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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
131/140

Ep04-05-04


   4


 現在のタフィールは、バーナディルや景虎に対して反論を提示する役目を担っていた。

 実際は、景虎をここに連れて来た時点で、これがアニステアという生徒の引き起こした事件であることを疑ってなかったから、逆のスタンスを取ることになる。だが、決まってしまった以上仕方ない、とタフィールは引き続き、裏のありそうな景虎の発言をつつくことにした。

「自身の存在が消えても、でなくて、自身の存在を賭ける、ってところに何かありそうだって思うのは、わたしの気のせいかしら?」

「いや。確かにわたしは、ただ消える運命を待つのではなく、ささやかながら対抗手段を思いついてもいた。そなたの申すとおり、二択のうち、どちらに賭けるかであったのだ」

「芙実乃さんを死なせる以外にも、世界の改変を起こさせない方法がおありなのですか?」

 バーナディルが訊ねた。こういう時の彼女は、純粋な知識の探究者になる。道徳に反するような発想があまり得意ではない彼女は、芙実乃の殺害などという着想にも至らなかったのだろうから、芙実乃を守ろうとする一方でそこに至れる景虎の知性に食指が動いてしまうようだ。

 景虎が視線をこちらからバーナディルに移して答える。

「世界の改変ではなく、改変された世界に自らを残す、可能性だ」

「そんな方法が? 何を手掛かりに思いつき、どのタイミングで手を打ったのか、詳しく」

 間髪を入れずバーナディルが答えを促す。無理もない。こうしてここに景虎がいるという事実が、景虎の打った対抗手段の正しさを物語っている。どんな着想の実験を行い、実証を出して見せたのか、知りたくてうずうずしてしまうに違いない。

 バーナディルの望みを察してくれたのか、景虎は思考の順路まで明らかにしてくれた。

「芙実乃から事情の概要が知れた時、自分はこの世界に呼ばれなかったことになる、と理解した。同時に、自分の存在を残す手段をおぼろげに思いついてもいた。それが纏魔法だ」

 纏魔法でなら、世界を変革する異能に対抗できる。

 ふんわりとしたものでしかなかったが、タフィールは一応理解した。バーナディルもおそらくその程度の理解だっただろう。だが、一人だけ息を詰めるほどの反応を見せた者がいた。

 クシニダだ。

 この場において、唯一自身で魔法を発現できる彼女には、それだけのことで納得できるような肌感覚があったに違いない。現地人二人の理解のため、タフィールは話を振ってみる。

「クシニダちゃんは、纏魔法ってだけでしっくりきてるみたいだね。その感覚をわたしたちにも言語化して教えてくれないかな」

「あー、はい、そうですね、魔力は世界を保存する、は知ってるかと思うんですが……?」

「さすがにそのくらいはね」

「それでですね、纏魔法はたぶん、その保存をしないで、物に魔力を纏わせてるんですよ。だからもしかしたら、纏魔法には実は世界を保存する力がそのまま残ってて、世界を変革する異能にも耐えられちゃったのかなー、なんて思ってました」

「なるほど。世界を保存する力が景虎さんの身体を包み込んで、景虎さんが召喚されなかった世界に存在を継続させている、というわけですか」

「まるで魔法そのものとして――って、あ! 写真、写真。撮っても写らないってこれ、まんま魔法の現象じゃない?」

 バーナディルの感想に頷きかけたところで、タフィールはそのことに気づいた。

「写真ですか?」

「これこれ。この写真、前のわたしと後ろのクシニダちゃんのあいだの席には柿崎くんが座ってたんだけど、ほら、彼だけ写ってないでしょ。だからこれは超常現象じゃない……じゃなくて、よく知る超常現象だった、ってことになる、で、いいのかな?」

「確かに魔法は、余波として起きた物理現象しか記録には残せませんね。人の記憶映像でなら見えたりもするんですけど、機械で分析できる類いの記録にはできません。クシニダさんはお気づきになりませんでしたか?」

「わたしは魔力って感知できないんだよ。それに、魔法が記録できないって知識では知ってても、魔法を写真に撮ろうとも思ったことないんだから、実感がなくてもしょうがなくない? 軍属だから、記録の提出が必要になっても、記憶映像を提出することになるんだし」

「そうだよねえ。それで、科学的にも符合はしてるの?」

 と、自身も気づけなかったタフィールも賛意を示しつつ、現象の整合性をバーナディルに確認しておく。否定的な立場は一旦棚上げということにさせてもらう。

「ええ。景虎さんがセキュリティに引っ掛からない理由は、魔法として存在している、ということなら成立しているでしょう。翻訳も多少の見当はつきました。でも、景虎さんは、魔法としていまのように存在できる可能性を、芙実乃さんから話を聞いたさなかに思いつかれていたわけですよね。魔力は世界を保存する、だけを取っ掛かりに見出したので?」

「いや。おそらくクシニダ担当官と話していたことが思い出せたからであろうな」

「ん、わたし?」

「憶えがないのであろうが、わたしは芙実乃のパートナーなのだから、そなたと話す機会はそこそこにあったのだ。芙実乃が伸びてゆく方向だとか方針だとかも幾度か話した。纏魔法は芙実乃の得意とする魔法であったし、その性質についてはそなたが、世界の保存すらせずに剣や身体に纏わせているだけだから、他の形態の魔法よりも強く発現する、月一戦の魔法対策としてはこれだけでいいくらいだ、と。この、世界の保存をしておらぬ、というのが、アニステアの異能に対抗する手段として使えるやもしれぬ、と思わせてくれたのであろう。か細き綱としか思わなかったが、こうしてここに存在できているは、そなたのおかげと言って過言ない」

「いやあ、憶えがないけど、どういたしましてだよ」

 まんざらでもない、という顔の綻ばせ方をしているクシニダに、バーナディルが訊ねる。

「纏魔法は世界の保存をしていない、というのは、わたしが視聴した魔法講義等では言語化されてなかったと思うのですが、クシニダさんの感覚……持論でしょうか?」

 クシニダは首を傾げながら答えた。

「……感覚、かな。持論と言えば持論なんだろうけど、言語化ってことなら、わたしからしてもついさっき、初めて言語化したくらいだもん」

 タフィール自身景虎に腹案を言い当てられていたが、クシニダは自分の中でまだ言語化される前の、その感覚を景虎に知られていたことになる。纏魔法は世界を保存しない、は、この場ではクシニダのほうが先に口にしているが、景虎がそれを利用したにしては、この異常事態の説明になり過ぎているきらいがあり、疑ってかかるのがますます難しくなってきた。

 逆に、信じる態のバーナディルのほうは、純粋な好奇心だけで喋れるのだろう。クシニダに景虎に、裏付けを出させるだけのような質問を投げ放題だ。

「景虎さんが纏魔法で異能に対抗できる、と考えたのはそれでいいとして、最終的には時間はかなり取れていたことになるわけですから、芙実乃さんの殺害のほうも、同時進行できたと言えばできたはずですよね。これはなぜ思い止まられたのでしょう?」

「二択でそちらを選ばなかった時点で、それは不可能になっておるからだ。と言うのも、わたしが纏魔法の対象にしたのは、自身と芙実乃の二人。魔法でしか攻撃機会がない状況なのに、芙実乃が纏魔法で守られておるのだから、思い止まるも何も、試す価値もない」

「芙実乃さんにも纏魔法を。それは、世界改変後の芙実乃さんの記憶の保全……、ばかりでなく、世界改変の発動を止めうる可能性でもあられた?」

「前者は大いに、後者は芙実乃を死なせるよりもさらに期待薄ではあったがな」

「では現在、纏魔法は芙実乃さんの魔力を半々にして、お二人にかかっていると。どのくらいの期間お持ちになると想定されてます?」

「最長で、三月を二人で分け合った程度。最短であれば、加算されずに上書きされてしまった場合か。それでも、二人ともに二、三週は持つはずだ」

「えっと、目算ということですよね。三月とか二、三週は、どういった根拠なので?」

「芙実乃の全魔力を注ぎ込めば、纏魔法は二月持つらしい。もう一月分は、連絡のあった昼の時点で纏に使い果たした魔力が、夕になるまでに回復したであろう見込み分だな。それを最大で一月分とするから、二人で割って下限までの二、三週分だと幅を持たせた」

「つまり……、アニステアさんと話す前に二月分、この時点で芙実乃さんへの魔法攻撃は断念され、世界改変の直前に一月分、纏魔法の有効期限を延ばす重ねがけをされた……」

「昼になるまで、芙実乃はクシニダ教官の補習を受けておったからな。そこで魔力を空にしておれば、昼から夕までで回復した分しか纏魔法は持たないということだ。ただ、芙実乃は魔力の節約に伸びてゆく魔法少女とのことであるし、補習ではさほど消費してはおるまいよ」

 否定できそうな要素を見つけて、タフィールは事実確認を挟みにいく。

「クシニダちゃん、節約に振れる魔法少女は、魔力の大量消費に苦労するって聞いてるけど」

「はい。でも纏魔法なら全部込められる、って子のほうが多いんじゃないかって思いますよ。ええっとですね、魔力の大量消費が苦手って言うのは、大きかったり重かったりするものを組み立てられない、って感覚に近いんですけど、これは動態区分が放、操、って難しくなっていく順で消費されにくくなるんです。たぶん、投げる弾をこれ以上重くしても、当てたい的には届かない、って感じのセーブを先に自分でかけちゃう、みたいな」

「つまり、ベクトルに割ける魔力の範囲内でしか、総出力を調整できない?」

 バーナディルが確認を引き継いだ。彼女がイメージした数式っぽいものが、タフィールにもなんとなく想像がついた。

「個人差の大きいところだけど、節約に振れる子はそう。消費に振れる子は逆に魔力を無駄に注ぎ込んじゃってるうちに、威力や速度に適宜割り振れるようになってくるんだと思う」

「クシニダちゃんはどっちだったの?」

 単純な興味に駆られ、再びタフィールが訊ねた。

「わたしはどっちの気分もわかるにはわかりました。その分、極端な得手不得手もありませんでしたけどね。強いて言うなら、魔導門装を通じて魔法を使われるのに向かないらしくて。紫雲校では、操作性の悪いゲームキャラみたいな言われ方をしたものです」

 バーナディルが脇道に逸れた話を戻しにかかる。

「それで消費に振れる子は訓練中にも魔力が切れてしまう。対して節約に振れる子はずっとでも訓練していられる、というわけですか。でしたら、景虎さんの言う芙実乃さんなら、魔力をすべて注ぎ込んで、纏魔法を二月持たすなんてことも荒唐無稽ではないと?」

「相当魔法に威力がない子なら、そんなんなのかもね。纏魔法の場合、強度を上げれば敵性体への攻撃力の上乗せになるってされてるけど、防御で使う纏魔法なら、強度も何も継続時間さえ込めればいいわけだし、元々の消費魔力量も少ない。期間だけが延び延びにもなるよ」

「あの、そんなに弱い纏魔法でも、強い攻撃魔法が防げてしまうのは、纏魔法に世界を保存するほどの強い力が残っているからでしょうか?」

「どうなんだろうね。わたしは魔法同士で相殺が起こるからって教えられてたよ。この概念はすごく単純で、強度を強度で相殺したり、継続時間で相殺するんだって聞いてた。魔法攻撃なんて、当てたい場所よりもちょっとだけ遠くまで届くくらいにしか継続時間もないから、防御のための纏魔法なら、威力どころか、究極、属性すらいらないんだって」

「属性だと、変換効率なんて要素もあると聞きますが、それにも影響されなくなるので?」

「無属性ならね。でも、景虎くん、芙実乃ちゃんはそんなのまで使えてるのかな?」

「いや。纏の目標としてわたしはそなたと話したが、芙実乃は無属性の概念自体聞かされてないはずだ。無自覚に伸びるほうへ伸ばす、というのがそなたの方針らしく、芙実乃は雷を筆頭に、万遍はないが風、土、火、水の順で成長が見られる、と聞いておるな」

「じゃあ、景虎くんがいま纏ってるのは雷属性の纏だね。威力のほうに魔力を割り振っちゃうと、放電現象が見られるはずだけどそれもないし。なら二月は妥当なんじゃないかな」

 クシニダがバーナディルを見て伝える。

「そうですか。では、補習での消費分はその後の回復分で充分に補填されたとして、景虎さんの存在は、このままでも最低半月は持つと見てよさそうですね。それに、異能の影響による芙実乃さんの記憶喪失とやらも、はじまるまでに、同じだけの猶予を持ち得ている……」

 景虎がわずかに首を傾げる。

「芙実乃がわたしほど纏魔法の恩恵を受けられたかは疑問だな。これは、担任殿以外の二人にもいささか疑問を持たれておる事柄だが、休憩室にはわたしだけが見える動かぬ芙実乃がいたのだ。思うにあれは、意識どころか、時の流れからすら隔離されたかのような止まり方であった。わたしがかけたつもりになった纏魔法が失敗していたのやもしれぬが」

 状況を把握しきれない様子のバーナディルを、タフィールとクシニダの二人が補足して、三人のほうの経緯も共有する。と、バーナディルはこんなことを言いだした。

「それは、纏魔法の失敗ではないかもしれませんね」

「と言うと?」

 合いの手を入れて、タフィールはバーナディルに続きを促す。

「おそらく先輩方三人が休憩室を出られたころ、わたしは芙実乃さんに直に触れ、部屋に連れ帰っているんです。そしてその芙実乃さんは、景虎さんの名を口にしていた。ということは、芙実乃さんの意識は景虎さんがいた世界の芙実乃さんから引き継がれたことになる。景虎さんにだけ見えていた芙実乃さんというのが、景虎さんが召喚された世界における芙実乃さんの身体のほう、であるなら、そちらの世界の住人でない先輩がたに見れず触れられずというのも、もっともに思えるのですよ。おそらく芙実乃さんの意識だけが場所を移動してしまったのは、芙実乃さんにはこの世界の受け皿となる身体が部屋にあったから。別の世界での居場所である休憩室にはいないことになっているんでしょう。こちらに身体のない景虎さんだと、魔法として我々にも認識できるし、魔法が攻撃手段たりえるように、先輩がたのほうから触れることもできた。しかし、中に意識のない身体だけの芙実乃さんだと、何しろ意識がないのですから、魔法としての主体性、つまりこの世界の何かに影響を与える目的や方向性がまっさらで、同一人物の魔力に包まれている景虎さんだけがすり抜けられなくなる程度に影響が限定される」

 バーナディルは、話しながら出していた飲み物で喉を湿らすと、すでに考察を終えたかのようにつぶやいた。

「異能、魔法が絡みましたが、これならどうにか物理現象の範疇に収まってくれそうですね」

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