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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep01-04-01

 第四章 見据える先



   1


 ミヌガ・ディ・スア・ザヴィヴァアノが、不愉快さを顔に表さず歩く理由は、最終年度総代シトス・アーフエルムのパートナーという立場ゆえ、というのもあるが、そもそもが立場なりの振る舞いを求められて生きてきたから、という気質的な部分も大きい。

 前世では最期まで、彼女は世界王朝第六十六代皇帝の末の姫だった。

 六十六代に渡って世界を統治してきた王朝を終わらせた男の名は、シトス・アーフエルム。ミヌガと同年ながら、革命を主導している知勇を兼ねた平民出の少年という噂だったが、王朝崩壊後に毒害されたのだそうだ。

 面識を得たのはこちらで、ミヌガの呼び出しに応えた彼はやや年上になっていたが、その素性を知った時ミヌガは笑った。

 痛快というよりばかばかしくなったのだ。彼は生まれた土地を治める腐敗しきった領主の軍を、地の利と民衆の力で蹂躙し尽くした。とはいえ、領主を排除した時点では、王朝に恭順の意を示してもいたのだ。それが大小さまざまな貴族の思惑が入り乱れた結果、シトスを退くに退けない状況に追い込んでしまった。だが、当初はほくそ笑んでいた貴族たちもそのことごとくが、貯め込んだ財を投げ打つことで、命を永らえる憂き目に遭ったそうだ。

 もっとも、そうなるより二年早くミヌガは死んでいる。

 戦禍が及ばないであろう土地に移され、領主の息子に襲われかけた挙句墜死した。国でミヌガは行方不明になっているらしい。到着した夜のことだったから、護衛から侍女から口を封じられてしまったのだろう。ミヌガも納得した。シトスの話にも信憑性が増したと思った。

 幸運と言えるのは、自害のつもりだったのにこちらでの魂の区分では気力喪失者にならず、魔力保持者として捕捉されたことだ。統計によると、純潔や生きる意志を失っている魂を捕捉できたことはないらしい。どちらも危ないところだった。ミヌガとしては、流されるまま弄ばれて終わっていたところをこちらで生きる運命を自ら切り開いた、と思うことにしている。

 ミヌガはこの世界をわりと気に入っていた。生活は快適だし、魔法も学業も数年来の逸材と言われている。固有魔法に目覚めなかったせいで無個性王女などという微妙な二つ名で呼ばれてはいるが、他者の固有魔法を模倣することにかけては過去に類を見ず、争奪戦では対戦依頼が殺到した。シトスが年度総代であるのにもかかわらずにだ。

 シトスとの関係も悪くない。姫として些少の丁重さを示してくれているし、唯一の同世界人女性だからといって、粘着する態度を取られることもない。異世界人の地位向上を望んでいるという点で、こちらでのスタンスも近かった。

 不満があるとすれば、現地人に不都合なことを考えているわけでもないのに、行動が慎重過ぎるきらいがあることか。していることを挙げれば、目ぼしい人材に国家貢献の重要性を説くくらい。だが、迂闊なのよりは救いがある。

 ただ、今回会いに行く人物には、首を傾げたくなった。

 柿崎景虎。

 確かに彼の対人戦闘における殺傷力には目を瞠った。しかし、肝心の対敵性体戦闘では未知数。というより苦戦は必至だろう。あれとの戦いは純粋にパワーやスピードや魔法の威力が決定打となる。身体能力年度最低では期待できないのではないか。悪目立ちしているが、こちらの世界が求める人材とは、逆を行っているようにしか思えなかった。

 また、それ以上に危険だというのもある。

 殺傷に対する忌避感のなさや、現地人にそれを揮う躊躇のなさ。それでいて、現地人からはかつてない支持を得ているという始末。あの美貌は、女性だけに止まらず、その気のない男性をも虜にしているらしい。頷けなくはないが、前の世で彼に準じる美に多く触れていたミヌガからすれば、驚きこそはあるものの、衝撃を受けるほどではなかった。だから余計に、世界貢献と結びつかない美貌などで得をしている異世界人が腹立たしい。

 彼は正しい貢献で先人たちが得てきた好感を占有しているのに、異世界人に対する忌避感自体は増幅させて、自分以外に受け持たせている。

 だからこそ目的意識を同調させておく必要があるのだろうが、担任に対する物言いといい、我の強さだって難敵中の難敵だろう。シトスのような面白味のない男に、彼のようなタイプを上手く誘導することなど、ミヌガには不可能だと思えるのだ。

 だが、年度の違う景虎と、学校側からの要請で接触できる稀な機会。月一戦の勝利返上案件の審議と同意のために、惑星の裏側にあるダンジョンから呼び戻されることなどそうはないだろう。数年に一度というケースだそうだ。それを考えれば、早い時期にあの問題児に釘を刺しておける、思わぬ僥倖と言えなくもないわけだ。

 ミヌガは景虎の部屋の外壁に触れた。これだけで中に訪問者として認識される。

 事前に来訪を告げていたからか、モニターを出現させての壁越しの問答もなく、すんなりと壁が開く。もっとも、それをしたであろう景虎は出迎えるような真似をせず、奥で刀を鞘に収めていた。こちらを向いた。さすがの美貌だった。ミヌガは自国の作法で一礼する。

「わたしは最終年度総代のパートナーで、ミヌガと言います。お迎えに参りました」

「こちらから出向くとは聞いておらなんだが、パートナーの同行をも求めておられるのか?」

「それはどちらでも。わたくしどもの慣行では、初対面の相手の住居に行くことも招くこともあまりしません。会談はどちらでもない別所を用意しています。呼び出しで済ませなかったことが最上級の礼儀。こちらはそういう手順を踏んでいるつもりでした」

「ご高配痛みいる。不徳にて、ここを空ける準備を怠ったようだ。留守居を呼ぶまでお待ちいただきたい。入って寛がれよ、と言ってはむしろ礼を失した物言いになろうか?」

「いいえ、こちらこそ配慮に謝意を述べ、厚意を受けさせていただきます」

 ミヌガは部屋に入る。景虎はわずかに目線を外して、誰かと通話をはじめていた。音が失われ、緑の光輪が左手首に浮いている。放置されているが、寛げとも言われているのだ。楽な姿勢で待っているほうが不快にさせないと見て、ミヌガは板を浮かせて座る。

 水気を抜いた植物の草のような色の床に、どことなく色味が感じられる白い壁。出て来たオブジェクトは紺系か。物は一切ない。ここに留守居が必要か、と首を傾げたくなる。しかし、そうしなければ落ち着かない、というのであれば仕方がない。

 下級貴族の子弟というところだな、とミヌガはプロフィールから見当をつけていた。

 頂に近い地位を得ていたからか、ミヌガは平民を侮蔑するような感性を持ち合わせない。彼女が嘲るのは、低い地位に固執して尊大な態度をとる輩だ。景虎はまさにそのくらいの身分。だが尊大とは程遠く、低い身分の使者として扱われているようなのに、いやな感じがしない。

 意外だった。女性教師の首を刎ねていたから、短慮や粗野なのだと少なからず覚悟していたのに、接してみればその印象は逆。他者の領分を侵さない心がけが見られる。

 上に阿らず下に偉ぶらない、という質なのだろう。これならばシトスの話も取り合ってくれるかもしれない。

 景虎と目が合った。

 何か話しかけられているようだが、彼が遮音の設定を解除してないせいで聞こえない。ミヌガは自身の魔導受装である腕輪を見せ、景虎にそのことを気づかせようとした。左手を胸の前に掲げ、それを指差す。景虎がコンソール操作で通話中の遮音を切る。緑の光輪は残っているから、通話自体は切っていないのだろう。相手方の声まで曝す設定ではなさそうだ。

 景虎が訊ねてくる。

「留守居は程なく駆けつける手筈となったが、急ぐのであれば待たずに出てもかまわぬが?」

 ミヌガはその申し出を控えめに辞退した。

 景虎との会談が済めば、勝利返上案件の審議がはじまる予定になっているが、すぐにではない。時間は持て余すくらいなのだ。不本意を強いてまで時間を詰めようとは思わなかった。

 景虎は頷くと、相手方に用件を伝え、通話を切った。

 隣からパートナーが来るのかと訊いたら違った。待つのは身支度にかかる時間と思ったが、どうやら景虎は、パートナーには外出も告げる気がないらしい。

「先の月一戦の件と聞いた。決着がついたなら知らせぬわけにもいかぬが、経緯にいちいち立ち合わせるつもりはない。話し合い自体も知らせずにおくつもりだ」

 失念していたが、彼の負けはパートナーの棄権による。その子が気に病まないはずもない。彼はそれをむしろ配慮しているというところか。同世界人に固執しているからという線も考えられなくはないが、非常に穏やかな物腰だ。

 苛烈な部分はどうやら、戦場での顔でしかないのだろう。ミヌガは先入観を改めた。

「パートナー想いでいらっしゃられますのね」

「見知らぬ者を警戒する質でな。そなたの腕輪を見てさえ、罪人かと思い怯えかねぬほどだ」

 ミヌガが首を傾げると、失言だったかと詫びられ、理由を話してもらえた。

 彼のではなく、パートナーの常識で、腕輪が罪人の証になるらしい。ミヌガの世界で言うところの、足に重しを着けさせる行為なのだろう。ミヌガの感覚だと、腕輪はわりと意味を持たないアクセサリーだ。だからこそ、シトスと揃いの魔導門装にすることも許容できている。

 入学時に同部位への装備を推奨されてそのままにしてきたが、そろそろ変更を考えてもいいかもしれない。そんな説明を交えながら、ミヌガと景虎は雑談で待ち時間を過ごしていた。

「顔のそれ……、そなたは魔導受装とやらを二つしているということであろうか?」

「眼鏡ですか? これはただのアクセサリーですね。元の世ではみだりに顔を見せないのが嗜みになっていて。落ち着かない気分に対する気休めでしています」

「ふむ。では顔を見て話さぬほうが良いのであろうか?」

「二年以上こちらで過ごしてますから、お見苦しければ外してもいいくらいには慣れました」

「用途が知れぬうちは奇矯に思えたが、見苦しくはない。似合いであろう」

 ミヌガは赤面を抑えられなかった。追従には倦んでいるはずなのに、賞賛ですらないような言葉一つでこんなふうにされるとは。良く受け取ってみても、社交辞令程度の言葉であろうに。顔を逸らしたくなるが、会話の流れからしてそんな真似はしづらい。

 そこに助け舟が来た。呼び鈴が鳴って、景虎がそちらの応対にかかってくれた。入って来たのは件の勝者。バダバダルが去った現在、新入生トップの身体能力を誇る偉丈夫だった。

「お待たせして申し訳ありません、マスター」

「かまわぬ。二人が来るまで戻らぬ時は、外しているとだけ伝えよ。仔細は話さなくてよい」

「待ちたいと言いだすでしょうが、どのように?」

「ほどほどに、とな。ここででも隣ででも好きにさせよ。あとはそなたが計らえ」

 承知しました、と偉丈夫は頭を下げた。その彼と目が合う。彼はミヌガに対しても、どうぞよろしく、とばかりに頭を下げた。事情もミヌガの立場も察している感じだ。忠誠心の高さが窺える。元の世の王宮にも、こういう態度の人間はいた。

 わざわざ勝利を返上しようというのだから、直後にそうしたくなるようなやりとりでもあったのだろう。試合映像自体は見たが、そのあとのことが開示されないのは、プライバシーに抵触するからか。仮に脅迫などがあれば治安系管理システムが付帯事項として告げるはずだし、問題があるとは思っていない。

 ちなみに、それを見られるとしたら彼らの担任くらいだが、見たのなら見たという記録が残る。その記録までごまかす手段があるかは不明だが、ここの社会の倫理観に対し、ミヌガはそこまで不信感を持っていない。シトスの見立てでもそれは同様だった。

 ミヌガは案内役として、景虎に先行して歩きだした。

 目的地は学区の外れにある。近いわけでもなく、直行するつもりだったが、新入生の居住区を抜けるまで、通りすがりの女生徒たちのことごとくに後姿を見送られているのに気づくと、ナビに人目につかない迂回路を表示させた。

 後暗いことはないのだが、自分たちが接触した生徒を模範生に仕立てている、なんて噂は好ましくない。生徒たちは自主的にこの世界に馴染み、融和を考えていると思われたいのだ。景虎との接触はいずれ月一戦の案件だったと知れるだろうが、親交があるという話が先行して定着してしまうのは避けたかった。ただでさえ景虎は目立っているのだから。

 無駄に長く歩くつもりでいたが、ナビも大したもので、それほど距離は嵩まなかった。目的の壁の前で、入室を知らせることもなく勝手に開ける。中は生徒の私室などに割り当てられるより倍程度に広い、多目的用途の予備の部屋だ。がらんとした部屋の中央にシトスがいる。

 シトスは景虎が入って壁が閉じてから喋りだした。

「良く来てくれたね、柿崎景虎君。君と話をしたくて、こうして機会を作った。ここは公用の教室だが、いまは私用での使用許可を取っていて、音声も録画も残らない。忌憚なく話をするには必要だと思ってそうさせてもらった。そこをまずは安心してほし――」

 正面のシトスが絶句して固まる。景虎の美貌にでも言葉をなくしたのだろうか。

 ミヌガはそれよりも、濡れた肌に空気が触れる冷たさの正体を確かめたくなる。

 突如として手首がそんな感覚に曝されたのだ。シトスの表情の理由よりもそちらを優先したミヌガが目を向けると、手首から先がなくなっていた。どこに行った、とは思わなかった。

 どこも何も、ミヌガの手のひらはぽとりと直下に横たわっていたのだから。

 切れて落ちたのだろう。

 それを理解すると同時に襲ってきた極北の恐怖と灼熱の激痛に、ミヌガは絶叫した。

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