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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
41/140

Ep02-03-03


   3


「突然にすまぬが、そなたはわれらと同様の立場を卒業した者、と見受けられるがよいか?」

 列の後ろから声がかかった。周囲は学生ばかり。軍関係者とわかる制服を着用している者も見かけないから、自分のことだろう、と思いそちらに振り返ってみる。

 クシニダはそこで、瞬間呆気に取られた。

 鏡でも見ているかのような高さに、自分ではありえない美貌が、真っ直ぐに目を合わせてきているのだ。意味がわからない。というのが働かない頭がどうにか捻り出した結論だったが、しかし、考えは浮かばなくても記憶なら呼び起こされるものらしい。

 クシニダは思わず嬌声を上げそうになる。

「えっと、え……ええっ! か、柿崎景虎! くん……よね?」

「……申し訳ないが、どちらかで会っていたのであれば、いま一度名乗ってもらってかまわぬか? こちらの不徳としか言えないが、そなたの名を失念しているようだ」

「え、あ、は、はい。わたしはクシニダ・ハスターナという者です。あの、貴方のことは一方的に知っていただけですので、謝られたりとかはその、恐縮と言うかなんと言うか……」

「そうか。しかしこちらが早合点して困惑させたというのであれば、先程の詫びはその分とでも思い、気に致さずにおいてくれ」

「えっと、はい。そ、それで、なんでしょう……って、あっ、質問。質問されてたんだっけ。うーんと、あ、そうそう、わたしは卒業生、で合ってます」

「卒業生のクシニダ・ハスターナ殿、ですか……」

 景虎の左後ろに立つ、見上げなければ顔も見えないほど長身の男子が、不意に呻いてしまった、みたいにつぶやいた。思い当たらないが、何か感心されるようなことでもしたか?

 手がかりが得られるかと残りの連れに目を向けてみるが、そちらの小さな女の子は、こちらを警戒しているみたいで、いまにも景虎を引っ張って逃げだそうという腰の引け具合だ。クシニダはその子のやや茶色く色の抜けた黒髪を見て思い出す。この子はライブ映像で一瞬だけセレモニー中継に出た、柿崎景虎のパートナーのはずだ。だとすると、依存しているパートナーが別の女と話しているのがいやなのだろう。無理もない心理だ。

 今後の立場もあるし、配慮してやらねばなるまい。

 そう思ったことで、クシニダの舞い上がっていた気分は、いくぶんか落ち着いた。クシニダの知る限りにおいて、柿崎景虎はわりと最近召喚された異世界人。そうなると、パートナーはもちろん、一緒にいる長身の男子も新入生である可能性が高い。街中で軍服を着たクシニダに声をかけよう、と思う動機は理解できた。クシニダ自身かつては同じ立場だったからだ。

「ええと、それで……卒業生に聞いてみたいことがある、とかかしら?」

「然り。学校に通いだした身としては、卒業生がどう過ごされているか、常々訊ねてみたいと思っていたところでな。無論、外せない用があらば無理強いはせぬが」

「用はまあ、ないからだいじょうぶよ。冷たい物でも持って、休憩がてらこの先の公園で待機してようと思ってたくらいだから」

「公園!」と、酷く反応した女の子に、クシニダは思わず注目してしまう。女の子はその視線にびくっと身を竦めたかと思うと、居心地悪そうに訊ねてきた。

「あううっ……こ、公園……行かなくちゃだめですか?」

「そんなことないよ。公園まではけっこう歩くし、話をするなら手近なカフェにでも入るほうが無難よね」

「なればその厚意に甘えよう。わたしたちに給与されたポイントで贖えるのであれば、カフェとやらの払いはこちらに持たせていただくが、それでよいか?」

「それじゃあかえって悪いわ。支払いならわたしにさせて。同い年くらいに見えるでしょうけど、わたし貴方たちの六年先輩だし、軍属で勤務できてるからお給料もそこそこもらえてるんだから。それに、軍服のわたしが学生服の貴方におごられるのはみっともないし」

「恥をかかすとなればこちらが引くとしよう。だがそれだと、三人で、というのもこちらとしては心苦しい。そもそもこちらのほうが話を聞かせてもらいたい、という立場なのだからな。ここは代表者一名がそなたと同道する、でよいか?」

「ええ。でも三人だって本当にかまわないのよ?」

「ご高配痛みいる。なれど、われらも実のところ、迷子捜しのさなかでな。稀な機会かと思い声をかけてみたものの、三人が三人とも放っておくわけにもゆかぬ」

「そうだったの……。ああ、ペア同士で動いてるんだったら、一人足りないものね」

 クシニダたちはそこまで話すと列を抜けた。順番がつぎになっていたし、景虎を取り巻くように、人が集まりだしていたからだ。一旦全員でカフェの前まで来てから二人とは別れた。

 残ったのは景虎だ。

 つまりはパートナーの女の子を別世界の男子に預けているかたちになる。そこに違和感を覚えなくもなかったが、迷子になったのが長身の彼のパートナーで、ちっちゃな子ともなかよしという話だし、四者の仲では妥当な割り当てになるのかもしれない。

 一番感じが良かったのが景虎だったのだから、もちろんクシニダに異論はない。しかし、二人きりともなると、気分はまたそわそわしだしてしまう。

「あ、席とかどうしよっか? 外? 中? あと、遮蔽とか遮音とか」

「そなたの良いようにしてくれ」

 こういう場合、クシニダは大抵テラス席を選ぶのだが、景虎の注目具合を思い出して店内の席を選ぶことにした。遮蔽も氷を通したくらいぼやけてしか見られないようにし、遮音ももちろんしておく。向かい合わせで設定したテーブルに着くと、クシニダは切り出すのだった。

「それで、何から聞きたいかな?」


「芙実乃殿。お役に立てず申し訳ありません」

 景虎が残った店から離れると、クロムエルが謝罪してきた。

 確かに芙実乃は、一緒に動くのが景虎でないのが不安でたまらなくもあるのだが、そのことで景虎やクロムエルに不満を抱いたりはしてなかった。あの場はあれで仕方なかったことだ。ただ、芙実乃があまりに心細そうにしているから、クロムエルを謝罪させてしまっているのだろう。彼がもっと上手にクシニダとの会話に混ざれていれば、景虎が最善としたクロムエルが残る展開になれていただろうが、そんな得手不得手を責めるつもりはない。それに仮に、それまでのクロムエルがクシニダと上手く話せていたとしても、彼女をより長く足止めできる景虎があそこに残っているほうが、ずっと長くルシエラを危機から遠ざけていられるのは明らか。

 クロムエルの出来不出来にかかわらず、あの場に残るのは景虎しかいなかったのだ。

「気にしないでください。それよりも、いまはルシエラを見つけてあげなくちゃ」

「芙実乃殿に何か案はあるのでしょうか?」

「こめんなさい。人捜しなんてしたことなくて、何をどうしたやらさっぱりです」

「わたしたちがいま取れる手段としては、マスターとするはずだったここでの聞き込みに戻るか、公園での待ち受けを早めるか、ピクスア殿に合流して未来視捜索の一助としてもらうか、というところでしょうか」

 即答でこんなことを返すのだから、トラブル対処において、クロムエルは芙実乃よりずっと有能だ。特に三つ目の案は芙実乃はぼんやりとも思い浮かべてなかった。それができるなら、捜索が一番はかどるに違いないというものだ。ただ、クロムエルは利用するつもりでいるのだろうが、ピクスアや未来視に対して、芙実乃はまだどこか忌避感があった。

「とりあえず、公園に行く、でしょうかね」

 ルシエラがこの付近にいるのだとしても、クシニダとはちあわせるその横には景虎がいる。ならば問題は起こりようもなく、放置してもかまわないはずだ。

 二人は方針を定め、公園に向かうのだった。


「なれば……いや、まずはそなたがどのような任務に従事しておるか聞かせてくれまいか?」

「ん……話せないこともあるけど、そうだね、卒業後のお仕事ってことだもんね。でもたぶん想像がついちゃってると思うんだけど、わたしの任務は敵性体の駆除なんだよ」

「パートナーに魔法を委ねるのではなく、そなた自身がそれに従事していると?」

「わたしはパートナーとしては、かなり適性に欠けてるの。魔法の動態区分は習った?」

「纏、浮、投、放、操、と大別される、とはな」

「それで言うところの操しかわたしはものにできなかったの。しかもその主導権を人に委ねると、かなりタイムラグができちゃうっていうね」

「礼を欠く言いようになるやもしれぬが、それでも卒業や軍入りを認められるのか?」

「あはは、これでも操の使い手としては及第点らしいし、わたしの場合、社会貢献とかも加味されてるのかもね。でも、軍入りって言っても軍属だから階級とかはないし、むしろ卒業できなかった魔法少女とかのほうが、魔力提供者ってだけになって、のんびりしてられるみたい」

「軍属になるだけで戦に駆りだされてしまう、と?」

「戦は言い過ぎかな。わたしがしてるのなんてせいぜい、害虫とか小動物駆除だもの。ほら、敵性体って空気中に出現する例がほとんどって習ったでしょう。それで人工物とかにぶつかられるだけで勝手に強化していっちゃうって。だからここみたいな建物は、地上に出た敵性体対策として地下に潜れる。だけどそれを速やかにするのには、地下をそれなりに空洞にしておかなくちゃならない。そんな空洞に出るちっちゃめのやつの駆除依頼がわたしに来るって感じ」

「操の使い手が適材となるのだな」

「そういうこと。別に全部使えちゃう子も多いんだけど、操はやっぱり遅れちゃうっぽくて、パートナーとして学生してるうちは不評だし伸びないみたい。対敵性体の場合、パートナーの戦士が強ければ纏だけで充分だって、それは正式に入隊してる子たちの話」

「固有魔法や異能も不要か?」

「そういうのはちょっともう、エリート部隊になっちゃって、地域の軍属くらいじゃ接点もないよ。総代とか十二徒のパートナーになって、士官学校に行くような子たちかな」

「ふむ。では、社会貢献とはどのようにして認められたのであろうか?」

「わたしだと、受精した卵子の成長施設を守った――らしいの」

「……らしい、とは?」

 そう短く返す景虎。おそらく元の世の常識とかけ離れた施設に思うところがあったのだ。

 クシニダも最初にそれを聞いた時はどうなのと思わなくもなかったが、ここの人間はほぼ受精直後に本当に軽微な外科手術で卵子ごと取り上げられ、授乳育成が可能になるまで成長させてから親元に渡る。要は、母体で育つ期間を培養器の中で育つわけだが、その間の処置で老化や病気や怪我への耐性や回復力を上げてしまうのだ。だからここの人間の寿命は百五十歳を超えているし、百五十歳でも六十歳程度の容姿と認知能力を保っていられる。それが普通に母体から生まれてしまえば、百歳程度の寿命と相応の老化を受け入れざるを得なくなってしまう。世界では、宗教的にこのシステムを拒否する国もあるらしいが、この国では、母体から子供を産むことを子供への人権侵害だとして罪に問う向きすらあるくらいだった。

 クシニダはそういう施設を守ったのだ。

 とは言うものの、それをらしいという言い方しかできないのには、もちろん理由があった。

「それをね、わたしは実は覚えてないの。覚えてるはずがないとも言えるけど、七年前のわたしはそれをして、命を落としたってことらしいわ。それで――」

 盗聴されている可能性など疑ってないにもかかわらず、クシニダは声を潜めて言った。

「わたしはたぶん蘇生されなかった。蘇生しても記憶や人格が保たれるかが危ぶまれるほど、脳が散逸してしまっていたのだと思う。だからきっと、教えてはもらえなかったけど、わたしはもう一度召喚された」

「そう思う根拠が何かあるのだな?」

「ええ。まずいまのわたしにとって、それは初めての召喚でしかなかったってとこ。つまり準備期間を含めて三年は過ごしたその記憶が失われていた。教えてはもらえなかったけど、蘇生でなく再召喚されると、記憶の継続は、生まれた世界で死んだ直後からになるって、わたしは踏んでる。学校側がそれを言いたがらないのは、実戦形式での試合を忌避する生徒を増やしたくないからってところかな」

「それ以上の問題はないと?」

「まああんまりね。学内訓練による実戦なら、たとえ脳がどう破損されようと、画像解析で細胞一つに至るまで完璧な位置で復元できるもの。それに脳エミュレータの記憶バックアップを併用すれば、試合直前までの記憶状態になら確実に戻せる。再召喚後の手続きとかのほうが、絶対、この国の人たちにとっては面倒って感じなんじゃないかな」

「ひととおり体験してきた、という口ぶりに聞こえるが」

「当たり。わたしは記憶のバックアップの書き戻しを受けるかの同意を確認されたの。でも当時からしたら召喚されたばかりで、とても受け入れられる話じゃなかった。断ると、別の学校へ入学させられた。景虎くんたちの学校と同じようなのがこの国にはあと六つ、つまり全七校あって、それとは別の、現地の男の子たちを戦士として鍛える八番目の学校、そこに再度、と言うのかしらね、入学し直すことになった」

「ああ、現地の者も戦うのか」

「まあ……でも、その、なんて言えばいいんだろ。彼らはみんな国とか世界とかを守ろうって志したりはしてるんだけど、所詮はその、史上最強でも英雄でも勇者でもない男の子たちでしかないから、結局は現地人の体面作りみたいな感じになっちゃってるかな。あそこの学校の主目的は、七校の異世界人学校を推奨卒業基準を満たして卒業できなかった魔法少女の中から、もう少し訓練を積ませてみたい子の訓練の延長ってとこにあるんだと思う」

「そうすると現地の者と組ませるためには魔法少女を呼ばないと?」

「たぶん、どこかの世界の史上最強を呼ぶ機会をふいにしちゃうから、かな? 戦えないパートナーを呼んだ子なんかは、最初からそっちの学校に通うみたい。そういう子もいたっけ」

「しかし、ふいにしたくないだけであれば、再度戦える者を呼ばせればよいはず」

「それはそうだね。でもそういうことを許すと、最初からちゃんと戦える人を呼んだ子たちも会いたい人を呼びたい、ってなるからじゃないかな。それで学校側としては強い人、魔法少女側としては会いたい人を呼べる一度きりの機会にしてるんだと思う。国は異世界人を一人呼ぶだけでも敵性体の削減ノルマを増やすことになるから、際限なくは呼べないんだよ」

「好きには呼べないか。呼んだ、と言えばそなたが呼んだはずのパートナーはどうした?」

 淀みなく会話を続けていたクシニダだが、その質問に苦いものを蘇えらせた。

「パートナー……は」

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