Ep01-04-02
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ミヌガの狂態を視界に収めながら、シトス・アーフエルムはその向こうにいる人物を凝視しようとした。止める間もなく翻った刀の切っ先に、今度は手首の横で外れていた腕輪を掬われ、くるくると回されてから後方に捨てられる。景虎の頭を越す放物線を描いた腕輪は、ぶつかった壁でベクトルを使い切ると、そのまま伝うように落ちてから部屋の隅へと転がった。
刀を抜いている景虎、手首を切られたミヌガ、あるいはその手首の順で見ているべきであるところなのに、シトスの目は腕輪を追ってしまっていた。事前に回されたのが大きい。視線誘導の極みのような真似だ。誰であろうとも、その誘惑に囚われない者はないと思えた。
「話し合いの席を整えるのであれば、このようなところか」
はっとして、シトスは呆れたような声を発した景虎に視線を戻した。
そこで混乱のうちに手のひらがない腕を突き出そうとするミヌガに気づき、その腕を取る。魔法で反撃するつもりだったのだろう。振り返ったミヌガの表情が、恐慌から怒りへとスライドしていく。怒りを向ける対象として、景虎よりもハードルが低いというのもあるだろうが、景虎から視線を外せたことで、一時的に恐怖が和らいだのかもしれない。
衝動で動かないよう、言い含めなくてはまずいことになる。
「姫、落ち着くんだ。彼は、これ以上の危害を加える気はないと言っている。彼がそのつもりなら、彼から注意をそらしたわたしが生きているはずもない。また、姫を害したり痛めつけることが目的なら、攻撃が手首だけで済んではいない。彼は平和的な話し合いを望んでいる」
ミヌガからすれば、その説明は理不尽としか感じられなかったに違いない。シトスに掴みかかりながら、ヒステリックに喚きたてた。興奮しているからか、現状ではミヌガが足手纏いにしかならないのに気づいてない。二人がかりで景虎と戦う場合、シトスがミヌガを見捨てるつもりにならなければ、いいように嬲られるだけなのに。
「ともあれ魔法は思い止まってくれ。課程外で対人使用したなんて知れれば、彼よりも姫のほうが問題になる。彼のことも問題にしたくない。わかるだろう?」
ミヌガは唇を噛み、目に涙を溜めながら、振り返って景虎を睨みつけた。が――
「一つ賢くなっただけで足りぬのであれば、もう二つ三つ賢くしてやってもよいが」
心胆を寒からしめる言葉を優しげな世話焼きのように嘯かれ、腰を抜かして震え上がった。
心が挫けたのだろう。待たせて景虎を苛立たせたくはないが、何事もなく話し合える雰囲気ともいかず、シトスはミヌガに声をかけた。せめて嗚咽が止むまでは宥めるとしよう。
「わたしたちが不用意だったんだ。彼を警戒させたのはこれだ」
シトスは自らの魔導送装である腕輪を外し、ミヌガに見せてから放り投げた。それが景虎に捨てられていたミヌガの腕輪に当たり、鈍い音をさせた。部屋の隅で二人の腕輪が揃う。
「こちらだけが魔法を使える立場だった。それで密談に入ろうとしていた。せめてわたしが姫の魔法を使えない状況というのが、彼の落とし所だった。それでも、姫が命を捨てる覚悟なら我々が優位だ。そこを彼は譲歩した。姫ばかりに被せてしまっているが、痛み分けとなる」
説明を聞いて魔導門装を見続けていたミヌガだが、何かに気づいたかのようにはっとすると、がくがくと大きく身体を震わせた。気位の高さが抜け切れてないが、愚かには育っていない。敵に回してはいけない人間というものの真の恐ろしさを、思い知っているところなのだろう。
しばらくすると、居住まいを正して景虎に頭を下げるほど精神を安定させたのだった。
「け、軽挙に及ぼうとしたことを謝罪します」
「よい」
短く許すと、景虎が近寄って屈み、ミヌガを見つめた。傍らに抜き身の刀を横たえたその手には、代わりにミヌガの手のひらが拾われている。景虎は、もう一方の手で手首から先のないミヌガの腕を強引に引き寄せ、互いの断面を合わせる。
はじめは失神するのではないかと思うほど取り乱しかけたミヌガだったが、唐突に優しい、優しいとうわごとを言いはじめ、感覚など切断されて届いてないだろうに、手を繋いでもらって嬉しいという趣旨の感謝を述べるようにまでなった。
彼女の中でカタルシスが駆け巡ったのだ。
自らが切断した欠損部位を、自らくっつけようとしてやる。
全異世界を含めた知的生命体全種で探しても、このような優しさを経験したのは、彼女以外にはいないと思えるくらい、稀な優しさではあった。あるいは、それを正しく恐怖として感じ続けられるほど、ミヌガの精神は頑強にはできてなかったというところか。
さらに景虎は、合わせ目をミヌガに握らせ、保持が楽なようにと、落ちてしまうであろう手のひらを、彼女自身の胸に乗せておけるように調整してやる。ミヌガは、両手首の脈を、心臓が鼓動する胸に、挟んで押しつけるような格好になった。
「そうしておけば、じきに着くし、血止めにもなろう」
患部を心臓より高くというわけだ。シトスの理性と思考力を除いたすべての感性が、優しく柔らかい景虎の態度に疑義を挟まない。ミヌガなどは、景虎を仰ぎ見ながらうっとりと頬を染めていた。初心なものだ。明らかに恋に落ちている。鼓動に脈動、出血による身体の活性と、肉体だってこの上なく恋する状態にされ、影響がないと考えるほうが難しい。
ただ、ミヌガの心がどこに行こうと、シトスは気にならなかった。シトスの想いはまだ、故国で先に死んだ恋人にある。彼女をこちらに呼ぶ可能性を持つのが、魔法能力のあるミヌガというだけのことだった。余所の魔法少女では、言語の違いからそれが不可能なのだ。もちろん、こちらの世界の技術や設備が必須になるし、ポイント等で贖える権利でもない。
シトスが模範的でいようとする理由の大部分はその気持ちが大本だ。
こちらの世界を嫌悪こそしてないが、心酔して啓蒙活動に励んでいるとかではない。反動による鬱屈を溜めるばかりだが、それでも暴発する気などはさらさらなかった。
考えたこともなかったが、この状況は、ミヌガがシトスに支配的な気持ちを向けるようになるより遥かに都合がよい。ミヌガには、いずれ協力を乞わなければならない立場として、友好的な感情が向くように努めてきたが、延長線上にその危険もあったのだと気づいて愕然としたくらいだ。ミヌガは教養があり容姿も端麗だが、これはそういうことではない。
信頼できるパートナーという一線を、少しも越えたくないだけだ。
シトスはその危険の一切合切を事前に拭い去ってくれた景虎に感謝すら覚えていた。しかし景虎と景虎に味方するミヌガの二人にどう出るかの、想定にない舵取りには迫られていた。
「柿崎景虎――殿。改めて不手際を謝罪しよう。遺恨はない。とはいえ、自国の姫を傷つけられ、何もしないというわけにもいかない。剣を取らせていただきたい」
「何を言っているの、シトス。非はこちらにあるのに、こんなに良くしてもらっているのよ」
ミヌガに非難されるが、諭そうという口調だった。賭けは成功したと見て良さそうだ。
「姫、無礼は承知の上だ。しかし、ここで剣を取らぬ惰弱者と見られては、友誼を結ぶ価値を認めてもらえないだろう。姫の真心さえ軽く見られても、否定しづらくなると思うが?」
「それは……そう、軽く思われてはいけないわ。誇りを持つ国の者だと証明しなければ。でも怪我くらいならこっそり治せるけれど、蘇生が必要になったらどうすればいいの?」
ミヌガは魔法がなければシトスが死ぬと思っている。そもそも、景虎の対人殺傷力をミヌガに吹き込んだのは、シトス自身だ。シトスはミヌガに頷いてから、景虎を見た。
「では、寸止めでの試合を受けてもらえるだろうか?」
「わたしは当たった感触で刀を止める質ゆえ、その修練はしておらぬが。それに、最初から止める気で剣を振られるのも不快だな。そなたがわたしに合わせるがよい」
ぞっとする領域の話だ。そういえば月一戦でもそんな真似をしていたか。景虎はそうして、ただの模擬戦を実戦さながらに経験を積む場にしてきたのだろう。シトスは肩を竦める。
「わたしの寸止めは、全力で振っても当たる気配があれば止められる。それを、当たっても振りきらない、にすればよろしいか? 力を込めて振らん貴君のようには止められんが」
景虎が鷹揚に頷いて、ゆらり構えた。切っ先の血は、その前の流れるような動作で振り落とされている。シトスはミヌガを挟んだ位置から動き、抜きながら向かい合った。
年度総代と言ってもシトスの剣の腕は十番手程度で、身体評価も三桁台に入っているかどうかだ。シトスが無敗で勝ち抜けたのは、ミヌガの優れた魔法能力と利き腕が違っていたという幸運が大きい。利き腕を突き出すというベーシックな魔法使用が、利き腕でないほうでぴったりイメージリンクする。テンポの速い剣と魔法の連携がシトスの強みだった。
剣の腕だけでなら、経験の差で現在のクロムエルには勝ちの目があるが、すべての素質で彼に劣っているのを確認している。使う剣術の基本理念が彼と似たシトスでは、それを鮮やかに崩した景虎に勝てる目は少ない。優位なのは明確に長い剣を軽くしているところか。
とはいえ、特別権限で見れた景虎の刀は、どういうわけか硬質化されていない。つまりは折れる。それを考えると、剣の重さは元のままにしておいたほうが良かったとも言える。
だがその泣き言は言うまい。
刺突で牽制。距離を詰めさせない。軽量化にはこうした利点もある。剣が重かった時にはできなかったバリエーションだ。こういう世界でこそ可能となったアクションには、景虎とて想定しきれてはいまい。経験だけはこちらが勝っている。
しかし、景虎もさすがで、三撃目で早くもタイミングを見計らって、剣の左側から懐に入って来た。刀の峯側を立てて、きっちり防ぐ態勢でもいる。左側では力で押しきれない。剣の角度を変えながら斜めに退き、離れて一息。景虎の刀がゆらめく。身体も。
シトスは息を呑んだ。バダバダル戦、クロムエル戦を見て、知ったつもりになっていたが、対峙してみれば別物だ。シトスはこれをフェイントだと思っていた。身体を楽に先に動かすためだと言った後輩の言葉も理解していた。だから、そうした楽に乗じて、ついでのように相手を惑わせているのだと。両方当たってはいる。だが違う。密度が違うのだ。
あれは、どうとでも動けるような準備という意味合いで行っている動作だ。つまり、どこででも動く実体を伴った予備動作として、同時にあらゆるフェイントにもなっている。
その結果もたらされるのは、圧倒的な情報量。
鞭のようにうねる刃が、鈍い銀光を絶えず明滅させる。黒い花弁を散らし撒きながら、虹光を放つ妖精がその黒花の芳香を運んで来るような、不確かなものまで見える。
これを通常の脳で処理しろと?
一人が相手なのに囲まれかけているような焦燥感が消えてくれない。
感覚派の総代である後輩と違い、シトスは自分を分析力で戦うタイプだと思ってきた。だが、分析に必要になる肝心の情報は、シトスとて経験則に基づいた感覚で集めざるを得ない。その段階でこんなにも多くの徴候を察知させられては、持て余す一方になる。
警戒も放置も、正解であり不正解でもあるという、不条理な数式を次々と見せられているような時間。待っていればただただ景虎に、こちらをどう崩すか見定める時間を与えてしまう。クロムエルのように、主導権を委ねないようにするのがやはり唯一の活路か。
シトスが決断しかけたその時、景虎の視線と肘と刀が、ある一点への攻撃になる刹那の一致を見た。胴。長い剣で防ぐには窮屈で、軽くした弊害で押しにも弱くなった箇所。ここに来る。確信すると、それを躱して即座に剣を振れるよう、左へと踏み出していた。
が、景虎はそれを見越したような位置に踏み出している。
刹那のあれが誘いだった?
景虎はずっと、合わせた目をちらりとも逸らさず、俯瞰するようにこちらを見ていた。その眼球が微かに動き、身体や刀のゆらめきが意思を統一させたかのように連動したのは、本当に一瞬とも言いがたいような刹那だったのだ。察知できる限界。だからこそ確信した。
シトスはそれに釣られてしまった。
思えばバダバダルもそうだったに違いない。召喚史上最高の肉体と反応を持っていた男だ。単純な身体の振りに釣られるはずもない。だが、あんな刹那の徴候を気取れる人間がどれほどいるというのか。少なくとも、シトスの世界の人間で、シトス以外にあれを気取れた者がいるとは思えない。つまり。
柿崎景虎にとっては、世界最強くらいが、思うがままに躍らせられる手ごろな格下なのだ。
シトスは血を凍らす。計算して、逃げ場を奪い、仕留める。そういう意識では、最初の段階で躓いてしまうような相手。経験を信じ、感覚に身を委ねると決める。安全に戦っている意識がない分、精神は常に粟立つが、あらゆる挙動が一段速まるはずだ。
剣と刀がすれ違う。
攻め手を気取り合った同士が互いに一歩退くことを選び、ぶつけることを嫌った景虎が刀の軌道を変えた。動く。動かせない。景虎の動く先を狙った空撃。景虎の動きを先読みしようとしてはいけない。動きだしを見て反応する。徴候がないせいで景虎の動きは意外で早く感じるのであり、決して速くはない。見てからでも牽制が間に合う。
クロムエルは最速の攻撃を繋ぐことで、それができると考えたのだろうが、すべて躱されて前に出られてしまった。狙いを未来の景虎でなく、現在の景虎にしてしまったからだ。速くないといっても、動き続ける景虎をそれで捉えるのは難しい。
剣の速度がいかに景虎の身体より速くても、動かす距離が長い分だけ、目的を達する早さで負ける。剣の攻撃など、身を捻るだけで当たらない場合がほとんどだ。
クロムエルには攻撃を加えているケースで間を詰められる経験がなかったのだろう。シトスも大差なかったが、シトスにはそれを知る機会があった。勝利返上案件の要請が来る前から、リアルタイム配信で見ていたのだ。もちろん戦うつもりでそうしたわけではないが、どう戦うかを考えてしまうのは、剣を修めた者の性分というもの。公平ではないが、技量差を思えば不公平を訴えたいのはこちらだ、とシトスは自虐的に思う。
一合も打ち合わせない応酬が続く。
シトスの意図ではなく、景虎の意思の顕れだ。刀で防げるのにそれをしない。やはり刀の損耗を嫌うか。逆に景虎の攻撃は、剣での防御が間に合わないような角度やタイミングが選ばれている。見て感じて避けるしかない。その結果が、この静かな戦いだ。
聞こえるのは自身の息づかいと空振る剣の風切音。激しくは動かない景虎の、呼吸は平常に保たれているし、振るう刀は空気さえ優しく切り裂いて、奏でる音は皆無に等しい。
戦闘なのに日常の軽作業でもこなしているかのようだ。もしかすると、生徒の中で最も体力の評価が低いにもかかわらず、継戦能力では逆に抜きん出ているのではないか。それに加え、パフォーマンスを落とさないという意味では、質的にも他の追随を許さない。
クロムエルが勝負を急ぐはずだ。最高の状態を維持できるうちに勝負しなければ先がない。配信では見落とし、いや、聞き逃していた。
シトスは狙いを替えた。見て動く意識を残したまま、先手を取りに行く。
すると戦いは一転して打ち合いになる。
受け流しへの対抗策は振り切らないこと。当ててすぐ引く意識でいれば、こちらの勢いを利用されることもない。攻撃を繋ごうとするから、それを断たれてしまうのだ。単発を繰り出すのでも、速さで凌駕し続ければ、主導権を渡さずにいられる。
剣と刀をぶつけ合う小気味良い音が連なり、リズムを刻んでゆく。
だが、刃に当てられたのは一度だけ。二撃目からはすべて峯側で受けられている。刃を潰す意図はないから、それはかまわない。刀を折りに行くつもりもない。現実的ではないからだ。折れない加工をしない得物と戦うのはこちらでは初めてになるが、硬度の差をそのまま対象の脆さと履き違えるほどシトスはおめでたくない。
シトスが重要視するのは、景虎の刀を自由にさせないこと。防御に刀を使わせているうちは、躱した直後や攻撃の最中に景虎の刀を警戒せずに済む。このまま主導権を握り、速さが活きる局面を待つ。分はまだ悪いか。質を維持した継戦能力勝負になるのだから。
しかし、その勝負での決着がまだ先の段階で景虎が動いた。
上体を起こし、距離を取るような体勢だ。悪手。間合いを狭めるならまだしも、拡げる方向でその遅さは致命的だ。そんな緊張感さえなくすほど与しやすいと侮ったか?
シトスは景虎を詰ませる手順を組み立てた。勝ち筋が見えた。四手目で景虎の肩にこちらの剣が届く。だが、最初の一手目を振り下ろそうとしたその瞬間、視線は抗いがたい本能からの指令で下を向かされ、気づけば膝を床に打ちつけて首筋に刃を添えられていた。
急転直下の決着。
シトスは何が起こったのかを考える。見ることができたのは事後処理ばかりだったが、顛末はこういうことだろう。景虎はシトスの脛を退くための足場と考えていた。剣を振ろうと踏み出す、宙に浮いている脚を、だ。そんなところを寸分違わず狙い踏みされた。前後左右高低、指の関節一つ分でも想定しない位置で接地すれば人はバランスを崩す。身体能力評価一桁且つ重量級なら耐えられる場合もあるだろうが、シトスはそのどちらでもない。
武器を振るう際に踏み出す足。
考えてみればそこは、振り回される武器よりも遥かに融通のきかない動作を求められる箇所だ。狙いなら際限なく変えられる。剣の軌道だって、幾とおりかの選ぶ余地を残している。だが、その二つを確定させてしまうと、足を出す位置は単純な計算のように自ずと決まってしまう。それを無理に変えれば、まともな攻撃になどなるはずもない。
その脛を、浮かしているあいだにそっと押し止められた。
結果接地をずらされてしまった。仮に爪先の押しに耐えてそうならなかったとしても、脛を足場にした後退の一歩は、曲がるなり変速なりをするに違いない。
身体を逸らされる想定すらできていない一歩のさなかで、だ。
つまり、上体を起こしてからの一連は、相手を自らの間合いに誘い出すためのもの。
これからシトスが人に剣を指導するようなことがあれば、真っ先にこれを教えたくなるくらい、勝敗を左右する技術だ。が、これを可能とする資質はいくつあれば足りる?
人の身体を壁か段差かのように思い、扱える感性とバランス感覚。相手の予備動作だけで剣筋を見極められる目、意識、判断力。そこから相手の身体の最終的な形態を思い描ける経験に想像力。それらを瞬時にこなせる頭脳。さらには、接地する前の足にそれを合わせる当て勘。以上のすべてを、武器を振りかざす相手の前で確信を持ってやれる凪いだ精神性。
垂涎ものの稀有な能力が、最低でもそれくらいは必要だ。
肉体や脳のスキャニングでは数値化できないであろうそれらに類するものこそ、柿崎景虎が生まれ持ち培った強さ。もしそれらを数値化できたのなら、シトスやクロムエル、バダバダルのそれらは景虎に較べ、どれほど見劣りのするものになっていることか。
シトスはその量り知れない技量に畏敬の念を覚え、頭を垂れるのだった。




