Ep04-03-06
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芙実乃が一番乗りらしく、訓練場には誰もいなかった。クシニダが現れたのも、十名ほどの参加者が集まってからだ。全員がクラスメイトなのは、特に評判が定まってないクシニダの補習にわざわざ参加する生徒がいないからだろう。クラスメイトの中にも、月一戦で抜けた分を補填しに来た者も少なくなさそうだ。当然なのかもしれないが、アニステアもいなかった。
「はーい。じゃあ、順番に声をかけに行くから、好きに壁撃ちでもしててくださいねー」
若干芙実乃に長く目を留めた気がするが、全員を見回しながらクシニダが声を張ると、皆がばらけてゆく。訓練場が丸いから、壁撃ちをしている分には誤射の恐れは極めて少ない。
飛来する黄砂をイメージして土と風を混ぜた放魔法を放つが、ぼろぼろの土を下手投げで投げたようにしかならなかった。見た目が土弾の貧相な失敗にしか見えないため、周囲から嘲られているような気分になる。誰も芙実乃などを見てるはずもないとわかっているのに。
と思いきや、見ていた人はちゃんといて、クシニダから早速声がかかった。
「芙実乃ちゃん、魔法を使えるようになったみたいね」
昨日までの別の芙実乃としか面識のないクシニダに、どう振る舞えばいいか考えておらず、結局芙実乃は目を逸らしつつ「はい、まあ……」と言葉を濁してしまう。怪しまれたくはないのだが、ここの世界の芙実乃が返したであろう反応とかけ離れてないことを祈るしかない。
クシニダはそんな芙実乃を思案げにじっと見つめ、コンソール操作をしてから言った。
「まわりから聞かれないように、占拠スペースの遮音とついでに遮光もしちゃったから、恥ずかしがらないでどういう魔法を使おうとしたか話してもいいよ。わかる範囲でなら使えるようになるアドバイスをしてあげられるかもだから。いま練習してるのは単なる土弾じゃなくて、砂を風に乗せるような、属性を混在させた魔法。違ったかな?」
「いえ、そのとおりです」
芙実乃は正直に答えることにした。究極的には物騒なことを目論んでいたが、この魔法は謂わばその前段階のものでしかなく、これ自体には殺傷力がないのだ。身の安全のためにも覚えておきたい魔法だ、なんて言い訳をする余地だっていくらでもある。ならば、魔法担当官の範疇で示してくれている厚意までをも拒絶していてはもったいない。
遠慮せずにクシニダの知見から学ぶべきを学ばせてもらうことにする。
「属性を混ぜることはやや高度な真似ではあるんだけど、要は気の持ち方だね。と言うのも、生活に家電が欠かせなかった世界の子たちは、かなりの確率で雷魔法を発現するけど、この雷魔法が大抵は属性が混ざったものなんだ。わかりやすいので言うと、風と水、土と火、なんて組み合わせでも電気は作れるなぁ、みたいなイメージは芙実乃ちゃんも持ってるんでしょ。だから、混ぜるのは難しくない」
そんなふうに言われれば確かに、前代未聞のことに挑戦している感じは薄れてくる。それに芙実乃が初めて発現した魔法は雷だったし、それを難しいと感じたこともない。
「でもこだわる必要もなくて、土弾そのものをさらさらの砂にできれば、操、放、投のどの形態でも砂をかけるような魔法にすることはできると思う。ただ、普通に物を投げるのと同じように、小さい物を遠くに飛ばすのって案外難しいんだ。ベクトルの込め方の特性次第ではその限りでもないんだけど、操形態でならたぶん誰にでも対象に届く魔法にできるかな」
属性を混ぜなくても黄砂のような魔法にはできる。なんて柔軟なやり方を聞けたのは良かったが、芙実乃は扱えるベクトルが弱い上に下手だから、やはり風魔法を活用する方向で行きたい。それに、芙実乃は雷属性以外での操を発現できていないし、そちらもまた無理そうだ。
「わたしは物を動かすのがまだちゃんとはできないです」
「そっか。得意属性が……何、とかはわかる?」
「雷だと思います」
「うんうん。家電とかある世界の子だもんね」
気安い感じは元のままだが、いまのクシニダは芙実乃に対し、どことなく腫れ物に触れるような話しぶりになっている。呼び方もさんからちゃんに変わっているし、バーナディルから幼児扱いを推奨されでもしているくらいなのかもしれない。
「じゃあ、風属性だとどんな感じ? 風を吹かす、風をぶつける、風で切る、ならどれが苦手とかはある?」
「ぶつける、以外はあまりうまくいかないイメージがあります」
「吹かすが不得意かあ。でも、強度、風を固める感覚はあるんだね?」
「はい」
「だったら風の爆発で砂を散らす、となると、強度の管理をどうするか。壁撃ちで風弾を見せてもらってもいい?」
遮光もされているらしいから、いま失敗しても誰に見られることもない。あるいは、護身用の訓練をつけるつもりでいるから、芙実乃が何を使おうとしているかを、クラスメイトたちに見せないような配慮もしてくれるのだろう。芙実乃が暴力被害を受けやすい境遇に置かれていることは、副担任のような立場のクシニダも、当然把握しているはずだ。
彼女くらいには見られてもかまわないと割り切って、芙実乃は風弾を壁撃ちする。
手元のコンソールで衝撃やらの数値を確認しつつ、クシニダが指導してきた。
「強度を強める意識でもう一度やってみて」
固める意識を強めて再度風弾を撃ち出すと、心なしか先程よりは魔力が多く消費されたように感じられる。あとどれくらい撃てそうという残弾の数が目減りした感覚があった。
「どうも上手い具合に、衝撃を受けると強度が弾けちゃう魔法になってるみたいだよ」
「上手い具合、になるんですか?」
「目的が目的だからね。強度に特化してく子の魔法だと硬い空気で殴るような風弾になって、圧縮された空気の解放が起こらないで終わることも多いんだ。けど、芙実乃ちゃんはバランス型だから、強度を強めた分だけ中の空気の量も増えて、ちょっとの衝撃でちょうど割れる比率を無意識で取ってるんだと思う。風を起こしたいなら、吹かすの次善くらいには適してるよ。これができないと、コア――この場合は空気量ね、空気量と強度に別個の継続時間を想定しなきゃならない、難易度の高い魔法になってくるから」
「継続時間に時差をつける。逆に、難しくしてまでそんな挑戦をする必要があるんですか?」
「あるよ。例えば芙実乃ちゃんの風弾は、纏魔法にぶつかれば相手はノーダメージだけど、時限式にすれば纏魔法にぶつかる前に弾けされて風の衝撃を与えられる。芙実乃ちゃんが得意な雷属性なら、放電のダメージを相手に与えることができたりするの」
「電気は纏で消えちゃうんじゃ……」
「魔法でできたそのものの電気はね。でも、雷系の魔法が魔法外の空気や湿度に帯電すると、火系における温度の上昇のように魔法でない魔法の余波になって、要は通常の物理現象として機械での観測までできるようになるんだ。魔法で生み出された圧縮空気は纏魔法で消えちゃうけど、圧縮空気で押された周囲の空気は纏魔法をすり抜けて相手まで届く、みたいな」
「でも、魔法で出てきた砂までは、さすがに纏を貫通しませんよね?」
「そうだけど、芙実乃ちゃんは纏魔法を使う相手を敵に想定してないんだからそれでも……」
と言いかけた直後、クシニダは若干しまったという顔をして芙実乃を見た。たぶん、きっぱりとそれを言いきってしまうのは、学校関係者として多少まずいのだろう。目つぶしなど敵性体対策でないことなど明らかだし、魔法を使わない相手を想定するのでは月一戦対策とも言いがたい。完全に人間相手を想定した魔法使用を教えていることになってしまうのだ。クシニダは、誰対策で芙実乃がこんな魔法を覚えようとしているのか、承知しているに違いなかった。
なので、芙実乃はそもそも聞いてもいないという、素知らぬ顔をしておく。
クシニダも何事もなかったかのように、魔法のアドバイスに戻った。
「ま、まあ、砂を撒く魔法なら、圧縮空気の中に砂を、属性を混ぜる魔法にすれば、あとは普通の風弾と同じようには飛ばせるんじゃないかな」
「わかりました」
「あとは……そうだな、思ったように砂を混ぜられない、砂の量が足りない、なんて感じてきたら、混ぜることにはこだわらないほうがいいと思うよ」
「別の方法があるんですか?」
「そうだね。まあ、人数も少ないしもうちょっとなら……。試してみよっか」
そう言って、クシニダはかなり懇切丁寧に指導しだしてくれた。
「風弾を、浮形態で目いっぱい強度を込めて作ってみて」
芙実乃は言われたとおりにする。さっきよりもさらに魔力が込められた消費感があった。
「そしたら、それを包み込んだ土弾を放形態で壁撃ち」
難しいかと思いきや、ただの土弾とそう変わりなく飛んでゆき、壁への衝突で爆発した。は大げさで、威力的には風船の破裂で発泡スチロールが弾けたくらいのものだ。だが、風を吹かすようにして砂を飛ばそうとした時よりは断然、目的に近い魔法になっている気がする。
「魔法を二段階に、って考えると難しく感じちゃうかもだけど、大雑把に言えば投形態も同じプロセスでするものだからね。丁寧に一つ一つやるんだって思えばむしろ簡単かもだよ」
「それはとても参考になります」
「なら良かった。あとは自主練でしてて。他の子も見てあげなきゃだからもう行くけど、一応気にすべきことを言っておくと、土を固める時にたぶん微量に水属性を混ぜちゃってるかもだから、水気を抜くイメージを心がければ、土弾を砂っぽくはしやすいと思う」
と言って、クシニダは去って行った。
まだ何も成果を上げたわけでもないが、実りある時間だったと芙実乃は充実感を覚える。元のクシニダは、威力アップの捗らない芙実乃の操魔法を見ても、魔力の節約のほうの成長が上回ってるだけだろうから気にしないでいい、というスタンスだった。芙実乃はそれを物足りなく感じていたのだが、それも芙実乃が適した方向に伸びれるような方針だったのだろう。
現にクシニダは、芙実乃が発現したい魔法を察すると、それへのアプローチ方法をいくつも示してくれ、それぞれに適切なアドバイスもくれた。何より、そのアドバイスというのが、やることを簡単に思わせてくれるところが素晴らしいと思う。教官の経験は浅いが、クシニダはそういうふうに、自身がとてもテクニカルに魔法を駆使できる魔法少女なのかもしれない。
操魔法についてもクシニダの言うとおりに違いなかった。惜しむらくは、操魔法自体に強い威力を望めないことだけなのだ。
芙実乃は明日以降の補習もクシニダに乗り替えたくなりかけたが、やめておく。放魔法の人気担当官だって、人気になる理由があるはずで、威力アップにはやはりそちらのほうが勝っていることは大いにありうる。ただ、翌日からびっしりと埋めていた一番人気の教官の補習は、帰ったら全員別の人に替えるつもりにはなっていた。相性の良し悪しを考えれば、色々な人の指導を受けてみるのもいいかと思ったのだ。人見知りを発揮している場合ではない。
芙実乃はそのあと、目つぶしの魔法を色々と試し、クシニダの補習を終えた。いつもの夕食前くらいに自室に戻ると、威力アップの訓練に取り組み、魔力が尽きたタイミングで消費の少ない目つぶしの訓練に戻して、翌朝までの時間を訓練と魔力回復に努める。朝に魔力を空っぽにしても、放課後までにはおそらく半分くらいは回復するが、魔法実習の授業もあいだには挟まるから、朝には気持ち多めに魔力を残しておくことにしたのだ。
ただ、授業中のクシニダとは、あまり喋れなかった。
クラスの女子三十二名と、男子の半数以上が参加しているため、クシニダも芙実乃にばかりかまけてはいられないのだろう。景虎の部屋に居座っているらしき男が来ていれば、その動向に目を光らせて近くにいる機会は逆に増えてくれたかもしれないが。
結局、成果を計測されただけでその日の実習授業は終わり、放課後に芙実乃は、別の担当官の補習に赴いた。だが、人気のある補習というものを芙実乃は見くびっていたらしく、直接の指導時間などはあまり設けてもらえずじまいになる。何しろ、魔法少女が六十四名に、パートナーの同伴まで認められているのだから、サッカーのグラウンドに百人がごった返したみたいになっていたのだ。
翌日、もう人気の補習になど行くのはやめて、無難にクシニダの補習に戻しておくか、と考えてみたものの、そこまでは踏みきらなかった。昨日とはまた別の担当官の補習に赴き、魔法の威力アップに励んだ。担当官に時間は割いてもらえなくても、人気の補習はクラスメイトとの遭遇がなく、また殊更に参加者同士の他人への関心が薄い。それに、芙実乃が威力アップに励んでも、周りの子のほうがばんばん強い魔法を練習しているから、なんのため威力アップに励んでいるのか、なんて勘ぐられることが一切ないのも都合良く思えた。
そうして、芙実乃は景虎が召喚されなかったこの世界で一週間を過ごし、休日を迎える。
もちろん、休日とはいえ、やることなどは魔法の訓練くらいしかない。
が、休日であるがゆえに補習時間も長くなるわけで、今日こそは充実した指導を受けられるかもしれない、と芙実乃は魔力を八割以上まで溜めて朝から補習に参加した。思ったとおり、朝はまだやや人の集まりも悪く、いつもの半数程度にしか参加者もいない。早いうちに助言をもらい自主練を続けていると、一人で参加しに来たらしい女子が、芙実乃の隣りで自主練をはじめた。気を取られたのは、その子が平均的な補習参加者よりも、頭一つ分抜きん出た魔法を使えていたからだ。一番人気ではないとはいえ、成績優秀者の足切りがない補習ではない。それとも、希望者が少なければ、多少優秀な生徒も紛れるのだろうか……。
しかし、芙実乃はそのよそ見を無駄にはせず、むしろその子を参考にして訓練を続けることにした。その子の魔法は、拳二個分大の尖らせた岩の放魔法。スピードも乗ってるし、あれを何度も当てられれば、人の頭部だって抉り削ることもできようという威力が見て取れる。正直羨ましい。と思ったらそのはずで、どうやらその子は成績下位者ではなく、月一戦で抜けたクラス担当官の補習に入った子らしかった。巡回していた担当官とは二言三言交わすだけで、やりたいことの聞き取りなどを受けた様子もない。昼休憩までには魔力が空になるだろうから、そこで切り上げても出席扱いになるかの確認しかしてなかったのだ。
見られるのが昼までなのだから、と芙実乃は本格的に模倣に熱を入れることにした。
が、担当官と話していた時の彼女の顔がふと脳裏によぎり、見覚えがあることを思い出す。ただ、実際に言葉を交わしたことまではないはずで、大方景虎を鑑賞しに来る常連の一人だったのだろうと高を括る。近場のクラスの補習でもないし、それでなくば顔など覚えはしない。それ以上気を取られないようにして、魔法の訓練に集中した。
そんな状態からの変化があったのは昼頃。
隣りの彼女が補習を切り上げる態勢に入ると、何を思ったか芙実乃に声をかけてきたのだ。どうやらちみっちゃい芙実乃が、自分を真似て頑張っているのを見て、手助けを申し出てくれているらしい。
ここは素直に感謝して受け入れよう。
と、芙実乃は人生経験から培った気質、他者からの手助けを無闇に拒絶したりしない、という経験則を活かすことにした。ルシエラではないが、彼女は美人だし優しそうだし、と。
しかし、感謝を述べようと彼女と目を合わせた瞬間、今度こそ彼女の正体をしっかりと思い出していた。声はやはり聴いたことがない。ただし、この顔は遠目で見知っているだけでもない。この一週間。よく思い出せない事柄があると、世界改変のせいで記憶が消えているのではないかと怯え、そういう事柄を深掘りするのを避けてきたが、これは明らかに違う。
その歓喜と高揚の中、芙実乃からは静かにこんな言葉が口をついて零れ出していた。
「わたしは、貴女のパートナーがまだ見せてないはずの、本当の戦い方を知っています。――リィフォス・ロー・マーミノーラさん」
それは、こんなふうに世界が改変される前、月一戦第四戦にて景虎が下していた対戦相手のパートナーの名だった。




