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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
35/140

Ep02-02-03


   3


 食堂での一件から二日を経た、学校生活初月最終週三日目。

 兄妹からのアプローチが特にないまま、芙実乃は景虎とともに終わりのHRに臨んでいた。そこで、確定していた景虎の黒星が白星に変更された旨が、バーナディルからクラス全員に向けて発表される。これは続いて通達される月一戦第二戦の組み合わせを見ても不審に思わぬよう、同学年の全クラス共通してこのHR中に発表されているそうだ。

 もっとも、この発表をせずに勝敗の変更をしていたとしても、不審に思う人間は多くても二人まで。突然戦績が違うはずの景虎とマッチングされた誰かとそのパートナーだけのはずだ。が、通達された名前をしばらく見て不審に思ったのは芙実乃で、そんな動揺など微塵も見られないが、景虎もかもしれなかった。


 予定日時:十三日。五巡目。

 予定会場:第十一対戦場。

 臨戦控室:東側三階第二控室。

 対戦相手:ピクスア・ミルドトック。

 補助参戦:シュノア・シルキ・ミルドトック。


 バーナディルのホログラフが消えた直後のHR終わり、芙実乃は隣の景虎にだけ聞こえるくらいの小声で問いかけた。

「同じミルドトックが名前に入ってるってことは……兄妹……なんでしょうか?」

「そういうことなのやもしれぬな。妹が兄を呼ぶ場合が複数あったかまでは知れぬゆえ、あの兄妹と断定するのもいささか性急か。姓の用い方とて未知の世界もあろうし、魔法少女が呼び出した者が偶然同じ姓を名乗っていた場合もそれなりにはあろう」

「確かに。過去未来の全員に声をかけるみたいなことですから、あってもおかしくはありませんね。でもやっぱりあの兄妹なんだとしたら、わたしたちはどういうことをされて、ああゆうふうなことになってたんでしょうか。こんなのって……」

 芙実乃は言葉を濁した。景虎は柔らかに微笑んでしかいなかったが、微かにくすりと笑った気配を見せたあと、芙実乃が言い淀んだ推測を指摘してきた。

「まるで見知っていたかのよう、か?」

「はい……。そうなんだとしたら、それが、あの人たちの異能とか固有魔法なんじゃないのかなって……」

「その推測はおそらく、かなり正鵠を射ているとわたしも思う。しかし、だ。その推測の真偽が定かとなったとしても、あの兄妹にまでそれを信じておると知らせるは、了見違いもはなはだしい。絶対に信じていない、という意気で対さねばならぬ」

 芙実乃は首を傾げる。

「ええと。その。それは。自分の推測が正しいと判明しても、それを認めない、という態度をあの兄妹にするってことで……いいんでしょうか?」

「然り」

「わかりました」

 芙実乃はきりりっと返事した。もちろん言葉や態度ほど景虎の意図を理解しているかと言うと、全然そんなことはない。が、これ以上教室に残ってするような話でもない気がしたのだ。それでも、景虎がそうすべきと言うのなら、芙実乃に理解など必要なかった。そのうち話してくれるだろうし、そもそも、景虎の判断を危ぶんでなどいない。

 理解が追いつくまでまともな意見など言えようはずもないのだから、暫定的な方針は知性の高い人間が決めていてくれないと、むしろ困るのだ。我が強いわけでもリーダーシップを取りたいわけでもない芙実乃は、そういうところで人を煩わせる愚を犯さなかった。

「子細は皆と落ち着いてからとしよう」

「はい」

 二人が席を立ち上がる。クラスの女子全員が景虎に話しかける隙を窺い教室内に留まっているが、追加で現れたもう一人がそれらの全員を出し抜いた。

 バーナディルだった。

 このクラスの担任で、さっきまでHRをして一旦は消えていたのだが、驚かせないためなのか、扉を潜るエフェクトをつけて、もう一度ホログラフを教室に入れたのだ。

「柿崎さん、菊井さん。先程話した件の当事者であるお二人には、報告や確認があるのを言い忘れてました。いまから同道していただけるでしょうか?」

 景虎と芙実乃の二人は、顔を見合わせるのだった。


 おそらくは一敗が一勝に変更された経緯についての説明だろう。

 景虎と芙実乃に急遽バーナディルと面談する予定が入り、ルシエラは二人と出会って以来の暇を持て余す放課後を送るはめに陥っていた。景虎も芙実乃もまだこちらに来たばかりとあって、個別の面談をすることも時にはあったが、そういうのはだいたい就寝前に部屋で実物じゃない担任と行うのが普通だった。それというのも、二人の担任であるバーナディル・クル・マニキナという女性は、一学年百人以上いる担任の中でも飛び抜けて忙しく働いている担任博士という立場にあるらしく、彼女の担当クラスの生徒はかなり放任とされている。

 ルシエラはそれがほんのちょっぴり羨ましい。

 景虎と同じクラスになれるからというだけではなく、ルシエラは放任を望んでいるのだ。ルシエラの担任は、ポーティウム・ハラ・クリュッグという地味目な女性で、景虎たちの担任のバーナディルのように、担任以外の仕事で忙殺されているわけではない。それでなのか、ルシエラにかまってくる頻度もそこそこには高かった。

 景虎たちと知り合う前は唯一と言ってもいいくらいの話し相手だったから、ルシエラとしても好いている人間ではあるのだ。が、話す内容がお説教とか注意とかのあれこれしなさいみたいなことばかりとなると、うっとうしくもなる。地味目とはいえ美人ではあるし、優しく親身に心配されているのもわかるから邪険にもしづらいが、あまり頻繁に呼び出されても、景虎や芙実乃との時間が減ってしまうだけだ。どうせ呼び出すのなら二人がいないこういうタイミングにすればいいのに、とルシエラは八つ当たり気味に彼女の間の悪さに腹を立てた。

 ルシエラの呼び出しも今日であったなら、二人と合流してそのまま芙実乃の部屋に直行できたのに、自室で芙実乃からの連絡をただただ待つしかない。

 自室前の壁を扉にしようと手を伸ばしかけ、ルシエラはふとそれを思い止まった。

 芙実乃の部屋で待っていればいいと思いついたからだ。

 来た通路を引き返し、景虎や芙実乃のクラスの居住区へと足を向ける。しかし、芙実乃の部屋の前まで来て壁に手を触れてみても、一向に開く様子がない。

 ルシエラは首を傾げた。

 芙実乃の部屋なら普段はそうすれば入れるのに、これはどうしたことか。ぺたぺたと壁を叩きながらちょっとずつ横にずれて景虎の部屋のあたりまでそれを続けるが、どうしても壁はぺたぺたとした音とともに一瞬文字らしきものを浮き上がらせるだけだ。

 道を間違えたのだろうか。という疑念をルシエラは抱く。

 クラスごとの目印を見間違えるなりして、気づかず別のクラスの区画に来てしまったのかもしれない。そう思うと急にそわそわしてきて、ルシエラはそそくさと来た道を逆順に辿った。だが、岐路にある目印が見えてくると途端に憤慨した。合ってる。知らない道に迷い込んでなどいなかったのだ。

 地団駄を踏むような足取りで芙実乃の部屋前に再度赴く。が、いくら壁に触れてみても、芙実乃の部屋への扉は現れなかった。ルシエラは腕組みをする。うーん、と首を捻り考え、とある裏技を思い出す。それは反対側から入る、というやり方だった。ルシエラの部屋でそんなことをすると、入るなり突然シャワーを浴びることになりそうだから全然やりたくないのだが、芙実乃の部屋ならばそんなことにはならないはずだ。

 しかし、ルシエラはここでちょっとした思い違いをして、芙実乃の部屋に通じる一つ前の通路に回るのではなく、向かいの壁を叩きだしてしまった。こういう真似をすると大抵の場合なら、違う生徒の部屋に呼びかけていることになる。ただし、今期最後の魔法少女として召喚された芙実乃にあてがわれた部屋は角部屋。それも入口の横が行き止まりになっていない、通路の角の内側にあるタイプの角部屋だ。つまり、向かい側の一方と横の通路に面しているのは本当にただの壁で、誰に応対されるはずもなかった。

 が、入り口は穿たれた。

 ルシエラはご満悦で中に入る。だが中の様子と言えば、見えているのは長い上り階段のみ。それもそのはず、そこは非常口なのだった。

 ルシエラは落胆――しなかった。

 実はルシエラは外が好き、と言うより、地下生活に飽き飽きしていて、階段を見ると上りたくなる習性を、こちらの世界に来てから育んでしまっていた。しかし、科学が発展しているこんな世界でも、階段は階段でしかなく、一つ上のフロアに行く用途にしか使われないのが普通だ。基本階段は、あると行き来しやすくなるというポイントに、あとから設けられた場合がほとんどなのだった。そういう事情があるため、地上に直結していることのほうが稀なくらいなのだが、非常口の長い階段には、そんなハズレの要素は感じられない。ルシエラからすると、自由への一本道にしか思えなかった。

 ルシエラは喜び勇んで階段を駆け上がる。

 校則違反とかではない。違反になるのなら、そもそも非常口が開いたりしない。この学校は設計上の浸水対策として階段で外に上がれるポイントが限られているだけで、エレベータで地上階の二階以上に行けば、普段から開放されているエントランスから、階段で外に下りられたりもする。

 ルシエラはそこの理解が弱く、また、エレベータを使用しても階を移動した実感が希薄で、思いのまま外に出られたためしがない。運良く一階に辿り着いてもそれ以上階を上がろうとは考えず、初めから存在しない開放された出口を求めてうろつきまわることもしばしばあった。一階には、触れて開けていいポイントがそこそこ点在しているのに、だ。

 これは、ルシエラが元々文字を読めないせい、というのもある。

 文字を形だけの目印として認識してしまい、ナビが自動音声で読み上げる、という行程にまで辿り着かないのだ。結局のところ、読もうという意識が低いせいでしかないのだが、読めなくても読もうとすれば読んでもらえるのを知っていて読まれるのを待つ、では、ナビが働かないことのほうが多かったりもする。能動指数が読もうという水準に達しないからだ。

 そんなわけでルシエラは、階段を駆け上がると、久々に外の空気を堪能した。別にいつもいる地下の空気が籠もったものであるとかはないのだが、大部分が庭用の草に覆われている広大な校庭の空気は、仄かに緑が混じったものになる。ルシエラはそれが大好き、というわけではこれまたないのだが、気分が一新するというのも紛れもない事実だった。

「やったーーー!」

 ルシエラは歓声を上げ、目的地があるわけでもないのに一直線に走りだした。


 ルシエラが非常口を発見していたころ、クロムエルは自分の担任と面談していた。用件は一勝が一敗になった月一戦の件。彼らの担任がバーナディルのようにパートナーともども呼ばないのは、クロムエルとルシエラを同席させたくないと思っているからだ。確認事項や手続きにはルシエラを外し、クロムエルだけを呼び出せばいいと判断されたのだった。

「でもまあ、クロムエルくんからの申請なんだし、意志もさんざん確認しましたからね。本当に事後説明くらいしかすることないのよ。そんなのでわざわざ呼び出してごめんなさい。こっちもね、あとで問題箇所でも出ると、対面せずに済ませてたみたいなことを掘り下げられたりもするから……」

「いえ、かまいません。こちらこそお待たせしてしまいましたしね」

「それだって元々はわたしが頼んだようなものじゃないの。ルシエラさんのお見送りだったのよね?」

「ええ。クラス居住区までですけどね」

「それで充分よ。クラスの子たちにはルシエラさんのことはくれぐれも言ってるから、男の子たちだって迂闊に声をかけたりはしないしね。余所の子たちと揉め事にはならなかった?」

「至って平穏でしたよ」

「ルシエラさんも怒ってる感じがなくなってきましたからね。トラブルを起こさなくなってくれて何よりです。でもあの子から険しさがなくなったら、余所のクラスの男の子たちが寄って来て、逆の暴力事件とかを起こしそうで心配よ。クロムエルくんとはどう?」

「マスターや芙実乃殿がいれば見逃してもらえてますが、二人抜きの時に見える範囲で付いて歩くのはまだ無理……かはわかりませんが、避けていたいのが本音です」

「その二人のおかげなのか、ここのところ見境なくキレることがなくなってきたのにはほっとしてます。魔法の授業にも出ているようで良かったことは良かったんですが、それはそれで、人に向けて使いはしないかと毎日気が気じゃないのよねえ」

「お察ししますよ。けれどそこまでのことは彼女もそうそうしないでしょう。マスターたちと行き来できる間柄が保たれているうちは、ご懸念には至らないかと。怒りでどうしようもなくなってる精神状態ではなくなってますし、魔法も咄嗟の攻撃衝動とは直結してないようです。暴力的に出るとしても、せいぜい突き飛ばそうとかそのくらいですね。よほどのことがない限り、魔法を人に向けようなんて思わないんじゃありませんか」

「ならいいんですけど。入学以降はふらふら出歩くのもやめてくれましたし、実質問題生徒ではなくなってるんですけどね。あの子はどうも、甘やかす感じでいてあげないと、怒って手がつけられなくなりそうで。それでわたしまで避けるようになったら、隔離教育が命じられることにもなりかねない。それだけは避けてあげないと」

「……それは、どのような扱いになるのですか?」

「あっ、誤解しないでね。監禁してどうとかって……うーん、広義ではそう取られても仕方ないかな。えっとね、隔離教育生になると、居住区が変えられて、授業とかもその自室で受けなくちゃいけなくなるの。それで、そっちの寮生活になると、こっち側の生徒とも会えなくなるのよ。外出もそっちの区画内の校庭までになって、街とかには行けないわ。会えるのも教師とか職員とか、要はそっちの区画への立ち入りが許可される人間くらいになっちゃう。許可が下りればパートナーとは会えるけど、ルシエラさんは……ねえ」

「仰りたいことは重々承知していますよ。わたしとだけ会えたとしても、彼女が一層不安定になるのは目に見えてますからね」

「そうなると、ルシエラさんのケアはわたし一人でしなきゃらならなくなっちゃう。あ、これも変な意味に取らないでね。ルシエラさんにとってそれは不幸なことなんじゃないかなって、それだけだから。正直に言えば、ルシエラさんを甘やかしてるだけでいいなら、わたしにとっては楽なくらいなのよ。懐いてくれてて可愛いし。だけど、そんなだけして卒業させてしまうわけにもいかないじゃない。できれば普通に生きられるようにしてあげたいわ。まあ、隔離教育生になったからって、そうなれなくなるわけじゃないけど、ちゃんとした相手も見つかったんだから、友達とかと楽しく過ごせてたほうがいいでしょ?」

「そうですね。具体的には、どういった行為をして、彼女は隔離されるとご懸念ですか?」

「いまのところ、魔法の対人使用くらいね。火魔法だし、覚えたてにしてはレベルも高いし」

「暴力行為と見なされるわけですよね。バダバダルが殴るよりもまだ弱くないですか?」

「そうね……被害の程度が同一の場合でも、手段によって問題のされ方が違うわ。魔法だと三倍、武器だと二倍くらいに考えておいて」

「ああ、それで彼は隔離されずに済んでいたのですね」

「準備期間だっていうのも考慮されたのかもしれないけど、彼の担任だったタフィ担任はね、生徒指導が上手いなあって感じで、熱意もある子だし、信頼もちょっと抜きん出てるの。だから、彼女が責任を持つって言えば、微妙なラインのものは大抵通るんじゃないかしら」

「ティウ担任は通らないのですか?」

「通らないだろうなあ。わたし、頼りないって評価だもの」

「そうなのですか。けれど、ルシエラからすると、かけがえのない担任だったと思いますよ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。わたし、クロムエルくんも好きよ。かけがえのないって言うと、別の意味になっちゃいそうだから言わないけど」

「別の意味があるのですか?」

「前に言わなかったっけ? ほら、この世界では金髪っていないの。純色なら黒、銀、赤、青の順で多くいるんだけど、七割近くがそれらの何色かと白を混ぜた髪色になるわ。つまり、黄色っぽい人がいなくて、宗教にもよるけど想像上の神様とか天使とかが金髪なのよ」

「それは初耳でした。こちらの人間に金髪はいないって話だけなら、知ってましたが」

「そうだったんだ。でもまあ、クロムエルくんは若干、こっちの銀髪の人に近いような黄色味の薄い、光を撥ねちゃうタイプの金髪だから、よくよく見ないとあんまり珍しいって感じじゃないんだけどね。でも、ルシエラさんは気をつけてあげててほしいな。あんな、黄色味が強くて、しかも透けるみたいな色だと、染めて再現するのもたぶん無理。仮想現実のアバターでいるくらいだろうから、現地人が多い場所とかだときっとじろじろ見られちゃう」

「状況が状況なら、それこそ魔法で攻撃しそうです」

「それは絶対にやめさせてぇ」

「まあ、街に行くようなことになったら、マスターたちにもご配慮願っておきます」

「そうね。そうしてちょうだい」

 クロムエルとポーティウムは雑談をそれで切り上げ、本来の用件を片づけるのだった。

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