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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
23/140

Ep01-04-03


   3


 芙実乃とルシエラはクロムエルに従われ廊下を歩いていた。

 行き先はルシエラの部屋。不在の景虎を待っていて夕食が遅れたため、早く合流できる場所として、景虎が通話で指定してきたのだ。

 夜に、だけでなく、芙実乃は景虎抜きで出歩くのも初めてだ。もっとも、歩くと言っても建物の中だけだし、治安システムも現代日本より優ってはいる。が、遵法精神がそれに追いついていない生徒もちらほら見かけるせいで、景虎の同道がない外出を極力避けてきた。

 だがいまは三人だし、帰りは景虎が一緒だ。

 女の子二人と見て食指を動かした男子たちも、偉丈夫のクロムエルが連れと認識すると近寄りもしない。これまでは怒鳴りつけて追っ払っていたのだ、とルシエラは満々に自信をみなぎらせていたが、芙実乃には善意の誰かが後始末をつけている光景が目に浮かぶようだ。月一戦後にクロムエルの同道を許すようになったのは、景虎の部下だから安全ということらしい。

 三人はルシエラの部屋で、メニューを選びながら景虎の到着を待つことにした。

 景虎もクロムエルもその手の雑事に時間を浪費したくないのか、芙実乃とルシエラに任せきりだ。クロムエルは廊下側に面した壁に向かいながら、娯楽でなさそうな何かに目を通していた。その背を視界に入れつつ、芙実乃とルシエラはあれやこれやと相談する。

 提供者以外のリピーターがついている料理ならそうはずれはない。元の世での食生活が薄味で共通する四人だが、味調整をせずに挑戦したりして、濃い目の味にも慣れてきていた。増えた選択肢の中で、手早く済ませられるものに決める。

 景虎のリクエストだった。話があって、食後に時間を取りたいのらしい。

 初めてのことではないだろうか。芙実乃は一月景虎と過ごしてきたが、話題を提供された覚えがない。質問によっては長く話してもくれるが、普段は聞いているだけで、意味や経緯を質すくらいでしか自ら話すことをしない。なのに予告してまで時間を取らせるとは。

 もしかすると、ルシエラがクロムエルとしたという勝利返上の件の進捗状況、とかか?

 ルシエラからは任せておけみたいに言われ、景虎にはどう転んでも良いという態度しか見せてもらえない。二人の気遣いを汲んで、努めて平易でいようというのが芙実乃のせめてもの心がけだ。それを考えると、景虎が改まってまでその件を話すとも思えないのだが……。

 揃った四人で夕飯を済ませながら、芙実乃は聞く準備だけは心の中でしっかりと整えた。

 景虎が並べた三人の前に立ち、話をはじめる。

「ここに来る前に上の学年の者と話す機会があってな、かねてよりできぬか考えていたことを検めてもらったところ、一縷なれば望みありとの見解を示された」

「マスターが為したいことなのですね。それをお聞かせいただけるのですか?」

 芙実乃とルシエラが困惑する中、クロムエルが応じた。理解の遅い二人のため、景虎の言葉を噛み砕いてくれたのだろう。実際の芙実乃は、理解できてなかったのではなく何を問えばいいか迷っていただけだが、迂闊な合いの手を入れずに済んでほっとした。芙実乃が思いついていた別の質問では、景虎も月一戦にまつわる言及を避けられなかったところだ。

 景虎が本題とも言える内容を明かした。

「細かな方法まではわたしでは知れぬが、どういうことかなら、わたしのいた世の狙った時と所に魔法を放つ、ということになろう」

 今度は三人ともに熟考が必要となった。芙実乃もそうだがクロムエルも、見当違いを言って景虎に察しが悪いと思われたくないのだ。が、どうにも状況の想定が難しい。

 その結果、沈黙を破ったのはルシエラだった。

「それって景虎の元の世界のどこかを燃やしたりとか、そういうこと?」

 率直な質問で、ルシエラらしい。燃やすという発想が真っ先に来るのは、ルシエラが唯一発現している魔法が火の属性だからだろう。主な属性をすべて発現できた芙実乃だが、皮肉な適性を持ったルシエラには、火魔法では差をつけられている。芙実乃の火魔法が全開のライター程度であるのに較べ、ルシエラの火魔法はガスバーナーに近い威力を発揮する。

 思考が逸れていた芙実乃を、景虎の声が現実に戻した。

「考え方としてはそれでよい。もっとも、どんな魔法を行使すべきかは、考えを出すのも含め誰にも代われぬ。わたしが為すのはそこに至るまでを整えることだ」

 景虎が芙実乃を見る。残る二人からも視線が集まる。別のことを考えていたりで、芙実乃はまだ察せていない。景虎はそれを悟ってか、そこで芙実乃だけがわかる言葉を添えてくれた。

「管を引きちぎらなければならぬのであろう?」

 芙実乃は動けなくなった。身体のせいではなく、心に戦慄が奔ったからだ。

 それは挑んでも願っても叶わなかったこと。弟と両親を救う手立て。それを。

 祈る以外にやるべきことを、景虎が見つけてきてくれた。

 そう理解が及ぶと、否が応もなく身体が震えてくる。

 芙実乃のその異変を見て、景虎が言った。

「そなたの事情だ。語りたくなくば語らずともよい。だが、語りたくとも口にするのが恐ろしいのであれば、二人にはわたしの口から語るとしよう。知られたくないのであれば、二人には呑んでもらい、わたしからの頼みとする。芙実乃。どうしたいかだけを述べよ」

 ルシエラとクロムエルを見て、芙実乃の心が決まる。全部を聞いてもらうべきだ。

 弟に殺されたこと。弟は悪くないこと。家族の手間と暇と生活費を吸い尽くしてきたこと。警察のこと。刑罰のこと。報道のこと。社会的制裁のこと。まるで芙実乃の代弁者であるかのような自認をして、芙実乃の家族をいたぶり尽くすであろう、良識と正義の徒であると信じて疑わない暇な人たちのこと。

 ずっと祈っていたこと。

 芙実乃はそれらを、静かに語りきることができた。家族が非難されること、自分が同情されることを避けたくて強がって見せた、あの日のように涙を落としはしなかった。

 希望が見えている。こちらに来たばかりの、無力感と絶望に押し潰された時とは違う。優しさをもらった。未来を照らしてもらった。

 芙実乃は前を向く。景虎がいる。いてくれている。

「わたしは弟を……、そして両親を、家族をあの社会から守りたいです」

 芙実乃は思いの丈を洗いざらい吐き出し、皆が口を開くのを待った。

 最初に応えてくれたのはルシエラだ。

「それができれば芙実乃の家族が助かるんでしょ。だったら手伝ってあげるわ」

 世話のやける妹に対するような態度は相変わらず。だが、これはこれでルシエラなりの親身の顕れだ。

 クロムエルも穏やかに頷いてくれる。

「月一戦の折の厚意に報いたいと思っていました。助力はわたしも望むところです」

 誰に強制されたわけでもないのに、ルシエラに献身していたクロムエルだ。彼はルシエラにするように、芙実乃の願いにもまた留意するようになってくれるのだろう。

 芙実乃は景虎に黒星をつけた自分をまだ許せそうになかったが、彼を含めて同室に集まれる関係になれたそのことだけは後悔してなかった。

 景虎が皆を注目させる。

「目的の共有は終いだ。なればいまから心がけておくさわりだけ話しておこう」

 順を追って目を合わされたルシエラと芙実乃が頷いた。クロムエルに倣ったのだ。

 やや厳しめの口調で景虎が言った。

「これまでから変化したと気取られる態度を見せるでない。情報の蒐集は必須になるが、目的を悟らせぬようにすることを第一とする。関わりのありそうなことを教師たちが話題に上げたとしても、みだりに掘り下げようと思わず持ち帰れ。目的さえ見失わなければ時はとこしえにある。過去に見える時への干渉なれば、拙速にする理由はないのだからな」

 とこしえ、という言葉を使った景虎。

 この事実を、芙実乃たち新入生は、まだ月一戦がはじまる前の授業で告げられた。異世界人は母体から取り上げられる現地人と違って、即時活動できる成体で迎えられる。ゆえに、遺伝情報に老化――成長の因子を書かれない。言うなれば不老長寿の実現だ。

 が、不死ではない。

 目的さえ見失わなければと景虎が言うように、生きる気力を失うと眠りから覚めなくなり、代謝活動さえ止める特別な措置を講じない限り、やがて生命を終えてしまう。

 景虎の言葉は一見消極的に思えるが、皆に目的を与えるという意味でも、とても理に適ったものなのだ。それに、急がなくていい理由も理路整然としていて、頭だけでなく心でも十分に納得できた。

 だいじょうぶ。急いては事を仕損ずる。物事を進める時に、常に心しておかなければならないことのはず。景虎はそれだけ真剣に慎重にと皆を戒めてくれている。

 その緊張感がルシエラにも伝わったらしく、手を挙げて景虎に訊いていた。

「それじゃあ、わたしたちは何をすればいいの?」

 禁則事項まで設定されていたからか、声に怖気づいたような色が混ざっている。それなのに真っ先にそういう質問になるのは、協力してくれる意志が少しも損なわれていないからだ。

 芙実乃はその姿に、心温まるものを覚えた。

 同時に、焦燥が宥められてゆくのが感じられた。

 景虎に、ルシエラに、クロムエル。

 これだけの得がたい人たちが味方してくれている。これからも一緒にいられる。芙実乃の荷物を全員で持ってくれるというのだ。だから足取りが軽くなったからといって、一人先走ってはだめだ。特に芙実乃はブレーキが壊れているのだから。

 自分が率先してできることなど高が知れている。

 芙実乃は、ルシエラに話す景虎の言葉に横から耳を傾ける。

「ルシエラ、情報を集める、あるいは情報を持つ人物を特定するに当たり、そなたが果たす役割はこの中の誰より大きい。残る二人やわたしには重い教師どもの口も、そなたには軽くなるきらいがあるからな」

 確かにそれはそのとおりだと芙実乃も思った。

 平たく言ってしまうと、ルシエラは手のかかる生徒であり、残りの三者と較べ圧倒的に教師からのコンタクトが多い。

 熱意を見せずとも優秀な景虎、態度から何から模範生のクロムエル、景虎のパートナーとしてみすぼらしくならぬよう成績を上げたい芙実乃は、心証こそ違えど一緒くたに優等生として括られているのだと思う。

 景虎は、ルシエラにそのスタンスを損なわずに、当面は教師たちの言動をそのまま持ち帰るよう、改めて言い含めた。そもそもどういった知識が有用かは、景虎にすら見当がつけられないほど五里霧中なのだ。芙実乃にできることもその程度だろう。

 ルシエラがそれに疑問を呈した。

「そういうのは、景虎たちの担任に聞くんじゃだめなの?」

「ならぬ」

 景虎は即答した。

 話の流れからすると当然だったが、そのあまりの簡潔さは芙実乃を戸惑わせた。

 バーナディルはおそらく、教師陣の中で一番というだけでなく、この世界でも極めてレベルの高い科学者のはずだ。異世界から魂を呼ぶ業務に携わっていて、魔法分野にも慣れているという、景虎が掲げてくれた目的に最も必要となる人材に間違いなかった。

 それをさも当然とばかりに除外している景虎。

「……あの人は悪い人なの?」

 ルシエラが首を傾げながら訊いた。自分の担任ではないため、数えるほどしか顔を合わせてないはずだが、悪い印象を受けてなかったのだろう。

 景虎もさすがに否定する。

「いや。彼女は公正公明に努める、正しきを尊ぶ者だ。よく異世界人をこの世界へ融和させようと尽力してくれ、我らが不利益を被らぬ配慮を優先させる意識でいるのであろうな」

 芙実乃も同感だ。ルシエラもそれを聞くと、腑に落ちない気持ちを募らせたらしい。

 そんなルシエラにしっかりと向き合い、景虎は諭す口調になって言い聞かせた。

「よいか、ルシエラ。正しきを尊ぶ者は、正しきに転ぶのだ」

「……正しきを尊ぶ者は正しきに転ぶ?」

 景虎の言葉をルシエラは口に出して反芻し問い返した。クロムエルは特別な反応を何も見せなかったが、表面上同じ態度を取った芙実乃のほうは、ルシエラ同様景虎の真意を量りかねていた。言葉どおりの意味ならまるで、正しいことが悪いことや罠のように聞こえてしまう。

 景虎がそれを噛み砕いて説明する。

「それは己の正義に固執しないという美点であり、生半な者ではその境地へは達せまい。かの者のように知見を蓄えた者なれば尚更だ。しかし……な、そうした信条を貫こうという者だからこそ、信を置いてはならぬ。仮にかの者が我らの目的に理解を示そうと、それ以上に不都合な懸案が持ち上がれば、それを阻害しようととく語り動くようになる」

 景虎はルシエラが頷くのを見届けると、結論を短い言葉で言い表した。

「そのような者を味方とは呼ばぬ」

 芙実乃は愕然としてその言葉を受け止めた。

 公正で公明で、だからこそ信じるに値しない。そんな人物評を聞いたのは初めてだった。しかし、より正しくあろうと、バーナディルは芙実乃たちの逆を行く。

 その可能性を低く見積もるような迂闊さを、景虎は持ち合わせない。

 ルシエラが簡単に納得したのも、魔女狩りに及んだ宗教家や騎士たちを思い浮かべたからだろう。正しいと信じれば、人はどんな愚行も裏切りも平気になる。

 景虎はそういう人の本質を見落とさず、人を量るのだろう。

 その景虎からすぐに信用されたクロムエルはあの時、どんな場合でも景虎の敵の敵になると言い切っていた。味方とはきっとそういうものだ。

 ルシエラの実感している様子を見て、芙実乃も納得する。

 だが、女子二人がよほど顔をこわばらせたからか、景虎が口調を和らげて言った。

「何。目的さえ気取られねばよい話だ。そこ以外でかの者を警戒する理由はない。そこと無縁の相談事なれば、自身の担任でない二人が行ったとて、むしろ我らの信頼がそなたらにそうさせたと受け取ろう。不自然にならぬかぎり、かの者とは親密になっておくのもよい」

 言い替えれば、と景虎は前置きした。

「バーナディル・クル・マニキナは、現地人の中で最も味方につけたい人物、となる」

「――――だから、現時点で味方として見るべきではない、ということですね?」

 横からの芙実乃の確認に、景虎はこちらを向き及第点を与える教師のように頷いた。

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