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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
26/140

Ep02-00-プロローグ

 プロローグ


 刀。

 その呼称までもが認知されつつある片刃の曲剣が翻ると、少女の兄は喉笛を掻き切られて頽れ、試合場の白い床に赤い泉を拡げた。生命維持能力に長けるよう、遺伝子調整された身体でのこととはいえ、あの勢いの出血をさせられては、即座に治療を施しても絶命は免れまい。

 こうなるとは少女にも予想がついていた。

 何せここは世界最強、どころか、史上最強なんて連中を、数多の異世界から呼び集めているような学校だ。少女にとって唯一無二の庇護者だったという理由で呼び出されただけの、特定された個人でしかない彼女の兄が敵う相手など、一人としている道理はない。

 まして対戦相手が、何かと噂の絶えないセレモニー初の勝者、柿崎景虎とあらば。

 月一戦初戦で棄権による敗北を喫し、校内、校外を問わずに世間を騒がせているようだが、実力に心酔した対戦相手が勝利の返上を申請中。妥当性を審議する場では、ただ一つの異論すら出なかったという、召喚史上でも類を見ないとまで言わしめている剣の使い手だ。

 武名に似つかわしい剣技には、あの華麗さに比肩するほどの殺傷力が秘められている。

 そんな相手が、月一戦第二戦で少女の兄と相対すこととなる。

 敗北は必至。しかし少女は、傷を負わなくなる力場を展開させ流血沙汰を避けようという、本来の意志を押し込めることにした。それどころか、目的意識を持ってこの惨状を見届けようとさえしたのだ。

 この世界で、最重要確保指定とされた異能――未来視の力で。

 その力の行使に区切りをつけ、少女は身を起こす。数週先まで見通した直後だったが、ふらつきもしない。前世からこの未来視の巫女としてあった彼女にしてみれば、二日がかりの長い先見などなんてこともない。慣れたものだ。しかも、元々の境遇と違う、誰に強制されるわけでもない、自らの未来を拓くために行う力の行使になら、心地よい疲労感しか覚えない。

 もっとも、こんなふうにすぐ立ち上がれているのは、この世界に招かれる異世界人すべてに等しく与えられる、老化などをしなくなった身体のおかげかもしれない。

「終わったようだね。先に眠らなくても平気かい?」

 少女の兄も立ち上がって、少女が掴まれるよう腕を広げた。少女が未来を見ているあいだ、丸二日にもなる時間を、彼女と同じ飲まず食わずのまま、ずっと向かいで見守ってくれていたのだろう。元の世界と較べれば負荷は軽減されているはずだが、暇つぶしに耽るでもなく待ってくれていた兄の気づかいに、少女の疲労も和らいでくる。

 少女は微笑むと、兄に近寄りその腕に手を置いた。

「ご安心ください、お兄様」

「うん。でも、先見で僕は負けていたんだね?」

 兄の態度には悲観も卑下もない。国で随一の守り手であった矜持を忘れられるはずもないのに、先見を事実として受け入れている穏やかな顔だ。

「ふふ……、この段階での結果など気にする必要はないと、それは初戦であれほど証明されたではありませんか」

 傷を負わない力場を展開しての初戦において、少女の兄は本来なら、自らの得物を相手に掠らせることもできずに、三桁にも及ぶ決定打をその身に受け敗北する定めにあった。

 が、真逆と言ってもいいほどの勝利を、兄は先日?ぎ取ってみせたのだ。

 三桁とまではいかなかったものの、実に八十二回もの決定打を相手に届かせ、その相手からの攻撃をすべて凌いで初戦の勝者となった。

 少女は兄の腕に置いていた手を持ち上げ、自身の眉間に触れる。

 そこにあるのは魔導門装と総称される学校からの支給品。兄の魔導送装と揃いの位置に貼り付けてある魔導受装だ。宝石を模した外観を選択したこれさえあれば、兄は思うまま少女の異能である未来視を、兄自身の能力として発現できることが確認されていた。

 この魔導門装が支給された約一月前の時の歓喜を、少女はいまでもまだ鮮明に思い出せる。支給されたその当日に少女の異能を知る担任から呼び出され、この異能を兄と共有できる可能性を示唆された。二人は一縷の望みに飛びつくように提言を試すと、その結果に打ち震えた。自分たちの置かれた状況を知るにつけ、絶望を募らせてきた十月にも及ぶ準備期間の暗鬱が、いともあっけなく払拭された瞬間だった。

 少女はその時の興奮で胸を熱くしながら、手のひらを再び兄の腕の上に戻した。

「この力さえ使えば、どんな相手であろうとそれは予定どおりに踊る人形でしかありません。お兄様はこの世界でも最強です。勝利は――未来はわたしたちのものです」

 その力に翻弄され前世を不遇のまま終えた兄妹はだからこそ、勝利を確信した笑みを交わし合うのだった。

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