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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep01-01-04


   4


「直ちに実戦に行かせるわけではありません。お二人には、魔法を習得してもらいながら、こちらの常識や知識を教える学校に入ってもらうつもりです」

「魔法とやらを覚えるまで、戦に出せぬということか?」

「柿崎さんは魔法を習得しません。正確には使い方だけに慣れていただきたい、ということです。魔法能力を持つのは、元の世界で使っていたなどの特例を除けば、そちらの探知で摘出できた魂だけ。お二人の場合、菊井さんがそれに当たり、菊井さんの魔法能力を戦場で使うのが柿崎さんということになります」

 景虎を、バーナディルは柿崎さんと、芙実乃は景虎くんと呼ぶことになった。

 向こうで生きた年数だと、芙実乃が十六年と一月に満たないくらいで、景虎が十五年と八月余り。景虎は微妙に年下なのだ。芙実乃は、年齢を理由に景虎を下に見ることはないが、さんづけだとむしろ馬鹿にしている気がしてしまうため、景虎くんで許してもらっていた。

「わたしは戦わなくていいんですか?」

「少なくとも、戦場に出る必要はありません。授業前までに選んでもらいますが、魔法は魔導門装を通じて、使用者のイメージを発現者が行使するという仕組みです」

「わたしは燃料みたいな存在で、呪文を唱えるのが景虎くんみたいな?」

「いえ。魔法を使うのは発現者です。発現者が使える魔法を、どういうふうに戦場に展開するのかを使用者がイメージし、魔導門装を通じて発現者の魔力に働きかけるのです。使用者のイメージが発現者の魔力に合わなければ何も起こりません」

「芙実乃が使えているものを、わたしが戦場で代わりにやるわけか」

 呼び捨てだ。決まったこととはいえ、初めて名前を口にされた。

「ふへへ……」

 芙実乃は面映ゆくて頭を抱えてしまう。頭を撫でられて指を握っていた時の格好だ。嬉し恥ずかしの強烈な体験が刷り込まれて、条件反射になってしまったらしい。

「はい。ですから、柿崎さんはご自分の学業だけでなく、菊井さんのこともしっかり見てあげていてください」

 見ていてもらえる。自分は景虎に見ていてもらえるのだ。

「ふへへへへっ……へ。お、お風呂ですか? お風呂ですよね!」

「は? お風呂……は、自室で入れます。戻られたらご自由にどうぞ」

 一緒に入る段取りのことを言っているのに、バーナディルがとんちんかんな答えを寄こした。景虎にリードするよう言わないと、芙実乃が困るのがわからないのだろうか。

 完璧が聞いて呆れる。気の利かないバーナディルが別の話を進めた。

「詳しくは授業でとなりますが、少しだけ敵に触れておきますね。正体は不明。形状も基本個別で、行動原理もそう。共通しているのは人力と魔法でしかダメージが与えられないこと」

「人力と魔法――以外とはどういうことを言っておられるのか?」

「兵器という概念をお持ちですか?」

 景虎がいくつか挙げたが、それらは人力で動かす武器、という扱いらしい。

「そういった知見のほうが、わたしたちには有用なのですけれどね」

「人力と魔法で敵を倒すんだから、そうなるんですね。だったら鉄砲とかからですか」

 バーナディルは頷いた。

「人力と魔法以外で威力を上げるようなものはだめです。下手をすれば敵を強化します」

 エネルギー源になってしまう、ということだろう。

「でもでも、魔法って火とかじゃないんですか? それは吸収されちゃったり?」

「魔法で作った火ならば、ダメージはとおります。それと人力で起こした火に有機物や動植物性油をくべて大きくした炎なら、そこそこ効きます。ガスや火薬などを使用したら途端にだめですね。人力、より正しくは生物由来でない力が上回ってしまう、と考えられています」

「魔法とやらを学ばせたいわけだ」

 景虎はもどかしそうに言った。

「えっと、その、でも、ですよ。魔法しか効かないわけじゃなくて、人力でも敵を倒せるんなら、わたしが戦場へ行かなくていいのは効率が悪いんじゃありません? 前の人が戦ってる後ろから、えいやっ――ってやればいいんですから」

 芙実乃は杖を振るような動作をしてみせる。指が動いたころでならだが、RPGのゲームをプレイした経験もあるのだ。バーナディルは沈痛な面持ちになった。

「わたしたちの先祖、いえ、わたしたちは、そうして多くの魔法少女たちを死なせました。蘇生できなかった事例も閲覧しきれないほど残っています」

 芙実乃の血の気が引く。景虎との距離が近づいた気がして、どこか浮ついた気持ちだったのは否めない。少しでも役に立ちたいと思っただけなのだが、そこまでシビアだとは……。

「魔法少女が戦場に向かない理由。第一に、前世で戦場や戦闘とほぼ無縁の生活をしていたこと。第二に、ほとんどの者が、死を経ることによって後天的に魔法能力を備え、運用能力に乏しいこと。第三に、身体能力が一般人少女と横ばいであること。第四に、敵二倍級を仕留めるに足る魔力量を一人では補えないこと。第五に、魔法同士には相乗もあるが、相殺し合うタイミングが非常に多く、連携にも熟練が必要になること。などが代表的なものになります」

 窺い知れない項目もあるが、現時点で芙実乃はおそらく、どれをとってもトップレベルで要件を満たしていない。戦場に出ることは、死にに行くようなものなのだ。

「隠蔽して戦場へ送るような真似はしません。話したのは一番酷かった二百年ほど前の状況ですが、その百五十年前に敵性体と初交戦し、百六十億いた人口が二十億人を切り、緩やかに下降している時代のことでした」

 景虎が首を傾げる。

「その緩やかにできていた要因が、魔法少女とやらの犠牲か?」

「主に、はい、そうですね。彼女たちの犠牲なくして今日の平穏はありません。ただ、復興の兆しは六人目の転生者、前世からの魔法能力保持者の召喚がはじまりです。彼女がそれまでの召喚者五名に魔力の素養を見出したことで、わたしたちは魂をどういう基準で捕捉しているのか理解できました。敵性体との陰惨な削り合いは、この過渡期の出来事になります」

 そこまで話すとバーナディルは、当時の世界の連携や社会情勢などはいずれ授業で取り上げられるからと言って割愛した。芙実乃がふと思ったことを確認する。

「強い人を呼ばせたいのは、元から強い人なら、戦場で魔法を上手く使えるからですか?」

「はい。学園の推奨卒業基準を満たしただけの発現者では、敵二倍級を削り切れませんが、使用者次第で四十四体の同日撃破が記録されたこともあります」

 雲泥の差だ。と言うかあり過ぎる。

「威力が上がっちゃうわけじゃないんですよね?」

「上がりません。微減ですね。まあ、使用者は魔法だけじゃなく、武器で戦っているわけですから、四十四体を魔力で破壊したとするのは語弊がありますね。敵はその、駆動域を壊したり重心を損ねるように分割していくと活動を止めるのですが、武器と魔法をバランス良く組み合わせれば、そのくらい効率的に仕留められるわけです」

 その説明を聞いて、不意に景虎の纏う空気に刺々しい色が混ざった。

「武器とは、ここの者が用意した物であるのよな」

 驚いて見ると、目を閉じて心を鎮めているような雰囲気だ。宙に浮く板に座っているのに、姿勢が凛として正座でもしているような風情がある。

「お望みの物を再現させていただきますが、それでご容赦願いませんか?」

 ぴくりともせずに薄く目を開ける。下を向いているわけではないが、視線は下がり気味だ。

「作る。ここに刀工が?」

「いえ、柿崎さんのイメージをデータ化して作ります。いまからはじめましょうか」

 バーナディルがコンソールのような光を浮かせて操作すると、景虎の手が届くくらいの場所に半透明の白い球体が出現した。彼女は立って、自ら手を入れる。すると、ぼんやりした煙が伸びて、徐々に剣のような形をとりだした。

「見本なので可視化していましたが、これは調整用です。調整には本来のデータを不可視で充分に取ってから入りましょう。止めるまで、手を入れて思い浮かべていてください」

 景虎が手を入れる。バーナディルはディスプレイが浮いている壁際に向かい、板を出して座る。あらかじめ準備しておいたのだろう。何かの数値を眺めているようだ。

「9・9985…………じゃない。99・……。なんの表示だ、これは」

 せわしなく手を動かしはじめる。

「合ってる、だと。形状、色相、触感、上はともかく、冷感、匂い、吸汗性、体温伝達率、味、摩擦係数、撥水性、光反射、音階、きりがないし。各欄ごとに部位別って――うわっ、スクロールが! 止まれ!」

「終わりか?」

「終わってません。まだ増えて、上昇も……。だめだ。見きれない。やめよう」

「やめるのか?」

「やめないでください」

 時間はかかったが、データ取りは終わった。芙実乃は景虎が目を瞑っていることを幸いに、うっとりと眺めて眼福を楽しんだが、バーナディルはどことなくぐったりとした様子だ。

「可視化しますね」

 正面の席に戻ったバーナディルが言うと、横たわった一振りの刀が景虎の前に現れる。切っ先の向きは芙実乃側だが、目の前に届くほどには長くない。緩やかに全体が婉曲している、おそらく標準的な日本刀なのだろう。これもまた美しかった。鏡のように物を映したりとかではないが、峯の部分から波紋までが、蓄光でもしているような艶消しの銀色で、そこから刃にかけては、輝きと白さを反比例で増減しながら淵に怪しい光を宿す。

「おほおー。ここ、これはとんでもない名刀なのでは?」

「いや、ありふれたものだ。手入れさえ怠らなければ、刀とはどれも磨かれたようにはなる」

「しかし……美術的ではありますね」

 バーナディルも感心しきりのようだ。異世界人に日本刀を評価されると、芙実乃までなんだか誇らしくなってくる。

「通常なら希望に添って形や色や重さに手を入れるのですが、必要ないくらいデータが取れてますね。切れ味は微増止まりでしょうが、刃先を鋭利にすることもできますよ」

 何かを参照しながらバーナディルは言った。刃先の調整は、最薄になるまで幅を増やすか、幅を変えずに角度を狭くすることで行うそうだ。

「いらぬな」

「そうですよね。でも、この調整には元々の不満を解消し、より使いやすくする機会でもあるのです。重い剣を軽々と扱えるようにしたり、重みを増して攻撃を受けやすくしたりと」

「よい」

 景虎はにべもない。バーナディルはがっくりうなだれて、別の操作をする。

 刀の上に、鞘の映像が並んだ。なんの変哲もない黒い鞘。

「ではこのまま、精製してもよろしいですね」

「あ! ちょっ、ちょっと待ってください」

 芙実乃は、頷こうとする景虎を含めて二人を止めた。鞘には傷や泥で変色してしまったような痕があるのを見つけたのだ。立ち上がって指差した。

「これとか、こういう傷は直してもいいんじゃないですか?」

「そうだな」

 景虎の同意を得て、芙実乃は裏までまわって丹念に汚れや傷を探す。

「わざわざ探さなくても使用感を消すくらいなら――こうですね」

 バーナディルが手を動かすと、鞘が一瞬で展示品のような状態になった。

「おおお! だったらこの持つとこの糸も新品みたいにしても?」

「触り心地が……まあ、時には替えることもあるし、かまわぬか」

「やった! じゃ、じゃあ、シルクで、光沢のある真っ白な生糸にしてください」

 元は白と言っても、昔の品質という感じだった。それが芙実乃の言うまま、輝くような純白になる。こうなってくると、糸を巻いてない部分の、素材そのままな感じが許せなくなる。

「ここの菱形を全部真っ黒に。どこから見ても黒く見える真っ黒にしてください」

 パッと切り替わる。光を跳ね返す白と光を呑んでしまう黒のコントラストが美しい。柄の最後の部分まで同じ黒になっていたが、むしろ良いと思われそのままにしておくことにする。

 と、むくむくインスピレーションが膨らんでくる。

「この正宗の眼帯みたいなやつも同じ黒じゃなきゃ変ですよ。それで鞘もその黒にして……、これは、いっそ白ですかね。持つとこに合わせる意味で。うーん、糸と同じ白だと鞘はてかてかして見えちゃいますね。こっちの刀の切れないほうみたく、光を当てるとほわっとするような質感の白にできませんか。いいですね。じゃあ、長い紐とここの蓋みたいな凸の部分を定番の黒に。そうそうそう。でも凸の形はちょっと……三角の感じで塗り潰してみたく。うん、決まりですね。ああ、凸の溝が見えちゃうのは消さなくちゃだめじゃないですか。それと試しに黒いしましまをこのくらいの間隔でつけてみてくれますか。ぜんぜんだめですね。しましまはやめましょう。これって収めたところは見られないですか。ばっちりですよ。でももうちょっとなんか……。そうだ、この正宗のやつ、側面だけを白くしたら……。平面まではみ出してもいいかな。平面を平面で見たら縁取りに見えるような。ほら、平面のここ、形からしてちょっと膨らんでるでしょ。うん! うーん? あ、この正宗、白と黒を逆にして。こここ、これだあ! って、正宗の裏側が黒いままですよっ! ……ふう。やっと完成しました。イメージは虎のしっぽです。鞘にしましまはないけど、すらっとみょーんでそれもまたよしです」

「易経になぞらえてくれていたのだな。武士の魂が踏まれぬように、と。そういう心遣いであれば……ありがたく受け取るとしようか」

「ああ、お国許の、出典のある願掛けなのでしたか。熱を帯びるはずですね」

 芙実乃は二人から高く評価された。なんの話だ、とは言えない。言える雰囲気ではない。

「虎とは金色の獣だと聞いていたが、さすがに金色は風聞であったか」

「あれ、いや、金っぽい、茶っぽいのが普通ですけど……」

 芙実乃は考えた。どうして自分は白と黒で景虎の虎だ、なんて思い込んでしまったのだろう。白と黒ならパンダとか牛とかペンギンなのに。いや、ホワイトタイガーがサーカスで来るのだから、セーフだ。一万匹に一匹くらいは生まれるとか言ってみて、レアさをアピールしてみるところなのだろうか。

 ここが運命の分かれ道。だが、景虎にあっさり先を行かれた。

「金の虎が本当なのに、わざわざ白くしたのは、これも西方を守護する神獣白虎にちなんでくれているわけか。向こうで死んだ我らからすれば、ここは西方浄土のようなもの、と」

「さすがです」

 さすがだった。そして白虎隊だった。ありがとう白虎隊。

 下手なことを言って、虎の尾を踏まずに済みました。

 芙実乃は、易経をこれ以上なくやりすごすのだった。

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