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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
13/143

Ep01-02-06


   6


「これを仕組んだのは、貴女なのですか、アラ・ル・トルテ・ナフミリヤ様」

 バーナディルはこの場に存在しない相手との会話に困惑し、浮いている芙実乃を見ていた。都合のいいことに、奥の映像で景虎の様子も同時にわかる。タフィールの背後を離れかけていた。ならば剣を収めた直後のはずだ。観客の恍惚もまだ醒めやってはいない。

 姿を見せない相手からの返答が入る。

「敬称なしのアラルを許す。仕組んだの意味は、最高速前かあとのどっちだ?」

「前です。事態が起きたことに気づいて、即座に止めたとしても、こんなに早く戻れるはずがありません。待ち構えていて、止めたのだとしてもそう。つまり、大尉と一緒に最高速に入られていたはず」

「不正解。わたしは努めて中立だけどさ、心情的には異世界人だよ。結局ね。なのに、そんなやつの手助けなんてしてるわけない。タイミングよくこうして話してるのは、首切れがあったあの日から、ずっと最高速で校内を監視して、あちこちちょっかいをかけてるからだ。いまも中にいる。わかるでしょ。しんどいの。さっさと収拾つけてきて。そうそう、新入生たちはオブジェクトで固定しちゃってるんだ。危ないから。でもそれはそれでパニックになるだろうし、それもよろしく。わたしは全職員に手出しさせないように見張る。中継も続けるようにしとくから、あの女神の一粒種みたいな子の先行きは、あんたがうまくやらなきゃね」

 長い言葉を一瞬で受け取って気がついた。実声ではなく、聞いたことになった状態だ。バーナディルから送ることはできないが、向こうの音声パックは翻訳回路を通じて受信できる。

「疑念を謝罪します、アラル。直ちに当たりたいと思いますが、その……」

 バーナディルは倒れたままのホッコリンに目をやる。芙実乃はしばらく気を失ったままだろうが、彼は、そもそも気を失うのがおかしいのだ。最悪、いますぐにでも目を覚ます。

「あれは持ち出して、軟禁しとく。その子はオブジェクトで寝かしとく」

 わかりました、と言いながらバーナディルは駆けだしていた。控え室を出る。

 景虎はステージの境界を越して、同じ道の先にいた。目で彼を追っていた観客たちが、名残を惜しみながらも喧騒を取り戻してゆく。

 バーナディルは両手を上げて、叫んだ。

「わたしと一緒に、ステージへ戻っていただけませんか、柿崎さん!」

 景虎が止まり、バーナディルは進む。天井付近のスクリーンに、自分の姿が映し出された。中継を担当するクルーたちは、すでに動き出しているようだ。

 つまりはここから、全国民が聞いているという前提で、話さなければならなくなってしまったことになる。一瞬でも打ち合わせができていれば、共同で予定調和まで持っていけたのに、景虎の喋る内容によっては、論理展開の変更まで視野に入れなくてはならないわけだ。

 喧騒はさらに大きく、悲鳴らしき声も混じりだすが、パニックとまでは言えない。バーナディルは、客席へ声をかける。中継の対象となったのだから、声量は普通に戻しておく。

「皆さんも落ち着いて。何が起きたのか説明します。シートベルトはプログラムが終了すれば外れますから、着座してお聞きください」

 左右に呼びかけながら景虎に駆け寄るバーナディル。景虎が彼女の手を注視している。その微笑みはあくまでも優しげだ。声も口調も表情に似つかわしい雰囲気で、景虎が訊ねてくる。

「そなたのその姿勢がこちらではどういう意味合いになるのか訊ねておこうか」

「……こちらから、危害を加えるつもりはない、と取ってもらえれば」

「なるほど。水責めも拘束も、危害に類することは何もしない、と」

 目聡い。あれを見ただけでそこに思い至るとは。タフィールも迂闊だったが、バーナディルが接したどの異世界人より、洞察力までもが頭抜けている。景虎は試すような口調で続けた。

「なれどそれはそなたがそうしている限り、とあらば、異なる時はどうなのであろうな?」

「同様です。わたしに害意はありません」

 思いきって、バーナディルは腕を下ろした。

「さて。それはこの場限りでないと考えても? その言葉を、そなたがいかなる正しきで違えても、わたしからの信はなくす。そう心して答えられよ」

 これが芙実乃とさして変わらない年齢で、自分より少ない年月しか生きていない少年が操る言葉だとは。不意に芙実乃の科白が蘇えった。無能で弱いあらゆる上役は容赦なく粛清する、血塗られた国獲り乱世の申し子。過酷な世の慣わしが、景虎をそう育て上げた。

 言葉を交わす前の芙実乃の畏れが、いまなら理解できる気がした。

 だがバーナディルは、恐怖の水に浸されながらも顔を上げる。

「わたしは貴方の担任です。この世にそぐわない行いには、然るべく糺さなくてはならなくなるでしょう。ですが、わたしは現状、柿崎さんに問題行動はないと判断しています。タフィ担任がそうしていたのは、教え子の彼に問題行動が累積していたからで、そういった問題のない生徒には、懲罰行為自体が禁じ――いえ、暗に濫用を戒めているだけでした。担任には、破滅的な行動を自身や他者に対して取らせないよう、それを可能にする監督権があるのです」

 ここでバーナディルは語りかける目線を観客に移した。

「現在、観客席の新入生全員に着座を強制していますが、それは監督権より上位の権限による緊急避難措置です。どちらも、行使した場合には正当性を審議されますが、権限が上であればあるほど厳格になり、不当とされた場合の社会的制裁も大きくなります」

 目線を景虎に戻し、バーナディルは言った。

「そういうことですので、これから柿崎さんに落ち度がないことを、見ている方々に説明させていただけませんか」

「ここははぐらかされておくが賢明――か」

「……恐縮です。その前に、彼女たちを連れ出しても?」

「好きにされるがよい」

 簡素なオブジェクトに載せられ、遺体たちが向こうの控え室へと消えた。経過時間も短いし、問題なく蘇生されるはずだ。それが成らないと、景虎の行為を帳消しにするプランに、国民の理解が得にくくなる。

 それに明るい材料はもう一つ。景虎がなりゆきに委ねる余地があると示してくれたことだ。勘違いでないのなら、これは大きい。

 血の痕跡も洗い流され、促された景虎がステージの中央へ。バーナディルは彼を中心に回り歩きながら、外側の新入生たちに語りかける。こうすれば、どの角度からの景虎の姿も、映像に映すことができる、という算段だった。一瞬だけ確認。中継のクルーたちも心得たもので、画面の中心に景虎、バーナディルがその斜め前という構図だ。

「はじめにこれを言っておきます。彼に人を殺すように指示したのはわたしです。ステージに上がる者は敵で、貴方を殺すためにあらゆる手段を使うことが許されている。試合時間いっぱい気を抜かず真剣に殺し合ってきてください、と。試合直前になって彼と一緒にそう理解させられたパートナーの少女は卒倒し、わたしが控え室を出る時も気を失ったままでした」

 光の変化を感じ目を向けると、気を失う芙実乃がスクリーンに映っていた。診察時に多用される斜めタイプのオブジェクトに横たえられている。どちらもアラルの仕業だろう。景虎を確かめる。剣を作ると言った時の無表情だった。バーナディルは語気を強めた。

「許可なく映すな! 寝顔を無断で見ることを、彼女たちの文化は忌避している!」

 程なく画面が戻り、少女の声でアナウンスされた。

「中継を記録している視聴者へ喚起します。記録を中断し、修正の入らない問題箇所を所持する行為は違法となり罰則が設けられます。中断せずに記録を続けますと、自動でパッチが当たり問題箇所に修正が入りますので、そのままになされることが推奨されます」

 バーナディルは景虎の正面に回り、頭を下げた。

「申し訳ありません。原因は明らかで、目を覚ますと記憶の混乱を起こすことが予測されますので、柿崎さんに近い控え室に残しました。自室や医務室で目を覚ますよりは、と」

 上目遣いで目線を求め、待つ。それが瞬間交差すると景虎は小さく頷いた。通じた、と思った。微笑みを戻した景虎を眺めながら上体を起こすと、隣に人の光を感じる。試合前に出ていたタレント少女のホログラフだ。バーナディルにマイクを向けてくる。

「ええ……と」

「控え室の件で進行を妨げましたので、インタビュアーとして、サポートしますわ。景虎様に無慈悲な殺戮を指示したのが貴女、ということでしたが、どうしてそこまでの無体を強いてしまったのでしょう。お答えくださいな」

 彼女はこっそりウインクを寄こした。撮影は彼女の後ろから。つまり視聴者には見えてない。客席の異世界人たちも、景虎とバーナディルに遮られ、まばたきが片目だけだったことなど、気にもしないはず。バーナディルは落ち着き払った硬い声で答える。

「釈明の機会をください。わたしは学校に指示されただけなのです。それは、対戦相手に同じ指示をしていた、タフィ担任、試合が終了してもないのに、ステージに上がった彼女もまた、学校から生徒にそう吹き込むよう、指示されていたはずです」

「え……そ、そんな、スクープ? これ、流してだいじょうぶなんですの?」

 ホログラフが消えた。バーナディルは信頼して、回り歩きを再開する。戻った少女は、今度は逃げるバーナディルを追うようにマイクを差し出してくる。バーナディルは冷徹な態度を崩さない、という印象を与えるよう腐心した。

「例年行事です。開校以来ずっとそうしてきました。好きで見ている人なら誰でも知っているはず。スクープではありません。わたしも本当は少し抗ったんです。でも、受け入れてもらえませんでした。抗議したことを記録に残さないでやると言われて、屈しました」

「その抗議とはなんですの?」

「先程の彼女とそこの彼は、スケジュールが遅れに遅れた、今期最後に迎えた異世界人です。ただ担任のわたし以外からすれば、好都合だったのでしょう。一週も過ごさせないうちに行われるセレモニーに、彼を出場させろ、と。準備期間のあまりの短さに、わたしは抗いました。それが通っていれば、出場するのは二人ともタフィ担任の生徒のはずでした。しかし、タフィ担任の要請ならば特例でもなんでも通してやるが、わたしには要請そのものをしなかったことにしろとの一点張りで」

「結果、こちらの世情に疎い生徒に、ここではそうするものだと吹き込まざるを得なかった、ということですのね。それは――誰ですか?」

 バーナディルは苦衷の表情、というものを一瞬だけ浮かべてみせる。

「……言えません」

「何も知らなかった生徒に責任をなすりつける、と」

「それは……。でも……誰の指示だったのかは、言えない。答えられません」

「仕方ありません。報道でもないわたくしは、式の進行に専念しますわ。それで、相手を殺すことを学校側が強要する、その思惑とはなんです。この死人が出る状況を、学校側が望んでいるとしか思えませんわね」

「はい。あ、違います。正しくは、生徒にそう思い込ませることを思惑としているのです」

「思い込ませる、とは、言ってしまえば、騙すということですわ。なぜ?」

「力場の効果を生徒に隠すためです。準備期間中は、入学前の異世界人のナビにも、それらのフィルターがかかって、知ることはできません。誰もがセレモニーに選出される可能性があった、と考えてくださって結構です。要は斬り合っても負傷しないところを大々的に見せたかった。これが学校としての思惑です」

「力場とはあの、国際会議場などにもある……気休めのようなものだと思ってましたが」

「そうなのですが、兵器や魔法を使わない戦闘での効果は絶大なものとなります。現に対戦相手のバダバダルさんは、斬られたり刺されたりしていたのに、出血がなかった」

「あれが……。わたくし、初めて拝見いたしましたので、てっきり、そういうものかと」

「違います。力場がなければ切れています、タフィ担任のように。あの時、タフィ担任は、試合時間中にステージに上がり、自ら力場解除を申請しています」

「その……こう言ってはあまりにもと思いますが、迂闊過ぎませんか?」

「動転していたのでしょう。彼女の名誉のために言っておきますが、彼女はとても生徒思いなのです。一刻も早く蘇生してあげたかったに違いありません。バダバダルさんが以前女子の部屋に押し入り、セキュリティトラップで死亡していたのを、即座に蘇生したのだと、わたしも柿崎さんとそのパートナーの三人で聞きました。控え室に入る前に挨拶に来てもくれていて。問題行動が多くて、手のつけられないような生徒にも、分け隔てのない心からの愛情を注げる女性なんです。わたしが一番尊敬してる先輩の教師でもあります」

「状況が見えなくなってしまわれたのですわね……」

「まあ、こういった学校ですから、力場を展開しないよう両者が申請すれば通るし、戦闘訓練での死亡案件も多々ありますから、慌てなければよかったのでしょうが……」

「お待ちになって。死亡案件が多発って、それは暴露してもよい話なんですの?」

「ええ。関係各位には毎回報告しています。義務ですから。普通に公表されています。今回のことも、死亡二名蘇生二名の事故で計上されるでしょう。ん……ああ、中継映像の右に出ている数字、あれは前年度新入生一年間の累計件数ですね。今年度は初日に二、と」

「平均的な一日の件数に、桁違いで届いてませんわね。計算するまでもなく」

「力場がなければ、決着は重傷か死になりますから。当然、即日、蘇生がされます」

「今回は力場があった。でも、景虎様も相手も知らなかった。学校側の狙いどおりだったのですわね」

「力場が展開されるセレモニーでの戦闘に死亡はない、と職員全員が信じ込んでいて、ミスを重ねてしまったことが、今回の結果を招きました。ただ、戦いの経緯を見ますと、柿崎さんが剣を切る用途で使用したのは初撃のみ。それで切れないと気づいたのでしょうね。時間の限り殺し合うようにという要請があったから、切る以外の用途ばかりを駆使して、成し遂げてしまわれましたが、再三言っているように、力場のことは、柿崎さんに秘匿していたわけです」

「……それはつまり?」

「彼はそのあと、剣が切れなくなっていると知りながら、タフィ担任に剣を振るったことにしかなりません」

「――そのとおりですわ」

「タフィ担任は直前に力場の解除を申請し、上が実行するとも言いました。これは絶対に、ですが、柿崎さんはその時点では、力場の意味を教えられていないのです。会場のみなさんと同様に、です」

「解除するしないの会話は、何を指していたのかわかるはずがないわけですね?」

「ご推察のとおりです。もしこの説明を聞く前に、タフィ担任と上とのやりとりを理解できていた新入生がいるのであれば、手を上げてみてもらっても?」

 少女が手を上げて呼びかけてみたが、誰一人として手は上がらない。周りを見回す動きが散見される程度。少女が頷く。バーナディルの内心とは違って、新入生たちの反応が好ましいからではないようだ。実体のほうで何か説明を受けているらしい。

 吉報だった。タフィールの蘇生成功の報告だったことが、少女の口から伝えられた。会場の空気は目に見えて弛緩してゆく。バダバダルの報がまだだが、手術や薬品による処置に着手するまでもなくて、逆に手間取っているのだろう。時間をかけているとも言える。

 潮時かもしれない。そう判断したバーナディルは、説明と式の進行を少女に託し、景虎とともに控え室へと引き上げるのだった。

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