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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep04-04-06


   6


 自室に戻った芙実乃は、すぐに魔法の訓練に取り掛かった。

 ピクスアが対北条戦対策に努めていたであろうあいだも、別にさぼっていたわけではない。きちんと不眠不休で、魔力回復量が最大になる、常に魔力を空にするやり方で毎日魔力を消費させていたのだ。ただ、今日はほぼ半日無為に過ごしてしまったため、いま魔力は満タン近くまで、不効率な回復をさせてしまったことになる。

 せめて消費の大きそうな魔法を連発するのが得策だ。と、とりあえず魔力を半分程度減らす方向で考える。だがそこで、どんな魔法の訓練にすべきか迷いが生じた。魔力を注ぎ込むのだから、消費の多い威力アップに努めるべきだ。そう思ったところで、試合場で北条にトドメを刺そうと無我夢中で使おうとした、土属性浮形態の魔法の手応えが思い出されたのだった。

 芙実乃は魔法でベクトルを扱うのが苦手だ。だからこそあの場で咄嗟に、魔法でベクトルを組み込まずに北条の頭を潰せる、最適の可能性に発想を至らすことができた。放形態で出せるのがせいぜい小石程度の大きさなのに対し、両手でなければ持ち上げられないような岩――土の塊が出せたのだ。リィフォスの魔法を真似た時にだって、岩を彼女ほどの大きさのものにはできず、三割程度の大きさの岩を的にも届かせられずじまいだった。

 つまり、ベクトルを組み込もうとさえしなければ、大きさに注ぎ込める魔力量は増やせる。正確には、効率悪くベクトルに注いでしまっている魔力を、大きさの分に回せるのだろう。

 だったら、ただ乗せるだけで人が潰れるような巨石を作れるとしたらどうだ。それならば、北条と戦うなんてリスクを負わず、奴が寝ているあいだにでも部屋に侵入して、頭を岩の下敷きにしてしまえば事足りてしまう。言いなりにした芙実乃が部屋に来るように、なんて考えるから寝首を掻かれることになるのだ。待望の即死級魔法の実現性が見えてきた。

 しかし、両手を斜め上に掲げて巨石を念じてみるが、あの時以上には大きくならず、下に落ちて砕けてしまう。なんとなくの感覚を信じるとすれば、蛇口の太さ以上の魔力をいっぺんには出せない感じだ。これの太さや勢いを増すことが、クシニダの言うところの浪費に振れる成長なのかもしれないが、芙実乃の資質は、逆の節約に振れる成長に偏っているらしい。

 浪費のほうの成長もまったくしないわけではないが、まだ節約の成長中に浪費に力を入れても、劇的な改善は見込めないとも聞く。節約のほうで威力アップに努めるなら、質的要因の改善が必須になるのだから、土の塊をきちんとした岩にすることから初めてみるか。

 だが、手ごろな岩を投げ落とすなんてやり方で、人の頭を潰しきるのは無理がありそうだ。岩を持ったまま叩き続けるほうがまだしも実現味を帯びている。が、それも机上の空論であることにすぐに気づいた。だって芙実乃は、金槌で十数回何かを叩いただけで腕がじんじんしてしまうのだ。あれはたぶん七、八歳のころのことだったが、現在の芙実乃の身長があのころの倍になってないのだから、あの時の倍も叩けるようにはなってないのが現実だろう。

 根性でなんとかするなんて見切り発車はしないほうがいい。叩くための道具である金槌でもそれなのだから、素手で掴んだ岩なら尚更困難になる。そんな状況にできたとしても、疲れで腕が動かなくなってしまったでは元も子もないのだ。景虎をこの世界に戻すために、最低でも北条は殺さなければならないし、可能な限り奴の脳を潰しておくべきだった。念を入れるのなら、奴の身体すべてを炭化するほど燃やさなければならない。

 炭化。火か。

 芙実乃は手から少し離れたところに浮形態で火を出してみるが、評価を甘くしてもガスコンロの強火くらいの威力しか見られない。しかも、魔力の減り具合を感じるに、トータルの使用時間では、とても人一人の身体すべてを炭化させるには至らなそうだ。節約の成長で継続時間は改善する見込みがあるが、しかし浮形態の火では死体処理には使えても、戦闘の役に立つわけがない。避けるまでもなく火を迂回して、襲いかかってくる北条の姿が目に見えるようだ。

 戦闘。戦闘を睨むのであれば、威力アップに努めるのも、技術力アップに努めるのも、得意の雷属性がやはり適している。痺れでの行動鈍化を繰り返していれば、いずれ感電死してくれるかもしれないのだ。ただ、元々頑丈そうな身体を持った北条が、ここの世界基準での健康をも手に入れているとあれば、感電死など期待できないのではないか。なんの工夫もなく、単なる雷撃を漫然とぶつけるだけでは、本当の勝算など立たないのが現実なのだ。

 雷魔法そのものの質を向上させなければならない。大きな土の塊も出せた浮形態で雷魔法を試してみるか、と思い立ったところで、幼少期の思い出がフラッシュバックした。

 それは、物心がついていくばくかのころに心惹かれた花火のような光景。

 あれはたぶん、母が美容院へ行っているあいだに、父と散歩していた幼稚園時代のことだ。ショッピングモールの駐車場に車を止め、母と合流してから食事や買い物をするのだと、近くの公園か別の何かの店を回っていた道すがらに、中規模然とした工場で見た光。目が悪くなるからとすぐにその場から離されたが、父は光の正体を教えてくれていた。

 溶接、と。

 当時の芙実乃は五歳程度で、溶接と聞くだけで意味がわかるはずもなかったが、鉄を溶かしてくっつけているのだ、という説明を記憶に留めておくくらいはできた。だが、その後中学卒業程度の学力を身につけたいまの芙実乃なら、この事実から類推できることもある。

 鉄を溶かせる正確な温度までは覚えてないものの、それ相応に高温でなければならない。水を沸騰させる百度程度とは比べ物にならない熱さがいるし、百度二百度では済まないはずだ。そこまでの熱さを、見渡す限りの大規模工場などではなく、小学校の体育館以下の広さの工場で出せていた。それも人が手に持てる程度の機械でそんな真似ができるのだ。もしかすると、家庭用電源プラグから供給される電力ですら使えた機械なのかもしれない。

 つまりその程度であっても、電力でさえあれば、鉄を溶かすほどの高温にできるのだ。

 芙実乃は部屋の明かりを消した。デフォルトで地上からの採光が残るようになっていたが、ナビを通じてそのわずかな月明かりさえも遮断するよう設定し直すと、立っているだけでよろけそうになるくらい、視界は完全たる闇一色となる。

 イメージは光だ。電気とは、光るように出せば出すほど高温になる性質でもあるのだろう。光れ熱せよと念じながら、指先から十センチほど離したビーズくらいの小さな一点に、出せる限りの魔力を雷の属性へと変換していく。

 すると、暗闇だった部屋にほわっとした光源が灯った。続けていると、指先には熱、鼻孔にはなんとも言い難い匂いが漂いだす。どちらも、程度としては仄かなものだが、魔力を集中させた一点がかなりの高温に達した残滓なのだと皮膚感が告げている。

 その手応えに、芙実乃は身を震わせた。

 これで貫きさえすれば、人の身体に十センチの深さの穴を穿つことができる。アイスピックのような武器として使える上、これに刺された身体は内側まで、地球レベルの医療では手の打ちようもない度数の火傷になるに違いない。それどころか、人体内部の水分を上手く熱せられたなら、瞬時にそれが気化膨張して、内側から破裂するなんて可能性さえも見えてくる。

 火属性よりも向いている雷属性の魔法とあって、ガスコンロの強火程度の炎を出すよりも、魔力消費が少ないというおまけつきだ。この消費量なら、魔力が空になって尽きても、回復で中断せずに使い続けるのも夢ではない。死体の処理にも流用できうる魔法と言えた。

 何せ、死体の処置中だということが学校側に露見しなければ、人一人の身体を余すことなく炭化させられもするであろう魔法なのだから。

 魔法の威力不足の問題が、一気に解消した。もちろん、ちょっと浴びせるだけで何もかもを灰にする魔法を使えるのが理想だが、そんな魔法が芙実乃に使える日は、十年百年費やしても訪れやしないだろう。非才の身をやりくりしてどうにか辿り着いた、この魔法で問題を解決するしか現状での打開案はない。

 世界が姿を変えたのが六日の夕方で、いまは二十四日になりたての深夜。こんな世界になってからすでに三週も経ってしまった。北条と戦うのに準備は必要だが、悠長に時間をかけてもいられない。そんな兆候はまだ微塵もないとはいえ、芙実乃から景虎の記憶が失われてしまったらそこで終わりだ。対策や訓練にも、どこかで区切りをつけなければならない。

 最低限、この熱電気の魔法をいかにして北条に当てるかの目途をつけ、決行する。

 試してみたが、操魔法化は無理だった。指先十センチの位置から離そうとすると、強い光を放たなくなってしまう。どうやら、それ以上離した位置だとこの魔法にならないか、ベクトルに回す魔力が必要で威力が減るのかのどちらかで、通常の操魔法に戻ってしまうようだ。魔法を景虎に託す場合は、景虎が数キロ離れていようが魔法は出るのだから、おそらくこれは魔法の問題ではなく、どれだけ離れた場所に意識を集中していられるかという問題かもしれない。景虎が使う場合は、位置情報を補正した意識を脳エミュレータが作ってくれるから、問題なく使える。要はスポーツ的な資質に左右されるわけで、魔法以上に改善は見込めなさそうだ。

 つまり、この魔法で人を傷つけるには、芙実乃自身が敵の十センチまで近づく必要がある。

 やはり寝込みを襲うべきか。しかし、思い出してみると、出入りを自由にした相手が芙実乃の部屋に入ろうとした時には、許可された誰それが部屋の開閉を行います、という通知が来るのだ。あれが音声なのか意識だけに訴えるものなのか気にしたこともなかったが、前者はもちろん後者ならより、気づかれずに部屋に侵入することなど不可能になる。そもそも、リィフォスたちへの連絡手段もないし、隔離寮から出してもらえる算段も相談もできないのだ。

 北条と戦うのは奴の部屋ではない。よくよく考えてみれば、北条には帯刀の許可も下りてなさそうなわけだから、奴の刀が手元にある奴の部屋での戦いなど避けるべきなのだ。その点、この隔離寮に呼び寄せることができれば、隣室でもないここへ来る北条は部屋に刀を置いてくるしかなく、丸腰の相手になる。

 だが、北条が丸腰だからといって、それで芙実乃が勝てる保証はないのだ。確かに一方的に魔法が使えるというのは大きなアドバンテージにはなろう。ただ、この魔法はアイスピックより凶悪でも、アイスピックほどには使い勝手が良くない。まったく動かせないというわけでもなく、立てた指先十センチのところに連動して動きはする。芙実乃がその位置に熱電気を起こす意識で指を動かすと付いてくるにはくるのだが、魔法そのものを動かせているのとは違う。だから、素早く振るような動作を指がすると、熱電気魔法は途中で跡形もなく消失する。

 指を速く動かそうとするあまり、魔法の意識を途切れさせてしまうせいだ。感覚的には、ライターの火を着けたまま動かすのに似ていた。威力はあれど、こんな程度の武器しか持たずに殺し合いをすれば、芙実乃は活発な小学生男子にも返り討ちにされるに違いない。

 紅焔校男子最弱であろうピクスアに北条は負けたが、あの時のピクスアは景虎仕込みの未来視を有するピクスアであり、なしのピクスアになら北条が勝っていたと考えるほうが妥当だ。そのなしのピクスアにだって、芙実乃だと何度挑もうと勝てやしないに決まっている。

 それでも、対北条に勝因が転がっているとすれば、それは北条が芙実乃を問答無用に殺すよう戦うのではなく、心を折るよう生かして痛めつける戦いをすると予想されるからだ。仮に芙実乃が一方的にふっかけた勝負だとしても、それで芙実乃の蘇生をバーナディルに依頼したとなれば、相応に激烈な処分が下ると北条とてわかっていないはずはない。

 なのに、それに対する現在の芙実乃と言えば、ばれたくないとか逃げ延びたいとかを考える本物の犯罪者よりも、殺人をカップを割る程度にしか考えてない後先などが完全にどうでもよくなっている社会不適合者。両腕と両膝の四ヶ所を貫ければ、通常医療では治癒しない重度の火傷を負って相手はまともに動けなくなる、なんて魔法を問答無用で使える強みがあるのだ。それに、そんな部位を精緻に狙えなくても、めくらめっぽうに二十回も貫けば、相手が立っていられるとも思えなかった。脳の火傷や破裂を願って、頭を狙うことさえ厭わないで戦える。

 だからいくら芙実乃が弱くても、妥協する余地のない殺意を抱く相手を生かそうなどというのは、絶対にしてはいけない油断に他ならず、この一戦に懸ける意気込みの差は明白だった。

 芙実乃にあと必要なものがあるとすれば、命中率を上げる戦法のみで、実はそれもクリアしつつはあるのだ。命中率ではないが、相手の回避力を奪う魔法の雛型を、芙実乃はすでに完成させていた。クシニダの提案に添って訓練を積んだ、風弾に砂を纏わせて飛ばす魔法。これの残る問題点は、飛び散らす範囲にムラができてしまうことと、砂の細かさと砂の固め過ぎ。発現してみると、ぼろっとした土の塊が偏りありでまばらに散らばって消える。

 これを、黄砂とまではいかなくても、さらっとした砂浜の砂くらいにしなければ、範囲に万遍なく砂が散るという状態にできず、相手の目に入るかが運次第になってしまう。実質、自分に襲いかかろうとする男から、部屋の中で逃げ回らなければならないのだから、ほんの少しの足止めにもならないような失敗をすれば、捕まって蹂躙されるのがオチだ。

 だから芙実乃は、熱電気と目つぶし、この二つの魔法を徹底的に磨き上げることにする。

 そして、不眠不休の甲斐もあって、わずか二日後にはどうにか目的を完遂できうる、最低限の完成度にまでは仕上げることに成功したのだった。

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