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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
11/140

Ep01-02-04


   4


 景虎とバダバダルの一戦を、最も理解し得た者たちは、ステージを囲む新入生たちの頭上にいた。そこは、ここのステージが魔法使用有りの試合で使われる場合、芙実乃のような立場の少女が参戦者として立つ部屋。セレモニーにおいては使用予定がないはずの部屋だ。

 その部屋での試合開始直前。

 赤髪の少年が入室した。

「どうも。ご一緒してもいいっすか?」

 声をかけられたのは、白髪の青年。

「……さっきまで向こうにいなかったか。こちらに来たのはそれでなのだがな」

「そんなこと言わないで。一人でゆっくり見ても、暇なだけでしょう」

「そういう部屋だ。向こうで一人なら、そうしないで見ても文句は言われないだろう」

「いやまあ、こんな一方的にしかならない試合、そのつもりだったんですけどね」

「総代同士で徒党を組んでいるなんて思われても、得なことなんてないぞ」

 彼らは、前年度と前々年度、それぞれ月一戦を全勝で終わらせた、年度総代の二人だった。脳に干渉をして処理を機械で肩代わりする、ここのような特別な部屋も、簡素な手続きで使用できるくらいの優遇措置は都合されていた。

「お、出て来ましたね。体重差は――ざっと四、五倍ってとこですか?」

「気になるなら自分で調べろ」

「いやあ、もう目を通してるのかなって」

「わざわざするか」

「ははは……。そーっすよね」

「そろそろ加速に入るぞ」

「はじまってからにしましょうよ」

「投擲という場合もある。最初の接触を見逃したら、ここに来た意味の半分以上が無駄になってしまう。それにタイミングは試合開始合図とリンクしてある」

「さーせん。じゃ、そのつもりでいときます」

 二人はステージを一望できる窓辺に並んだ。そこからでは、出場者の身長は指の長さほどにも見えない。が、加速処理を受けている最中なら、注目したい部分の拡大は、意識的に行うことができる。窓の細工ではなく、あくまでも脳の拡張機能だ。そこに立つ意味は、見えやすいからでしかない。

 試合がはじまる。同時に二人は、処理された遅い感覚に取り込まれた。慣れていないと、その場に立っていることすらままならない。だが、室内でリンクされた二人は何事もなく立ち続け、喋った感覚を交信し合って会話まで成立させた。

 それは実際に喋るわけではない分、加速倍率よりもさらに効率的なやりとりになる。

「足を止めるか」

「意外っすね。でかいほうが受けにまわりますか」

「少し……柿崎の歩幅が違う気がするな。それでかもな。加速で見ると感覚的な理解が悪くなる。バダバダルは相手が突っ込んで来ると予測した」

「本能なのか、考えてなのか。じゃあ接触まで、俺は交互に見る感じにしますから、先輩は美人ちゃんに熱視線を送る係りってことで」

「妙な言い回しを――――歩幅も、テンポも、微増させ続けている感じだな」

「ダッシュじゃなくて?」

「いまの感覚で最初十を数えていた一歩が、徐々に減って、十を切るようになっている。歩きから早歩き、小走り、全力疾走といくつもりだな」

「たまにやりましたね」

「戦闘でか?」

「いや、歩きで急ぎたくなった時ですよ。それを……戦闘で? どんな効果があるんでしょう。ちょっと……した記憶も、された記憶も、印象になくて」

「タイミングは取りづらいだろうな。頭で数えているだけで、混乱してくる」

「それ加速だから逆にじゃないですか。直接待ち受けてるでかいのにしちゃ、突っ込んで来てるってだけ。俺たちにだって似たような経験があって、微調整で切り抜けちゃったのを忘れてる。これっすね。おっと、でかいのが振りの初動っぽくなってきましたよ」

「こちらはやはり微加速のままだ」

「振りにいきました。交互に見てる感じじゃ、ぴったり頭を捉えますね。タイミング取りづらくしても対応した。俺の言ったとおりでしたね」

「いや、柿崎が方向を変える。おそらく斜め前。しかも、明らかに遅い」

「敵の眼前でのろくなるって……って、でかいのの振りが速過ぎる。もしかして当たらないのか。まさか、こんな避け方……」

「柿崎抜く」

「でかいの。振りの手で目が隠れてますね。気づけないでしょう」

「抜く見本のような淀みなさだな。そのまま斬りに行けるのか。速度が身体能力より勝って見えるのは、スムーズがゆえの錯覚、あるいは、鞘に仕掛けがある……?」

「美人ちゃんの剣がでかいのの剣とほぼ水平。でかいの振り抜けて。目は相手を追おうとしてますが、途中です」

「柿崎は空振らせた剣の上を悠々振っている。この時点で気づいてないなら、回避行動は取れないだろうな。狙いは頚動脈。実戦ならここで柿崎の勝ちだった」

「とんでもなく高度でしたね。こっちに来て正解でした。先輩も俺がいて良かったでしょ」

「まあな」

「でもほんと。あれで避けられるなんて、まだ、実感ないっすわ」

「動く物に当てるのは難しい。速度が一定でなければ尚更。振りにいって、速度や軌道に変化されたらどうしようもないだろう」

「先輩には経験が?」

「矢を落とし損ねたことがある。高速で振らなければ間に合わない。だが、その勢いと剣の角度では、正確に矢じりに当てねば、切り離された矢じりがそのまま来る恐れがあった。だから矢じりだけに当てにいった。そこに追い風――背中からの風だ」

「それは空振りますね。でも、自分の身体でやりますか、それ。剣も抜かずに、体当たりかまそうとしてるのかと思いましたよ」

「斜め跳びで身も捻ってたからな。バダバダルが想像以上でも、すれすれでかわせると踏んだのだろう。あのように剣が抜けるのなら、最悪受け流してもいいしな」

「計算ずくですか」

「それを言うなら接近が最たるものだな。徐々に速度を上げる気味の悪さに、バダバダルはタイミングを取ることだけに集中させられた。速度が一定する全力で接近されているだけなら、もう少し反射能力が活きた可能性はある」

「ぞっとしますね。美人ちゃん。歩道で対向者がそれをしてきて、勝手に避けるだろって目を切っちまう神経じゃなけりゃ、集中もするでしょう。ましてや戦闘中に相手への集中を切るようじゃ、それこそ論外だ。おっと、何か言ってたのが終わりましたよ」

「そんな剣では俺に傷はつけられない、だそうだ」

「気づくのはまあ無理か。兵器の概念がまだな世界の人間だと、剣のほうの切れ味って考えるのが普通ですもんね。生身のほうに防御力が上乗せされてるなんて想像もできないでしょう。にしても、舞台の実音声拾って文字化する設定し忘れてたなー。のろいまま頭で設定いじくんのって苦手なんすわ。引き続き読み上げお願いしまっす」

「まったく」

「お、つぎがはじまりそうですね。細かく見る時の分担は交代にしましょう」

「却下だ」

「ちぇ、引き続きでかいのの実況か。ってまさか、見え見えの大振りに入るつもりじゃ……」

「柿崎はバダバダルが剣を持たない左から懐に潜る算段だろう。そもそもがふらふらしていてわかりづらいが、おそらく誘いで身体を逆に傾けるそぶりをするんじゃないか」

「それにひっかかって、振り、確定しました。馬鹿です。こんな勢いじゃ止められません。もう我を忘れてるんじゃないですか。強がってたみたいっすけど、本能で悟ってるんすよ。本当なら一回死んでんの」

「柿崎懐に入り……過ぎてるな」

「あれじゃ振れないですね。って、目を突いた」

「バダバダルの剣が床を打つと見越してか。顔が下か斜めを向くから、真下に入った、と」

「……目え突いたあと、剣捻って抜いてましたよ。気持ちわりぃ」

「傷を与えられないから、攻撃を過剰にしているのか? ああ、もう片方も――同じようにしたな。通常なら両目ともに潰したことになる」

「いやいやいや。あれもう目潰しなんてもんじゃ済まないっすよ。脳まで突き入れて掻き回そうってくらいの……。実際、目玉がにゅっと伸びて脳がぐにゃったかもって……おぇ」

「バダバダル、剣から手を離す。おい、お前の担当だ。ちゃんと見ろ」

「でかいの、両手で目を覆いました。そりゃ、傷つかないからって、眼球に剣が刺さってるあいだはそういう形で拉げてるわけで。突き抜けなくて、そのまま捻られて。痛みは普通にあるし、視覚とかの感覚だって普通に……」

「貫通も裂傷もなくなる分ましだが、まあ、そうだな。柿崎がバダバダルの膝の裏に左足を乗せる。妙に早く感じる。遅いのに。妙に。ずっと。なぜか……」

「見てたから、俺、なんとなくわかりますよ。美人ちゃんね、ずっと歩きかけみたいな感じ」

「足元を見てたのか」

「俺もうでかいの、勘弁してください」

「戦意喪失してるようだからな。復調したら見ろ。それで歩きかけとは?」

「筋肉を使おうとしないから、筋肉が膨らむ前の準備が終わるのを待たない。そこを省くことで、動きだしの優位性を上げている。それで身体を歩きかけみたいにしておけば、すぐに使える筋肉の種類と出力がいい感じになるんじゃないですか」

「準備してから速く動くのではなく、先に動いてしまう、と」

「おそらく。おっと、高く跳びながら剣を左に持ち替えて後頭部を一閃です」

「刃を返す振りで転倒させようと? いや、膝裏に足を乗せた理由は先に崩しておくためか。俯き顔を覆って重心が前傾したのに乗じ、膝裏の崩しと引き倒す振りを加えた四要素であの巨体を転ばせた。最重視は膝裏。そこだけおそらく全身に力を入れた。剣の振りは最後に確定させる一手だな。それで倒れそうもなければ、剣を頭に掛けたまま体重を乗せる振りにしていたところだろう。でなければああも軽々とは振っていまい」

「つくづく高度ですね。――頭を踏みました。何もさせてやる気がないんでしょう」

「バダバダルはまだ目を覆ってるし、筋力を活かせそうもないな。言っているうちに、あれは、頸骨を突いているのか」

「何度も、何度も。刃が通らないから、一点負荷で骨を砕こうってことじゃ。殺意の塊だな、美人ちゃん」

「バダバダル、起き上がろうとせず、頸骨をかばった。言葉はやめて、許してがかろうじて判別できている」

「美人ちゃん。踏みつけてた左足でこめかみに蹴りをくれます」

「危険な部位だ。蹴られるまま横を向いたのは、脳が揺らされる危険を忌避したのか。正面で顔を蹴られるほうがましなのはそうだろうが、勇敢だな」

「いやもうそれ……。美人ちゃん。そのこめかみに左足。剣を掲げる」

「――美しい。剣の反りと同じ軌跡で先端から入れた」

「だから感覚はあるんですって。なんなんすかその感想。耳に剣があんな奥まで」

「細身で反りもゆるいから、耳穴が縦に伸びて入ってゆくのだろう。本来なら貫通して死ぬところだが、抜けば元のとおりだ。バダバダルは……両親に助けを求めているようだ」

「赤ちゃん返りですね。自分から仰向けになって、手足バタバタです。美人ちゃん。離れてやるみたいです」

「違ったな。肩寄りの肘とのあいだあたりの袖を踏みながら、左の靴底でバダバダルを目隠しだ。あそこを固定されたら、バダバダルは利き腕の右では、柿崎のどちらの足も掴めない」

「腕が上がりませんからね。左手なら、目を踏む足に届くでしょうが、美人ちゃんの目線は、しっかりでかいのの左腕です。それであっさり剣をでかいのの口に入れて……おえっ」

「剣に体重を乗せているようだな。巨大な相手を中に入って倒す。外側が傷つかないなら内側から。そういう寓話はどこの世界にもある」

「これもう、スローで見るのつらいっすわ。解除しません」

「目でも瞑っていろ。説明だけしてやる。バダバダル、右手が口に届かず宙を彷徨う。左手でようやく刃を掴むが、滑っている。見えないからまず口内に程近い部分に手探りで触れてしまい、唾液を刃にまぶしてしまったんだな。他は、対象が細くて挟む面積が少ないのと、本人の手の硬さあたりが原因だろう。それでも渾身で握れば少しは持ち上げられそうだが……」

「先輩、極限まで薄い刃を渾身で握るとか、目を瞑ってても想像したら、切れないって知ってる俺でも、背筋ぞわぞわもんですよ。それにでかいのは、切れない実感もまだでしょう」

「柿崎、体重を乗せて剣で喉奥を掻き回す」

「だから切れないんだって。美人ちゃんは気づけよ、もう。楽しんでんすか?」

「そう見えなくもないが、そもそもずっと微笑んでいるからな。だがこの状況、柿崎とて何を不可解に思えば……、動くようだ。自ら刃の腹に手を当てて――止まった」

「どっちっすか?」

「柿崎だ。バダバダルは右手を動く範囲で彷徨わせて、左手で剣を抜こうとする変わらない構図だな。いや、徐々に動きが鈍くなっているか」

「諦めちゃったのかなー」

「違う……。目を開けろ! セレモニーはじまって以来の、勝敗の瞬間を見逃すことになる」

「勝敗って……。そうか! 先に丸みのある細い剣なら、喉を直接塞げるわけですね」

「そういうことだ。しかも当然、この場で思いついた殺害方法だぞ」

「まあ、普通なら斬れば死ぬわけですから、そんなふうに窒息死させるなんてセオリーがあったはずないでしょうね。斬れないと気づいて、目突きのあたりから試行錯誤してた、と」

 それから二人は、黙したままその時が来るのを待ち続けた。

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