第58話
バスに運ばれて1時間、俺と葵は目的の場所に着いた
「こっからちょっとだけ歩くからな」
「まだ移動するの?」
「少し長い階段とか上がるだけだから」
俺と葵は手を繋いで歩き、少しだけ長い階段を上る
「て、輝・・・少しじゃないよ・・・長いよ・・・」
「ほらほら、早く上がれ。そんなところで疲れて止まってると葵がかなり寝起きが悪いことを優美にメールで教えるぞ〜」
「うぅ〜、絶対ダメだからね!もし言ったら輝が寝てる時に私の作った料理食べさせるからね!」
葵は頬を膨らませながら、凶悪なことを口走る
最近になって、ようやく葵は自分の料理が凶器になることを知った
それは俺が寝起きのときに葵の作った焼きそばを食べ、そのままトイレに吐きに行ったことでショックを受け、自分の母親にそのことを言ったところ厳しく説教され、俺のところに泣きついてきた
それ以降、味付けの作業には触れていないらしい
ようやく葵が長い階段を上りきる
「輝・・・ここって・・・」
「早くこいよ〜」
「あ、ちょっと待ってよ」
門の入り口辺りで葵は立ち止まっていたがすぐに走って俺のところにきた
それから葵は何も話さずに俺についてくる
そして、俺はあるお墓の前で立ち止まった
「ここが今日の目的地だよ。葵」
「・・・・・」
そのお墓には「桜井家之墓」と書かれてあった
「桜井 涼香・・・俺の元彼女で今まで俺を支えてくれてた人だよ」
「・・・」
「ちょっと水持ってくるから。待ってて」
「・・・うん」
俺はいつも通り、近くのところから水を取ってきて戻ると葵が墓の前でしゃがんで何かを話しかけていた
「・・・・何か答えてくれたか?涼は」
「うん。ちゃんと答えてくれた」
「そっか」
俺はお墓を綺麗にして、持ってきた おはぎと牛乳を置いて花を生けた
そして線香をあげ、俺と葵は少しの間、手を合わせた
「・・・輝、涼香さんっておはぎと牛乳好きだったの?」
「おはぎは好きだったよ。でも牛乳は嫌いだった」
「嫌いなものお供えするってダメじゃない?」
「背小さかったし、せめて牛乳飲ませれば向こうの世界でも伸びるかなってさ」
「ふ〜ん・・・」
葵はそれだけ言ってお墓の見つめていた
「輝は今、涼香さんのことどう思ってるの?」
さっきまでお墓を見つめていた葵がいきなり質問してくる
それは別に涼香のことを嫉妬しているとかではなく、ただ聞きたいという感じだった
「・・・そうだなぁ、今は感謝してる。
葵と付き合ったのも半分は涼のひと押しのおかげだしな。・・・涼が死んだ時は、なんで俺は気付けなかったんだろうとか俺じゃなくてちゃんとした奴に出会っていれば、そいつは涼の変化に気がつけたんじゃないか?って思ってたよ。
だけどさ、俺は涼と付き合ってなかったら荒れて警察とかに捕まっていたかもしれないし、葵とも再会できなかったから今は感謝してる。
んで、今まで知り合った奴の中で葵と同じぐらい大切な奴だよ」
「そっか・・・」
涼が死んでしまったことは今、後悔しても涼が困るだけだ
確かに後悔はしてる。あのとき助けられなかったのは。
だけど、涼は最後に俺に「俺でよかった」と言ってくれた
そして5つ目の約束を出してくれた
それは自分が死んでしまうかもしれないのに、俺のために考えてくれたものだ
そのおかげで俺は今みたいな普通の生活に戻って葵と再会して、付き合うことができた
だから、今は感謝している
葵は俺の後ろに立って空に流れる雲を見ていた
俺は葵を横に立ち、涼のお墓に話しかける
「涼、俺はもう大丈夫だよ、今まで心配かけてごめんな。この通り俺にも彼女ができたよ
だからもう心配して雲の上から見続けなくてもいいよ。もちろん涼が言った5つの約束は1つ目以外守る。
それに空は・・・まぁいいや。だからさ、もうずっと見なくていいよ。
たまに・・・たまに戻ってきてよ。俺たちがここに来た時でいいからさ。
それ以外は天国で頑張って牛乳飲んで身長伸ばして俺たちがそっちに行った時驚かしてくれ。
それじゃ今までありがとうな。また来るよ」
今できる最高の笑顔でお墓を見る
すると、お墓の前に座ってこっちに笑顔で見てくる涼が見え、口が動いた
それは“がんばって”と言っているような気がした
「・・・・・・ああ」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。帰ろう葵」
「うん」
俺と葵はもう一度お墓の前で手を合わせてからその場を離れる
少し歩いたところで俺は一度振り返ると、涼は笑いながらこっちに手を振っていた
その姿は俺の頭の中で作り出した幻かもしれない
でも、それでもよかった
俺は小さく手を挙げて葵と歩いていった