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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
15/140

Ep01-03-01

 第三章 名声と汚名



   1


「あの場での発言に嘘はありません」

 バーナディルはしれっと言い放った。確度九十五パーセントをやや下回る数値が浮かび、参列者たちに共有される。反応はそれぞれ。政府筋やら、学長、担任たちと、立場や関係性での片寄りがあるくらいか。やりあっているのは主に、バーナディルと学長の二人だ。

「デタラメだ。すべてをわたしの指示かのような言いざまをして」

「指示が学長からだったことと、お名前の公表はこの上なく隠蔽しましたが」

「言っていたも同然だ!」

 参列者たちはその抗議が正鵠を射ていると承知しつつも、バーナディルの証言の確度が九十パーセントを超えているのも目に入れていた。ホログラフで参加する政府関係者が口を挟む。

「学校側の方針は言わずもがなでしょう。現状で嘘の発表がなく、批判が当校止まりなら、政府としては静観が望むところです。世論は異様なほど……いや、あの容姿なら当然のようにですか、柿崎という生徒を支持しだしたようですし、余計な真似は一切したくありませんね」

「し、しかし……」

 学長が抗弁しかけるが、政府関係者に宥められる。

「まあ、落ち着いて。貴方に格別な落ち度があるわけではないことは……わかる人にはわかっていますから。責任うんぬんはほら、これ以上騒ぎが大きくならないのであれば、丸く収めることもできるでしょうしね」

 政府の方針ははっきりしている。学長だって頑迷に抗ったなんて覚えられ方はしたくないだろう。火消しに回るしかない。臨時会議は解散。とはならなかった。問題提起があった。

 担任医師からだ。曰く、バダバダルの精神的外傷が酷い。女性に対して怯えて許しを乞うとのこと。推定では、美的感覚と生存本能が綯い交ぜになった状態であるらしい。

 特に景虎、それにタフィールとパートナーへの反応が激烈だそうだ。

「別校生徒とのトレードは可能でしょうか?」

「では政府から打診しておきましょう。こちらは何かと忙しいでしょうし」

「あの、彼はその、トップの入学生ですから、トレードはトップ同士ということには……」

「それはいくらなんでも。対象は同じ、セレモニーで心に傷を負った者になるでしょうねえ」

「そ、それでは、うちはトップと最下位を入れ替えることになってしまうんじゃ」

「でしたら、最下位同士のトレードにでもしますか? ついでに蘇生された教師も赴任替えにすれば、トップを放出せずにトレードを済ませたようになりますし、各々に利点がないわけでもない。まあ、柿崎という生徒に対する処分だと世間に受け取られたら、おしまいという気もしますがね」

 青くなった学長を視界に収めながら、バーナディルは発言した。

「柿崎さんを士官学校へスキップさせる、というのはいかがでしょうか?」

 もちろんこれは却下される。前例のない処遇でもあるし、何より、魔法や常識を教えないまますることではない。

「世間受けとしては、価値のある提言でしたけどね」

 政府関係者はそう言うが、この提言はそもそも彼に向けてのものではない。それを議題に出すことによって、景虎を最下位として扱う難しさを、全担任で共有したかったのだ。

「現状の成績評価で放置すれば、いわゆるトップ食いを繰り返してしまうでしょう。柿崎さんを強制的にトップに据えれば、全試合の結果は、おそらく順当なものになります」

 担任たちは、概ね処置を認めるような顔だ。だが、一人の教師が手を挙げる。温厚で、異世界人に偏見を持ったりもないベテランの男だった。

「特例はどうだろう。上の生徒には下の能力が見れる者がいるし、優遇してるように見えちゃうんじゃないかな。学校にも不信感を持たれるし、異世界人同士を反目させることにもなりかねないよ。今期荒れるのはまあ、仕方ないんじゃない?」

 自分にはなかった視点。バーナディルは納得して、引き下がった。学長もまた、バダバダルのトレードを原案で受け入れて、会議は終了した。

 直後にバーナディルが向かったのは、応接などで使われる一室だ。アラルに呼び出されていたのだ。入ると、大仰な椅子型オブジェクトに座るホッコリンと、タフィールの二人がいた。いや髪が長い。実像に見えるほどの高密度ホログラフだ。机よりもやや巨大な箱型オブジェクトの上に腰を下ろし、手招きしている。バーナディルはホッコリンと並ぶまで進んだ。

「アラルなのですか?」

「正解。わたしの姿はほら、どーでもいいっちゃいいんだけど、広く知られるとまずい場合もあるでしょ」

「心得ています。で、大尉のほうは拘束……されてはいないようですが、魔法か何かで?」

「不正解。妙なことになっててね。科学者の見解を聞きたかったわけさ」

 ホッコリンは黙ったままだ。バーナディルが相槌を打つと、引き続きアラルが説明する。

「こいつさ、実は二度死んで、二度蘇生したところなんだ。なんかね、動かなくてさ、気づくと死んでんのよ。呼吸できないみたいなの。いまはオブジェクトの呼吸補助が自動で入るようにしてあるんだけど、どうもね、怒りか感情の高揚で全身がそうなるみたいなん」

「まあ、それはご愁傷様」

 芙実乃にした仕打ちを思えば、ポーズでもつけてそう言ってやりたいところだった。が、実際には色々な符合がバーナディルの脳裏をよぎり、絶句しているしかなかった。

「お、心当たりあり?」

「ええと……、実のところでは何も。ただ、あの時に空間を圧するような怒りを、菊井さんが示したことと、元の世界での彼女が動けない身体であったことが、感覚としてですが、無関係とは思えないくらいです」

 見ると、ホッコリンの口周りにオブジェクトが張り付き、しゅこしゅこと音を立てはじめていた。ぎこちなく、眼球だけがじりじりと動いて、バーナディルを睨みつけてくる。

「おいおい、軍人なんだから冷静でいなよ。感情を無にしてれば、普通に動けるんだからさ」

 高所から飛び降り、タフィール姿のアラルがホッコリンの前で跪く。すると――。

「ぽーん」

 屈託のない声を放ちながら、タフィールの首が刎ね落ちた。あの瞬間のホログラフ再生だ。ホッコリンを試す名目でからかっているのだろうが、断面の生々しさに頬が引き攣った。

 ただ、アラルはまさにその瞬間からセレモニーが終了するまでを最高速で過ごし続け、こうして休む間もなく、ホッコリンのケアまでしているのだ。心身の疲弊でテンションがどこか振り切れていたりもするのだろう。しゅこしゅこするホッコリンを見ながら、首だけで笑い転げている。ちなみに、声はタフィールとは別だ。音声パックで聞いたことになった声と同じだから、地声かあるいは常用している声なのかもしれない。

 その声を追っていたホッコリンの眼球だが、アラルの首と髪が戻ると、時間をかけてバーナディルに向けて折り返してきた。抑制された声で言う。

「それで、どうするつもりだ」

 軍人の端くれらしく、某かの訓練の賜物なのだろう。感情を鎮めたようだ。

「どうする、とは?」

「俺の身体をどう治すつもりだと言っている」

「それが立て込んでいまして。同僚の個人的な健康相談に費やしている暇が取れるかどうか」

 暇がない、と言っているのに、ホッコリンはしゅこしゅこと無駄に返事を遅らせる。

「おまえの生徒の不始末だ。責任は取ってもらうぞ」

「それなら、それを立証して軍にでも学校にでも訴えたらどうでしょうか。わたしに対処するように、正式な手続きで指示が来るかもしれませんし」

 もっとも、それが芙実乃の仕業だという立証は、バーナディルにも不可能だろう。ホッコリンはしゅこしゅこと呼吸に不自由はなさそうだが、苦しげではあった。

 バーナディルは意趣返しをやめる。

「一時的な症状という可能性もありますから、いまは様子見しかないでしょう」

「死んでも治らなかったのに?」

「まあ、あまりにも未知で、何から検査すればいいのやら見当もつけられませんが」

「魔法でなんとかならんのか……」

 異世界人や魔法を毛嫌いするホッコリンだが、縋りたくなる気持ちはバーナディルにもわかる。アラルが、タフィール顔で人の悪い笑みを浮かべた。

「おまえたちはいつもそれだな。普段は蔑んでいるくせに、ご自慢の科学技術でどうにもならないとすぐに魔法頼みか。ま、教えてやる。安心しなよ、おまえの望みどおり、魔法使いは無能で、魔法ではおまえを助けられないだろう。ほら、存分に蔑むといい」

 しゅこしゅこと話せないホッコリンに代わって、バーナディルが質問する。

「僭越ながら申しますと、これは魂の領域での事象ではないかと。ならば――」

「おそらくそれは勘違いだ。確かに魂の力は証明できているし、もしかしたら魔法もそれに起因するのかもしれない。だが、魂の力と魔法の威力が必ずしも比例するわけではないように、魂と魔法の親和性なんて、魂と科学の親和性と較べても、差なんてないのさ。わたしから言わせれば、むしろ、科学で魂を呼んでしまうおまえたちのほうが、魂の専門家だよ。その専門家としての見解では、どういう魂の事象が今回起こったのかな?」

「……想像ですよ。根拠のない。まあ、簡潔なイメージで、魂の体当たりのようなことが起きたのではないかと。それにより、菊井さんの苦痛の形が、大尉の魂に刻まれてしまったとか」

「そうかもね。でも、だとしたら、事は深刻だよ。下手をしたらあの子は、対象を絞らないで全人類を止めていたのかもしれないんだから」

 バーナディルは、その一端に触れた者として、慄然とする。確かに魂の事象だとしたら、距離や範囲など意味がない。あの瞬間にすべてが終わっていてもおかしくなかった。

「ま、大いに勘だけど、そこまでやばい感じはないよ。これは純然たる科学の話さ。薄いけど根拠もある。一に、これは最高速という科学の領域で起こった、科学なくしては起こらないと考えられること。二に、この攻撃を現実の形にしてしまったのが、実際には言語を送りつけてくる機械だったこと。三に、二をわずかに補強するものでもあるが、控え室の最高速を解除すると、おまえたちへの攻撃はカット、されたね? わたしもその直前に、控え室を参照するのをやめて難を逃れてたんだ。これを踏まえれば、魂なんて持ち出さない答えもあるだろ?」

「対象が最高速の影響下にある控え室に関わっていた共通点がありますね。魂の指向性、なんてどうにでも解釈できる概念を使わなくても、推論は立てられます。最高速下での会話は、小声で話したつもりになれば、そう領域内で認識されますし、個別の誰かに耳打ちしたつもりになれば、内緒話もできる。これらの複合的要因で、現在の状況がある、と」

「あの子はこいつに怒声を浴びせたが、内緒話のつもりなんてなかっただろうからね」

「怒声……未知の付加性能がある音声を、機械なりに余すところなく刻もうとして、聞く者の言語中枢を引っ掻き回した。怒りは大尉だけに向けられたのだから、想定以上の性能による言葉の刻みつけが起きたのも大尉だけ。簡単に言うと、大尉は現在、叱られた恐怖で身が竦んでいる状態でしかない。確かにこれは魂でなく、脳や心の問題で収まりそうですね。原因も菊井さんでなく、大尉が勝手に最高速状態を思い出してしまっているから、とか。通常の時間の流れで、最高速中の身体を再現すれば、それは呼吸も止まるでしょう」

 憤慨したのか、ホッコリンはしばらくしゅこしゅこしていたが、やがて平静を取り戻した。

「だったら俺は治るんだな?」

 バーナディルは力強く承った。

「ええ。心の問題ですから。精神的外傷で戦えなくなった異世界人が、最前線で大活躍するくらいの確率で治るはずです。日頃、彼らの惰弱を批判しておられる大尉なら、もうこの瞬間にも治ってないとおかしいくらいですよ」

 蒼褪めるホッコリン。だがしかし、しゅこしゅこと呼吸が補助されるおかげで、顔色はすぐに赤みを取り戻した。彼の公式プロフィールに目を通していたバーナディルは、明るい材料を持ち出して激励しておく。

「そう焦らずに。さいわい大尉には弟さんがいるじゃありませんか。ゆっくり治すつもりでお世話になったらどうです。大尉のどうしようもなくない弟さんなら、それが一生になったって介護してくれるのでしょうしね」

 溜飲を下げたバーナディルは、アラルに退出の挨拶だけ済ませて、その場をあとにした。早くアラルを休ませてやりたかったし、少し前に学長から来るよう呼び出されてもいた。返信しないまま放置していたが、あまり待たせるわけにもいかない。学長室へと向かう。

 そこには、学長の他にもその息子と、髪が短くなった本物のタフィールが待っていた。

「タフィ担任。お加減のほうはその、よろしいのですか?」

「うん。ほら、こんなふうにしてももう、へいき、へいき」

 言いながらタフィールが首をぶんぶん振った。飛んできそうでひやりとする。学長の息子がそれを戒めているが、タフィールはどこ吹く風だ。気のあるなし以前に見える。それなのに微笑ましげでいる学長に、バーナディルは用向きを訊ねた。明日は休日だが、職員が忙しいから学生に来させないだけの一日だ。問題処理まで抱えているのにのんびりしていられない。

 しかし、要件を切り出したのは学長ではなく、彼に促されたタフィールだった。その内容は衝撃を極め、バーナディルは何を言われたのか理解できず、そのまま反問するしかなかった。

「……トレードの生徒をわたしが受け持ち、柿崎さんペアをタフィ担任に預ける?」

「うん。だってわたし、バダバダルくんとトロロローンちゃんを取り上げられちゃうんだもん。だったらせめて、代わりは景虎くんたちがいい。女の子も可愛かったし」

 バーナディルは言葉を失っていたが、初耳はどうやら学長たちも一緒だったらしい。危険だからと、タフィールに翻意するよう迫っている。学長からすれば、タフィールは親交のある家の娘なのだ。これ以上の惨劇など見過ごせたものではないに違いない。

「わたしには生徒を総代に育てあげるプランがあるんですう。それに乱暴な生徒だって、わたしなら上手にできるんだもんね。バダバダルくんがそうだったでしょ。新しいすごいやり方も思いついちゃったし、景虎くんはわたしにお任せだよっ」

 その景虎の警戒心を掻き立てたのは、他ならぬタフィールのバダバダルへの仕打ちだったのだが、この面子の前でそれを明かすのも憚られる。三者が思う以上に、景虎はその処遇に思うところを持つに違いない。監督権の譲渡をも含むこれは、断固阻止すべき懸案だった。

 目的が一致しているらしき二者に、バーナディルは心の中で大声援を送っていた。しかし、結局のところ彼女は、結論を丸投げされるはめになった。バーナディルが承諾するならば認めると、学長が言ってしまったのだ。

 それなのに、それを言った当の本人は、承諾するなという視線をこちらに向けている。

「現状、柿崎さんは学校側の要請に添ったにもかかわらず、非難を受けるところだったと、正確に認識しています。その、いわくありげなクラス変更は、不信を招くと思いますが」

 学長たちは、譲る気はないのかとか、様々な言葉を尽くして畳みかけてくる。

 バーナディルは何度も拒絶を明言しなければならなかった。それを渋々認められるかたちで学長室は退去できた。だが、室外で息をつく暇もなく、真後ろに立っていたタフィールのつぶやきを耳にする。

「そう。景虎くん、くれないんだ……」

 無感情で取り繕われた中に狂気が紛れ込む、不協和音のような声色。

 その言葉を放ったタフィールの声には、まるで刃が首の中に埋まってくるような、触れてはいけない部分を底冷えさせる何かがあった。

「……わたしにも、ようやく生徒が可愛いという気持ちが生まれまして」

「あーー、わっかるー。うーん。それじゃ、しょうがないよねぇ」

 タフィールは先に進んで立ち去ったが、バーナディルは彼女が視界から消えるまで、身じろぎすら許されないような緊張から、とうとう開放されなかった。

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