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異世界軍学校の侍  作者: 伽夜輪奎
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Ep01-00-プロローグ

 プロローグ


 息もできない。

 目を奪われたとかではない。指の一本すらまともに動かすことのできない少女が、死の淵に瀕している理由がそれなのだ。彼女は機械に押し込んでもらわなければ、呼吸すら自力でできない身体だった。その機械を止められれば、こんな事態にもなる。

 犯人は弟だった。

 小学四年になる弟。

 動機はふとした好奇心や、軽い気持ちではないのだろう。憎悪や殺意が溢れてしまったのだと、少女にも察しがついた。

 弟は看護士と顔を合わせないで済むくらいの入れ違いで病室に入り、余分な動きも躊躇する様子もなく、機械の操作だけをして出て行った。計画を立ててした行動でなければ、そんな手際は見せられまい。

 誰にも見つからなければいいな。

 殺されかけていると承知で、少女はそういう心配をした。自分が家族にどれほどの負担をかけてきたか、誰よりも自覚していたからだ。

 全身が動かなくなってゆく難病に罹って七年。一年自宅で療養し、現在の弟と同じ学年で最初の入院をした。自力呼吸で生命を維持することが困難になってからの二年は、機械と喉とを管で繋がれて、寝たきりよりもたくさんの手間を大勢にかけた。

 家族は、少女の入院費のため、母が弟を身籠っていたころに購入した建売住宅を人手に渡した。二年前の転院の際にも、徒歩圏内の安アパートに越してくれたそうだ。

 余儀なくされた時期はずれの転校は、小さな弟にとって苦しいものだったろう。

 また、両親の愛情が姉にばかり傾けられている、と思い込んでいる節もあった。それは年相応の誤解に過ぎなかったが、費やされている金額の桁が二つ三つ違うのも動かせない事実だ。与えられているのが十年近く前に発売された中古ゲームばかりでは、転校先の小学校での肩身もさぞ狭かろう。

 そのすべてが自分のせいだと思われていたとしても、少女には否定する言葉がなかったし、それを喚き散らすだけの声もとうの昔に失われていた。

 もういい、と生きることを諦めかける。

 生きようとする意志は絶え間なく擦り減っていて、いつでも生々しいそこに触れようとするだけで、竦むはずのない身体が痛みに備えて竦みそうになる。

 意識が覚醒しているのに、テレビのチャンネルさえ自分では換えられない生活。日中点けっぱなしのテレビは、見たくない番組を避けていった結果、ここ半年ほど学校の授業だけを流す放送局に据え置かれている。

 楽しみと言える時間は、母親が本のページを捲ってくれる毎日の三十分だけ。それだって、スムーズにいかない苛立ちや、続きをおあずけされる歯がゆさに苛まれる始末だ。

 申し訳なくていっぱいのはずが、まだそんな欲求を抱くことに自己嫌悪して、申し訳なさを募らす悪循環の日々。生きるということがこれをただ繰り返すだけなのだとしたら、未練など持つほうが難しかった。息が止まるまでの数分を耐えていれば終わりにできる。

 でも――。

 弟はどうなってしまうのだろう?

 まだ小学生なのだ。誰にも見られないようにしたからといって、警察の捜査で何も見つからずに済むほど痕跡を消せているはずもない。病院だって黙ってないだろう。犯罪性がなかったと判断されれば医療ミスになってしまう。警察に協力して犯人を特定するに違いなかった。

 そもそも、医療費の面でいろいろと相談に乗ってくれたはずの病院に、弟の殺人の責任まで持ってほしいとまでは思…………う。

 だがそうはならないから。

 せめてこの喉に繋がる管さえ自力で外せたなら、事故か自殺で済ませてもらえるのかもしれない。

 少女は腕に力を込める。

 弟が姉を殺した、なんて真相を両親に残さないため、懸命に。

 しかし、その努力は痙攣じみた動きにすらならず、少女は事切れるのだった。

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