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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep02-04-01

 第四章 魔女狩りの幻影



   1


「芙実乃? ちょっと、芙実乃!」

 ルシエラは思わず大声を張り上げていた。

 通話相手の追加方法を調べる時間が見積もれないから、と前置きして芙実乃がルシエラとの通話を切ってしまったのだ。もちろん、そのあいだに景虎を呼んでくれると言うのだから、それについての不満はない。

 ルシエラが叫んだのは、自身を鼓舞する、心細さの裏返しのようなものだ。

 ただ、ルシエラはまったくもって気にしてなかったのだが、現在と通話中では大きな違いがあった。それは、ルシエラの発する声が周囲に対し遮音されるかされないか、だった。

 ルシエラの担任のポーティウムは、諸々の問題の引き金になりそうな通話中の設定を解除してはいたものの、プライバシー保護の観点から、会話内容を人に聞かれないようにするデフォルトの設定は残しておいたのだ。

 だから当然、通話を切られてしまったルシエラの叫び声は、口内に留まらない空気の振動となって拡散していくことになる。

「魔女の声!」

「あっちにいるぞ!」

 意味も何も翻訳されない、遠くてろくに聴き取れもしない声なのに、そんなふうに言われているように、ルシエラには聞こえてしまう。それは、樹木の種類など何一つ一致しなくても、ここがルシエラの故郷の森の風景をどこか彷彿とさせることと無関係ではなかった。

 魔女は狩られてしまう。

 魔女は狩られてしまう。

 魔女は狩られてしまう。

 袋詰めにされて拉致された日の記憶を蘇らせ、ルシエラは一瞬で、判断力を根こそぎ喪失した。捕まってはいけない。捕まったらまた、身体中に醜い火傷痕を残した、まだらな姿になってしまう。

 そんな、見苦しい自分は、とてもとても、景虎に見せられたものではなかった。

 計らずも芙実乃に指示されていた方向へ駆けだしたものの、それは単に声が聴こえた場所から遠ざかろうとしてのこと。逆に相手を呼び寄せるように喚き散らしながら林を抜け、別の林の中に身を隠す術を求めて飛び込んでゆく。

 しかし、追跡者はただ声を追うだけでルシエラの跡を追えるのだ。

「なんで! なんで!」

 撒けない理由が自分の声が原因などとは考えもしない。

「景虎! 芙実乃! お姉ちゃん! お父さん!」

 手当たり次第に助けを呼ぶくらいしか、事態を好転させる方策をルシエラは知らなかった。


「ルシエラ? もうっ! また呼び出しを無視して」

 景虎との通話が切れると、芙実乃は周囲の誰に話しかけるでもなく、大急ぎでルシエラと回線を繋げようとした。が、これでまたもや不通に戻ってしまった。芙実乃はルシエラとの通話を一旦諦め、先にクロムエルに景虎の言っていたことを伝える。

「クロムエルさん。景虎くん、こっちに向かってくれるそうです」

「足止めは続いていた様子でしたか?」

「たぶんそうで――」

 芙実乃の返答が終わりかけた時、クロムエルと対峙していた男が動き、両者の剣が衝突して火花が散った。クロムエルは相手の攻撃を真っ向から受け止めているだけだが、小揺るぎもしていない。この一対一でなら明らかに優勢ではあるのだが、少し離れたところに女がいるせいで、クロムエルは踏み込んで攻勢に出ることができないようなのだ。

 芙実乃はクロムエルから、女とクロムエルを繋いだ線の延長上を意識して、位置取りをするよう指示されていた。それはつまり、女が魔法なり拳銃なりで攻撃してくる可能性を見据えてのことだろう。芙実乃や子供が不用意に射線の通る場所に出ると、攻撃はもちろん脅迫の対象にもなってしまいかねない。それでクロムエルは、前方の男と正面で対峙しつつ、遠距離攻撃があるかもしれない女からは、芙実乃たちにとっての壁になろうとしてくれているのだ。

 ここにいるのがクロムエルだけとか、芙実乃とパティがもっと上手く立ち回ることができれば、前方の男を倒し女のほうも逃げだすしかなくなる、という状況に持ち込めるはずだった。ただ、景虎から芙実乃を任されているクロムエルとしては、芙実乃を危険かもしれない賭けの駒にするわけにもいかず、積極策に出られないのだろう。なまじこうして膠着状態を維持していれば、芙実乃と現地の子供の安全が確保される、という状況も、きっとクロムエルに思い切らせない理由となっているに違いない。

 芙実乃たちが、ルシエラのいる林に向かえない原因はそこにあった。

 もし景虎がここに駆けつけてくれれば、こんな膠着状態など容易く脱せられるのだが……。

「景虎くんが来てくれるのは、どのくらいになるでしょうか?」

「最速を見積もれば、わたしたちの倍の速さで駆けつけてくれるでしょう」

 クロムエルが時間で明言しないのは、相手に聞かせたくないからだろう。また、わたしたちの倍とクロムエルは言ってくれたが、それは実際には芙実乃の歩くペースでしかない。景虎に掴まり歩きしていた学校から繁華街までのペースとも違う、芙実乃本来のペースで歩いてここまでかかった時間は、実に二十分にもなってしまう。

 だから、景虎がどんなに急いでくれたとしても、移動時間だけでも十分。それにプラスアルファで、クシニダを言いくるめて店を出るまでの時間が加算されることになる。

 正味、十五分はかかるものと見ておいたほうがいい。

 その、たった十五分という時間に、芙実乃は焦りを募らせるのだった。


「あの魔女がもう、殺傷力のある魔法を使うかもしれない?」

 ミレーヌはオリヴィアからその情報を提供されると、思わず問い質していた。

「らしいわ。同じ新入生みたいな子の話によるとね」

「そんな……。だってまだ一月しか訓練もしてないんでしょう?」

「この国の教育プランではそうなってるんでしょうけど、実態はどうかなんて知れたものじゃないんだから。これは、用心するに越したことはないって連絡のつもりだったの」

「だったら連絡なんていいから、早くこっちに来てよ。男手もあるんでしょう?」

「連れては来てるけど、それがこっちだってとても駆けつけられるような状況じゃなくなってるのよ。進退窮まったってもうこのこと、ってくらいにね」

「どういうこと?」

「詳しくは帰ってから話すけど、特別な金髪がね、もう一人いたの。それでローランドが連れて帰らなきゃって先走っちゃって、実力差も考えずに飛び出してしまったのよ。向こうには足手纏いが二人もいるから、わたしが牽制してればなんとか膠着させてられるけど、応援も呼ばれたかもしれない。そんな影が見えたらもう、見逃してくれるのに賭けてわたしたちは全力で逃げるからね」

「……そこまで酷い状況なの? 実力差って言ってたけど、ローランドだって元いたところでなら、向かうところ敵なしくらい強かったろうって、隊長も認めてるわけでしょう?」

「結局のところ、この国にいる異世界人の男は、全員史上最強なのよ。それこそ、どんな相手が現れようが、隊長と戦うくらいのつもりでいなきゃ」

「わかってるわよ。でも、いまならこっちの相手はあの魔女一人なんだから、準備万端待ち構えてられてなきゃ、ジョバンニの勝ちは揺るがないわ。未熟ないまのうちなら幽閉しても売り払ってもいいって賛成してくれたから、応援に来てくれたわけでしょう?」

「隊長にも内緒でね」

「そんなの、反対されるのはわかりきってるでしょう? それに、せっかく安全な国に入れたんだから、狩りとか釣りとかで飢えを凌ぐのなんてもういや。あいつさえ高値で売り払えば、安定した生活基盤が築けるかもしれないじゃない」

「ええ。だけどね、そっちの魔女が殺傷力のある魔法を使ったら、下手をすればジョバンニは身動きが取れなくなるわ。そういうこともちゃんと考えてちょうだい」

「だいじょうぶよ。お金になりそうなものがあれば持ち帰ろうと思って、運搬用のギミックを装備して来てるから。中で暴れられない限り、人二人くらい余裕で運べる」

「そう。あくまでもやるつもりなのね。もう止めないけどせめて、引き際くらいはわきまえるようにね。幸運を祈ってるわ」

「ありがとう」

 通話を切ると、ミレーヌは傍らのジョバンニと打ち合わせる。

「オリヴィアとローランドはこっちには来れないって。それと魔女はもう魔法も使うって。だからあの魔女の生け捕りにはこだわらないことにしましょう。だけと、死体で売るにしても蘇生費用は差っ引かれるかもだから、そのくらいは意識してよ。ただまあ、あの金髪なら売れないってことはないでしょうから最悪――」

 ミレーヌはふと込み上げてきた笑声を喉に止めながら、ジョバンニに告げた。

「――首から上だけ持って帰れればいいんだったわ」


 その報告を口にすることは、ルシエラに対し多少のわだかまりがあるシュノアでさえ、何かの間違いであってほしいと願うほど気の重いものだったのだろう。

 ピクスアは、妹の震える声を通話越しに聞いた。

「お兄様。ルシエラさんですがその……首を切断されて持ち去られたそうです」

 ピクスアは一瞬だけ絶句する。だが、いつまでも思考停止などはしていなかった。

「状況の説明は受けているね。詳しい推移を聞かせてくれ」

「わかりました。指定ポイント周辺の捜索に向かったところ、ルシエラさんと彼女を捕縛している男女二人組みを発見。一刻を争う事態と見て誘拐の阻止に挑まれたそうですが、二人組みはルシエラさんを人質に取り、まともに戦おうとはしなかった、と。そしてしばらくの膠着ののち、何者かからの連絡を受けた二人組みは止める間もなく、ルシエラさんの首を切り落とし持ち去ってしまった、とのことでした」

「じゃあそれを、すぐにでも柿崎君に知らせなければならないから、シュノア、回線を一旦、そちらのほうに切り替えるよ」

 ピクスアはシュノアの返事も待たずに通話を切り替えた。結果を待つあいだに調べていたのだが、複数会話は参加者全員のグループ登録が、相互に済まされてなければいけないらしい。二人だけで会話をしているつもりでいたのに別の第三者にも聞かれていた、なんてことが起きにくいように、複数会話の手続きは少しだけ煩雑になっているのだ。

 だから、景虎と繋がっている回線が保留にできていたのも、ついさっき景虎のほうから来た連絡を、切り替え可能な通話として出ていたからだった。

 景虎に、保留から通話状態に戻したことを手短に報せ、今し方シュノアから聞いた未来視の結果の要旨を説明する。

「現在君に連絡を取っている分、その未来視よりも出遅れていることになる、と考えて、これからの方針を決めてほしい。僕やシュノアにできそうなことはまだありそうかい?」

「なれば、わたしがルシエラの許へ直行する場合、どの経路を辿れば件の二人組みに気づかれにくいか、を知ってはおけるか」

「要望があればやってみるが、仮に相手の後ろを取れた場合でも、君が気配を気取られた責任までは持てないと思ってくれなければ困る。それでもやってみるかい?」

「ああ。手間取らずにできるのであれば、地図に経路を記したものを送ってくれ」

「了解した。口で説明するより認識に齟齬が出ないのがいいね」

 ピクスアの返答後、景虎から通話を切った。すると、保留にされていたシュノアとの通話がアクティブに戻る。ピクスアはルシエラが捕まっているポイントに足を向けながら、シュノアにつぎなる未来視の指示を出すのだった。


 林の中に庭が現れたような空間。

 芙実乃なら幼稚園の時に行った遠足先を狭くした雰囲気だなと感じるくらいだが、ルシエラの場合、まるで前世の悪夢が蘇えったかのような絶望しか覚えなかった。

 足を止めてしまう。

 否。踏み出せなくなっているのだ。

 しかし、引き返そうと振り返った先には、パティーツが密入国者と評した二人組みが、顔さえももう判別できるくらいにまで近づいて来ていた。

 ルシエラが叫ぶ。

「こっちに来ないで! わたしに何かしたら、景虎が黙ってないんだからね!」

 その声に反応してか、二人組みは歩みを遅くする。が、それも一瞬のこと。互いに顔を寄せ合うように囁きを交わしながら、前に男、後ろに女という隊列を取る。

 その、女の盾になりつつルシエラに近寄る男が、腰に下げていた剣を抜いた。

 クロムエルの剣とも、ルシエラを魔女と呼んだ騎士たちの剣とも見た目からして違う、手作りじみたところのない剣だった。それでも刀以外の剣は剣としか認識しないルシエラは、これでもかというくらいトラウマを呼び起こされ、男が、かつて自分を修道院へ連行した騎士たちそのものなのだと、断定する。怒りが弾ける。

「騎士がわたしに近づくな!」

 突き出したルシエラの手のひらから、両の手でも包み切れないほどの大きさのある火弾が、男目がけて放たれた。

 しかし。

 放という区分で放たれた速度のあるはずの火弾だが、ほぼほぼ覚えたてのルシエラが出せる速度は、自力で物を投げるよりは速いとはいえ、百二十キロに満たない程度のもの。奇跡的に狙いが外れなかっただけで、火弾は男の横薙ぎで難なく弾かれてしまう。

 弾かれた火弾が半分まで木の幹に埋まり、そこで消失した。魔法の持続時間が切れたからだが、仮にもう数秒の継続時間が火弾にあったとしても、木を貫通するほどの威力はない。

 だが、人の心臓に当たれば丸ごと消せるくらいの威力ならあると、充分に見て取れた。

 女が男の後ろからルシエラを指差し、何かを叫ぶ。その声には隠しようもないくらいの恐怖が溢れていた。が、ルシエラはその心理どころか、音の並びさえ意識してられないような忘我の中にいる。じりじりと後退するが、わずか二、三歩でつっかかり、尻もちをついてしまう。

 それを見た男が、すかさずルシエラに駆け寄って、無造作に髪の毛を掴み上げた。

 突然の激痛に耐えながら、ルシエラは無我夢中で呼び続ける。

「景虎! 景虎!」

 しかしこの時はまだ、芙実乃が景虎の到着を十五分後と見積もってから、実に五分と経ってはいないのだった。

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