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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep02-04-05


   5


 未遂に終わったルシエラの誘拐事件から四日。芙実乃と景虎は、新しい月を迎えたばかりのその日、ピクスアたちの教室へと足を運んでいた。景虎とピクスアの月一戦まで丸二週を残した、登校日の放課後だった。

 用件は対戦条件の打ち合わせだ。実のところ、この手の打ち合わせは、必ずしもしておかなければならない、と決められてはいない。双方が放置しているような場合は、全能力解放での実戦形式になる規定があるからだ。

 それで景虎は、この件に関して何も手をつけないでいた。全能力解放という、既定の条件がそもそも景虎の望むところなのだし、それにしておけば、ルシエラ捜索の情報提供と引き替えに約束した条件にも適う。放っておいて問題はなかったはずなのだ。

 それが突然今日になって、対戦相手のほうからの条件変更通達が舞い込んで来た。

 景虎が中身を開いてみると、異能使用以外を禁則としての防御力場を展開した非実戦形式、となっていた。要は魔法を全面的に禁止にして、試合場全域を細胞結合に引力等で干渉する、怪我などしない空間にしておく、ということだ。学校側を介して通達されたこれへの返答を、試合日まで放置すると合意と見做され、その条件で確定されてしまう。

 景虎がそれをよしとせず、自らの条件をこちらからも通達しておいたところ、今度は対戦条件の打ち合わせの時間と場所が指定された通達が来た、という次第だった。

 アウェー、なんてことはないはずだが、指定の教室の前に立つと、芙実乃は緊張を隠せなくなる。なんだかんだ言って、ここはミルドトック兄妹の教室であるわけだし、それに……。

 景虎が手をかざすと、壁に入り口が穿たれてゆく。教室だが、個別使用中のため、開け放たれてなかったのだ。芙実乃は景虎の服の裾をきゅっと握り、背中から顔を覗かせる。

 教室の中に、人影は三人。普通なら教卓のある場所に、カフェのような丸形オブジェクトが据えられ、ピクスアとシュノアのミルドトック兄妹が席に着いていた。

 そして三人目。ピクスアとシュノアを後見するかのように、少し後方のオブジェクトに座っているのが、彼らの担任にしてこの会談の立会人でもある女性。

 タフィール・ポーラ・マルミニーク。記憶が飛んでいる芙実乃は話でしか知らなかったが、セレモニーの舞台で景虎に首を刎ねられたという、その人だった。

「うふふ。景虎くん、芙実乃ちゃん、お久しぶりでした」

 タフィールは上品に手で口を覆いながら笑声を上げると、その手を喜びを隠せない犬のしっぽみたいに小刻みに振って寄越してきた。芙実乃も景虎も彼女に会うのは、ぴったり一月前の出来事となる、セレモニーの日、以来だった。

 芙実乃の記憶にある姿だと、彼女の純色の銀髪は腰に届くほどの長さがあった。この世界の人間の三割ほどしかいいない純色の中でも、さらに四分の一程度とされる純色の銀髪。それがいまは、ちょうど肩に触れるかどうかぐらいにまで短くなってしまっている。

 イメージチェンジではない。首を刎ねられた際に、一緒に切れてしまったからだ。

 タフィールへの想像を巡らせていた芙実乃が、返事を遅らせたせいか、応対は景虎がする。

「ご壮健何よりであった」

「うふふふふっ。おかげさまで、景虎くんに切り揃えてもらった髪もそのままよ」

「どちらも似合いであるが、少々幼くさせてしまったか? 不本意なれば詫びを申そう」

「うふ。不本意どころかお気に入りなの。若返って見えるならなお嬉しくなっちゃう」

 切れた髪の毛だってきっと、首と同じようにくっつけたりできそうだし、お気に入りというのもあながち嘘ではないのだろう。少なくとも、タフィールがそうしたくて短いままにしていることだけは疑いようもない。

 景虎とタフィールはお互いに社交辞令っぽさのない、和やかな雰囲気を醸しているのだが、ピクスアとシュノアは蒼白な顔に汗まで滲ませていた。後者二人の心情が察せない芙実乃ではなかったが、本当に、前者の二人からは隠された底意なんて感じられない。

 これは、役者が一枚も二枚も違う、ということに尽きるのかもしれなかった。

 芙実乃は気後れしながらも、ごく自然に腰を下ろした景虎に倣って、その右隣に座る。向かいはシュノアだ。席を選べていたはずのピクスアが、剣を下げている左側をシュノアとのあいだに挟んでいるのは、彼らなりのもてなしの流儀かもしれない。自分と向き合うのが景虎だと想定してるなら、帯剣している側を窮屈にさせないための配慮だろう。

 ピクスアが平穏な口調で切り出した。

「柿崎景虎。君は実に君らしい条件下での戦いを望むものだ、と通達を見た時に思いかけたものなのだけれど、一部分だけ、どうにも理解しがたい箇所を見つけてね。僕らの合意ともそぐわないと思うんだが、まずそこの真意を聞かせてもらってもいいかい?」

「合意にそぐわない、とは、異能の使用を許可しない、としたことであろうか? なればそれは、そなたらとの約定を厳密に守るために致し方なく、そうしたまでなのだがな」

「ん……どういうことだろう? 君に異能の使用を禁じる意図がないなら、単に全能力解放のままで良くないか?」

「わざわざ通達する状況が発生してなければ、気に留めてなかったのだがな、そなたらと約したのは『異能の使用不可を課金申請しない』であろう。使用可と意思を示しては、果たしたかどうかで言いがかりをつけられても、こちらの不首尾とされかねぬからな」

「なるほど。厳密に『異能の使用不可を課金申請しない』の条件を満たすためにあえて異能を使用不可に、か。その合意が守られるなら、こちらはその条項についての話し合いも不要だ。この場で一致しなかった、ということで既定条件である使用可になるが、問題ないんだね?」

「ああ。そなたらもこれを約定の不履行とは申すまいな。ここで明言しておいてもらおうか」

「わかった、情報提供の件は片がついた。これ以上要求する権利を僕たちは有しない。捜索の協力は情報提供に附随するもので、これへの返礼も約束どおり無用だ。これでいいかな」

「聢と承った」

 景虎は直前までの、優しく、だが、射竦めるようだった瞳を閉じて、柔らかく頷いた。

「これで僕たちのあいだに貸し借りはなくなった。異能の使用を強制しての試合になるけど、三日後の月一戦も対等な勝負と思ってもらえるだろうか?」

「だが、貸し借りはなくとも、互いを縛る約束は残っておろう。そちらはこちらに探りを入れず接触もしない。こちらはそちらの能力を他者に口外しない。それを守るためにこちらは、此度の話し合いから担任を外した。何度か食い下がるのを断ってまでな」

「そう……か。口止めの件は確かに、こちらとしても引き続きお願いしたいことではあるね。ただ、前者の接触のところの緩和は望めないだろうか? 僕らは月一戦の条件を整えたかっただけで、君らとの関係悪化は少しも望んでいないんだ。シュノアの未来視込みで、協力できることがあるなら、なんでも力を貸すつもりがある。どうだろう?」

 ピクスアが未来視と口にしたことで、景虎はタフィールが口外の対象に含まれないかの確認を取り、その上で話し合いを再開した。

「先の件、現時点では却下としか言えぬ。理由はそなたらに信を置けぬからだ。未来視でルシエラを救う手助けをした、との言い分も、こちらとしてはそうなるよう状況を操った、と取れなくもない。これはそちらが未来視を使え、それによって後日知ることとなるルシエラの死を知った、との前提をあくまでも貫くのであれば尚更だが……、そちらには、未来視がこちらに取り入るための狂言だった、と前言を翻すつもりもないのであろう?」

「そうだね、うん、それまで嘘と言ってしまったら、友好的でありたいとか協力したとかも、全部嘘だったことになる。この場限りのこととしても、そんな嘘はつくべきではないね。未来視は本当で、ルシエラさんのために奔走したのも誠意からだ。それを信じてもらえないのは残念だけど、現時点では、というところに改善の余地ありと期待してもいいのかな?」

「言葉に含みを持たせたのは、そちらの出方一つで、軟化も断絶もあり得る、ということだ。ただ信を重ねるも信に悖るも勝手と言えば勝手。好きに致せ」

「心得ておくよ。じゃあ、月一戦の協議に移ろうか。と言っても、すんなり合意には至らないだろうから前もって言うけど、僕らは課金申請してでも通達どおりの試合にするつもりだ」

 その言葉を後ろで聞いていたタフィールが、軽めに手を挙げながら口を出してきた。

「ピクスアくん。でも、防御力場の申請には一万、魔法と固有魔法にそれぞれ五千、ポイントが必要だよ。全部だと払えないでしょ。協議で合意をもらわなきゃ」

「だいじょうぶですよ、タフィ担任。僕はポイントに手をつけてませんから、来月支給される分と合わせれば三万の猶予があります」

「それ違うよ? よくある勘違いなんだけど、申請で使えるポイントは、給付されるってことが決まってる、学校が管理してる一万からだけなの。手持ちがいくらとか関係ないない」

 ピクスアと同じく後ろに顔を向けていたシュノアが発言した。

「だったら先生、わたしの分の一万をそれに充ててください」

「気持ちはわかるけど、シュノアちゃん、みんながみんな、シュノアちゃんたちみたく、ペアの関係が問題ないわけじゃないのよ。シュノアちゃんが自主的にそうしたくても、そうはしてくれない子がパートナーの子だっているんだから、不公平になっちゃうでしょ?」

 シュノアにちらと振り返られたのが、芙実乃は不快だった。芙実乃だって景虎の役に立つのなら、ポイントなど惜しみはしない。たとえばそれでシュノアの未来視を使用不可にできる、と言われれば、迷わず全額を差し出すつもりだった。

 だが、それは叶わないし、シュノアの提言も叶わない。予定の狂った兄妹が話し合うそぶりを見せかけたが、景虎がそれを遮る。あらかじめ言っておくことがあるようだった。

「前提が変わるたびに話し合われては、それこそ時の浪費だからな。先にこの問題を清算してもらおうか。はじめに交わしていた、わたしとそなたらとの約束についてだ」

 芙実乃と兄妹が見当もつかない顔をしている中、一人だけぴんときたらしいタフィールが、腰を浮かせ、景虎に確認する。

「景虎くん、それってさっき言ってた景虎くんたちに接触しないっていうのが、ルシエラさんの件と同時じゃなく、もしかして以前から交わされた約束だったりする、なんて話かな?」

 景虎が頷くと、タフィールはあちゃー、とでも言いたげな表情になる。

「な、なんですか、先生、それがいったい……」

「あのね、シュノアちゃん、残念だけど、わたしは貴女たちに約束を破る子って評価をつけなくてはならなくなりました」

 兄妹が顔色を変えた。おそらくだが、兄妹の評価表にそういう文言が書き加えられると、彼らが目論む話し合いで異能使用を認めさせるという、月一戦の方針に支障をきたすからだ。

「えっ、約束を破ったって、えっ、どうしてそんなことに……」

 戸惑うシュノアに、タフィールが言い聞かせるように説明しだした。

「シュノアちゃん。貴女たちは景虎くんに接触しない約束をしつつ、偶然を装ってルシエラさんの件を伝えに行ったのでしょうけど、その時点では通用したその言い分が、この場で嘘だと確定してしまいました。未来視を使えること、事件の後日まで視たことは、貴女たちの主張なので相手が故意を証明する必要がなくなってるんです。担任の立ち合いの元、ピクスアくんも再三未来視は嘘ではないと明言させられていました。それに、景虎くんが未来視の隠匿を厳守して、彼らの担任を同席させなかったことも、貴女たちの不利に繋がってます。彼女がここにいたら未来視の話自体が出なかったかもしれませんし、出たならそれで約束違反の相殺という形式も取れましたけど、彼女はここにいません。貴女たちの嘘と約束違反だけを浮き彫りにされてしまった以上、わたしもこれを見過ごすわけにいかなくなった、というわけです」

 タフィールの現状を把握する知性にも圧倒されるが、芙実乃が身震いするほどに感動を覚えたのは、景虎の鮮やかな差配だ。まさか、バーナディルを連れて来なかったことにまで、兄妹を追い詰める意図が隠されていたなんて思いもよらなかった。

 苦境に立たされた、という顔を見せる兄妹を視界の端に収めつつ、景虎はいつもどおりの穏やかで柔らかな口調と表情で、タフィールに問いかけていた。

「時に担任殿。兄妹へのその評価、寛恕してやってくれとわたしが口添えするとどうなる」

「当事者からなら、ん、覆るよ。担任の立場としては、ちゃんと反省させたか心残りだけど」

 景虎はふむ、とばかりに頷くと、兄妹に目線を向けた。

「だ、そうだ。して、そなたらはいかがしたい?」

「……口添えを、お願いできないだろうか?」

「さて、連れの生死がかかる折に、そなたらは引き替えの要求を何もしなかった、と?」

 シュノアの顔色がみるみるうちに青くなってゆく。

「あれは…………取り消させてくれ」

 ピクスアは短い躊躇ののち、未来視の月一戦使用を諦める決断を下したのだろう。が――。

「異なことを申すな? あれはすでに果たされた、とそなたも認めたばかりであろう?」

 確かにピクスアはそんなことも明言させられていた。約束が果たされたあとに約束を反故にするというのだから、身勝手が過ぎるとは芙実乃も思う。しかし、それで試合中の未来視を禁じられるのなら、実質的に全面勝訴では、という気もする。

 だとすると、景虎の望みはそれではないということだろうか。まったく別の用がある可能性も捨てきれないが、月一戦絡みなら力場展開とか魔法不可をやめさせたいとかが考えられる。元々それをよしとしなかったからこそ、景虎は対戦条件の通達をし直したのだ。

「君の望みはもしかして……、いや、引き替えに何を望む?」

「そなたらと同じものだ。わたしは一つ、意にそぐわぬ要求を呑まされた。それがどういうことなのか、どういうことになるのか、この際、その身を持って知っておいてもらうとしよう」

「同じ……月一戦の条件かい? わかった。それだけでいいならもちろん受け入れる」

 たぶんピクスアも芙実乃と同じ推論を立てていたのだろう。力場か魔法かどちらか一つを言うとおりにして事が済むのならむしろ助かる、という安堵が透けて見えた。もっと過大な要求をしていい気もするが、景虎は見返りが欲しいのではなく、けじめをつけさせたいと考えているようだ。兄妹にほっとされるのは癪だったが、芙実乃は口を出さずに見守った。

 景虎は頷いて、ピクスアから来ていた申請画面を開くと、一つの条項を指し示した。

「では、この条項を書き換えよ。それに伴う条件変更と相談も許すが、手短にな」

 だが芙実乃と兄妹の三人は、景虎の優美な指先の横からはじまる文字をじっと見つめると、その意味するところを考えることにしばし没頭するのだった。これにどういう意味が。いや、意味ならある。あり過ぎるくらいにある。シュノアがわなわなと震えだした。意図はわからなくても、それを書き換えるとどうなるかは察せたのだ。景虎が指した先に続く文言は――。

 異能の使用を許可する。と書かれていた。

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