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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
42/140

Ep02-03-04


   4


 パートナーは、のあとを言い淀んでいたクシニダだったが、心の整理をつけて先を続ける。

「察しがつくでしょうけど、当時のわたしからすると、同じ世界から来たというだけの、呼んだ覚えすらない、一面識もない人でしかなかった。そして幸い、ではないのに、どこかでそんなふうに思っていたわたしのパートナーという人は、星の裏側のダンジョンで消息不明になっていた――いえ、なっている、かしら。まだ見つかってないのだから」

 だからそんな存在すら疑わしく思った自分もいた。が、記憶にはなくても、客観的な生活状況や成績の推移を知ると、自分らしいと思える痕跡はそこかしこに残されていた。

「わたしがそのパートナーのことを、ちょっとでも知ろうと思ったのは二年後。別の学校で三年に上がる前、比較的長い休みのあいだに将来のことを考える足しにでもしようと思って、記憶の復元でなく、追体験というのをすることにしたの。かなり速目の倍率の脳処理補助を受けて、半日で三年分過ごした。って言ってもね、脳に補助を受けてるせいか負担はそんなでもなかったんだ。せいぜい長丁場のドラマを全話一気見する程度。しかもドラマチックな要素は一つもなくて、自分が死ぬ何週間か前までしか記録されてないから、何を思って命を懸けようとしたとかもさっぱりわからなかった」

 それなりに混乱はするものと覚悟して臨んだのだが、想像してたようなことしか自分はしてなくて、むしろ漠然とした不安がすっきり解消されてしまった感じだった。留守宅が気になって引き返したあとくらい、もうその時間をクシニダが気にすることはなくなった。

 それでも、そこにクシニダが少しだけ心を残すのは、追体験した記憶の中でだけ面識を持った、パートナーのことがあるからだ。

 なぜなら、最初のクシニダはパートナーの成績を気にしたり、協力しようとかの気持ちがおそらく皆無で、それでいて別世界戦士のパートナーに加えられる可能性を下げるため、自身が操の魔法しか使えないよう装っていた、と考えられるからだ。

 クシニダのパートナーは負けて負けて勝つ、というローテーションを綺麗に四度繰り返し、一年目を四勝八敗で終えていた。これを、もしクシニダがパートナーに協力的で、勝つ方策や策謀を一緒に考えていたなら、半々の六勝六敗くらいにはできていたのではなかろうか。そうしたら、彼の将来の選択肢はやや広がり、ダンジョンで姿をくらますこともなかったかもしれない。

 もっとも、それは別校で余裕ある三年を過ごしたクシニダだからこそ言えることで、最初のクシニダがこの世界の様子見に徹するのも無理からぬことではあったのだろう。だから、クシニダにとってパートナーは、無事を祈りつつも普段は忘れている、くらいの存在だった。

「わたしは、パートナーのあとを追って、なんて殊勝な人間じゃないし、記憶の復元をして、ちゃんと思い出そうというのも無理な人間なの。だけど、そんな人間であることに、ほんの少し後ろめたいなって感じなくもないんだ」

「しかし、現在のそなたが経験してもおらぬことを経たそなたの人格を上書きする、というのであれば拒否したくもなろう?」

「実際にするんだったら、両方の人生を歩んだ、って感じの統合を先に脳エミュレータで試しておいて、ストレスレベルが許容範囲内じゃなきゃ実行されないみたいだけどね。でもやっぱり、人格が微妙に変質する可能性があると思うとわたしには無理」

「非を唱えようとも思わぬ。すまぬな。喋りにくいことを言わせたか?」

「ううん。誰かには話してみたいと思ってたから、かえって良かった。でも、景虎くんが聞きたかったことって、わたしのパートナーが普通だったらどうしてる、みたいなことでしょ?」

「ああ。想像がつくのであればそれも聞かせてほしい」

「うーん、卒業後の同世界人との関係だよね。いわゆる一年生時のパートナーは学内だけの話でね、そういう意味では全員が解消してる。でも、そこそこ結婚してたりもして、中には、どちらかしか軍入りしてなくても一緒に暮らしてる、っていうのも多いと思う」

「魔法少女が個別に入隊するのであれば操、パートナーとしてであれば纏が望まれると?」

「纏はまあそうだけど、操は軍属で好まれるだけかな。でも、それ以外でも魔法少女は暮らしやすいと思うよ。卒業基準に満たなくても、魔力提供者として協力金は支給されるわけだし、募集がかかった地域に住めばさらに上乗せもあるしね。それ待ちの順番が回ってくれば、結婚相手に役割がなくても、二人で結構いい暮らしができるくらいにはなるはず」

「魔力提供とはどういったことをするのだ?」

「これはそのまま、一年生で言うところのパートナーかな。魔導受装をしてると、地域の軍人さんが敵性体と戦う時に使う感じ。わたしみたいな軍属は、そういう人をもうちょっと重大事のために温存しときたい、みたいな理由で使われてるんじゃないかな」

「細かな敵性体への対処なれば、扱いの良い操が好まれるのだな」

「投や放のほうが威力は高いけど、誤射が怖いからね。ちゃんとした成績を残せた戦士が使うならともかく、魔法少女がほいほい使ったりしたら、大惨事が起きても不思議じゃないよ」

「投と放の違いは習ったが、威力の多寡に決まりもあるのか?」

「それは個人の資質で、どのケースもあるって。ベクトルの感じ方の違いが影響してて、極めて稀にでしかないけど、並の投や放より威力の高い操もあるみたい。あと、タイムラグのほとんどない操なんかだと、総代や十二徒がこぞってパートナーにしたがるらしいよ」

「それは……曖昧な話に聞こえたが、どの程度意識しておればよい?」

「えっと、わたしはほら、実体験のある記憶のほうだと、そういう早咲きの優等生が来ないような学校に行ってたから。追体験で知った情報は、人づてみたいになっちゃうの」

「では嘘の追体験を見せられたのでなくば、そなたの見識は六年分の学生生活で培ったものと言えるわけだ。なれば魔法は何に重点を置いて習得に努めるとよい、などはあるか?」

「それなら――あっ、やめたほうがいいんだ。あのね、纏、浮、投、放、操の動態区分は、魔法少女個々のベクトルの感じ方そのものみたいに伸びて行くから、余計な気負いをさせないほうが、資質に合った伸び方になる。属性も含めて、得意なのから伸ばせば、多才な子なら他も自然に伸びちゃうんだって」

「それでベクトルの話ははぐらかされたようになっているのか」

「あはは。まあわざわざ説明しても、理解しきらないで混乱する子がほとんどになるだろうからね。でも、魔法少女以外は別に知っても問題ないよ。あのね、じゃあ浮で質問をするけど、手のひらの上に水弾を浮かす時に必要なベクトルって、どういう向きなんだと思う?」

「……ああ、惑星の自転と公転がどの向きで作用しているか把握しておく必要があるのだな」

「景虎くん、いきなりすごい正解を出すね。だけど魔法少女たちが全員、それを把握してるなんて思えないでしょ。でも浮ならだいだいの子ができる。これはね、単純に出したい場所に水弾を出してるって意識しかしてないの。水弾はさ、周囲の湿気を集めてる、なんてプロセスはまったくなくて、唐突にこの世に存在しない水を出してるわけだから、この水弾にベクトルがゼロで、本当の意味で静止してたら、出した瞬間に自転と公転に置き去りにされてあらぬ方向に飛んでっちゃう。相対速度を考えれば、破滅的な威力の水弾としてね」

「確かに、そうなっていないのが不可解に思えてくるな」

「うん。その手の混乱をさせないために、初期の段階でベクトル関連は伏せられてるの。ただ正解はホントのとこけっこう簡単で、これは、魔法を出した瞬間のベクトルがそのまんま引き継がれるってだけなんだよ。つまり魔法は空間情報を保存するけど、そこにベクトル情報は含まれないわけ。魔法が具現化してるのが通常空間だから、保存されなかったベクトル情報は、当然その場所に残ってるの。そのあと投でベクトルを加えて魔法が消えると、今度は投の残滓みたいなベクトル込みで、通常空間に復元された空間情報に還元されるのが魔法の流れね」

「とすると、投、放、操はベクトルを魔法でつけ足し、纏や浮はそれをせずに元のベクトルのままにしておく魔法の形態、ということであろうか」

「そうそう。だから纏、浮、投、放、操、はそのまま、ベクトルに割く魔力の少ない順でもあり、威力の高い順でもあるの。ただこれは、全部に等分の適性がある場合、そういう傾向にあるってだけの話。レベルや適性で覆ってることも多いから注意ね。それでも、ベクトルに魔力を割かない分、強度やらに魔力を注げるのもホントだから、目安の一つくらいには思っておいて。特に纏は強度にすら魔力を割かないで、かなり純度の高い魔力を武器や身体に注いでるから、同レベルの浮、投、放、操なんかは防ぐも良し、払うも良し、打ち返すも良しってくらいの威力になる。敵性体に強いのもこれ。纏をしてない武器でも敵性体にダメージは通るけと、纏をするとかなり相乗するんだ。ベクトルと強度を、使用者と武器に補ってもらう感じかな」

「纏こそが有用、と考えられているからこそ、魔法少女が戦場に出されなくなった、というのであれば、芙実乃にわたしを呼び出させたことに頷ける部分もあるな」

「そっか。昔は魔法少女が戦ってたって言ってたし、纏なんかでは戦ってなかっただろうね。死ぬことも多かったっていうのもわかるかな。現にわたしなんてそれで死んだようなものみたいだし。だとすると、その時代は放とか投が主力だったとか? 操はどうだったんだろ?」

「遠巻きにすり減らして損亡を抑える、と言うのであれば、纏以外は戦力として考えよう。確か浮を投げるのが投、最初から進んでゆく魔法が放、であったか?」

「んーと、まだ詳しく習ってないかもだけど、浮に対して使用者がベクトルを加えてしまうのは、投ではなくて浮と区分されるの。浮に対して発現者が魔法でベクトルを加えた場合だけが投。放はそのとおりなんだけど、結局のところ、五つの動態区分なんて言っても本質的には単に魔力だよ。垂れ流せば纏、固めれば浮、あとはどう動かすかってだけだもん。その区分は、使用者がどんな動態の魔法が戦闘に組み込みやすいか、みたいなのをはっきりさせるためにあるんじゃないかと思う」

「では投と放はなぜ区別されなければならぬのだ?」

「その二つは、魔法としての使い勝手が結構違うんだ。投というのは、浮の段階で強度や持続時間を決めてから、魔法によって進行ベクトルを与える。これの利点は、打ち出す弾の強度を上げられることと、落ち着いて狙いを定められるから命中精度が上がること。難点は速度が出にくいことだね。これはどうも、投げる意識に引っ張られてるからだろうって話。放は利点も難点も投とは逆って考えて。弾の強度も命中精度も不安定だけど、あんまり避けられるような速さでは飛んでかない。質量と速度が力の大きさに関係するのは魔法も一緒だから、トータルの威力では放のが高いとされてる。ただやっぱりこれも個人の資質でぜんぜん違かったりするから、欲しい魔法を持ってそうな子がいないか、二年になる前に調べておいても損はないよ。属性と動態区分を多彩にしておけば、それだけ戦術の幅も広がるから」

「それは対敵性体ではない、対人での戦術、という意味であろうか?」

「そうだね、学生のうちはその意味合いのほうが重要だろうね。でも、敵性体でも大型とか、強化させちゃった個体には、やっぱり多彩でいなきゃだめ。精鋭部隊を目指すなら、異能も固有魔法も学生のうちに厳選して、確保しておいたほうがいいかな。ただ、景虎くんみたいに剣の扱いに長けてる場合、纏のできるパートナーがいれば、同レベルの通常魔法対策はしなくていいくらいかも」

「相手の魔法を斬れるのだったな。それほどに纏は威力が頭抜けていると?」

「えーっとね、世界の保存みたいなのは習った?」

「ああ」

「纏はね、それすらしないで、ただただ魔力を武器や身体に纏わせてるの。それで魔法ってすごく相殺が多いから、魔力を身体に纏ってれば当たっても無傷ってのがほとんど。つまり相手の魔法の強度もベクトルも持続時間も相殺してっちゃうってことなんだ。水弾を剣で斬った場合、強度がなくばれば散らばるし、ベクトルがなくなれば弾き返せて、持続時間がなくなれば消滅って感じ。属性すら帯びさせないで纏ができれば、費用対効果って言うのかな、絶望的なレベル差のある子の魔法とだってけっこう渡り合えちゃうみたい」

「だが、それを覚えるようパートナーに促すのは推奨されないのであろう?」

「うん。得意分野に伸びていってもらったほうが結局は早道。だから欲しい魔法の使い手を二年生までに二、三人見繕っておいて、残りはバランスを取る感じで揃えるのがおすすめかな」

「パートナーは確か五人まで増やせるのだったな」

「男の子――戦場に立つ想定の生徒はね。魔法少女は二年になると、引き続き誰それのパートナーかフリーって立場になるの。最初のパートナーが争奪戦で負けると別の人のパートナーになるし、そういう人や元からのパートナーがその子をいらない、ってなったらフリーになる感じかな。言っちゃえば棄てられたってことにはなるんだけど、でも、フリーの子ってけっこう引く手数多で、パートナーがゼロの戦士とか、能力的にその子が欲しい有力戦士とかから、ポイントまでもらってパートナーに請われたりするし、逆にお目当ての戦士のパートナーに加えてって売り込んでもいいから、景虎くんには殺到して来るだろうね」

 景虎を相手取る久々の長話に、クシニダは心も口も軽くなるのだった。


「景虎くんはどうしてるでしょうか……」

 公園に到着するなり、芙実乃はそんな言葉をクロムエルへと投げかけていた。ルシエラを保護する目途が立ったと思った途端、景虎が一番危険な役回りを担っていると気づいたからだ。

「達成すべき目的がクシニダ・ハスターナの足止めですから、会話の引き伸ばしを図っているのでしょうね。卒業生に訊ねたいことがあるのだと、彼女に思わせていましたから、マスターが水を向けるだけで、向こうは長く喋らざるを得なくなるはず。仮にルシエラの想定死亡時間になったとしても、話題には事欠かないと思いますよ」

 何を話しているかまではわからないが、とクロムエルはつけ足した。ルシエラに関する安心材料をくれるのはありがたいが、景虎の戦闘能力に対する絶大な信頼があるらしきクロムエルは、芙実乃の心配とは無縁の答えを寄越してくるのだった。

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