一月十五日
眠れないので久々に日記を書いていく。
この二週間、何もせずにいた訳ではない。
漫画の方は前に書いていたコマを書いて。
他の短編小説を形にしたりなどしていた。
ただ量から言えば、三日程度の作業内容だ。
ただの一コマに一時間近くを要している。絵を描くのが久々すぎて思うように線が引けず、表情一つ描くのに何度も書き直しては時間だけを浪費している気がしてくる。何も進まなければ日記に書くような事もないので日記を書く気も起きず、今更ながらに昔に書いた設定を書き出してまとめたりなどして。
結局、作品にしなければ。
俺は満足しないのだと気がついた。
どうにも俺は期待せずにはいられないし、諦めて何もかもを受け入れるには、やはり受け入れられない物がある。今だに誰かに認められたいとも思わないし自身にも他者にも価値があるとは感じない。物語もまた所詮は俺の中にある内容でしかない。
人が凄いというのは。
誰にでも出来るがしない事だ。
尊敬が理解から最も遠い言葉なら。
無理だと思うような道を行く者を。
人は凄い、と思うのだろう。
期待された所でやる気は出ない。
面白い物語を他者に魅せる価値を感じない。
例え、このまま朽ちようと危機感も感じない。
衝動や感情が泥濘みの中にあるまま進まない。
どこまで行こうと俺は俺でしかないからだ。
これは信仰なのだろうか。
不自然だ。俺は何度もこの問答を繰り返し、これらが答えだと考えに至るのに再び、こうした先で行動にこそ価値があると締めるのだ。勿論、行動していないから行動していないのが原因だというのは間違いではないのだが。逆に行動しなければと思いつつ行動へ移せていない理由とは何にあるのだろうか。
正直、物語は既に書き終えているので、後はネームに書き起こすだけ一コマに一時間も掛かるが作業さえ続ければ終わる内容だ。なのに、何で作業を進められていないのか。確かにゲームや動画に手を出している時間は存在する。ただその何の益にもならないはずの事に時間を割いている理由が分からない。
気になるから。
話題にするため。
何かを期待しているから。
疲れているだけなのかも知れない。




