙りこくった。

 既定の条件というところで納得しかけたのはたぶん、その形式で月一戦を行わないと、翌月支給されるポイントが減額されるからだろう。たとえば、双方が非実戦形式に合意して月一戦を行えば、どちらも一万を相手方に献上することになる課金申請をしなくて済む一方、既定の条件で月一戦を行わなかったがために、その一万の半分の五千をさらに折半した額の、二千五百ずつを負担することになってしまう。魔法や異能の禁止もそれに準じていて、景虎の通達した条件で合意したなら、異能禁止の五千を半分にした二千五百を景虎とピクスアで折半した、千二百五十ずつを翌月の給付から差っ引かれていたはずだ。タフィールは景虎がそれを惜しんだ、と思いかけたが、それはあまりに馬鹿げていると思い直した、というところか。

 戸惑いの静謐の中、景虎が芙実乃以外の三人を見渡しながら、優しく声がけた。

「この文言なれば、異能の使用を許可しない、としたそなたらの合意などなくとも、こちらの言い分のほうがとおり、異能の使用も可能となろう。が、そなたらにはまだ、課金申請し異能の使用を不可にする手も打てなくはない。さて、この二択いかが致すのかな」

「ご…………合意……する――」

 宿願が叶ったはずの兄妹はだが、顔を俯けて小刻みに震えていた。

 それはあたかも、景虎の美しい顔が、見てはいけない恐ろしいものであるかのように。

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