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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
39/140

Ep02-03-01

 第三章 代替演目



   1


 シュノアが口にしたクシニダ・ハスターナという人名は、芙実乃たち三人の誰も聞き覚えがないものだった。そもそも魔法少女は数多の異世界からランダムに呼ばれるわけで、因果関係が持ち込まれる可能性はそれこそ、天文学的確率よりも遥かに下回っているはずなのだ。クシニダ某とルシエラが召喚前からの敵対関係だったとかは、まず考えられない。

 だとすると、ルシエラはいまから二時間以内にそのクシニダ某と抜き差しならないほどのトラブルを起こし、殺意まで抱かれた挙句に魔法で殺し合う、ということになりはすまいか。

 ルシエラは確かに好きになっていない相手に排他的な言動をしがちだが、自分から相手に、それも魔法を使ってまで攻撃を仕掛けたりはしないはずだ。また、ルシエラ程度の口の悪さに腹を立てて、あまつさえ即座に殺そうとするような魔法少女が、軍属という立場を得て街を出歩いているというのも考えにくい。

 現実味のない話だ。しかし、この話を嘘と断じて兄妹を無視すれば、あとになって譲歩しておくべきだったと思うことになる。という仕掛けをしたくて、兄妹はクシニダ・ハスターナという名前を出したのだろう。

 景虎も真偽すら定かでない話に、黙ったまま首を傾げている。

 そんな景虎を見ていたクロムエルが、間を持たせるべくシュノアに問い質した。

「その方がどうしてルシエラを殺すので?」

「それが明らかになるまでは視てないわ。わたしが知ってるのは事件のあらましだけ。報道によるとなんでも、現地の子供をまきぞえで殺して、二人が魔法で殺し合うようよ」

 シュノアが嘘をついてやろうなどの意気込みも見せずにさらりと言う。

 その中に含まれた、現地の子供、というワードが、芙実乃の気持ちを重くした。最悪、ルシエラは争った挙句負けて殺されるのだろうが、生き返れはするはず。それはまきぞえで死ぬという現地の子供も同様だ。しかし、殺されてしまうとはいえ、一方でルシエラの魔法が現地の子供を殺すのだとしたら、ルシエラの立場だって苦しいものにされるのではないか。

 特に、まきぞえが魔法技術の低さで引き起こされるものだとしたら、現地の子供を死に至らしめるのはルシエラの魔法である可能性が高い。相手は卒業生。しかも軍属という立場を得ているということは、自身で魔法を直接行使するのに長けているはず。

 それにどのみち、景虎や芙実乃がルシエラの救出に動かなければ、ルシエラは酷く傷つくことになる。騎士へのトラウマを再燃させて、景虎や芙実乃まで一緒くたに見るようになってしまうかもしれない。

 そこまで考えて芙実乃は、未来視なんてものを前提に話されると、こうまで振り回されるものなのだと痛感する。これは本当に、信じないというスタンスを取っていなければ、いいように動かされてしまう。

 景虎の警告はまったくもって正しかったが、兄妹の能力が予知に類すると推測できるようになったのが放課後の直前。この日のうちにも対応策を練るはずだったのに、集合する前に狙い打たれるかたちとなってしまった。

 それができるからこその未来視なのだろうが、多少の運もあちらに味方したように思えた。第一戦の結果変更でここにいる三者が呼ばれたのは必然に過ぎず、未来視でどうこうできたわけではない。兄妹が利用できるイベントが、対応策を話し合う前に起きた、ということに尽きるのだ。さすがにそれは、未来視を持たない人がどうにかできる域を超えている。

 景虎が顔の片方を隠すように指先で額に触れ、細く息を吐いた。

「余分な話はもうやめよ。そなたらとて、ルシエラの情報が腐ってから売りたいわけではあるまい?」

「どういう意味かしら? こちらは、そちらが望むなら、あの子の情報を教えてもいい、という立場のはずなのだけれど」

 勝ちを確信した表情で胸を反らすシュノアの後ろで、ピクスアが眉を顰める。

「待つんだ、シュノア。――柿崎景虎。それはこの場でなんらかの約束を交わしたとしても、ルシエラって子に危害が及んでしまったなら、約束そのものが成り立っていないことになる、とそちらが解釈するのだということで間違いないかい?」

「然り。そちらにその意識がないのであれば、いくらでもこの場で時を浪費しようとかまわないことになる。それは一方的に妨害をしているのと同義だ。こちらからすると、そんな相手とは話し合う余地すらないであろう? いますぐにでも切り上げて、自ら捜すほうにしか望みがないのだからな」

「貴方たちが捜しても間に合わないから、あの子は死ぬことになるわけでしょう?」

「しかし、手の尽くしようがそなたらと話す前とあとで違ってはいまいか? 元は、問題を起こす前に連れ戻そう、というくらいのものであったがいまは、見かける者すべてに声をかけに行き、知己に連絡を入れてもらおう、くらいにはなっているのだがな」

「マスター、それなら、わたしとルシエラの担任に彼女の足跡を辿るよう要請してみるのはどうでしょうか?」

「ああ。ここを切り上げ次第、そなたはそちらから探るとよい」

 景虎とクロムエル、二人のやり取りを見て、シュノアがぐっと息を詰まらせた。

「それはっ、その未来は、わたしの未来視があったからこそ掴める未来のはずだわ」

「それをそちらが証明できればその時はそうだな……恩に感じておくとでもしよう。いつぞやの折に、そなたらはそのようなことを口にしていたように記憶するが? ああ、それと、口止めの件も、その恩への義理立てということであれば了承だ」

「…………」

 黙る兄妹に、景虎は通告する。

「それ以上の沈黙は余分な時の浪費と見做す。呼び止めることも許さぬ。それはもう、偶然の範疇に収めてはやれぬからな。わたしとの取引が所望なれば、先の条件を確約せよ」

「わ……かった。取引が成立したとしても、あの子が無事に帰れなかったなら、その取引は無効でいい。それに、取引が成立しなくても、君たちが駆けつければまだ間に合う、という刻限になったなら、事件現場の情報は渡すとも誓おう」

 芙実乃が聞き違ったかと思うほど、一足飛びの譲歩だった。

 シュノアが気色ばむ。

「お兄様、どうして!」

「落ち着くんだ、シュノア。僕らは彼らと憎み合いたいわけでも、ルシエラって子に死んでほしいわけでもない。その反対なんだ。彼らとは友好的でありたいし、特にルシエラって子には怪我だってされたくない。この件が月一戦絡みでない、無関係の生徒が巻き込まれるものだったなら、僕はそれを阻止するために動くべきなのだと思っている」

 それで納得したのか、シュノアはこちらに向き直ると、行儀よく頭を下げた。

「さっきは言い過ぎたわ。こっちが優位なんだってわからせたかっただけで、わたしだって別に、あの子が死んだり傷つくのを見たって嬉しくなるわけじゃない。ごめんなさい」

 確かに、彼女の熱量は自分たちの有利不利に傾き、根本的なこちらへの関心が薄いのだろうなとは、芙実乃も感じていた。対戦相手になる、という意味で敵視されているが、恨みつらみがあるわけではない、というのは、ひとまず安心してもよさそうだ。

 また、兄のピクスアのほうもやはり第一印象どおりの人柄らしく、やや年上の常識人、という考え方をする人物のようだ。だから、最悪のケースの落とし所として、ルシエラの死を回避する決定が下せた。

 ルシエラの救出が可能なタイムリミットを、相手方の責任に転嫁してしまった景虎の手腕のおかげでもあるのだろう。芙実乃ならその発想には永遠に至らず、過ぎる時間にだた焦れて、相手に唯々諾々と従うしかなくなったに違いない。それが実質、芙実乃たちはこれによって、あらゆる交渉を突っぱねてもルシエラを助けられることとなった。

 ただ、相手が誠実に対してきているのに、そこにつけ込むような真似は景虎はしないように思う。もしも相手がそこを突いてきたのだとすると、即座に立ち去って手を尽くす、という、景虎とクロムエルが示していた有効な案を、封じられた、とも言えるかもしれない。

 人が好いというピクスアの評価を芙実乃は一旦棚上げした。それでも、賢明であることには間違いないし、賢明の範囲内で人の好さを心がけているのには疑う余地はなさそうだ。

 景虎が頷く。

「して、ルシエラの無事と引き換えに、そなたらは何を望む?」

 ピクスアはごくり、と唾を飲んでから、正念場とばかりの口調で言った。

「僕との月一戦で、異能の使用不可を課金申請しない、それを確約してもらいたい」

「了承しよう。この言葉は違えぬ。では早急に、ルシエラの居所を述べよ」

 あっさりと即答する景虎の前で兄妹は顔を見合わせたが、ピクスアの頷きに応じて、シュノアが口を開いた。

「サーディミトルト東公園。事件はそこで起きるわ」

 芙実乃はコンソールを操作して、周辺地図を表示する。サーディミトルト東公園。この学校からだと南のやや東に行った場所に、該当する公園があった。

 が――。

「ちょっと待ってください。確かにそんな公園はあります。わたしの足で急いだくらいでも、三十分ちょっとで着くみたいです。だけど、この公園は縦断にも横断にもそれと同じくらいの面積があるじゃないですか。公園内のどこかまでを教えてもらわなきゃ、一時間半以内になんて捜せっこありませんよ。いやがらせじゃないですよね?」

 芙実乃の疑わしげな眼差しに、兄妹は戸惑ったような表情を見せた。

「公園――えっ、待ってくれ。森や草原でなく、その規模のものを公園と呼んでいるのか」

 ピクスアの確認を受け、芙実乃が自身のコンソールを拡大していると、景虎に柔く腕を掴まれて、上りきるまで階段を上らされる。さらに景虎は「横に」と芙実乃に短く指示を出す。芙実乃は地図を理科室の机くらいにして配置した。右隣に景虎、対面にミルドトック兄妹、左側面にクロムエルという立ち位置をそれぞれが占める。卓上を囲むような格好だ。

「ここが学校の現在地。繁華街みたいなのを抜けた先にあるのが西公園です」

 芙実乃が指し示した現在地と公園の版図は、すでに別々の色に着色されている。

「確かに到着までと同程度の長さが縦にも横にもあるね。すまない。妹から公園と聞いて、せいぜい見渡せる範囲内のものだろうと思い込んでいた。僕の失態だ。シュノア、詳しい位置の情報は知ってきていないか?」

「位置も何も、あの子がそういうことになった、とHRで聞いて、わざわざ調べたニュースに西公園とあった、とつぶやくのを聞いたわけですから、それ以上のことは」

「手がかりにはならなそうだね。だったら柿崎君、許してもらえるなら、だけど、僕にも彼女の捜索を手伝わせてもらえないだろうか。こちらの要求を通すのに彼女の無事が必須なのだから妙な真似はしない、と思ってもらえるものと思うんだが、どうだろう?」

「それは妹御とその異能の協力も得られる、と考えてよいのか?」

「――かまわない。こちらの利でもあることだ。ただ、妹の動かし方については僕に一任してもらえないだろうか。僕は君の指図に従うが、未来視の勝手を知らない君が指図しても、妹はむしろ手間取ってしまうと思う。一番いいのは、君に方針を決めてもらっておいて、僕が未来視込みで可能になる最大量の仕事を提案する、かな」

「二人連れで行くのか? なれば先に、動く速さを見積もられよ」

「移動速度か……。妹を連れてだと速さは半減、いや、なら、妹は部屋にいてもらうほうがいいな。僕からの連絡さえあれば状況は把握できるのだし、未来視に集中もできる。僕の動きも軽くなるから、より広範囲の捜索が可能になるしね。全力で公園までなら十五分弱、一時間四十三分走り続けるなら二十九キロと考えてくれ」

 芙実乃の足で三十分、と計算したのは、公園までの距離がほぼ五キロだったからだ。ピクスアはそれを十五分で駆けつけられ、さらには二時間で三十キロ以上を走れると言う。陸上競技の世界――地球代表とかと較べればまだまだだが、この学校に召喚される男子は、すべからく戦うための鍛練をしてきたのであり、走る訓練だけ突き詰めて生きていたわけではない。

 充分な走力と言えよう。芙実乃はむしろそれで、自分が足手纏いなことに気づいた。元々は学内を捜索するつもりでしかなかったから景虎と一緒に来たが、切迫した状況となったいま、シュノア同様芙実乃もまた必要ないのではなかろうか。

「景虎くん。わたしも部屋に戻ってたほうがいいでしょうか?」

「いや、芙実乃はコンソールの扱いに長けていよう。いてくれたほうがよい」

 長けている、と言っても、景虎やクロムエルだってほぼほぼ芙実乃と同じことはできる。ただ二人は、どういう機能があるだろうとか、どういう条件で検索をすればいいかとかを思いつく速さが、芙実乃のように十数秒とはいかず、一、二分かかってしまうだけだ。

 それでも、景虎にいてくれたほうがよいと言われ、芙実乃は仄かに奮い立つのだった。

「では、マスター。それぞれはどう動きましょう」

「公園へは二手に別れて向かう。繁華街を経由して北西の入り口へ向かう組と、少々迂回して西の正門へ直行する組。目撃情報を集めるのも未来視でできる、と言うなら、そちらに繁華街のほうを担当してもらおうか」

「それは……大して成果を上げられないと思う。どの程度聞き込めばいいかとか、時間の計算が立たないからね。それでも、と言うなら打ち切る時間を指示しておいてくれ。それまでは時間いっぱいやってみるから」

「よい。どのみち、それで見つかっても、そなたにルシエラの足止めはできぬからな」

 確かに相手はルシエラなのだ。ピクスアでは話など聞いてもらえないだろう。この中では、景虎か芙実乃でなければ望みは薄い。単にそれだけのことなのだが、シュノアは兄が侮られたと感じたらしく、むっとした様子で口を出してきた。

「そもそも、事件現場は公園なんだから、公園で待ってればいいじゃないの。広いって言っても、わたしとお兄様ならこんなくらい、二人で見回ってしまえるんだから」

 自信満々だ。でも、それをできると微塵も疑ってないのだから、彼女の未来視はやはりそれだけ有用なのだろうな、と芙実乃は月一戦で制限できないことを重く受け止めた。

 しかし、景虎は芙実乃ほど単純ではなかった。

「聞くが、間の悪さというものは未来視では無縁になるのか? たとえば、公園すべての版図をそなたらに見てこさせたとして、未来視の中で行き違っている場合はどうなる?」

 景虎が顔を向けているのはピクスアにだが、シュノアが黙り込むのを芙実乃は目撃する。

「それだと網をすり抜けてしまうことになる」

「なればそなたは公園の西正門に止まり、南からの片道横断を順次北上させるを未来視で繰り返していてくれ。都度の北上をどの程度にするかは現場の裁量に任せる」

「すり抜けがないよう心がけると、僕が時間内に看視し終えられるのは、公園の南半分くらいになると思うが、それでいいかい?」

「ああ。こちらも何かあれば、また別の要請をさせてもらう」

 そのやり取りを聞いて、芙実乃は勘違いに気づいた。未来視を駆使した兄妹の働きは、おそらく何人分にもなろうが、それは人海戦術とイコールにはならないのだ。万全を期すなら、西側に人の列を作って東へと向かわせ、その背中が見えているうちに第二陣を出発させる、などをしなければならない。

 ただ、景虎がわざわざ片道と指示したとおりに捜せるのであれば、ジグザグに走り回らせる未来視よりは、人海戦術に近くなる。未来視だからこその効率的な見回り方と言えよう。公園の西正門にピクスアを止まらせるのも、芙実乃たちでルシエラの目撃情報を得たなら、可能性の高くなった範囲を捜してもらいやすくするため。どういうものかの全容がいまだ不明な未来視すら、景虎はすでに解明しつつあるよう、芙実乃には思えるのだった。

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