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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
132/140

Ep04-05-05


   5


「物理現象。ええっと、パラレルワールドの人がここにいる……のは、景虎くんの立場からすると世界ががらっと変わっちゃったってことになるんだけど、そんなことまで?」

 バーナディルのつぶやきに理解が及ばなかったクシニダは、深掘りを希望する。

 似たような心境だったのか、バーナディルが答える前に、タフィールも質問を被せてきた。

「これほどの物理現象を伴う、とんでもない異能を使われたって考えていいの?」

 バーナディルは頭を振る。

「いえ、おそらく、アニステア・オンディークの異能は、世界にきっかけを与える程度の、ごく些細な性質のようなものであったのかと。むしろそうでなくては、これほどの大規模な情報のすり替えを、人の脳や意識で行えるはずがありませんから」

 この異能が人の手に余る、というのには、クシニダも共感できる。

「じゃあそのきっかけは……芙実乃ちゃんに異能を、性質のようなものを移譲することで起こしたのかしら?」と、引き続きタフィールが疑問点をすっきりさせてくれる。

「芙実乃さんも、混乱はしつつも、その説明には淀みがありませんでした。よほどよく言い聞かせられていたのでしょうね。もしかすると、この異能には渡す相手の理解も必要になるのかもしれません。アニステアさんが出した使用例が、相伝者同士でばかりだったのも、理解する上での素地を整えられて育てられた者同士だから。少なくとも、過去の自分がふとそんな気になってしまったら、という想像をしてくれる相手でなければならないはずです」

「確かにそこは外せそうにないね」

 すれ違いざまに誰彼かまわずターゲットにできるなら、正体を隠して異能が使えたはずだ。

「彼女が動機やらの自分側の事情を明かしたのも、芙実乃さんから『この人からこんな仕打ちを受ける謂れがない。からかわれているだけだ』なんて真に受けない事態を回避するためにしていたのかと。それと、異能に関する記憶は異能を持っているあいだしか保たれない、を併せて考えると、この異能に関する記憶は、おそらく一時記憶を経たあとは上位次元のストレージ上にしか格納されないのでしょう。異能を持っている時の感覚は、人の脳に格納できない部分がある上、他の記憶からの関連付けを一手に引き受けてしまう。だからアニステアさんが芙実乃さんに渡したのは、せいぜいここへのアクセス権限程度だと考えられるのです」

「ネットストレージ上に外部の記憶領域か。じゃあ、異能の持ち主は異能のことがなんとなくわかる、っていうアニステアさんの話は、祖先の記憶も参照できてしまうから?」

「ええ。なんとなくなのは、たとえ親密な家族間であっても、共有できるほど思考に汎用性がないからなのでしょう。親子で渡し合っていたアニステアさんたちは、その都度、自分の記憶だけを取り戻していたふしが見られますよね。それでも、異能に関して考察をすると、過去の持ち主の経験則にわずかに触れられるから、できるできないが勘として感じられるのではないのかと。脳エミュレータの翻訳を、擦り合わせなしに一部連結しているようにシナプスを関連付けられている、といったものに近しいのかもしれません」

「うん。まあ、アニステアさんに関してなら、記憶が飛んじゃう仕組みは理解したよ。でも、それだけじゃ、わたしたちの記憶まで書き換わっちゃう理由にはなってないような……」

「そこからが物理現象です。わたしたちの記憶は、異能で書き換わったのではない可能性のほうが高い。それは、事が人一人で想像しうる範疇に収まってないからだ、と、先程も申し上げたとおりで、アニステアさんの異能は、この物理現象を引き起こすきっかけに過ぎません」

「そのきっかけって言うのが、異能、性質、外部ストレージアクセス権の引き渡し?」

「そうです。宇宙の法則というのをある種の管理めいたものと見做すと、アクセス権が別人に移ったことで、宇宙からすればストレージデータの送信先が変わることになる。このアドレスデータをチェックサム値のように宇宙が扱っているとすれば、宇宙はその瞬間に世界のデータの破損を疑い、そして、リカバリレコードを参照しての世界の修復を図ろうとするのではないでしょうか。そのリカバリレコードこそが、今日の場合、芙実乃さんの選別声発生時に不安に駆らせた精神状態になるのかと」

「それで、宇宙はそのリカバリレコードを参照して、データ、世界の復元を図った?」

「その最中……と、考えられます」

「まだ途中なの? わたしたちの側から見れば、わりと世界は元のままなのに?」

「それがおそらく、芙実乃さんが完全にここにいた芙実乃さんへと回帰するまで、ということになるのでしょう。そうすると、芙実乃さんは外部ストレージへのアクセス権をもらってないこちら側の、わたしたちと過ごしていた芙実乃さんになり、同時にそもそものアニステアさんがアクセス権の移譲などしてもいないことになって、アクセス権が戻るというわけです。宇宙がまた送信先にアニステアさんを選ぶ、と言うか、妥当な送り先になるのでしょうね」

「逆に芙実乃ちゃんが世界を元のかたちに近づけちゃうと、今度は世界が元のかたちがやっぱり正しかったって感じになって、異能を移譲された事実も残ることになる……」

「アニステアさんの言ったことが、事実に添ったことなのだと思えてきました。宇宙規模で見ますと、引力の強いほうに物が動く、程度の事象なのかもしれません」

「でも、引力って言うには、一瞬で物が動き過ぎてないかしら?」

「これは、物が動いたことになるのかどうか。景虎さんの仰られたことが、我らの感知できない事実なのだとしたら、芙実乃さんの身体は休憩室にもあるわけですから」

「んー、それもあるけど、それが正だとしてもだよ、柿崎くんのいた世界ではさ、ほら、わたしは芙実乃ちゃんと重なってたわけじゃないでしょ。つまり、いまここにいるわたしは、あの瞬間に休憩室に引き寄せられてたってことになるんじゃないの?」

「先輩はVR説、あるいは二次元説寄りで、この事象をイメージしておられてますか?」

「そうだね。複合してるイメージで考えてるよ。いま目に見えてる三次元の投影のほうが、元の二次元のほうのデータを逆に書き換えてる、みたいな」

「確かにそれなら、充分なくらい符合もありそうですよね」

「でしょ?」

 と、二人が頷き合って置き去りにされそうなので、クシニダは質問を入れに行く。

「ちょっとナディ担任。VR説と二次元説を軽く説明しておいてくれないかな」

「ああ、はい。VR説というのは、すべての事象は認識でしかない、という考え方で、我々はさながら仮想現実世界のアバターを自らの身体だと思い込んでいる、とする説です。二次元説は、我々は立体で物や空間を認識していますが、それらは二次元で構成された世界の投影に過ぎない、とする説ですね。これの主体は二次元に置くのが通常ですが、タフィ担任が仰られているのは、投影のほうが一時的に主体である二次元とは別の投影をしだしているうちに、二次元のほうが投影のほうに寄せている、という理解なのかと」

 それなら、ここにいるこの世界の三者を含め、景虎と芙実乃の計五者の言い分が、誰も何も否定されないで済みそうだ。などと、クシニダは急速にタフィールの説に傾倒しだしていた。が、それはそれで気になる部分が出てきてしまう。

「えっと、この世界ってほんとに二次元でしかないの?」

「どうなんでしょう。わたしはVR説も二次元説も思考実験としか思ってないですが。物質があろうがなかろうが、どちらにせよあいだに認識が挟まる以上、人間では両説の否定は証明のしようがありませんからね。けれど、証明のしようがないと言うのであれば、わたしの想定も似たり寄ったりですので、適宜両説を思い出しながら話を聞いてもらいたいところです」

「いやいやいや、そこはきっちりと説明しといてもらわないと」

 タフィールが食い気味に却下する。

「でも長くなるし、上手く伝えきれるかどうかも自信がありませんし、結論はほぼ一緒になりますよ。それに、わたしがパラレルワールドの話をすると、情緒的に受け入れられないみたいな反応をされることが多いので、逆に信憑性は薄れるかもしれないんですが……」

 気乗りしなさそうなバーナディルを、クシニダとタフィールで翻意を促すが芳しくない。

 だが、景虎の「わたしもわたしが置かれた状況に、いま少し詳細に考える伝手がほしい」との言を受けると、バーナディルは折れて話しだした。

「パラレルワールドの話をする前段階として情緒的なものを捨ててほしいので、まず思考方法をアナログからデジタルに変えてほしいんです。たぶん、そこが変わらないと世界改変の推移を実感できなくなると思うので。よろしいですか?」

「いいけど、何をどうすれば考え方がアナログからデジタルに切り変わるのかしら?」

「そうですね、いまからシチュエーションを三つ提示します。宇宙開闢以来の奇跡的な成功。未来永劫二度とは起こらない失敗。どちらを選ぶかが完全に半々だった些末な選択。これらは仮に時が巻き戻って同じ時を繰り返したとしても、同じ成功、同じ失敗、同じ選択になる」

「……まあ、要素が変わらない限り、そうとしかならないんだろう、とは考えられるかな」

「結構です。では中でも半々の選択について。目的地までの道で、右か左かに曲がらなくてはならない時、本来は右に行ったのに、左に行ったパラレルワールドの自分がいたなら、それは本来の自分とはある意味最もかけ離れた存在であり、別人とすら言える、はどうですか?」

「極端だね。半々の選択の逆を選んだくらいで、最もかけ離れたとまでは思えないよ。だってそこまではすべて同じ人生を歩んできたわたしなわけでしょう? 等しい可能性で存在し得た自分、としか思えないかな。感情移入ができちゃうもの」

 クシニダも頷くのを見て、バーナディルがため息をつく。

「何もわたしは、物語的なパラレルワールドを否定してるわけじゃないんですよ。アニステアさんが過去の要因を変えたように、理由があればいまの自分と真逆の行動を取った自分だっていまの自分と同存在、くらいはわたしも思いますから。ただ、変わる要因がないのに変わるのは、どんなに近似値を示していても、決定的に別の存在なのだと思ってほしいだけです」

「まあ、無理矢理になら思い込めなくもないけど、現状の場合、異能という要因があるわけだから、世界が変わっちゃってるわけでしょう。そんな思い込みまでする必要ある?」

「たぶん。ちゃんとデジタルに考えてくださらないと、物の動きやら再配置やらでつまずくと思うんですよね。どうしても自分がいた世界にこだわってしまう、と言いましょうか。せめて景虎さんのいた世界とここの世界が、いまも等しく存在できていて当たり前と思ってくださればいいんですが……」

「ああ、そういう……。二人もいい?」

 頷くクシニダの目の中で、景虎も頷いていた。

「では一旦宇宙のすべてをゼロと一で記述できるもの、と考えてみてください。空間にはアドレスを割り当て、素粒子には種別ごとに番号を割り当てる、なんて方法でも可能ですが、素粒子には我々が解析しきれていないさらなる構成要素があって、その多次元構造であらゆる素粒子が作られており、しかも単一の要素の有と無でしかない、と考えれば、ひたすらゼロと一を列挙するだけで、宇宙がゼロと一で記述できてしまうのがわかりやすくなると思います。長大なゼロと一の列が並んで、それが一つの宇宙だというイメージはできてきましたか?」

 ぎりぎり理解できるだけで、クシニダには決してわかりやすくはない。ただ、タフィールや景虎ほどすんなり理解した顔はできなくとも、イメージするくらいはできた。

 が、これを噛み砕いて質問にまで昇華できるのは、景虎だけだったようだ。

「空間ごとに物の在る無しを記述するとなると、同じ物質が違う傾きや動きをしておるのであれば、まったく別の記述になるのか?」

「類似性はあると思いますが、ゼロと一で考えていると、そんな類似性が出なくなると考えられるほうが正しいのだと思います。空間を記述する際に上下、左右、前後へのベクトル及び、電荷等の量や強さも一緒くたに物質の性質として記述してしまう想定ですから、景虎さんの仰るとおり、同じ物質が落ちているだけの時と、横滑りしている時とでは、ゼロと一の数の総計にこそ違いは出なくても、配列は三次元空間内で然るべく傾きが別になってしまうものと」

 質問者の景虎は当然として、タフィールも何やらピンときている様子だ。クシニダはと言えば、どうにか雰囲気を察する程度の理解でせいぜいだったが、それでも宇宙をゼロと一で問題なく記述できそうだ、くらいの納得はした。

 三者を見回して、バーナディルが話を先に進める。

「宇宙が、世界が長大なゼロと一だというイメージができたなら、今度はそれを長大な数列として思い描いてみてください。そしてそのゼロと一の組み合わせのすべてを網羅した状態をグラフ化して波のように表したもの、量子ビットに置き換えてみます。これで、どうです、宇宙にはどこにでもありとあらゆる物質が、どの向きで動いていてもいいことになるでしょう?」

「……でもナディちゃん、宇宙が実際にゼロと一でできてるわけじゃないんだから、仮定では可能に思えても、現実には数字を扱うみたいに上手くはいかないんじゃないの?」

「先輩までお忘れにならないでくださいよ。わたしたちが扱えてる、現実の量子だって別にゼロと一でできているわけでもないのに、ゼロと一で解釈することもある。複数の有と有が重なり合うパターンの統計が平均化するから、我々が式として扱えてるだけなんです」

「ああ、そっか。じゃあ、宇宙のすべからくが量子的な性質を内包してる、って考えるだけで宇宙はどんなかたちでも取り得て不思議じゃなくなるわけだね?」

「そうです。わたしたちが発見できてない、あるいは観測手段すらないのかもしれませんが」

 確かに、過去の可能性を変えて現在を変える、というアニステアの異能は、こうしてアナログ的なパラレルワールドを形成しはしたが、バーナディルの言うように、宇宙がそういったすべてを内包しているようなデジタルな素地を元々備えていた、とするのであれば、世界改変はわりと容易な事象になるのかもしれない、とまで思えてきたクシニダなのだった。

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